5-16.合宿の結末6 ~矢は流星~
母は強し
助けが来たけど子供も増えました。
こんな状況下、救いはあるの?
メイちゃんもそんなことを思った時があったんですが……
結論を述べましょう。
――ありました。
親って強ぇ……そんな言葉とともに、私はこの世界に生まれて初めて生でリアルに『チート』というモノを見た気がしたよ。
カニに囲まれた、私達。
物凄い技量と勢いで持って、パパ達はその囲みを突破してメイちゃん達のところまで来てくれた。
パパが破った一画……湖に面した方角から、駆け付けた応援。
でも湖の方面に囲みが開けていても、囲まれた私達は避難できない。
だって、カニが現れたのも湖から。
湖の方に逃げて、新手が来ないとも限らない。
だから新たにカニの囲みを破り、メイちゃん達の避難路を確保することがパパ達の急務……らしいよ?
「……取り敢えず、シュガー。お前、いつまでそんなけったいな物使ってるつもりだい?」
ペーちゃんママが呆れ顔でそう言って。
パパに手渡されたのは、鉄製の槍。
「流石にアンタの私物は持って来ようがなかったけどね……この程度のカニなら、汎用品でも充分だね?」
「有難いな、クレシア。使わせてもらおう」
言って、パパが槍を構えると……
それまで親馬鹿面の名残でちょっと緩んでいた顔が、途端に引き締まる。
キリリと細められた眦が、刃の様な鋭さでカニに向けられた。
あれ? あのひと、メイのパパ……だったよね?
相変わらず、別人ぶりが凄まじく甚だしい。
本当に実父なのか、メイ自身がいぶかしむほどだよ。
「だらだらと時間をかける程の相手ではないな。シュガーソルト、子供達は私と……そうだな、5名ほどで受け持とう」
「わかった。では此方で活路を開く」
後顧の憂いを残さぬように、ミーヤちゃんのママがメイ達を引き受ける。
私達を護衛する為に離れることを許されなかった、パパ。
お陰でカニを倒しに行けなかった、パパ。
カニの一匹がパパに腹を爆裂されて以来、警戒したのかカニ達は遠巻きで。
でもメイちゃん達を諦めた訳でもないらしく、パパやミーヤちゃんママの死角に回ろうとしたり、隙間からちょっかいをかけようとしたり。
その度にパパやミーヤちゃんママが蹴散らしていたけれど、カニもパパ達の射程距離から素早く離脱するので状況は一進一退。
そのまま硬直していた訳ですが。
『ひとり機動兵』と呼ばれた馬の獣人がいま、解き放たれちゃう!?
キリキリと槍を回す、その手並も鮮やかに。
パパが、カニに向けて突撃した。
その勢い、その速度。
馬の獣人にしても早過ぎる……っさすが、パパ!
だけど追従すべき軍人さん達は、大いに慌てた顔で。
「た、大佐殿に続けーっ!!」
「ちょっ……ここで遅れたとなったら後で地獄の特訓が!」
「それ以前に子供を危険にさらした時点で減俸の上に倉庫裏で特別訓練メニューフルコースだよ畜生ーっ」
「くそ、誰だよ……初級学校の水練実習監督が楽な仕事だって言った奴!?」
「お前だよばぁーかっ!」
一所懸命に突進しても、彼らの足ではパパに追い付けない!
でも地獄の特訓とか倉庫裏で特別訓練とか、パパ達って一体普段は何をやってるのかな!?
気になる単語がさりげなく混ざっていたせいで、意識がそっちに行っちゃう!
色々と聞き捨てならないというか、なんというか。
忘れた方が身の為かも知れないけど……!
ちょっと、実の親に不信感植え付けるような怒号は止めてくれませんか!?
でも、パパは格好良かった。
その突撃は単身で馬上槍試合でもこなせそうだったけど。
走る姿が奇麗なのは、きっと馬の獣人だからだよね?
速度の勢いが、自然と真っ直ぐに伸ばされた槍に集います。
そのまま、どーんっ!!
進路を塞いでいた立派なカニに、黒い稲妻が駆け抜けた。
全てを薙ぎ払おうとでもいうのか。
例え大きなカニにぶつかっても、勢いは殺されることなく。
むしろ貫き、真っ直ぐに我を通す。
パパ、かっこぅいい……っ
初めて見たパパの本気に、思わず見惚れました。
ふ、普段メイちゃんが目にしている親馬鹿ぶりと、全然違うよ!?
普通に……ううん、普通以上にめちゃくちゃ格好良いよ!!
思わずパパが私の実父であることに誇らしさを感じましたが。
あ、あれ……ほんとうに、メイのパパ、だよね…………?
未だに半信半疑。
いや八割がた疑ってるね!
パパ、どこで摩り替わったの!?
「ぱぱー、しゅごーい」
「ぱぁぱ、かっちょいー」
「パパ素敵ー!」
ユウ君とエリちゃんも初めて見るパパの雄姿に、目ぇキラキラです。100万$くらいキラキラ☆
ほぅっと感嘆の溜息をついて、呑気にも姉弟3人でパチパチと手を叩いてしまいました。
凄い……!
真似できないけど、見習いたい!
はっきり言って、パパをこれほど尊敬したのは初めてです。
でも、すぐに台無し。
メイ達が目ぇキラキラさせて手を叩いた瞬間、パパがこっちを振り向いたから。
「メイちゃん、ユウ君、エリちゃーん! パパ、頑張ってるよ!」
……うん、笑顔すごい爽やか。
爽やかだけど、戦闘中に余所見やめよぅよ。
さっきまでの別人みたいに鋭い、キリッとした凛々しい軍人さんはそこにはなく、すっかり見慣れた親馬鹿の面がありました。
せっかく感心して、尊敬したのに……なんか早まった!って言葉が脳内を駆け巡るんだけど。
頑張ってるのはわかった。
わかったから、余所見しないでよパパ!
すっかり脱力した、メイちゃん。
この時の私は、すっかりある人の存在を忘れていました。
ちょっと考えれば、わかったはずなのにね?
ここにパパとユウ君とエリちゃん、メイの家族の殆どが揃っています。
残りは1人。
専業主婦だから、無意識の内に安全なところでパパ達の帰りを待っているのかなって。
そう、思ったんだけど……
それが違うということをメイが思い知るのは、このすぐ後。
先触れは、軽やかな犬の足音からやって来ちゃった。
パパに見惚れたのはメイだけじゃなくって、他の子供達もそうだったんだけど、動けない状態じゃ邪魔だし。
ミーヤちゃんママ達に急かされて、パパが拓いてくれた活路を駆け抜ける。
とりあえず邪魔にならないところにメイ達が下がってから、パパ達もカニを殲滅する構えらしい。
だから私達は、一目散にカニが暴れる砂浜を抜けて、砂浜を見下ろせる位置に移動したんだけど。
そこに駆けてきた軽い足音。
大きな、犬。
それはそれは真っ白な、ふわふわと柔らかそ~うなもっふもふのわんわん。
見た瞬間に動物好きなら胸がときめいて、ギュッと抱きしめて顔を埋めたくなるくらいにふわふわもふもふ。
だけど、理性を持ち得た人としてそれをやる訳にはいきません。
というかやっちゃ駄目でしょ。
まだ子供のメイちゃんなら、まだまだギリセーフだけど。
大人になったら絶対に抱き付けない、ふわふわ☆わんわん。
その正体を、ペーちゃんが叫びました。
「――とうさん!?」
「わふっ! じゃない、みんな!」
ノリのよい返事をかましてくれた、真っ白な大きい犬。
その正体は、ペーちゃんのパパさんです。
お人柄は誠実で穏やかな、大らかパパさん。
→ 犬? が あらわれた !
パトリック・アルイヌ(32) Lv.73
装備:毛皮?
竹籠 ←
「先生方、生徒達の避難は完了した。これ以降、カニが他にいないか掃討作戦を決行する申請も滞りなく」
「流石だ、パトリック。仕事が早いな」
「一応、警備隊からの申請ということで届け出たから、警備隊主導で行うことになってしまうんだが……」
「丁度折よく、合同作戦中だろ? 面倒事は後にして、今はカニをサバ折りにしてやるだけさ」
「クレシア、子供達が見てるから! ショッキング映像は控えて、控えて!」
犬のパパさんが、砂浜に向けて叫びます。
傍目に「わんわん」という幻聴が聞こえてきそう。
どう見ても犬だから、人の言葉を叫んでいる姿に微妙な違和感。
まあ、私も獣人なので羊姿の時は人のことは言えないけれど。
でも、ね?
犬パパさんが人の言葉を叫ぶことより、何よりも。
もっと盛大で大きな違和感が……ありました。
ある意味、パパがユウ君・エリちゃんをおんぶして現れた時と酷似した衝動が、私の背筋を突きぬけます。
な、なんと……!
「……あれぇ、気のせいかなぁ。メイ、不思議なモノが見えるよ」
「メイちゃん、気をしっかり!」
ペーちゃんパパが背負っているのは、竹で編まれた大きな籠。
でもさ、その中にさ……人がいるんですけど。
それもとってもとっても、この世界で1番見慣れていると言って過言ではない御方が。
なんでメイちゃんのママが、あそこにいるんでしょうか。
思わず現実逃避に走りたくなる、そんな海辺の午後。
ママは私が見ていることに気付くと、にっこりと微笑んで手を振ってくれました。
わあ、シュール……!
「ま、ままー?」
なんでここにいるのー!?
よっこらと籠から出てきたママは、真っ白でレースの多用されたサマードレスを身に纏っておいででした。
わあ、見慣れたママがいるー……
ふわふわママは、でも見慣れないモノも持っていました。
「メイちゃん、怪我はない?」
「ママ!? そんな穏やかに聞かれても、メイ困る……!」
「あらあら……大変だったわね、メイちゃん。混乱しているのね……」
「うん、ママの出で立ちにね? あとこの場に現れたことにね!?」
「うふふ、元気そうね。良かった……」
いつもと変わりないママが、そこにいる。
この超絶に凄まじい違和感を何と表現したモノかな。
これがパパやミーヤちゃんママ、ペーちゃんのパパママならまだわかるよ?
だってみんな戦闘職だもん。
軍人さんと、警備隊の人だもん。
だけどママは違う。
……違ったよねぇ!? 専業主婦だよね!?
「ま、ママ! ここは危ないよぅ……っ」
「ままー」
「まぁま、だっこ!」
「ユウくんもー」
「ユウ君エリちゃん、難しいかもしれないけど空気読もっか!」
「あらー? メイちゃん、ママのこと心配してくれるのね。ママ、嬉しいわぁ」
「ママも悠長すぎるよー!?」
「うふふ? でもね、ママもみんなの為に出来ることがあるんじゃないかと思って」
「ど、どこからその自信が……」
「経験に裏打ちされた事実というものが、人にはあるのよ? メイちゃん」
「ま、ママ……?」
「ユウ君とエリちゃんのことをお願いね? ママはいま、おチビちゃん達のことを抱っこできないから」
「待って、ママ! 何をするつもり……というか、その手のソレなにー!?」
「ゆ・み・や❤」
「弓矢!?」
「ふふ♪ メイちゃん、ママはこれでもねぇ、昔はちょっとやるものだったのよ❤」
→ 専業主婦(元弓兵) が あらわれた!
マリファルナ・バロメッツ(23) Lv.69 ←
装備:龍精弓
星霊の矢(×80)
ホワイトサマードレス
リボンのサンダル
……愛らしく小首を傾げたママの腕には、なんだかやたらとごついというか……随分と業物っぽい弓が握られていました。
な、なんかゲームでこんなの見たことあるよぅ……?
私の前世の記憶が確かなら……装備可能Lv.ろくじゅうご……。
ま、ままぁぁああああああっ!?
今日、私は、家族に何度驚かされれば良いんでしょうか。
「――それじゃあ、いきます」
そう言って、ママは弓に矢をつがえ……
そして、流星が走った。
メイちゃんのママ
峻厳な山々が連なる山脈の集落出身の元山岳民。
10年前の戦で極秘作戦を決行する為、部隊で山越えという無茶をやっていたパパと狩りの最中に出会う。そのままパパに山越えの道案内として雇われ、弓の腕が優れていたことから成り行きでパパの部下に。
パパを援護して弓を放ちまくっている内にLv.が滅茶苦茶上がった。
戦争終結後もパパの部下として軍部に所属していたが、ついに8年前、パパと結婚して寿退職❤ 以来、専業主婦として家族を支えてきた。
軍を辞めた時からLv.は変わっていないが、子育ての忙しさで弓の練習を怠っていたので本人的にはむしろ技量が下がった気がしている。
弓兵時代はアルジェント伯爵領軍1の弓取りとして名を馳せていた。
ぺーちゃんパパ
元々ペーちゃんママとは幼馴染みの仲。
幼い頃のお嬢さん時代(昔は箱入りだった)を知っているので、ペーちゃんママのことは妹の様に思っていた。
大らかで誠実な人柄から多くの部下に慕われるが、鈍感なので気付いていない。
またペーちゃんママに幼い頃から思慕の念を向けられていたが、ペーちゃんママが素直ではなかった上、本人が鈍感だったので気付いていない。
失恋して落ち込んでいたところをペーちゃんママに付け込まれ、襲わr……押し切られる形で結婚。ちなみに出来ちゃった婚。
いきなり四つ子のパパになったが戸惑いはないらしい。
今、大分幸せなのでそれでもう良いかな、と思っている。




