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第239話 新城会談


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 三河新城城。

 この地にて朝倉晴景は織田家重臣・柴田勝家との会談に臨んでいた。


「しばらくぶりであるな、柴田殿」

「敦賀以来であるか」


 未だ信忠の方針に従っていない勝家にしてみれば、朝倉家は敵のままである。

 その総大将である晴景との会談に敢えて臨んだのは、その為人を知っていたからでもあった。


「まさかこのような所でお会いできるとは思わなかった」

「如何にも、であるな」


 三河で独自の行動をとる勝家に対し、真っ先に動いたのは朝倉勢であった。

 これに対し、当然のこととして勝家は防戦の構えを見せたのであるが、晴景は使者を送って戦闘を回避するとともに、会談を申し込んだのである。


 そこまでの兵を動員できたわけではない勝家にしてみれば、寄せてきた朝倉勢は大軍であり、これとまともに戦っては敵うはずもない。

 もちろん死など恐れるものではないが、相手が借りのある晴景でもある。


 そこでひとまずは話を受けようということになったのだった。

 晴景はこれを喜び、僅かな手勢を引き連れて敵中である新城城に乗り込んできたのであった。


「して、何用であられるのか」

「柴田殿は信忠殿に対してご不満があると見える」

「それは不思議なことではあるまい? 主君を攻め殺すなど、正気の沙汰とは思えぬ。ましてやそれが実の父親なれば」

「それはやむを得ない仕儀と心得る。信忠殿はこの朝倉との友誼を望まれたが、信長殿はそれを受け入れなかった。であれば我らが信忠殿に加担するのは当然のこと。それに信忠殿は最後まで信長殿の隠居を望まれていたのだ」


 勝家とて、おおよその事と次第はわきまえている。

 信忠自身からも、幾度も使者が来たからだ。


「若いのに、ご理解があるのだな。さすがは父君が同じことをしただけのことはある」

「皮肉を言われるな柴田殿。我が父の所業、決して誇れることではなく忸怩たる思いもあるが、されど必要な措置でもあった。武田をあそこまで大きくされたのは、紛れもなく我が父の偉業である」


 晴景の父・信玄はその父親である信虎を追放して、強引に家督継承に至った。

 信忠がしたことは、これと同じである。

 もっとも信虎は生きながらえ、信玄よりも後に死去することになったのではあるが。


「……いや、すまぬ。若い者に言わせるものでもなかったな。わしとてかつては殿に弓引いた身。偉そうなことは言えぬ立場だ」


 かつて勝家は、信長の弟・信行を立てて、信長を排除すべく行動したことがある。

 この稲生の戦いで信行方は敗れ、以降は信長を認めて忠節を尽くしてきたのだ。


「とはいえ、素直にこれを受け入れられぬところはお察しいただきたく」

「無論である」


 晴景は頷いた。


「されど我が朝倉家は、信忠殿に協調する立場となった。柴田殿が信忠殿に従わぬというのであれば、これと一戦交え、信忠殿を支援し、恩を売る所存である」

「当然であろうな」

「我が妻に至っては、この機に三河を落としてしまえと煽る始末でな」

「噂に名高い奥方か」


 晴景は苦笑し、勝家はさもありなんと思う。

 確かにこれは好機である。

 勝家は一時的に三河を領しているに過ぎず、安定統治には程遠い。

 実際に兵を集めてみても、その数は心もとないものだ。


 そして織田家では先の内乱により混乱が完全収束したとはいえず、ここで勝家と争っては内乱が再発したと思われ、家中での求心力が低下するだろう。

 つまり迅速に対応しずらい状況にある、ということである。


 そんな中にあって、もっとも漁夫の利を得ることができるであろう存在が、朝倉家なのだ。

 北条との戦が片付いた今、兵力は有り余っている。


「我が妻は時に容赦が無く、さほど慈悲深くも無い。任せておいたら本気でこの地を蹂躙するだろう。このような所で柴田殿を失うのは、いかにも残念である。そこでこうして俺が出張って参ったのだ」


 どうやら晴景は色葉が自ら出陣した場合、その勝利を寸分も疑っていないらしい。

 一見、侮られたかのような発言ではあるが、晴景と戦ったことのある勝家にしてみれば、落ち着いて考えることのできる話でもあった。

 決して増長からくる意見ではない、と。


「思う所もあるだろうが、今はいったん、信忠殿に従ってはくれないだろうか?」

「……なぜ、そこまでされる?」

「これ以上の戦は無用。此度の戦乱で民は疲れ果てている。天下安寧のため――……いや、おためごかしはよそう。全ては妻の為である」

「……? 如何なる意味か?」


 勝家は首をひねる。

 いまひとつ、理解が及ばなかったからだ。


「……あまり他言して欲しくはないが、妻はここしばらく体調を崩している。此度の遠征も一年余りと長く、無理をさせてしまったのだ。あれは真面目ゆえ、疲れ果てて倒れるまで仕事をする気質である。そろそろ、休ませるべきであろう」

「――――」


 何とも個人的な理由に勝家は目を丸くし、そして呵々大笑したのだった。


「――なんと、なんと。今や天下に手が届きそうな朝倉殿は、何と仲睦まじいことか」

「そう、笑われるな」

「いや、すまぬ。されど……意外であってな」


 ひとしきり笑った後、勝家は襟を正して晴景に向き直る。


「朝倉家中の天下はすでに泰平か。まことに良きことである。その奥方には、一度お会いしたいものだ」

「自慢の妻には違いないが、相手をする者は疲れると聞くぞ?」

「その難儀な奥方を手玉に取るのが今の朝倉のご当主か。なるほど。懐が広いとは思っていたが、外れてはいなかったようだ」


 そして勝家はゆっくりと頷いてみせた。


「よろしい。この件、お受けする。元より晴景殿には借りもある身。またいたずらに兵を挙げるも今や無意味であろう。できれば、信忠様への取り成しもお願いしたい」

「承知いただけるか!」


 頭を下げる勝家に、晴景は祝着であると素直に喜んでみせた。


「無論、悪いようにはせぬぞ。これからは朝倉と織田は手を取り合い、共に覇業を為していこうではないか」


 こうして三河であった乱の兆候は、露となって霧散することになる。

 天正十年四月十九日のことであった。

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