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第222話 晴景との再会(後編)

 いったいどういう意味だろうと一瞬小首を傾げたが、すぐにも理解できた。

 感情的に、と晴景は言った。

 要するにどれだけこちらに利があろうとも、嫌な相手や譲れない事柄というものはあるもので、わたしはその点はどうなのかと尋ねているのだろう。

 ある意味で、根本的なところである。


「あの男がわたしの前に跪いて臣従を誓うというのならば、首を切り落とすのは勘弁してやってもいい」


 事も無げに言えば、景頼などはうっとなってちょっと引いていた。

 慣れている晴景は、苦笑する程度だったが。


「相変わらずであるな。しかし、では義景殿の死については思うところは無いのか?」

「義景?」


 きょとん、と首を傾げて、ああと頷く。

 そういえば父親設定だったか。


「わたしの父上は朝倉景鏡だ。今となってはな。そして朝倉義景の首を直接取ったのは、その父上である。それを許容している時点で、その点については思う所はない」

「そうか……。色葉は、強いのだな」


 晴景はまるで尊敬するような眼差しを向けてくるが、わたしはそんな敬意に値する存在でないことくらい、自身がよく分かっている。


 そもそもわたしと義景には、何の血縁関係も無い。

 義景の娘を騙った方が都合がいいから、そうしているだけだ。


 つまるところ、信長に対して何の個人的恨みも存在しないのである。


「そうじゃない。ただ、情が薄いだけだ」

「いや、俺はそうでないことをよく知っている。越中にて命がけでそなたが俺を助けに来てくれたことは、決して忘れぬぞ」

「む……」


 そういえばそんなこともあったか。

 確かに、この先わたしが身内を失うような事態に遭遇した時、果たしてどんな行動を取ってしまうんだろうな。

 正直、よく分からない。


「そんな話はいい。それよりも晴景様はどうなんだ? 織田家は武田家にとっても敵。今回、直接滅ぼしたのは北条だが、それに協調したのも事実だ」

「……これも冷静に考えれば、難しい話だろう?」

「どういう意味だ?」

「元より武田と織田は同盟関係にあった。これが手切れになったのは、ひとえに三河侵攻によるもの。先に不義理をしたのは、我が父上ということになる」


 なるほど。

 当時の武田家を巡る情勢は、刻一刻と変わっていた。


 武田家は相模の北条家や駿河の今川家と三国同盟を結ぶ一方で、織田家とも同盟し、その関係は今川家と織田家の関係もあって良好とはいえなかったものの、しかし中立的立場を保っていたのである。

 当時の信長などは情勢的な不利もあって、積極的に信玄相手に媚を売っていた頃だ。


 しかしこれらの同盟は、信玄による駿河侵攻によって瓦解していくことになる。

 これにより今川、北条家と手切れとなって、更には西上作戦により徳川領三河に侵攻したことで、徳川家と同盟していた織田家とも手切れとなっている。


 思えば信玄の野望、もしくは不義理に端を発したとも言えなくない。

 晴景が言うのはそこだろう。

 父親の事とはいえ、晴景の性格からすると、思うところもあるらしい。


「一見、無茶をしたように見えるが、特に間違っているとも思えないがな。実際、当時の武田は強かったし、結果も出していた。後方の憂いである上杉家のことなども、しっかり対策がとれていた。誤算があったとすれば、信玄自身が死んだことだろう」


 西上作戦は、あのままいけば徳川や織田を追い詰めるはずだった。

 しかしその最中、信玄は死去する。


 遠征は中止され、信長は九死に一生を得て、そして反撃することになるのだ。

 世間では病死ということになっているが、実際は信長に暗殺されたことを、わたしは知っている。


「運が無かっただけだ」

「……うむ」


 どうやら晴景は武田の滅亡も、世の倣いであると割り切っている部分もある、ということを言外に示したのだ。

 つまり、交渉する意思がある、ということである。

 事前に晴景がその辺りをわたしに尋ねたのも、その証明と言えるかもしれない。


「では、交渉を続けても異論は無いのだな?」

「先も言ったが、信長がわたしに全てを差し出して土下座するのなら、構わんぞ?」

「あ、姉上、先ほどよりも過激になっていますが……」

「ん、そうだったか?」


 大した違いは無いと思うが、あの男が泣いて許しを乞うのであれば、話くらいは聞いてやらないこともないと思うのは真実である。


「とはいえ、今回の交渉相手は信長ではなく、信忠だろう。その辺りがどう判断していいのか、少し考えるところだ」

「ふむ……」


 相槌を打ちつつ、晴景は意を決したように、自身の意見をわたしにぶつけてきた。


「俺はな、色葉よ。この話、受けて良いのではないかと思う」

「……そう思う理由は?」

「世代が変われば、考え方も変わる。織田信長とは相容れぬかもしれぬが、織田信忠とならば、良い関係が築けるやもしれぬ。我らとてまだまだ若い。であれば、この先良い関係を継続し、太平の世を望むことも叶うかもしれぬだろう?」

「織田家と同盟したところで、天下泰平などほど遠いと思うがな」

「やはり、甘いと思うか?」

「思う。でも」


 わたしは苦笑する。


「朝倉家は晴景様のものだ。好きにすればいい。わたしとしても、信長を足元に跪かせることができるというのならば、それはそれで痛快だからな?」


 実際のところ、織田家との和睦自体は悪いことではない。

 織田家を滅ぼせる好機というのならばともかく、それには程遠い現状だからだ。


 正直な所、二正面作戦はしんどい。

 しかしこれは北条だけに的を絞れるというのならば、意義は大きい。

 信濃はもちろん、甲斐を奪還することができれば、朝倉家の国力は増大する。


 とはいえ急速な領土拡大は諸刃の剣でもあるので、領内の安定には時間をかける必要があるし、手も抜けないのだ。

 それに織田家を残しておくことで、羽柴家と互いに牽制させ、お互いの力を削ぎ合わせるのも朝倉家にとっては都合がいい。

 というか、むしろその方向で戦略を組み立てることになるだろう。


 羽柴家などとは今は協調路線であるが、それも織田家をどうにかするまでの話である。

 もちろんお互いに、であるだろうが。


「ならば色葉よ。明後日、共に参らぬか?」

「む? わたしも同行するのか?」

「ここでそなたという存在をみせておくことは、後々にとって意義のあることと考える」

「しかし晴景様。わたしの口の悪さは承知しているだろう?」


 以前、京で信長と会見に及んだ時などは、挑発に挑発を重ねてもはや宣戦布告のような、そんな挨拶をして、家臣どもに呆れられたくらいである。


「下手をすれば、まとまる話もまとまらなくなるぞ?」


 今回の交渉はわたしが主導で行っているわけではない。

 この場合、わたしの口出しはむしろ交渉決裂の悪材料になりかねないと、それくらいの自覚はあるつもりである。

 だったらまともに口を挟めと言われそうだが、それではわたしではなくなるので、できない相談である、というわけだ。


「何を言う。色葉を前にして決裂するようならば、後々でも同じこと。織田信忠の器を試す上でも、必須と考えるぞ」

「……なるほど」


 すとん、と納得できる晴景の答えではあったが、何やら複雑でもある。

 何故ならわたしは試金石にされてしまったからだ。

 晴景も成長したものである。


「しかしどうなっても知らないぞ?」


 まあ決裂したら決裂したまでのこと。

 この時は、そのくらいに考えていたのである。

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