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第203話 小諸城の戦い


     ◇


 天正九年六月二十二日。


 善光寺街道を北進する形で、北条氏照率いる北条勢二万余が信濃小諸城へと肉薄した。

 この時の小諸城の城代は下曾根浄喜である。


 浄喜は武田一門衆であったが、新府より逃れてきた武田信豊を討ち、その首級を持って氏照に帰順を表明。


 しかしすでに小山田信茂に偽りの降伏をされ、新府城で痛い目に遭っていた氏照にしてみれば、浄喜の投降を最初から疑っていた。

 そのため一も二もなく氏照は浄喜を誅殺し、そのまま城へと入って佐久郡平定の足掛かりとすることになる。


 そんな中、小県方面に朝倉勢の大軍が姿を現したという報告が、氏照の元にもたらされたのだった。

 即座に臨戦態勢を整えた北条方は、佐久へと殺到する朝倉方と対峙。


 小諸城の戦いが勃発することになる。


     /色葉


「まったくもって、見事な敗戦ですな」


 などと呑気に言うのは武藤昌幸である。

 この信濃砥石城にあって、暗い顔の諸将の中でむしろ浮いているほどだ。


「む、武藤殿。色葉様の御前で何という言を……」


 窘めるようにそう言うのは大野定長。

 丹後平定以来、わたしの家臣になった一人である。


 定長は物好きで、本領安堵よりもわたしの直臣を望み、ついでに嫡男の召し抱えを褒美として乙葉を通じてねだってきた人物だ。

 今回の遠征に従軍していた家臣の一人である。

 他の家臣どもも同様で、わたしが怒り出さないかとびくびくしている始末だった。


 それもそのはずで、先日小諸城に篭る北条勢に対し、朝倉勢は城攻めを敢行。

 失敗して陣を退き、その二日後には城から打って出てきた北条勢と対峙して会戦に及び、これも敗退して佐久郡から追い出されたのが今日のことだったからだ。


 つまり攻めては負け、守っては負けているのである。

 わたしの戦歴からすれば、何ともまずい戦だったといえるだろう。


 そのため家臣どもの中ではわたしの不調を大いに心配する声もあったくらいで、どうやら誰もわたしの意図には気づいていないらしい。


 と、満足げに思ってたのだが、


「……このひとの性格の悪さは今に始まったことでも無いでしょうに」


 などと、呆れたような冷たい声が響いた。

 そのせいですぐにもわたしの機嫌が悪くなる。


「自分のことを棚上げしてよくもそんな口を利けたものだな?」


 わたしは目を細めて不機嫌も露わにし、軍議の席の末席にあった女に向けて、極力刺々しく言ってやった。


「も、望月殿! 無礼であるぞ!」


 慌てて家臣の一人が咎めたが、そんなことで動じる女でもないのは、わたしが一番心得ている。


「その女の性格の悪さは折り紙付きだ。生きているのなら信玄にでも文句を言いたいところだ」


 信玄の名を出したことにそいつは殺意も露わにわたしを睨んできたが、わたしは鼻をならして軽く流してやった。

 ばちばちと見えない火花が家臣どもには見えたようで、ぞっとしたように見守っている。


「……いい加減にされよ。話が進みませぬぞ」


 溜息をついてそう口を挟んできたのは、やはりというか何というか、貞宗だった。


「口の悪いそいつが悪い」


 そっぽを向くわたしに対し、


「相変わらずの無作法ぶり。これだから狐憑きは誰も彼も……」


 などと言い返す女。

 わたしの容姿が妖であることを、衆目の面前で憚りなく否定的に口にできるのだから、まともな精神はしていないだろう。

 名を、望月千代女という。


 この女はわたしにとっても雪葉にとっても乙葉にとっても、よろしくない思い出を持つ相手だった。

 ずいぶん久しぶりにはなるが、性格の悪さは変わっていないらしい。


 やはり八つ裂きにしておけば良かったと思い、恨みがましく貞宗を睨めば、やれやれと嘆息などをして返してくれた。

 ……家臣の中でそんな態度をとれるのは、まあ貞宗くらいなものではあるが。


 ちなみに千代女との出会いは最悪の類で、今もっていい印象は無い。

 雪葉は殺されかけて、隆基は滅ぼされて、直隆もぼろぼろにされて、わたしも随分痛い目に遭った。


 ついでに貞宗には矢を射かけられる始末だったし。

 ……思い出すだけで苛々してくる。


 ただその力は本物で、当時のわたしとほぼ互角かそれ以上で、乙葉ですら従えていたのだ。

 乙葉もずいぶん千代女のことは嫌っていたか。


 そんな千代女が一乗谷を襲撃したのは、まあ誤解によるものである。

 千代女が仕えていた武田信玄の死の原因を、わたしだと勘違いして復讐に及んだのだ。


 一応誤解は解け、周囲に説得されて不問に付してやったが……また会うとは、である。


「……で? どうしてわたしの性格が悪いと言うんだ」


 別に話を蒸し返したわけではなく、戻してそう聞いてやる。

 嫌味な言い方ではあったが、先ほどの千代女の言葉は核心に迫るものだったからだ。


「……あれだけの敗戦に及んだというのに、あなたの口の端は邪まに歪んでいました。それだけで知れようというものですよ」

「……む」


 どうやら事がうまくいったことに、自然と笑みがこぼれていたらしい。

 まあ雪葉にたしなめられるいつもあれ、であるが。


「ふん。信濃巫などをやっているだけあって、観察眼だけはあるようだ」


 千代女の指摘通り、今回の敗戦はわざとである。

 小諸城に先着できなかった時点での次善策を用いた、というわけだった。

 次善策といっても、小諸城に先に入れる可能性は低かったこともあり、今回の策はむしろ本命でもある。


 千代女とわたしの言に場がざわつく。

 敗戦が前提となる戦いであったとなれば、不満を覚える者も出てくるだろう。


「先に……というか、もう後か。それでも一応謝っておく。今回、北条どもに二度も敗れたのは、そうなるようにわたしが仕向けたからだ」


 このことは一部の将を除いて事前に知らせることは無かった。

 その撤退がわざとらしくならないようにするためである。


 朝倉勢は深志城より一路、小県郡の真田郷へと向かい、そこから佐久郡の小諸城へと進軍した。

 小諸城にはすでに北条勢が入っており、まずはこれを攻めたのである。


 これは慌てて攻めかからせたように敵に見せかけ、事実早々に退散した。

 緒戦の勝利は北条の連中に譲ってやったというわけである。


 しかしそのまま佐久に居座った朝倉勢を見て、調子づいた北条どもは城から打って出てきた。

 佐久郡一帯の支配が目的の北条としては、当然の行動である。


 これに対して朝倉方は応戦の構えをみせ、比較的大規模な合戦となった。

 で、朝倉方は早々に総崩れとなり、小県まで撤退する運びとなったのである。

 はた目にはなかなかの敗戦に映ったことだろう。


「これで連中は士気高揚し、この小県まで攻め込んでくることだろう。今こそ好機、とばかりにな?」

「……つまり、ここが本当の決戦の地となるわけですな?」


 そう確認したのは、海津城の春日昌澄である。

 武田家臣であるが、こちらの要請に応じてこの小県に手勢を率いて参陣していたのだ。


「そういうことだ」

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