11-19.父と子の邂逅 (主演・演出:セムレイヤ様/監修:メイちゃん)
夜闇の中、不思議な燐光がひとつ、ふたつ……
淡く緑っぽいような、かと思えば金色っぽいような、何とも言えない光が舞う。
気がつけば蛍を思わせる光が……広場の全体で、舞っていた。
今までに見たこともない、未知の光が暗い筈の森の中を照らし出す。
俺の周囲でも、光がゆっくりと空へ舞い上がっていって。
指先で恐る恐ると触れてみたけど……何の感触もない、正体の知れない光。
触った実感なんて何もないけど、柔らかな温かさだけが指先に伝わって来る。
だけど、なんでだろう。
本当に、初めて見る光景で。
この光の正体も何もわからないのに。
俺は、この光を全く怖いとも不気味だとも思わなかった。
ただ何故だろう。
何故か……懐かしいって思ったんだ。
根拠なんて何もなく。
今まで感じた事のない切ないナニかが、胸をぎゅっと締めあげた。
これは一体……なんだっていうんだろうか。
――その感覚は、『郷愁』というのだと。
俺は、後に知ることになる。
だけど今この時は。
郷愁なんて今までに感じたこともなく、ただ周囲を舞いあがる光に見入った。
神秘的で、美しい光景だ。
そんな感想も、出てきたのは後になってからで。
引き込まれるようにして、俺は何も考えられずに光の乱舞を見続ける。
ラムセス師匠やエステラ、アッシュの声も、もう耳には届かなくなっていた。
夢中になるって、きっとこんな感じだ。
本当に夢の中にでも、いるみたいだった。
『――リューク』
誰に声も耳に入らなくなっていた、俺の耳に。
りんと涼やかな声が届いた。
聞いたことのない筈の、声。
だけど聞いた途端に、胸を締め付ける切なさが増した。
ぎゅうって心臓が絞られる。
聞いたことはない筈なのに、知ってる。
知ってる、と、思った。
でも、だけど、一体誰の声――?
『リューク、私の声が聞こえますか……?』
声に応じる様に、振り返った。
目を向けた先には……やっぱり、見た事のない筈の人がいた。
長く下された、金色の髪の毛の。
繊細な刺繍や玉石でさりげなく飾り立てられた、風雅な衣装。
こんな田舎では目にすることのないような……一目で、これは話に聞く『貴人』というヤツだろうかと思い至る。
ぼんやり、俺は見知らぬ人の顔を見上げた。
もっとその声を、聞いてみたいと思った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「リューク? リューク、どうしたのっ?」
「ラムセスのおっちゃん、リュークのヤツが全然反応しねぇ!」
「むぅ……これは」
無事エステラと合流を果たした、森の奥の祠前。
ちょっとした広場になっているそこで、エステラは「怖かった……!」と泣きじゃくりながらリュークの胸に飛び込んだ。
1番近くにいたから。
だから、リュークの様子がおかしいことに、最初に気付いたのはエステラだった。
何が理由かは、わからない。
エステラと合流して気が抜けた、というには無理がある程に。
リュークは、茫然自失といった様子でぼんやりと立ちつくしていた。
まるで正気ではなさそうな、その様子。
目は開き、呼吸におかしなところもないというのに。
ここではないどこかを見ているように、その視線は遠い。
立ったまま、何の反応も返さなくなった少年。
彼に一体何が起きているのか……仲間達は測れず、困り果てる。
リューク以外の、この場に居合わせた少年少女にラムセス師匠。
3人の目には宙を舞う光も、金色の髪の男も、何も映っていなかった。
ただその姿を目に移し、声に耳を傾けているのは……
『ここではないどこか』に視線を向ける、リュークのみ。
彼にしか、見えていなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ふわりと、金色の髪を垂らした男が微笑む。
慈愛に満ちた、守護者の様な面持ちで。
優しげな眼差しの中には、疲れと寂しさが垣間見える。
それ以上に大きな、喜びも。
『リューク……』
「あ、あなたは、誰だ……?」
ぎこちなく、戸惑いを隠せない声でリュークが問う。
問いに、しかし男は答えない。
ただ切なげにそっと目を伏せて、悲しそうに微笑んだ。
『私が何者か、話したところで……今の貴方には信じることなど出来ないでしょう。それよりも、私の話を聞きなさい』
「は、話を聞けって……自分が何者かも言えないのに?」
『……時が至れば、私が何者かも自ずと知ることになるでしょう。リューク、今は時間がありません。私の話を聞くのです』
「時間がないって、どういうことだ」
『………………此処は、あの方の領域に近い。私だとて、そう長くは留まっていられません。長居をすれば、あの方の封印に影響を及ぼしてしまう。だから、そう、この僅かな時間だけなのです。私が……貴方に、手を差し伸べることが出来るのは』
困惑を隠せないリュークに金髪の男――セムレイヤ様は、真摯な気持ちを込めて言い募る。
今はこれだけしか言えないが、どうか気持ちが届くようにと。
父と名乗ることの出来ない歯痒さを堪え、真剣に訴えた。
優美な外見に反して無骨な手を、そっと少年に差し伸べて。
『――このまま此処にいては、貴方に多くの苦難が降り注ぐことでしょう。防ぐ方法はありません……辛い目に遭いたくなければ、私と来なさい』
言い募る声音は、真剣。
だが真剣であれば、あるからこそ。
その姿は……当事者以外の目線で見ると、思いっきり不審者臭が全開だった。
ぶっちゃけ、警告なのか脅迫なのかわからない。
そして残念なことに。
リューク様はまだ子供ではあるが、年齢は既に12歳。
自分で立派に物の道理を考えることのできる年齢だ。
だから、つまり。
当然の帰結として。
こんな不審人物の求めが易々と叶う筈もなく。
謎の懐かしさと切ない寂しさに襲われながらも、冷静な目で見て判断して目の前の男を『不審人物』と判断出来ちゃった警戒心も慎重さもバッチリな少年は。
はっきりと男の目を見て拒絶した。
「何が言いたいのか、わからないけど……一緒に来いと言われても、困る。俺は初対面の、名前もわからない怪しい人間について行くほど馬鹿な子供じゃない!」
当然ですね、その主張。
彼は目の前の不審人物が不審人物(神)であり、不審人物(実父)と知らないまま……差し伸べられた手を、払い除けた。
不審人物扱いを受けた竜神様は、はっきりと主張を述べた息子に寂しげながらにしながらも。
拒絶に震える声で、辛うじて最後の台詞を絞り出す。
『――良いでしょう。行くも戻るも、貴方の道です。私の手を拒むのもまた、貴方の選択……願わくば、リューク、貴方の道が途切れることなく……そして、善き光に満ちていることを』
儚げな、その言葉を最後に。
気がつけばリュークの視界から、広場全体を照らしていた燐光も、長い金の髪を垂らした男も……不思議なものは、その全てが姿を消していた。
ただ自分だけが、心配そうな仲間達に囲まれて。
祠の前に立ち尽くしていることを、知った。
その、直後。
森にいたリューク達は、今度は全員が明らかな異変に気付くこととなる。
異変をそうと察するのは、難しいことではなかった。
何故ならば、森の出口がある方向……村のある方向の、空が。
赤々と燃え盛る炎に照らされ、真昼のように明るくなっていたからだ。
異変に気付いた瞬間。
リューク様達は、村を目指して駆け出した。
一体何があったのかと、思案する余裕もないままに。
そして彼らは直面することになる。
炎の海と化した、自分達の村に。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
――わたしメイちゃん、いま貴方の村にいるの。
危うく粉砕しかけたトーラス先生のお腰を、クリスちゃんに修復してもらいながら。
何とか、村に異変が起こる前に森を脱出しました。
ちなみにトーラス先生はメイがおんぶで運んだよ!
獣人だから筋力あるんだけど、それでも自分よりずっと身長の高いお爺さんをおんぶで運ぶのは大変。
……でも、怪我させた責任あるし。
うん、体を鍛えておいて良かったかな!
「……で? この状況は何事だ、馬鹿チビ」
そして今現在。
メイちゃんは絶賛、ヴェニ君による尋問を受けている真っ最中です☆
……この村に来てから何回目だっけ、この展開。
トーラス先生を連れて、村に戻ってきて。
そこに待ち構えていたのは、我等が師匠と幼馴染の2人。
ご丁寧に森と村の境目で待っていてくれたよ☆
……うん、待ってなくて良かったと思うんだ。
ここでメイが3人に捕獲されるのは、姿を見た瞬間に悟りました。
うん、確定事項だよね。うん。
時間を食うことは予想ができたので、トーラス先生とは取敢えずここでお別れです。
これから襲撃があるっていうのに、準備、先生1人にお任せしちゃってごめんなさい!
だけどメイにはヴェニ君達を迂回してお手伝いに行くことが出来ない!
だってもう既に、その時点で腕掴まれちゃってたからね……。
そして往来の真ん中で、尋問される今に至る。
今頃トーラス先生、準備は順調に進んでるのかな。
襲撃対策の最終確認と、村の人達を避難場所に誘導する為の準備……大変だろうなあ。1人だと。
リューク様とセムレイヤ様の接触が、引き金となって。
両者を精神的に分断させる為、リューク様がセムレイヤ様に好感を持つことが万が一にもないように。
むしろリューク様がセムレイヤ様のことを敵として憎むように。
未だ封印された状態の癖に、ノア様が実は既に自由を手に入れている配下やら魔物やらを使ってリューク様の心に憎悪を植え付ける。
それが、これから引き起こされる『故郷の村襲撃事件』の真相な訳だけど。
セムレイヤ様が堂々とリューク様に接触した以上、それが今夜起きることは確定事項。
つまり、メイちゃん達はこの村の被害をなるべく少なくする為に……ううん、被害0を目指して動かないといけない。
あらかじめ、トーラス先生にはこっそり避難場所を作ってもらっている。
だから後は、村民の皆さんを村の炎上に先駆けてこっそり避難誘導を……って感じなんだけど。
問題は、今回の村訪問がメイちゃん1人によるものじゃないってことで。
当然ながら、行動を共にしている師匠と幼馴染2人から見て、メイちゃんの行動は不審。
何の説明もしてないから当然だけど……!
そして与太話扱いされる未来が見えるから、説明する訳にもいかないけど!
特にヴェニ君だって、本来は『ゲーム』の隠しキャラ!
このお師匠様に話した結果、どんな大事に発展するか未知数だし。
……でも、出来るなら。
村人さん達の被害を減らす為にも。
本当は、3人にも手伝ってほしい。
それが本音なんだけど……
「あ、あうぅぅ……どうやって、なんて説明したら良いのー!?」
「良いからちゃっちゃとありのまま話せっつってんだよ、この羊チビが! 俺の言ってる事理解してるか? 馬鹿はスペードだけで十分だっつの」
「え、なんか今、どさくさ紛れに俺まで罵倒された!? ヴェニ君、それどういう意味だ!」
「お前は馬鹿だって言ってんだよ!」
「なんでここで俺が怒られる流れになってんの!? 超理不尽!」
……本当、なんていうか。
ヴェニ君って勘が鋭いよね。
それが獣人として備わった本能なのか、それとも師匠として数年メイちゃんに付き合った末に芽生えた予測能力なのか、わかんないけど。
ううん、もしかしたらメイちゃんの不審な行動から何かがあるって確信しちゃったのかもしれないけど。
今目の前で、ヴェニ君が「さあ話せ。なんかあるだろ、全部話せ」と迫ってきております。
説明するのは難しい。
だけどこう、最初っから何かあるものって前提で待ち構えられるのも。
なんというか……凄く話し辛いんだけど、メイはなんて言えば良いんだろ?
これから村が炎上するから、避難誘導手伝ってください?
……駄目だ、怪し過ぎる!
これから起こることは確定していても、まだ村には火種の気配すらないっていうのに。
そんな状態で先を予測するようなことを口にしたら……本当に、何を知ってるんだって吊し上げ喰らっちゃうかも!
そうして、ヴェニ君達になんていうべきだろうって。
メイが、もだもだしている間に。
村に、火の手が上がった。
待ってた。
ううん、心待ちにしていた訳じゃないけど。
起きるって知っていて、この時を覚悟していた。
こうなるともう、時間はない。
私達が動かないと……本当に何も知らない村の人が、犠牲になるから。
この村には、死んじゃいけない人がたくさんいるから。
私の心の安寧の為にも、リューク様の為にも。
そして誰より、災禍に見舞われた村の人達の為にも。
いま、メイが動かなくっちゃいけない。
だから、出来れば。
頼りになる師匠と幼馴染に、手伝ってほしい。
結局何の説明もないまま、行き当たりばったりに巻き込んじゃったけど。
無事にこの夜を乗り越えられたら、吊るされても怒られても構わないから。
秘密主義で薄情なメイのことを、今だけは許してほしいな……って。
そう思って、爆音と共に上がった火柱に目を奪われた次の瞬間。
避難誘導をお願いしようと思ってバッと即座にヴェニ君やミヒャルトの方を振り返ったんだけど。
視線を移した時には既に。
ヴェニ君達の姿はなかった。
翻った背中が、既に走り出している。
「え、えぇっ!?」
「おい何してんだ、行くぞメイ! 遅れるな」
「あるぇ!? ヴェニ君いつの間に前方に!」
「馬鹿が……何か異変が起きたのは確かだろーが。状況の確認・把握は怠るなって教えただろ。現場の確認に行くぞ!」
「え、ええぇぇぇええええ!?」
私の師匠と幼馴染は、今日もとっても行動的……☆
……避難誘導のお手伝いをお願いしようと、思ったのに。
これ、どうしたら良いんだろ!?
ヴェニ君達に説明できなかったメイにも責任あるけれど。
うちの師匠達が、爆心地……じゃないや、騒動の真っただ中目がけて一目散に走って行っちゃってるんですけど!
そこには、実体のない幻影ではあるんだけど。
……セムレイヤ様の姿に化けた、ノア様の写し身がいるはずで。
つまりは劣化版・ラスボスがいるんですけど。
そんなところに突撃するって自殺行為だよ、ヴェニ君――――!!
言えないメイも、悪いけど――!!
リューク「あの不思議な人は……なんだったんだろうか」
貴方のお父様ですよ、リューク様!
セムレイヤ様『仮の姿(鳥)であれば、長居できなくもないのですが……如何せん、そうなると不審度が上がってしまいますからね。とても親子の名乗りは出来そうにありません』




