11-12.真心込めた手作りの贈り物
獣人のメイちゃん達は、体力だって身体能力だって中々のものです。
森の中とか、むしろミヒャルトとかスペードは平地より得意かもしれない。もう楽しげにすいすい歩いて行っちゃいます。
すいすい行き過ぎて、うっかり気遣いとか忘れがち。
獣人ばっかりしかいないって状況なら、私達も苦もなく合せて歩くことが出来るけど。
今は、種族的には『ただの人間』であるエステラちゃんがいる。
だからもうちょっと気遣った方が――……と、思ってたんだけど。
「うんしょ、うんしょ……」
エステラちゃん、全然堪えてなさそう。
むしろ平然とついてきながら、ついでに所々で木の実拾いも同時並行でこなしてるし。
さりげないスペックの高さに、流石はリューク様の幼馴染というか何というか……『ゲーム』のメインキャラの端緒を見ました。
これが、メインキャラと名もないモブの格差……!
一緒のクラスで苦楽を共にしたお友達の人間さん達と比べて、あまりの能力差に切ない物を感じました。
ロキシーちゃんだって、運動不足って訳じゃないのにね……。
商業で栄えた都会で海千山千の商人達と丁々発止のやりとりをしながら育った商売人と、田舎の山野で男の子にくっついて駆けまわりながら育った弓使い……得意とするところが違うのは当然だけど。
でもロキシーちゃんだったら、今の私達と同じペースで森歩きなんてしようものなら……15分でバテるね、間違いなく!
それがエステラちゃんはもう、1時間近く遅れることなくついて来ています。それも途中、合間合間に魔物との戦闘も差し挟みながら!
戦闘の間、エステラちゃんは木の上なんかに避難して、矢を放ちます。
その分、余計な運動をしていると考えると……エステラちゃん、小動物系の美少女な割に体力凄いね。
今も鼻歌でも歌い出しそうな軽やかさで、幸せそうに木の実を拾いまくっとる。
わあ、エステラちゃん……もう籠、一杯だよ?
え、そんなに沢山必要なの?
ヴェニ君も首を傾げて、興味を引かれたらしく籠を覗いています。
「随分と沢山拾ってくんだな。お前の親父、そんな木の実好きなのか」
「え?」
「……なんでそこできょとんとした顔すんだよ」
「…………たくさん、作ってね? 一番上手にできたの……リュークに、あげるの」
なんということでしょう。
ここにきて、実は「お父さんの為に木の実のケーキを作る!」というのが方便であることが発覚しました。
あまり隠す気がなかったようで、さらりと教えてくれます。
森に木の実を拾いに行くにも、親御さんが止めずに行かせてくれる口実が欲しかったみたいで……それでお父さんの誕生日を理由にした、と。
でもその実、真の目的はリューク様への贈り物という……これじゃ『父への愛』じゃなくって『父の哀』だよね。
だって暗に、お父さんには出来がいまいちなのをあげるって言ってるようなもんだし。
だけど父を口実にしてでも好きな人に手作りのお菓子を食べてほしい、とか。エステラちゃん、女の子だね。
まだ子供なのに健気! 健気に、家庭的な女の子アピール!
子供なのにエステラちゃんの女子力(打算込み)レベルたっかぁー。
……でもエステラちゃん、なんでメイの方をちらちら見ながら喋るの?
質問したの、メイじゃないよ?
あまりに見られるので、怪訝な気持ちでいっぱいになっちゃう。
首を傾げていると、いつの間にか隣に移動してきたヴェニ君がひょいって片眉上げて、メイを見下ろしてきました。
「ん? ヴェニ君、なぁに」
「……お前は、何もやんなくって良い訳? 遅れを取るんじゃねーの?」
焦りはしないのか、と。
ヴェニ君はヴェニ君で、気を遣ってかリューク様の名を避けて話を振って来ました。
……きっと私がリューク様の信者だって、察してだよね。
お前、付け回すくらいなんだから憎からず思ってんだろ、と。
だったらエステラちゃんは恋敵になんじゃねぇのか、遅れを取っても構わないのか、と。
ヴェニ君の雄弁な眼差しが私に疑問をぶち当ててくる。
年々、コミュニケーション能力が器用に高くなってくなぁ、ヴェニ君。
でもね、ヴェニ君。
メイのこの崇高な想いは、多分ヴェニ君が考えるような単純なモノじゃない。恋心とか異性への憧憬とか、そういうありふれたモノとはちょっと違うと思うんだ。
メイの想いは、一言では言い表せないくらい大きくて。
そんで特殊性溢れすぎてると思う。うん。
だけど憧れてるって意味では、確かにその通り。
憧れの人に手作りお菓子を食べてもらいたいって気持ちも、わかるんだけど。
でもでも、だけどね?
「ヴェニ君、冷静に考えてみよう?
数年前にほんの数日間近所に滞在していただけで、言葉を交わすどころかまともに顔を合しもしなかった顔見知り以下の相手に、いきなり前触れもなく手作りの食料品を貰って……どんな意図が含まれているのかも不明なのに、何の警戒もなくヴェニ君だったら口にできる?」
「お前、マジで冷静だな。むしろ客観的分析が的確過ぎて引くわ」
「それでも、もしも。何か贈るとしたら……確か好物はお肉の煮込み料理と瑞々しい果物だった筈だから(※前世のファンブック情報)。交易で栄えたアカペラの街っていう環境も活用して、馴染みの商人に手を回してもらって外国の珍しい高級水菓子の詰め合わせセット(贈答用)とかとか!」
「無駄に高品質なプレゼント案さらっと出してんじゃねーよ。なんで碌に顔も合わせたことねえはずなのに好物把握してんだよ!? ヤケに自信満々に言い切りやがったが、どこ情報だソレ」
「それはちょっと、ヴェニ君でも言えないなぁ(※前世のファンブック情報)」
「くそ、だからなんで俺の弟子にはストーカーしかいねえんだよ! まともなヤツ皆無じゃねーか!」
「め?」
なんかヴェニ君が、さも他の二人までストーカーみたいな言い方をする。
そんな素振りどっかにあったっけ?
二人がストーカーとか言われても、ピンと来ない。
だって二人が付け回すような女の子に心当たりがないんだもん。
今までずっと一緒に育ってきたけど、あの二人が特に関心を示した女の子とかいなかったと思うんだけどなあ……。
「――ヴェニ君? 雑談はそこまでにしてよ」
心当たりを思い出かき回して探していたら、いつの間にかヴェニ君の背後にミヒャルトの影。
え、あれ? あれ???
いま、何の気配も感じなかったよ!?
ヴェニ君は顔をしかめながらも驚いていないから、接近には気付いていたっぽい。
でもなんで苦々しく嫌そうな顔してるんだろ。
「ミヒャルト、その俺ピンポイントに向けた殺気……いや、害意しまえや」
「ヴェニ君が状況を察してくれたら、すぐにでも?」
「……で? 何か報告あんのかよ。何もなくてわざわざ声かけてきたんじゃねえだろ」
「無言の抗議じゃなくって声かけを選んだ理由? 当然あるよね」
「めー? え、ミヒャルト、何かあったの?」
じっとミヒャルトに視線を注ぐ。
ミヒャルトはヴェニ君にちょっと反抗的な目を向けた後、メイにだけちょっと微笑んで、言った。
「先行して偵察していたスペードから報告だよ。
――見つけた、ってね 」
メイ達が雑談している間に、働き者の我が幼馴染君はどうやら標的を発見していたようです。
でも……発見できて、良かったって喜ぶのが『賞金稼ぎのメイ』としては正しいんだろうけど。
本当に良かったのかな、って。
『ゲームを知る私』は、思ってしまった。
偵察から戻って来たスペードの先導によって、僅かに進んだ先に。
私達は、確かに標的と定めた『ボス狼』の姿を確認しました。
全身に及ぶ以前はなかった傷痕と、そして前よりも縮んだ体。
その姿は人に追い立てられた痕跡を、如実に残している。
あんまり大きさが違うから、パッと見で違う狼かな?って。
そうも思ったけど……わあ、同一狼って証拠がばっちりあるー。
大きな狼(※前よりは小さい)の額には、ぶっすりと。
どっかで見た覚えが……っていうか、前はずっと手元にあった。
メイのかつての愛槍が、しっかり突き刺さっとりました。
ボス狼の体格が変わった……見てわかる程に縮んでしまっているのは、たぶん消耗が理由だと思う。
魔物は魔力を欲して人を襲う。
そして食い殺して魔力を奪い、己の力として蓄える。
より多くの人を殺し、大きな魔力を蓄えれば蓄えるだけ、魔物は手強く、強くなる。
同じ種類の魔物に個体差が出る……露骨に大きな個体が現れるのも、魔力を蓄えこんだ結果だから。
戦って追い払われて、戦闘を理由に消耗すれば。
きっとあのボス狼みたいに、蓄えた魔力も減らしてしまう。
減った魔力に合わせて、体の方にも影響が出たんだと思う。
それでもその体格は、『前に比べて小さい』ってだけで。
今でも充分……中型トラックくらいの大きさはあるんだけど。
でもやっぱり、前に比べればマシだ。
少なくとも、手に負えないって感覚はない。
……ちょっと、ほんの少しだけ。
かつての強敵が弱体化したことと、弱体化した後で相手にすることに、残念に思う気持ちもあるけど。
でも武闘派でも、私達は戦闘狂じゃないから。
本当は前に受けた屈辱を乗り越える為に、同じ強さでいてほしかったけど……弱くなったなら弱くなったで、その分倒しやすくなったってことで。
効率が良くなったじゃないか、自分にそう言い聞かせて割切る努力。
そして気持ちの割切りと効率重視って意味なら、メイよりもっとずっと得意な子がメンバーにいる訳で。
敵に対して冷酷無慈悲。
いつの間にかそんな定評が(賞金稼ぎの間でも)纏わりつくようになった私の幼馴染君(猫の方)が。
身を潜めた茂みの中で、そっと私達の注意を引いた。
「みんな、これ使ってみてほしいんだけど」
そう言って、ことりと。
ミヒャルトが円陣を組んだ私達の真ん中に出してきたのは。
謎の液体が入った、瓶。
……ガラス瓶の中には、それはもうたっぷりと。
粘性の高そうな、赤紫色を内包したドス黒い液体が……。
いや、ミヒャルトのことだから、絶対に何か仕込んでくるとは思ってたけど。
これは何なのかなー……?
聞かずとも、わかるような気もしないではないけど。
それでもなんというか……ガラス瓶に入った液体? の見た目が謎過ぎて、そっと目を逸らしたくなる。
果敢にも、勇気ある我らがお師匠様はジト目で尋ねた。
「ミヒャルト、お前これ……なんなんだよ?」
対するミヒャルトの答えは、簡潔の一文字で。
「 毒 」
簡潔すぎて、エステラちゃんがドン引いた顔をしました。
けどね、私は……うん、ミヒャルトはどんな状況でも変わらないなぁって、なんかほっとした。その反応が、自分で人として何か間違った気がする。大丈夫か、メイちゃん。
悪びれることなく、平然と何処からか危険物を用意してきたミヒャルト。
君の物資調達を請け負っているのはウィリーだって知ってる。
だけど十歳そこらの少年が、こんな見るからにヤバそうな危険薬物を簡単に調達できて良いのか……。
しかもミヒャルトの鞄から、次々出てくるんですけどー!
もう既に、地面の上にはガラス瓶5個くらいあるんですけどー!?
「みんな、武器にこの毒を塗って。でも凄く危険な毒だから、絶対に生身では触らないで。それからヴェニ君は頃合いを見計らって、ボウガンで毒瓶を最低でも1つか2つくらい……あの狼の口の中にぶちまけてほしい」
「そりゃ構わねえが……お前知ってるよな? 目潰しとかならまだしも、毒だろ。生命力の強い魔物は、毒は効かない」
「……魔物研究家の間では通説だね」
色合いからして、中身は全部同じ毒みたい。
だけど魔物って、確か毒はあまり効かなかったはず。
気休めの為だけに、ミヒャルトはこんなにたくさん無駄になるかもしれない荷物を持ち込むような子だったっけ。
むしろ、こういう決戦時には確率性の高い手を打ちそうなんだけど。
恐る恐ると、顔を見やる。
まさか捨てばちになって毒とか持ってきた訳じゃないよね。
ちょっとだけ心配になって、見ただけだったんだけど。
ミヒャルトは、艶然と微笑んでいた。
怖っ! その顔、怖っ!
獲物を弄る時の顔だよね、ミヒャルト!?
「大丈夫、この毒は効くから。むしろ、『強力な魔物』を相手にしてこそ、真価を発揮する毒だよ」
「……どんな状態異常起こすヤツだ。魔物に効くってこた、速攻性のマジックアイテムか。御禁制の品じゃねーだろうな」
「違うよ」
「……は?」
「状態異常アイテムなんかじゃない。これは本当の意味での毒物……相手を、殺す為の毒だよ」
ミヒャルトのその言葉に、みんな。
言葉の意味をすぐには理解できなくて、動きを止めた。
みんな驚いてしまって、動けなくなった。
だって、みんな知ってたから。
命に干渉する毒物で――魔物に効くものはないと。
「そんなもんがあるのか!? 今まで魔物を相手取る賞金稼ぎの情報でも、そんなん聞いたことねーぞ……? もしもお前の言うことが本当なら、革新モノだろ」
魔物は、人を襲う。
豊富な魔力を有した、『人』という種族をこそ、襲う。
だからこそ人は魔物を天敵とし、戦うことに血道をあげる。
放置すればそれだけ多くの人が殺されてしまうのは日を見るより明らかだから。
当然ながら強い魔物をより確実に仕留め、より効率よく戦う為に各地で熱心な研究がされている。
魔物を倒した時、被害の拡大を防ぐ為には浄化するか灰になるまで燃やすか、深く地の底に埋めて土に還すのが対処法としては一番。
だけど魔物の遺骸を持ち帰り、研究施設に持って行ったら検体として買い取ってもらえる。
遺骸を調べて、魔物を倒す効果的な方法が模索されてるんだけど。
魔物に効く毒、っていうのは古くから大きな研究テーマのひとつとして挙げられていたと思う。
前に狼に追いかけられた時、ミヒャルトが用意していた麻痺毒や幻惑剤といった状態異常の効果を発揮する呪物とは、違って。
それ1つで毒殺出来る、本当の意味での『魔物に効く毒』というのはない。
だから沢山の人が、それを見つけようと研究している。
だって直接戦わずに毒で殺せるなら、魔物の被害を抑える上で凄く有利に事を運べるもん。
だけど未だ、有効的な毒物は見つかりも開発もされていない。
セムレイヤ様や『ゲーム』から裏事情的な魔物の正体を知ってる私としては、さもありなんって思うけど。
魔物は、神としての力を奪われ封じられ、零落して変容したかつての神々だもの。
地上に存在する有害物質で、神を害することが出来るだろうか。
神に効く毒、神の生命を脅かす毒、なんて。
そんなものがあるんだろうか。
武器や魔法で以て殺すことは出来たとしても、神の肉体に直接的な影響を及ぼす毒なんて言われると……首を傾げてしまう。
武器で殺したとしても、息の根を止める=『魔物』を『本当に殺した』って訳じゃないし。
そんな裏事情を知ってるのは、現世でメイだけだろうから。
研究家の方々は対魔物用の毒を見つけようって研究するんだろうけど。
ミヒャルトの言いぶりだと、実用に適した毒物って風に聞こえる。
もしもそんな物が見つかったか作られたかしたなら、世紀の大発見だよね?
魔物に苦しんでる人は多いし、そんな情報があったら文字通り一夜で千里を駆け抜けると思うんだけど……今まで聞いたことがない。
ついでに言うと、実物は一夜にして値段が跳ね上がってとても庶民の手に入るモノじゃなくなると思う。
どう考えても、入手は困難を極めると思うんだけど。
「ミヒャルト、お前これ何処で手に入れた? 詐欺師に紛い物を売りつけられたとか、そんな間抜けなオチはつかねぇんだろ。これがスペードならともかく」
「ヴェニ君それどういう意味だ!? 俺だったら、詐欺師に騙されそうってことか!?」
「買った訳じゃないよ、ヴェニ君」
「そして俺の抗議が流された……」
「じゃあミヒャルト、てめぇはこれをどこから都合しやがった」
魔物に気取られないよう、小声で存在感を消しながらも。
これだけは聞かずにいられないと詰め寄るヴェニ君に、ミヒャルトは一言。
「 作ったんだよ 」
あまりにも潔く簡単な言葉に、私達は再び動きを止める。
え? 作った?
魔物に効く毒、を?
ミヒャルトはとても自信ありげな様子だけど。
……この毒、本当に効くのかな。
どんどん闇街道に道を踏み外すミヒャルト。
果たして、この毒の正体とは!?
a.シュールストレーミングの煮汁
b.蠱毒
c.魔物の血肉
d.マンドラゴラ
e.世界の激辛唐辛子(加工済み)
f.トリカブト




