11-20.絶対に勝てない戦い
また、間が空いてしまいましたね……なのに、あまり話が進んでいません(泣)
村の向こうの方で夜空を染めあげんばかりに赤々と爆炎が燃え上がる昨今、皆様いかがお過ごしですか? ←現実逃避
ただいまメイちゃんは、内心で「やっべ、どうしよ!?」と惑乱しつつ、物騒な気配が濃厚に漂うただ中にダッシュで向かう師匠と同輩二人の背を追いつつ盛大に困っております。
うわぁうわぁうわぁ、本当にどうしよ!?
うわあ、自殺行為ど真ん中だよ!
勇敢だよ、だけど無謀過ぎるよ!
……と、口に出して言ったら不審過ぎて何も言えないメイちゃん。
この夜に何が起こるか知らないヴェニ君達は、異変が起きたからこそ原因を究明にいざ行かんとまっしぐら。
状況把握は何より大事!という正論を前に、メイちゃんには止める術がない。
皆に暴露しても痛い子扱いされるだけなので、本当に歯痒くって仕方ない思いでいっぱいだよ……。
せめてノア様(幻影)が待ち受ける場所に着いちゃう前に、同じ場所を目指してダッシュしているであろうトーラス先生と合流出来たら……高い実力を誇り、経験も豊富な魔法使いのトーラス先生の口から諫めてもらえれば、ヴェニ君達の方向転換も出来るかも知れないのに!
ああ、だけど。
だけど、人生って無情だよね……。
さあ、現在の状況を御説明しましょう! ←自棄
そこは、村のちょっと開けた広場。
お祭りの時なんかに、やぐらを立てたりする場所で。
……リューク様のお家や、メイちゃんのお祖父ちゃんの家に行くには、絶対に通らないといけない場所で。
村の中心地だからこそ、凄く凄く目立つその場所に。
なんか『向こう側』が透けて見えるお兄さんが、1人。
誰かをお待ちですか? お待ちですね。
誰かって言うか、リューク様を待っておいでですね。
どことなくリューク様に似た顔立ちの、金髪ロングのお兄さん。
優しげな顔は浮世離れした服装も相まって神秘的に見える(通常なら)……だけど今は炎の明かりに照り返されて、顔には狂気的な笑みを浮かべていて。
優しげな外見の危険人物にしか見えません。
――うん、『ゲーム序章』最大の山場、村の襲撃。
そのイベントボスとの遭遇場面そのまんまだ。
わあ☆ ゲームそのものの光景に、メイちゃん感激☆
……なーんて、呑気に感動できますかぁぁああああああっ!!
うわぁうわぁうわぁ、本当にどうするのこれー!? ←錯乱
私は、この姿を知っている。
セムレイヤ様の、人型に変じた姿そのもので。
蜃気楼みたいに、陽炎みたいに、『そこにいる質感』を忘れ果てた姿。ノア様の写し身……が、化けたセムレイヤ様(偽)。
つまり『最後の敵』の幻影ってことで。
うっわー、勝ち目ゼロ!
つまりは、絶対に勝てない戦いを強いるイベントボスです。
そんなの相手に、我が師匠達はどうする気なんだろうか。
物凄く、凄まじく残念なことに、トーラス先生の姿は見えない。
ヴェニ君の、スペードの、ミヒャルトの足は速かった。
獣人だから当然といえば当然なんだけど、その中でもとりわけ速いと思う。メイちゃんも俊足だし。
考えてみれば獣人にしても足の速い種族の子しかいない。羊のメイは本来そこまでじゃない筈なんだけど、馬獣人譲りの自慢の足が裏目に出たよ……。
そう言えば私達って、腕力よりも速度重視の方向性だもんね……。
つまり移動速度は、御老体で魔法職のトーラス先生の約数倍。
当然の如く。
私達の方が目的地に早々到着しちゃった模様です……。
「やべーな……」
「え? ヴェニ君? ……っどうしたの、その脂汗! いや、冷汗? どっち???」
「どっちでも良いわ、そんなもん! それよりマズイな、万が一にも勝てる気がしねぇ」
「えっ」
だけど、だけど。
足の速さ的につい忌々しく思ってしまった、獣人って種族。
獣人は……そういえば、危機察知本能も人一倍だってこと。
私はヴェニ君の言葉で思い出した。
あれ? ヴェニ君? もしかして、彼我の実力差……正確に読み取っちゃった?
相手は幻影で実体がないから、そういうの読み取り難いと思うんだけど。
「せめてあと10年……いや、5年鍛える時間がありゃ、この4人でどうにか出来ねえこともなかっただろうが」
「え゛? あれぇ、メイ達いつの間にそんな高評価をいただけるとこまで迫ってたの!?」
「メイちゃん? メイちゃんもあの変な男の強さがわかるのか!?」
「……僕達には、わからないのに」
悔しがる、犬猫コンビ。
私の場合は前世の記憶から受けた印象を元に判断しているだけだけど。
でもまだ姿が見えただけで満足に接近していない相手(しかも幻影)の強さを測れるヴェニ君は本気で凄いと思う。
「今の俺じゃ、足止めするにも保って6時間ってとこか……」
「そしてヴェニ君、いつの間にそんなに強くなっちゃってたの!?」
ちょっとちょっと、ヴェニ君?
相手は幻影、劣化版の分身とはいえラスボスだよ!?
そのラスボス相手に足止め6時間とか。
ヴェニ君、今レベルどこまで上がってるの……?
『ゲーム』だったら仲間に加入した時点でもレベル50とか、そのへんだったのに。
劣化版ラスボスを相手に単独で6時間は粘れるとか、もうその時点で『ゲーム』での初期レベルすっ飛ばした段階まで駆けあがっちゃってない!?
……そう言えば自分のレベルは小まめにセムレイヤ様に確認してもらっていたけど、他の皆のレベルは聞いてなかったかもしれない。
最終的には1人で頑張らなきゃ、皆は頼れない!ってそう思っていたから……わざわざ聞く必要を感じてなかったけど。
伸び代が多く、発展途上の年頃に真面目に賞金稼ぎしたりメイ達に修行を付けていたヴェニ君の強さって……もしかして、洒落にならない域まで達しちゃってはいないよね……。
うっかり予定より随分と早く武の道に引きずり込んでしまった隠しキャラの本気とか。
見たいような、見たくないような……思わず息を飲んじゃうよ。
「とにかく、状況から見てあの野郎が村を襲ってる……ってことみたいだな」
「ヴェニ君、どうするんだ? 俺達には、勝てないんだろ」
取敢えず、手遅れかも知れないけど。
私達は草叢に身を潜めてこそこそと今後の予定を話し合う。
相手が勝率の低い相手とわかったからには、慎重に行動する必要がある……と、ヴェニ君が納得してくれたので。
私達がもしも自警団とか、治安維持を目的とした組織に所属していたら、ここはきっと村を守る為に戦うか……1人でも多く生き残りを逃がす為に行動するところなんだけど。
所詮は余所者の賞金稼ぎ、わざわざ依頼もなしに戦う必要ない訳で。
……だけど、だけどね。
メイは、この村に愛着がある。
だって何度も何度も何度も数えきれないくらいにプレイしたゲームの、序章で滅ぶ村なんだもん。
滅ぶのが正しい道筋だってわかっていても、心が痛む。
しかも、親戚が住んでいます。
「ヴェニ君、実は……」
その立場から、私はヴェニ君にそろぉっと手を挙げて提案しました。
村の村長さんの家の地下に、村人が万一の場合に非難出来る防空壕を作ってあること、とか。
そこに避難したらきっと村の人達も命くらいは拾える筈だ、とか。
「……地下だろ? こんだけ村が燃えてたら蒸し焼きになって死ぬぞ」
「そこはトーラス先生が手を加えてくれたから! 熱気や冷気を遮断して、扉を閉じたら外部の影響を遮断できる作りになってる筈だよ」
「……で? なんで俺らと同じ余所者のてめぇが、そんな村人もよく知らない避難場所の情報握ってんだよ。このチビが」
「はっ……しまった!」
「最近、隠しごと多いんじゃねえのか? あ゛ぁ゛?」
「ヴぇ、ヴェニ君、声大きい! 抑えて、抑えて……!」
「チッ……後で、生き残れたら絶対に追及すっからな」
「その時は全力ではぐらかすよ!」
「馬鹿が、はぐらかすとか宣言してんじゃねえよ!」
余裕がある様に見えて、実は全然余裕がない。
そんな駄目駄目な話し合いの末、私達の方針が決まる前に。
その人は、やって来ました。
精一杯に走って、駆け付けたと。
見ただけでそれがわかる、疲労困憊ぶりで。
「う、ぷ……もう、走れん、ぞ……っ」
と、トーラス先生ふらふらしてるーっ!!?
私達とは別の道から、広場に飛び込んできたのは。
……見るからにふらふらした、トーラス先生でした。
え゛、トーラス先生、大丈夫!?
見るからに大丈夫そうじゃない。
だけどトーラス先生は、足を止めることなく。
千鳥足一歩手前の足並みで、ふらふらよれよれよたよたと。
セムレイヤ様(偽)の前に立ち塞がる。
大きな杖を支え代りに、全体重を傾けて。
今のトーラス先生は、どこからどうみても……グロッキー状態ってやつでした。
なんか例えるなら、「HP 5 / 5000」って感じ。
「く……っ老骨には堪えるわい」
そんなことを言いながら、トーラス先生が懐から取り出したもの。
あ、アレは、まさか……!
「ロキシーちゃんが売り出した、特製栄養ドリンク『獅子奮迅G』! 開発を切り出したのはメイだけど!」
「え? あ、マジだ! あの怪しげな瓶!」
「うわ、あれ買う人って本当にいたんだ……」
トーラス先生の手に握られた特徴的な瓶を見て、私達は身を潜めていることも忘れてざわっとしちゃいました。
アカペラの街の薬師さん達にも共同開発って形で協力してもらって、つい先年形になったばかりの新商品。
しかし賞味期限的な問題から、食品系の商品はアカペラの街の外ではあまり流通していない筈なのに!
トーラス先生は一体どこであれを知り、どうやって手に入れたのでしょうか。
多分どっかの行商人の仕業だろうとは思いますけど、商品は選びましょうよ!
加工済みの飲食物系は、腐ったら本気で大損でしょ!?
この世界、賞味期限の概念ないけど!
「……アレって前にお前らが持ってきた、クソ不味い変な飲み物か?」
「滋養強壮に良く効くんだよ、ヴェニ君」
「効くのは認めるが、アレ妙に薬臭い上に変に甘ったる過ぎんだろ。しかも後味は独特の風味を伴った苦みと辛みが……」
「その甘さは配合されたローヤルゼリー入りの蜂蜜由来だよ、ヴェニ君!」
「ろーやるぜりー? なんだそれ、新種のスライムか?」
「蜂さんが女王蜂になるのに必要な栄養食だよ! ……ちなみに森の最深部に巣をかけた『巨熊強殺蜜蜂』の巣でも5m級に達した巨大な蜂の巣から採取してるらしいよ」
「は!?」
「ついでに薬臭いのは主原料がマンドラゴラだからだと思うよ。ヴェニ君」
「はあ!!?」
「苦みと辛みは……フキノトウと唐辛子かなぁ」
「どっちかというとコーヒー豆の方じゃない?」
「成分が謎過ぎて怖ぇんだよな……マジに良く効くけど」
「どこから材料手配してるんだろうね、ロキシーちゃんは」
「だけどアレを取り出したってことは、トーラスさん、まさか……!」
ミヒャルトが言うまでもなく、取り出したからには用途はきっとひとつ。
トーラス先生は瓶の蓋を手慣れた動作できゅぱっと開けると、一息に……一気飲みしたぁぁあああ!!
あの栄養ドリンク、容量多めなのに!
前世で言う500mlペットボトルくらいの大きさがあります。
それをごっごっごっと飲み干し、一気に空にした瓶を無造作に投げ捨てる。
今さり気無く、「げふぅー……っ」って聞こえてきたよ?
かつてない老魔法使いの粗野な振る舞いに、不退転の覚悟を見た。
……トーラス先生は、私達よりずっとずっと経験豊かなベテランの魔法使いで。
だから、きっと。
ヴェニ君よりもずっと正確に、彼我の実力差を肌で感じていた筈だけど。
自分が勝てないだろうって、わかっている筈なのに。
そんな悲壮な素振りは全然見せないで、厳しく幻影を睨み据えた。
「……この村に、何の理由が有って火をかけたのかは知らぬ。じゃが、儂らが守り、儂らの愛し子が愛した村に火を放ったのじゃ。覚悟なさるが良かろう」
『――老いぼれが、私に覚悟を求めるか』
「求めましょうぞ。儂はあんたにとっては格下やも知れん。じゃが格下は格下なりに、死を恐れぬ古兵の戦いぶりをお目にかけようぞ!」
老人とは思えない力強い叫びと共に。
トーラス先生が振り下ろした杖から、白い光が迸った。
『巨熊強殺蜜蜂』
メイちゃん達の住むアカペラの街近隣にある森の、最深部に棲む蜂さん。
見た目は一般的なミツバチさんで、生態も一般的なミツバチさんとあまり変わらない。
ただし働き蜂の平均的な大きさがバレーボール大。
普段は温厚で此方からちょっかいをかけない限り友好的な蜂さん達だが、巣に近寄る者は何人たりとも許さない。守る為ならいくらでも獰猛さを発揮する。名前の由来は働き蜂一匹一匹が熊と真っ向から渡り合えるくらい強くて頑丈なことから。
普段は花の蜜を集めて回っているが、普通のミツバチさんから蜂蜜を上納されることもある。
蜂蜜を上納してくれるミツバチの巣を警備してくれる習性があり、大体は用心棒代として上納されているようだ。




