11-16.奔走の夜がはじまる
今回はリューク様視点多目で、合間に他視点が入る形で進みます。
ついでに長くなり過ぎたので、今話と次話の二つに分けることにしました。
その知らせがリュークの耳に入ったのは、今にも太陽が沈もうとしている日暮れ時のことだった。
家の玄関口には、肩で息するアッシュの影。
彼は応対にリュークが出るなり、開口一番でエステラの所在を尋ねた。
「え? エステラが帰ってない……?」
「だってよ。リューク、お前なにも知らないのかよ! エステラのやつ……小母さん、お前と森に行くって言ってたって」
「……知らない。俺、今日はずっと師匠達と修行してたから」
「本当にエステラはお前のとこ来なかったのか!?」
「来ていたら嘘は吐かないさ。アッシュ、エステラは他に誰かと一緒じゃないのか?」
「……村中、聞いて回ったし探したさ。エステラと一緒に今日行動してた奴は1人もいなかった」
「もう、日が落ちる。それでも帰ってこないなんて変だ。ましてや1人だなんて……今は狼が出て、物騒なのに!」
「もし……もしだぞ? もし、エステラが1人で森に行ってたとしたら」
「…………!」
少年達は焦りを湛え、顔を青く染め上げる。
心当たりはない。
だがエステラ本人が「森に行く」と言っていたという。
……いま、森は狼の魔物の巣窟となっているのに。
そんな場所を1人で奥まで進めるほど、エステラは強い娘じゃない。
特に狼の俊敏さで距離を詰められでもしたら、近距離戦の心得がないエステラでは一溜まりもないだろう。
昼間はどこか動きの鈍い狼達も、夜行性の本能があるのか夜になると活動が活発化する。
リュークの言葉通り、もう日が落ちようとしていた。
こんな時に森に向かい、まだ戻っていないなら……アウトだ。
少女の身に待っている命運の行方、同一の言葉を口にせずとも頭に浮かべ、2人の少年は自然と走り出そうとした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
~その頃、森の奥では~
「は、犯罪者……」
「ぷるぷる、メイ、わるいストーカーじゃないよ」
「何言ってるの……? 悪くないストーカーってなに!? ストーカーって悪い人じゃないの!?」
「うーん、残念ながら現行の法でストーカーを規制するようなのってないんだよね。そこはメイ、ちゃんとしっかり調べたから! 将来、本格的にストーカー始動する時に法に触れることがない様、しっかりちゃんと調べたから!」
この世界は領土毎に領主の定めた法律があったり、王国法があったり、国によって法律が変わったりってちょっと厄介だけど。
そこはばっちり抜かりなく☆
アカペラの街が交易の要所で本当に良かった。
お陰で世界各地から訪れる商人さん達に、法律について詳しく聞けたし。
あとロキシーちゃんが各地の法律に詳しかったので、簡単にレクチャーしてもらったりとか……現地点で出来る勉強は完遂したよ!
「う、うわぁん、思考回路が犯罪者-!」
「法の抜け道をばっちり押さえてたら犯罪者にはならないんだよ、エステラちゃん!」
「危険人物であることは変わらないよねぇ!?」
「大丈夫、メイ、プライバシーは守るストーカーだから! つき纏いはするけど、皆の見られたくないようなところからはそっと目線を外すよ! つき纏いはするけど!」
「皆って複数形なの!?」
その中にはエステラちゃんも含まれてます、とは……うん、言わない方が良っか!
とりあえずメイが無害なストーカーだと主張を繰り返すよ!
納得してもらえるとは思わないけどね?
納得してもらえなくっても構わない。
ただエステラちゃんに、深く関わるまいと思ってもらえれば……!
私は敢えて、エステラちゃんに苦手意識を植え付ける様にして、少しずつエステラちゃんの望んでいた『話題』から話を逸らしていきました。
流石にこの状況で「この泥棒猫!」とか言いがかりをつけられるような展開には、もうならないと思ったけれど!
でも女の子のどろっとした話は決着をつけるのが難しいので、やっぱり互いに干渉を封じるような結果が1番だと思う。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「――待て、リューク。どこに行く」
「ふぉふぉふぉ、もう夜になろうという時に。子供だけで夜遊びはいかんぞ、リューク」
「し、師匠、先生……っエステラが、森にいるかもしれない」
「……それで、お前達2人で向かう気か?」
「………………お願いします、師匠、先生。どうか、俺達と一緒に来て下さい!」
「それで良い。間違っても、自分だけの力で何とかしようとするな」
「こういう時は、大人の力を借りるもんじゃ。何せ、お主はまだまだ子供なんじゃからの」
「師匠、先生……!」
危急の時でも状況を分析する冷静さを失っていなかったこと。
それが少年の、得難い資質として師の目には映る。
少年の輝きに間違いなどないと、師は鷹揚に頷いて彼らを先導した。
一路、森へと。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
『第1チェックポイント、通過……ですか』
「きゅ!」
『急ぎましょう。森の奥へ、先回りしなくては』
「きゅいっ」
そして、夜が訪れようというのに。
木々の上、緑に隠れて……視力を失うことなく、大きな鳥と鳥っぽい謎生物が暮れゆく空へと飛び立った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
森の中は、日没に先んじて既にもう角灯が必要な程に、暗い。
だが先を急げ急げと気も急くばかり、走る足に由来する激しい震動が、灯火を不安定に揺らす。いつ消えても、おかしくない。
密集した木々の間から、次から次へと魔物が飛び出してくる。
ただでさえ足場が悪く、視界は悪い。
間違いなく、これは悪路だ。
「……はぁっ」
振るった剣に、肉を断つ手応え。
狼の数は多いが、その動きは精彩を欠いている。
一体何があったのか。
わからないが、好機だ。
やはり多いのは狼の魔物だ……だが、その動きはどこか混乱し、動揺が見える。今にも狂奔に至りそうなほど。
様子がおかしいと、気付いてはいた。
だけど今は狼に構っている場合じゃない。
何よりも重要なのは、エステラの無事だ。
狼の様子など、それが確認できてから気にするべきだろう。
構う余裕がなくとも、振るう剣に焦りを残してはいけない。
こんな時だからこそ師匠の教えを忘れることなく、守らねば。
1匹1匹確実に退ければ良い。
自分が倒せなかった分は、師匠達が確実に倒してくれると信じられた。
「《 地に眠る魚よ 》」
「《 地に眠る魚よ躍れ 》」
「《 【Silurus asotus】 》!!」
トーラス先生の魔法で、地が揺れる。
俺達の足下は大丈夫だ。揺れて足を取られることはない。
だけど魔物の足下にだけ、トーラス先生が選んだ魔物にだけ局地的な地震が起こる。
逃れようのない揺れに、狼達は足を止めた。
それどころか、相次いで転倒が起きる。
起き上がれずにいるそれら魔物に、ラムセス先生の放った一閃。
全て確実に、急所である首だけを切り裂いた。
圧倒的だ。
こうして魔物を相手に改めてみると、2人とも俺の実力ではまだまだ届かない遙か高みにいるんだと気付かされる。
1匹1匹の相手に必死になっている俺とは、あまりに違い過ぎて。
師匠も先生も、いつかは俺が2人よりも強くなると言う。
本当にそんな日は来るんだろうか。
あの2人が戦う姿を見ると、信じられなくなる。
……いや、信じなくても良い。
時間がない。
他人の強さを羨むのは、筋違いだ。
自分の努力がまだまだ足りないことを、認められないだけ。
今はそんなことは如何でも良い。
とにかく今は……やれることをやるだけだ。
「リューク、そっちに行ったぞ!」
「く……っ」
――強くなりたい。誰よりも強く。
こんなところで立ち止まらずにいられるくらいに。
助けを求める誰かを、溢すことなく掬い上げることが出来るくらいに。
この森の狼になんか、負けずにいられるくらいに……!
――『きゅぁあああああああああああああ』
「……!」
その時、どこか遠くで。
『竜』の声を、聞いた気がした。
どこから聞こえたとも判然としない。
聞こえた気がしただけで、ただの空耳かも知れなかった。
それが実際に耳に届いて聞こえた声ではなかったかもしれない。
俺の頭の中……心の中だけで響いた声だったのかも。
深く、深く、心の奥深いところから、響くナニかの声。
だけど、何故か。
何故かそれが。
今までに1度も聞いたことのない、そのナニかの鳴き声が。
俺には、何故かハッキリと確信が持てたんだ。
アレは、竜の声だったと。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
『聞きましたか? 聞こえましたか、クリス……』
「きゅう」
『ええ、そうです。そう……あれは確かに、竜の産声でした』
「きゅーう?」
『確かに、産声と言いつつ生まれた時に発するものではありません。あれは、あの子が本当の意味で……そう、竜として目覚める為の、発露。その第一段階とでも言いましょうか。リュークの魂、その深奥に封じられた竜の性質が、目覚めようとしているのです』
「きゅきゅっ」
『きっと、あの子が心の底から……本当に、強くなりたいと願ったのでしょうね。……予定より少し早い様ですが、まあ時間の問題です。少々前後するくらい、構わないですよね?』
「きゅう」
本来、それは。
育った村の滅びを目の当たりにして起こるものだったはず。
だが既に、『物語』には様々なズレや差異が生じている。
……主に、メイちゃんの功績で。
それを思えば本来起こりえたモノの僅かな誤差くらい、今更だ。
ただ、メイファリナには黙っておこう。
竜神は密かに思い、聞いた魂の産声を胸の内にしまい込んだ。
『Silurus asotus』ナマズの学名
日本に古来より地震の原因と言い伝わる魚(俗信)。




