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第214話 信忠の密使


     ◇


「今更降伏勧告とも思えぬが」


 一度、信忠は高遠城に対して降伏を勧告しており、その際、景頼は使者の耳を削ぎ落して辱め、それをもって徹底抗戦の意思を知らしめていた。


「使者は誰か」

「斎藤利堯と名乗っておる様子」

「ほう。蝮の子の一人か」


 晴景側近である朝倉景忠の報告に、晴景はしばし考え込んだ。


「斎藤利堯といえば、信忠の側近である斎藤利治の兄だろう。そのような家中で重きを為す者が、ここに来ただと……?」

「如何されますか。追い返すならそれがしが」

「いや、会おう」


 先方もこちらの気性はすでに弁えているはずで、となれば危険を承知でここまで来たとなり、それを無下に追い返すことは躊躇われたのである。


「殿自らお会いになるのは危険かと。刺客という可能性もありますれば」

「構わん。その際は斬って捨てるまで」

「……では」


 晴景の命により、利堯はすぐにも案内された。


「此度は拝謁を賜り、恐悦至極なれば」

「挨拶は無用。用件を伺おうか」


 単刀直入に、晴景は利堯に用件を問い質す。

 お互いに敵同士であり、不要な慣れ合いはせぬという意思表示である。


「されば。我が主、織田信忠様は朝倉殿との停戦、和睦を望んでおります」

「なに?」


 これも予想だにしなかった内容だった。


「この期に及んで和睦だと?」

「元より我らは武田を攻めたのであって、朝倉と事を構えるつもりは無かったのです」

「よく言う。朝倉と武田は盟約で結ばれた身。武田に危機あれば、これを救うは道理。そのような筋道を織田殿は考えなかったというのか」

「出陣に至る前、信忠様はその道理を殿に申し上げたのですが、取り上げられませんでした。ついてはこのような仕儀となった次第で、主はこの事態を打開すべく、岐阜の殿に使者を遣わせて朝倉殿との交渉の道を探っておいでなのです」


 それが確かであるのならば、織田信忠は物の道理を弁え、戦略眼も持ち合わせているといる。


「しかし此度の織田殿の出兵により、武田は瓦解し、すでに滅亡と相成った。この責は如何に考えるか」

「興亡は戦国の世の常なれば」

「織田殿の責に非ず、と?」

「我らとして力及ばずば、滅び去ることもあるでしょう」

「……我が妻は織田殿に、一度お家を滅ぼされている。そしてこの度は我が実家が滅んだ。この世の倣いとはいえ、そのような言葉で片付けて欲しくはないものだ」

「ご無礼はお許しを」

「……まあいい。ここに色葉はいない。運が良かったな」


 色葉はああ見えて滅多に本気で怒らないが、機嫌を損ねると根が深くなる。

 今回の武田家の醜態などはいい例で、出兵に及ぶまでとにかく色葉の機嫌が悪くて晴景も苦慮したのだ。

 これで激怒でもしようものなら、まさに手が付けられなくなるだろう。


「交渉については一考しよう。されど今の言によれば、織田殿は承知していないのではいのか?」


 信忠はそのつもりなのかもしれないが、信長自身にその気が無いのではどうにもならない。

 無意味ではないのかと、晴景は言外に告げたのである。


「……いえ。主は必ず了承を得ると確約しております。例え、どのような形であったとしても」

「……?」


 利堯の言葉に、晴景は妙なものを感じ取る。

 悲壮な決意、とでも言うべきものか。


「この先、仮に我らが兵を下げるようなことがあったとしても、その後背を襲わぬことをお約束下されば、主は必ずや和平を実現してみせましょう」

「……ふむ」


 これもまた、妙な言である。


「であれば、この信濃から速やかに撤退されるがよろしい。さすれば交渉の席につくこともやぶさかではないぞ?」

「殿のお許しさえあれば、信濃などすぐにも捨て置きましょう」


 いよいよおかしいと、晴景は内心で首を傾げた。

 織田信忠がいったい何を考えているのか、分からなくなってきたからだ。


「織田家の心配をするのも変な話だが、信忠殿があまりに強硬に訴えれば、信長殿の不興を買うのでないか?」

「覚悟の上と、聞いております」


 晴景は唸る。

 ますますよく分からなくなったからだ。

 色葉がいれば、これをどう判断するのか聞いてみたかったが、今傍に妻はいない。


「とにかく様子を見守らせてもらおう。我が妻の方針がどうあれ、しばし積極的な攻勢はせぬと約束する。色葉にもそのように納得させよう」

「まことにありがたく」


 こうして利堯は高遠城を密かに辞した。

 晴景としては、これを素直に受け入れたわけでもない。

 罠という可能性もあるからだ。


 とはいえ今夜のことが、何かの兆しであることは間違いないのかもしれない。

 この世は自身の思わぬところでも、確かに回っているのである。

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