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第141話 疋壇城の死闘⑤

 勢いで朝倉の姓を名乗ってしまったが、まあいいやと思い直して乙葉は太刀を振るう。

 どうせ勝家はこの場で生首となるのだ。

 さほど関係も無いだろう。


「ほう、朝倉乙葉か。朝倉の狐は一人ではなかったのだな」

「ふん! そんなこと言ってる余裕あるの!?」


 飛び掛かり、太刀を振り下ろす。

 乙葉の膂力ならば、常人にこれをまともに受けることなどまず不可能である。

 それだけの力の差があるからだ。

 しかしそれを勝家はまともに受け、捌いだのである。


「うそ!?」

「女子とは思えぬ怪力よ。されどまだまだ!」


 返された太刀を慌てて避けるが、これもまた速く、喉元を捉えられそうになっていた。


「こい、つ……!」


 乙葉はかつて自分が惨敗した、神通川での戦いのことを思い出してしまう。

 上杉謙信。

 乙葉が手も足も出ず、色葉すら死にかけた相手のことを。


「ひとのくせに、こんな所にも鬼もどきがいたってわけね……! 上等じゃないの!」


 あの時とは違う。

 自分は色葉に力をもらって、あの時以上に成長したはずなのだから。

 こんな所で負けられぬと、乙葉は刃を振るう。


 何合も打ち合い、乙葉は歯噛みして認めざるを得なかった。

 自分の方が不利であると。

 勝家の方が強いと。


 しかしここで勝家の意識を乙葉に集中させたことは、勝家に采配をさせなかったことに等しく、戦局としては朝倉優勢に傾いていったことは紛れも無い事実であった。

 そして夜が明け、状況を悟った晴景が追撃をかけるべく戦場に乱入したところで、ほぼ勝敗は決したのである。


「……ふむ。これまでか」

「な、なによ! どうして止めるの!?」


 不意に太刀を下した勝家へと、乙葉は憤慨も露わに怒鳴っていた。


「もはや我らの敗北は確実。これ以上の戦闘は無意味であろう」

「なによ! でも妾のことは斬ろうと思えば斬れたくせに、どうして……!」

「なに、女子供は斬らん。たとえそれが狐の妖であろうともな」

「――――」


 乙葉は激高しそうになったが、爆発はしなかった。

 ほぼ無抵抗となった勝家に斬りかかろうとして、どうにか堪えたのである。


「――乙葉様の手柄でしょう? 首級をとらないのですか?」


 不意に、冷たい声が響いた。


「雪葉……?」


 雪葉自身、全身を返り血で染め抜いており、どれほど殺戮したかは知れようもないほどだ。

 しかしそんな雪葉は戦場にあっても冷たく、恐らく慈悲の類など持ち合わせていないのだろう。

 そういったものは全て、色葉にのみ向けられているはずだからだ。


「……とらない」

「乙葉様?」

「とらない――とれないわよ! だって妾、勝てなかったもの! 今更――」

「では、わたくしが」

「馬鹿! 駄目!」


 薙刀を振るおうとした雪葉を、乙葉は慌てて止めた。


「これは妾の獲物なの! 勝手にとらないで!」

「……相変わらず、我がままですね」


 雪葉は武人ではないからこだわりはまるで無いが、乙葉はその限りではないらしい。

 柴田勝家と一戦を交え、勝てなかったことで、何かしらの情を抱いてしまったのだろう。


 無視しようかとも思ったが、雪葉は考え直す。

 越後で童を拾ったことを、不意に思い出したからだ。

 そしてそのことを、色葉は不愉快に思うことなく許してくれている。


 となれば、ここで勝家の首をとらずとも色葉が乙葉を許す公算は高いだろう。

 であれば、自身がしゃしゃり出ることでもないのかもしれない。


「まあ、よろしいでしょう」


 仕方ありませんね、とつぶやく雪葉に、乙葉は意外そうにそれを見返していた。


「いつももっと怖いのに、なんで今日は優しいの?」

「……その評価には異議を唱えたくはありますが、わたくしは姫様の一番の臣ですからね。姫様のためになることをするのは当然ですし、姫様のものである乙葉様を大切にすることもまた当然です」

「……むぅ。一番は妾よ……」


 思わず反論したが、大きな声では言えなかった。

 一方で、二人のそんな姿を勝家はやや不思議な思いで見ていたともいえる。

 戦場には似つかわしくない二人の女子が、まるで姉妹のように接しているのである。


「……どちらもひとではないのかもしれんが、変わらんか」


 そう苦笑したところで、複数の蹄の音が近づいてきた。

 見返せば数人の将が勝家に向かって馬を走らせている。

 中心にいるのはまだ若武者であるが、あれが恐らく朝倉晴景であろう。


「織田の総大将・柴田殿とお見受けするが」

「如何にも。柴田勝家である。貴殿は?」

「朝倉晴景である」


 やはりか、と勝家は心中で頷いた。


「晴景殿よ、見事な戦いぶりであった。父に劣らぬ采配ぶりよ」

「柴田殿こそ。まさか城門を破られるとは思わなかったのでな」

「そう言ってくれるのは嬉しいが。さて、我々は降伏する心積もりであるが、如何処断される所存か?」


 晴景は一つ頷いてから続けた。


「降伏は有難い。が、我らもこの有様にて貴殿らを処置する余力も無い。一つ条件を呑んでいただければ、全て見逃そう」

「条件、とは?」

「大溝城に退かれよ」


 勝家はその真意を考え、思い至った。


「長浜城を落とすおつもりか」

「如何にも」


 単に撃退に留まらず、逆撃して長浜城を奪取することは色葉から命じられていたことでもある。

 その余力があるかどうかはともかくとして、実行するのならば残兵を長浜に退かせるわけにはいかなかったのだ。

 長浜城は羽柴秀吉の居城である。

 しかし秀吉自身は播磨国におり、不在であった。


「確かに長浜を守る兵は少ないが、簡単に落ちるとも思えぬ」

「だとしても、我らの方針は変わらぬ」

「……よかろう」


 僅かな黙考の後、勝家は頷いた。


「どちらにせよ京に赴き、殿に謝罪せねばならん」


 こうして一応の停戦は成立し、織田勢は湖西方面に向けて撤退した。

 それと同時に朝倉方は速やかに近江塩津を再占領し、その矛先を長浜城に向けることになるのである。

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