11-29.嘆きのクレーター
『おめでとうございます』
「めう?」
リューク様がメイちゃんを抱っこしたまま、泣くだけ泣いて。
そうして明けた、朝。
だけど目覚める前のほんの僅か、余韻めいた夢の隙間に滑り込んできたのはセムレイヤ様だった。
背後にラベントゥーラ神を従えて、一緒に拍手・拍手でメイちゃんをお出迎え。
え? これナニゴト?
一瞬、ある程度の問題を度外視すればつつがなくとは言えないまでも概ね予定通りに序章のラストにこぎつけたことに対するお祝いかな、と。
そう思わないでもなかったんだけど……あれ? なんだろこの生温い空気?
何だか雰囲気が、ちょーっと予想とは違う御様子。
何事だろうと首を捻る私に、セムレイヤ様は笑顔で宣った。
『救術習得の資格取得、おめでとうございます』
「めうっ!?」
寝耳に水だった。
→ メイちゃんは救術を覚えた!
メイちゃんは『竜皇子の巫女(仮)』の称号を得た!
セムレイヤ様、曰く。
メイちゃん(羊)がリューク様に接触し、慰め効果のある態度を取った結果、リューク様がメイちゃんを『自分を励まそうとしてくれた羊』と認識。
救術取得の条件である『神に存在を見出され、信仰心(好意)を認められる』にピッタリ合致とはいかないまでもギリセーフくらいの感覚でクリアと相成った……らしい。
本当に思いがけない事態なんだけど、これセムレイヤ様が何か仕組んだ訳じゃないよね!?
『ただし、リュークに『メイファリナ・バロメッツ』として正しく認識されなかった為か、メイファリナが使うには制限がかかってしまうようですが』
「メイちゃん、ひょっとして仮免中? 制限ってどんな?」
『羊の姿の時に限り、救術は使用可能です。加えて救術の中でも初歩のものしか今は習得できないようです』
「ものっすごく具体的な制限だね!? 羊の姿にならないと使えないって割と使いどころに困る!」
『この制限を取り払う為には、リュークに改めて正しい姿で別個に認識し直されるか、羊姿の貴女と『メイファリナ・バロメッツ』が同一の存在だと認知される必要がありますが……』
「うん☆ メイちゃん別に救術は覚えなくっても良いかな! なんかそんな気がする!」
今まで使えもせず、使える予定もなかった術だし。
そんな物を覚える為だけに、リューク様に姿をさらすなんて無理無理! 絶対に無理!
だって姿をさらし、素性をさらすなんて隠密失格だもん!
メイちゃん、救術習得はあきらめました。
『一応、今後の方針も少し話しておきましょうか』
「メイちゃんはストーカー本格始動に向けて修行三昧でしょ? 神様達はどうするの?」
『私は変わらず息子の傍に……といきたいところですが、無理でしょう』
「め? 無理?」
「『ゲーム序章』が終わったってことはゲームの物語が幕を上げたってことで。ノア様がもう動きだしているんですよ。当然、竜の御子様のとこだってノア様の目が向いてますし、ノア様の計画上、御子様とセムレイヤ様の接触は注意する最たるものでしょう」
『例え別の姿に化けていたとしても、私がリュークの傍に近寄ればノア様に察知されてしまう可能性が高い。鳥としてリュークと共に暮らす生活も終わりとせねばなりません』
「めー……言われてみればその通りだね。じゃあ、セムレイヤ様は」
『ノア様の不審を買わぬよう、天界にて神の仕事に専念致します。こっそりメイファリナと接触することは可能でしょうが、リュークのことは、もう天から見守るしか……』
哀愁を漂わせる、寂しそうな背中。
セムレイヤ様は今までの鳥(偽装)生活が充実していた(息子とのふれあい的な意味で)だけに、とてもとっても残念そうです。
だけどセムレイヤ様がリューク様に密着出来ないとなると……今までよりリューク様の近況情報の精度が鈍る!? え、そんな!
『神の目を持ってすればリュークの姿を遠目に見ることは可能ですが、声までは……やはり近付き過ぎると、ノア様が』
「何気にメイちゃんもショックだよ……!」
今までがセムレイヤ様経由で情報筒抜けだっただけに、残念でならないよ……。
がっくりと肩を落とす私達を戸惑ったように見つめて、ラベントゥーラさんが一歩距離を取りました。
「ストーカーってガチだったんだ……」
「中ボスさんには残念だけど、ガチだよ。ガッチガチでストーカーだよ!」
「誇らしげに宣言!?」
中ボスの引き攣った顔にあまり興味はありません。メイちゃんはすぐに興味を失くしてどうでも良くなりました。
本当に、中ボスさんなんてどうでも良いぐらいに残念無念……。
セムレイヤ様が天から見守るなら、位置情報ぐらいはわかるだろうけど。
個人的・私的時間に関する情報はもう入ってこないんだろうなぁ。
当初の、セムレイヤ様と出会う前の予定通り……ううん、一応それよりはマシだけど。
だけど最初に考えていたように、後は『ゲーム本編』が始まるまでリューク様達の情報は手に入らないくらいの心構えでいた方が良いのかも。
もう最初っからどうしようもないと思えば、リューク様達が修行している空白期間を覗き見ることは不可能だと思えば、まだなんとか諦めも付けやすい……かなぁ。
色々としょんぼりな気持ちで、私は軽くセムレイヤ様と今後の打ち合わせをして。
それから、私は目を覚ました。
『ゲーム序章』……その佳境である村への襲撃。
それが終わって明けた、朝に。
そして逃げ込んだ森の奥で目を覚ました私達は。
起きて1番に、知ることになる。
村の、消失を。
戦闘に類する音は聞こえない。
襲撃のほとぼりも冷めた頃合いと見て、村へと偵察に出ていたヴェニ君は珍しく驚き慌てた様子で待っていた私達の元へと駆けこんできた。まるで、転がるみたいな勢いで。
動揺するヴェニ君の要領を得ない説明に、信じられない思いで私達は村のあった筈の場所へと足を向ける。
4人、離れ離れにならない様に。
怖がっちゃいそうな気持を抑え込むように、皆で手を繋いで。
昨晩の襲撃で村が焼けたことは、みんなわかっている。
だから村が焼け跡しかない瓦礫の山と化していたって、きっと覚悟はできていた。
だけど、そんなものじゃない。
そんなものじゃないレベルで、村が消えていた。
森に囲まれていた筈の村が、その足下の大地ごと……天から見えない手でえぐり取られたようにして消えている。……いや、本当にえぐり取られたんだけどね?
村があった場所には、●愚呂兄弟(弟)の本気が炸裂したかのような広大なクレーターがあるだけで。
生存者は絶望的。誰かが生きていれば奇跡。
そんな言葉が、景色だけで理解できてしまう。
……わかっていたよ。
うん、わかっていたことだけど。
わかって、たんだけど……それでもやっぱり、精神的にきっついなー……!
異様な光景は、目の当たりにするとショックも格別でした。
ヴェニ君達は知らない。
だけどメイは知っている。知っていて、言うことが出来ずにいる。
村は滅んだ訳じゃない。
そりゃ燃やされちゃって、随分とボロボロになっちゃったけど。
だけど村人さん達は生きている。生き延びてくれる。
生きたまま、ラスボスによって『場所』ごと異空間に連れ去られてしまったこと。
そのことを、リューク様達は『ゲーム』の終盤で知ることになる。
……実際に、村を隔離する異空間に行くことで。
そこからラストダンジョンに繋がるから、本当に物語は終盤だ。
だから、つまり。
彼らが見いだされ、生きていることが知れて。
救われるのは、随分と先の話。
あの村には、メイのお祖父ちゃん達もいる。
幼馴染や師匠もそれを知ってるから、メイちゃんへの対応がどうしても腫れ物に触るみたいで。
実はストーリーの展開上、生きてる可能性が高いってわかってるけど言えないことが申し訳なくなる。
……可能性が高いってだけで確実じゃないし、そのことでも不安と焦りで心臓ばっくばく言ってるけど!
現実のものとして見る光景は、ゲームの背景として見るものとはやっぱり違って。
インパクトが大きすぎるしお祖父ちゃんは心配だしで、顔に出てるだろう動揺に偽りはない。
それでも生きてるって信じて縋れる予備知識があるだけ、たぶんメイちゃんはマシなんだと思う。
実際にこの光景を、このクレーターの縁のどこかで。
村の一員としてメイ以上の衝撃と共に見ているだろう、リューク様やエステラちゃんに比べれば。
村に住んでいた彼らにとっては、このクレーターは故郷を……家と家族と友達を全部まとめていっぺんに失くした証しだから。
リューク様にとっては優しく厳しい師匠の1人である、トーラス先生の命を投げ打った結果でもある。
ラムセス師匠も村に住んではいたけど、リューク様の教育の為に移り住んできたラムセス師匠より赤ちゃんの頃から村を出ずに育った2人のショックの方がきっと大きいから。
現実を受け止めきれずに壊れちゃうんじゃないかって。
辛くて悔しくて、悲しくて、泣いてるに違いないって。
そう思うと、『ゲーム』で見ていた時以上に胸が苦しい。
クレーターを縁に立ち尽して、ただただ眺めるばかりの私。
両手でぎゅっと、胸元を掴んでいることしか出来ない。
何か掴んでないと、座り込んでしまいそう。
メイちゃんは、泣いちゃ駄目。
こうなるって知っていて、村の誰にもこの状況を避ける方法を教えなかったんだから。
ただ殺される可能性だけを削って、それで満足していた。
そんな私がこの光景にショックを受ける、とか……欺瞞だし、偽善だし、ただの保身に走った反応で。
こんなの自己満足にしかならないもの。
私に声をかけようとして、かけられなくて。私とは違う意味で立ち尽くしている3人を騙しているようなもの。
「メイちゃんや」
きっと時間をおかず、誰かが呼びかけてくるだろうなって思ってはいた。
だけど掛けられた声が予想外だと、私以外の3人がばばっと勢いよく背後を振り返った。
クレーターに食い千切られた、森の方を。
「って、爺さん!? あんた無事だったのかよ、有り得ねえ!」
「ふぉっふぉっふぉぉ……」
愕然とする、スペードとミヒャルト。
だけど相手と自分の実力を正確に比較できるヴェニ君は、どこか呆れた様子ながらも「そんなこともあるかもしれない」と納得顔で。
森の奥から、がっさがっさと茂みを掻き分け。
姿を現したぼろぼろのトーラス先生を、ニヤリ笑った顔で出迎えた。
「爺さん、超すげぇぇぇ……!」
「着ているローブはボロボロだし、顔は煤がついてるけど……もしかして、無傷?」
驚愕を隠せない幼馴染の2人は、余裕の笑みを浮かべるトーラス先生に感心と尊敬混じりの目を向ける。
でも実はすっごくギリギリだろうなぁって……事前にこうなる様に指示していた身としては、察するものがあって。
私はどうしても苦笑してしまいそうな顔を隠す為に、トーラス先生のお腹にぎゅっと抱きついた。
ボロボロながら今でも充分な厚みのあるローブに、顔を埋める。
そうすると声は自然とくぐもって響いた。感情も、遮ってしまうような
「トーラス先生……リューク様は?」
「リュークは………………無事じゃよ。あの子らは、生きておる。それだけは保証する」
どこに行ったかは、わからんがのぅ……と。
ヴェニ君達にも聞かせるように言ったのと同じ口で、トーラス先生は私にだけ聞こえるように、後でこっそり教えてくれた。
朝日がまだ出るちょっと前のこと。
明るみ始めた、青闇の空の下。
真っ青で悲痛な顔をしたリューク様達が、このクレーターの側に来ていたこと。
そしてクレーターの底で、リューク様が『トーラス先生の形見』を見つけたことを。
トーラス先生の思い出ごと、抱きかかえる様にして。
形見を握ったリューク様は、泣いていた。
慟哭。
その向こうに、こんなことはもう二度と繰り返さないと。
村を襲った『あの男』を探し出して、いつか絶対に仇を討つと。
こんな悲しさを誰も知らずに済むように。
この世界を、辛いことばかりの未来を、自分は守りたい。
――不吉な予言を打ち破ってでも。
今までどこか遠く感じていた自分の使命を形見と一緒に握りしめて。
今までになく強い、決意の籠った眼差しで――リューク様は、誓ったんだ。ありったけの覚悟と共に。
村との別れを済ませ、新たに信念を手に入れて。
リューク様はラムセス師匠達と共に、村の跡地を後にした。
その一部始終を、私の指示を受けて村から緊急離脱後、森に潜んで村を監視中のトーラス先生は見ていた。
大変居た堪れない思いをしたそうです。
うん、正直ごめん。
出ていきたいけど、出ていけない。
その葛藤に打ち勝ったトーラス先生は、本当に意思の強いお爺ちゃんです。
そんな意志の固いトーラス先生を見込んで、私はまだお願いしたいことがあった。
ちなみにラベントゥーラさんはこの後、世界が『ゲーム』通りの平和を迎えたらお願いを聞いてもらう裏取引をセムレイヤ様と交わしています。
神々の世界に留まっても裏切り者の汚名を背負っては居心地悪いばっかりなので。
リューク様にノア様が倒された場合、まだ復活していないだろう時期……100年とか200年後くらいの世界で、人間としてのニューライフ。神様を辞めて、人間の限界を超えない範疇でちょっと才能や容姿やらを融通してもらい、チートまではいかないけど恵まれ快適人生をプレゼントしてもらう予定のようです。




