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第218話 一番の良薬とは


     /


「……眠られたか。よほどお疲れだったと見える」


 腕の中で寝息を立て始めた色葉を確認して、多少なりとも肩の荷が下りたかのように、昌幸は漏らした。


「……はい。昌幸様も、ご苦労様でした」

「この方といると、思わぬ経験をさせてもらえるものだ」

「姫様は、あまりご自身のことに頓着されない方ですからね」

「うむ」


 雪葉の言に、それは納得できると昌幸は頷く。

 色葉はあまり、自身の容姿を誇らない。

 さらに自身が女子であるということも、さほど気にしていないようだった。


 鷹揚ともいえるし、無防備ともいえる。

 今となってはこれを色葉らしい、と表現するのが適当なのだろうが。


「昌幸様、代わりましょうか?」

「いや、お目を覚まされた時にご機嫌を悪くされては叶わんからな。お連れできるところまではそれがしがお連れしよう。それに、見た目以上にお軽い」


 色葉の容姿は獣の耳や、長い髪、そしてふさふさの尻尾など、見た目では嵩があるように見えるのだが、実際に抱き上げてみると意外なほどに軽かった。

 子供を抱き上げているようなものである。


「……失礼を承知で申し上げるが、これは少々病的に過ぎる。雪葉殿、色葉様のご容態は実際のところ、どうなのだ?」

「…………」


 雪葉は黙って昌幸を見返した。

 やはり分かる者は分かるのだろう。


「今回の遠征で無理をされて、体重を落とされているのは道理であろうが、どうも、な……」

「……姫様はとても真面目な方なのです。何かを始めてしまうと、寝食を忘れて没頭されますから……それでお身体を悪くされているのかと存じます」

「となれば、今回の一件の片を付けることこそが、一番の良薬か」

「この状況下でご養生を無理強いしても、意味は無いのでしょう」


 つい先ほど、実際に雪葉は色葉に対し、一乗谷に帰ることを提案している。

 もちろん、あっさりと一蹴されてしまった。

 想像できた結果であったとはいえ。


「ならば、一刻も早く北条どもをどうにかせねばなるまい。されど、此度は長期戦になるぞ」

「……はい」


 雪葉にも、今の情勢が楽観視できるものではないことは、よく分かっている。

 色葉が他人に任せないのが何よりの証拠だ。


「実はな、雪葉殿」

「何でしょう」

「一つ、色葉様より謀略の類を持ち掛けられている。織田とも事を構えている現状、即座に北条をどうにかすることは難しい。防戦は可能だが、長期戦になる。そこでそんな現状を打開するための策を、色葉様は考えつかれた。……未だ詰めには程遠く、構想の段階ではあるが、早く動くに越したことはない」

「……何かわたくしに、ということでしょうか」


 察しよく、雪葉は先を促した。


「うむ。貴殿に命を下すことができるのは、色葉様のみであるが……是非とも協力していただきたい」

「それが姫様の為になることであるのならば、喜んで致しましょう」

「嘘偽りに塗れた汚い仕事であるぞ?」

「構いません」


 どのような内容であれ、それが色葉の命であるのならば、迷うことなどない。

 今回は直接色葉から命じられたことではないが、今の色葉を想えば迷うはずもなかったのである。


「何を犠牲にしようとも……わたくし自身が犠牲になったとしても、それは望む所ですから」


     ◇


 天正九年九月四日。


 色葉の予想よりもかなり遅れて北条勢四万が甲斐へと入り、甲府に着陣。

 新府の朝倉勢と対陣した。


 これは四万という大軍が北条にとっても大動員令の類となって時がかかったことや、北関東の諸将に対して牽制する意味でも兵を残さざるを得ず、五万のところ四万しか用いることができなかったなど、誤算もあったためである。


 図らずも一ヶ月という時間を得た朝倉方は、入念に迎撃を準備。

 新府城を要塞化すると共に、周辺に砦や支城を増やして防衛体制を強化し、さらに武器、弾薬、兵糧などを運び込んでこれに備えた。


 特に本国から運ばせていた三千丁の鉄砲の存在は大きい。

 すでに運用していた二千と合わせ、五千丁。

 新府城は徹底抗戦の構えを見せたのである。


 これに対し、九月五日には大道寺政繁率いる先鋒、約一万余が新府城に殺到した。


「まずは小手調べよ。噂に聞く朝倉がどれほどのものか、この目で確かめてくれる」


 大道寺政繁は内政、軍事共にその手腕を発揮した北条家の重臣である。

 迎え撃つのは武藤昌幸。

 朝倉家中であっても、防衛戦に定評がある。


「兵の逐次投入など愚か者のすることよ」


 北条方は全体の四分の一ほどしか動かず、様子見の意味を込めて攻め寄せてきたことを察知した昌幸は、初期の方針を転換して頑強な抵抗をやめさせ、敢えて城内に敵を引き込む策を提案した。


 防衛の総指揮を任せていた色葉は、これを了承。

 兵の半ばを三の丸まで進ませた上で、一気に反撃に出、これを撃退。


 城内に突入を図る敵兵と、思わぬ反撃に後退した敵兵が攻め口付近で交錯してもみくちゃになり、動きの止まったところに対して徹底的に銃弾を浴びせかけ、大混乱に陥ったところを付近に潜ませた兵により包囲殲滅し、これを壊滅させた。

 緒戦は朝倉方の完勝である。


 昌幸は勝利に驕らず大手門付近を即座に修復させ、門を閉ざして守りを固めたため、初手で打撃を被った北条方は攻めあぐね、戦況は長期化の様相を呈することになっていくのだった。

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