11-11.予定外の同行者
メイちゃんがうっかりしていたお陰で、ショッキングな事案が直前になって判明しました。
うわぁ、エリアボスかよー。
そんな心情で、メイちゃんの胸の中はいっぱいです。
そもそも『ゲーム』の『序章』で出てくるボスは2体。
エステラちゃんを探しに行った森のエリアボスの狼と、その後の村滅亡イベントで戦うことになっちゃうセムレイヤ様(に、化けたノア様の幻影)。
セムレイヤ様(に、化けたノア様の幻影)とのイベント戦闘は強制敗北が確定しているし、そっちよりはマシかもだけど。
……思えばセムレイヤ様(に、化けたノア様の幻影)からリューク様達を逃がす為、足止めとしてラムセス師匠かトーラス先生のどっちかが残って消息を絶つことになるんだよね。
この事件を受けて、リューク様は村の……義父母の、義姉の、友達の、そして師匠キャラの仇としてセムレイヤ様を憎むことになる訳ですが(濡れ衣)。
当のセムレイヤ様は、
『私は直接育てることも出来ず、父としては足りぬ身。あの子の反抗期すら受け止めてあげられません。……これもあの子から受けるべき反抗と思い、拳も甘んじて受けましょう』
それはちょっと違う気がするよ、セムレイヤ様!
どうやら潔くSATSU★GAIを受け入れるおつもりの様です。
結果としてそれが息子の幸せに辿り着く為ならば、とかなんとか……いや、幾ら千年単位で時間をかければ復活できるからって、さ?
うん、悟り過ぎ。悟り過ぎだから、セムレイヤ様。
竜神様ご本柱は抵抗する気ゼロです。
まあ、お話に不必要に介入したくないメイちゃんとしては大助かり……なんですが。
話がわかりやす過ぎるのも、複雑な気分になるんだね!
「おい、メイ! ぼーっとしてどうした」
「……はっ ごめんね、ヴェニ君。メイ、現実逃避してた!」
「はあ? お前、しっかりしろよ。これからいよいよ……因縁の決着つけようってのに」
「あは、ははは……うん、ごめん」
……ヴェニ君に現実に引き戻されちゃいました。
そうです、そうです。
メイちゃんはさっきから、絶賛現実逃避中☆だったんです。
うん、でもそれも仕方ないと思うんだ。
だって、ね?
「じぃ~……」
「な、何か凄い視線感じるよぅ……メイに何か御用なの、え………………エステラ、ちゃん」
「……ううん、なんでもない」
「め、めぅめぅめぅぅ……」
………………うん。うん、うん。
……なぁぁあああんで、エステラちゃんが此処にいるのかなー!?
何がどうして、こうなった。
『ゲーム』では村の消失への巻き添えを免れ、『主人公』の使命の旅に共をした最古参の仲間。
リューク様の幼馴染にして、本来のメインヒロインである弓使い。
……そのフラグ、メイちゃんが叩き折っちゃったけど。
でもでもでも、それでも、彼女が重要なメインキャラの1人であることに間違いはありません。
でもさ、でもさ、なんでそのエステラちゃんが、今メイ達と道行を共にしてるのかなー!?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
事の発端、それはまだ朝の内のこと。
具体的には、リューク様とスペードの試合の直後に起こった。
「驚いた……あんた達、強いんだな」
汗を拭いながら、偽りなき感心と共にリューク様が述べる。
そこには驚きと、自分も負けていられないという前向きな感情が込められている。
「同年代の中だったら、誰にも負けないと思ってた。世界は広いって、本当なんだね」
「お前も結構強かったぜ? まあ、ヴェニ君には負けるがな!」
「自慢げに言うな、馬鹿犬」
互いの健闘を讃えて握手でも交わすか、と。
そんな感じになりかけた空気の中に割入るのは猫耳美少年のミヒャルト君だ。
彼は露骨な上から目線を隠しもせず、胸をぐっと張ってリューク様に言葉をぶつけた。
「スペードと引き分けた、だからと言って高をくくってもらっては困る……少しはやるようだけど、その馬鹿犬は僕達の中では最弱! それと良い勝負をしたからって僕らを侮らないでよね!」
その絶好調の言い様は、何とも言えず悪役臭がした。
びしぃっと突き付けた指は、だけど様になっている。
一方、最弱呼ばわりされたスペードは頬を膨らませて不満顔だ。
「おいミヒャルト、誰が馬鹿犬で誰が最弱だ。好き勝手言うなよ、お前も俺と同列じゃん!?」
「確かに僕とスペードはほぼ同じくらいの強さだけど、戦い辛さでは僕の方が上じゃない。手強さ加算で順位つけたらスペードが最下位で良いと思うよ」
「真っ当な強さじゃ俺の方がちょっと上じゃん!?」
観点の違いで少々の差異は出るだろう。
しっかりした身体能力から生まれる単純な速度と瞬発力で相手に喰らいつき、鋭さを内包するスペード。
絡め手を得意とし、隠し武器や小道具を用いた多彩な戦い方で相手を翻弄するミヒャルト。
しかし総合点で見るならスペードとミヒャルトの強さはどっこいどっこいだった。
ちなみに4人の中で最強は不動のヴェニ君、次点でメイちゃん。
男の子2人はちょっと立つ瀬がない。
「そっか、ヴェニさんはもっと強いんだ……。俺ってまだまだ、だな」
「おい、平然と同年代っぽく見てやがるが、俺はお前より3つ年上だからな? 年長者だからな」
「……ヴェニ君って童顔で身長低いよね」
「とても15歳には見えないよな」
「俺の成長期はこれから来るんだよ!」
実はさりげなく己の低身長を気にしているヴェニ君。
安心して良い、君の成長期はこれからだ。
成長の度合いという、下手すると諸刃の剣にも成り得るネタで、暫し少年達はわいわいと歓談していた。
傍から見れば、とても微笑ましい。
だが彼らを見ていながら、何を考えているのか。
リューク様の師匠であるラムセスさんは、とても難しい顔をしていた。
「リューク」
「え? はい、ラムセス師匠! どうしたんですか?」
やがて厳しい声音で呼びかけてきた師匠に、リューク様の背筋が伸びる。
何か深い考えがあるのか、ラムセス師匠の眉間にはぐっと皺が寄っていた。
何を言われるのかと、若干の緊張が漂う。
ラムセス師匠は、何やら哀愁の籠った眼差しで弟子を見ている。
「……鍛え直しだ。今日は1日、基礎から確認するとしよう」
「えっ」
どうやらお師匠様は、弟子の仕上がりに不安を持ってしまったようだ。
目の前にいる賞金稼ぎのおチビさん達が、年齢からすると規格外なだけなのだが、そんなことは村に引籠っている彼らにわかる筈もない。
ラムセス師匠も、この村に移り住んで10年になる。
暫く外の世界を見ぬ内に、強さの水準が上がってしまったのかと懸念を持ったのだろう。
後に救世の旅に出ることになる、リューク様。
本人はそのことを知らないが、師匠達は既に織り込み済みだ。
いざ使命を果たす為に旅立った後、リューク様が苦心しないよう……師匠心が、鍛え直せと熱く囁いた。
な の で 。
「今日は日暮れまで修行だ」
リューク様の本日の自由時間が消滅した。
「トーラス老師、よろしいか」
「……ふむ。まあ仕方あるまい。儂にとっても最優先はリュークにあるのでな……済まんが賞金稼ぎの諸君、今日は案内してやれそうにないわい」
「いや、俺達の都合で付き合ってもらってるんだから、用事があるならそっち優先で良いんだが……」
自分の弟子のせいで予定を狂わせたと思ったのか、申し訳なさそうに視線で「良いのか?」とヴェニ君がリューク様へと尋ねかける。
無言で頷くリューク様。
どうやら、否やはないらしい。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
……という、過程を経まして。
現在、不本意ながらエステラちゃんに素顔を曝していて……否応なく、全身が冷汗でぐっしょりです。うぅ……気持ち悪い。
スペードがリューク様と互角の勝負を見せたことで、ラムセス師匠の闘志に火がついたみらい。闘志というか、師匠魂に。
きっと弟子の育成に自信があったんだね……。
それがぽっと出の、それも『賞金稼ぎ見習』という触れ込みで現れたスペードと、互角……。
見習は方便で、実際にはスペードも年齢に見合わず現役の賞金稼ぎとして稼いでるんだけどさ。そんなの納得いかないよね。だってスペードはまだ11歳なんだもん。
11歳児がチームを組んでのこととはいえ、一人前さながらにバリバリ働いてるとか、一般常識を鑑みると思い当たる方がおかしい気がします。
しかも敢えてスペードが賞金稼ぎとしては既に一端のモノだと説明した訳でもないし。
結果、弟子の仕上がりに不安と焦りを感じちゃったのかな。
今日の予定、全て切り上げで。
リューク様はラムセス師匠に引きずって行かれました。
多分、今日は丸一日修行漬けになるんじゃないかな……御愁傷様です!
その光景も、ちょっと見てみたい気がしたんだけど。
ここまでは良かった。
ラムセス師匠のお気持ちもわかるし、私達にも都合良かったし!
うん、ここまでは良かったんだけどね……。
リューク様がラムセス師匠という足止めに食い止められている間に、本来の目的を果たしちまおーぜ、とヴェニ君がそう仰るので。
メイちゃん達は、森へと向かうことになったのです。
……何故かエステラちゃん付きで。
え、いやだから……なんで???
「リューク……今日は一緒に森に行こうって、わたし言ったのに」
しょんぼり俯くエステラちゃん。
大きいお兄さんから見れば、大変庇護欲を燃やす愛らしい姿です。
小動物然っぽくて可愛い!
可愛い、ん、だけど……出来ればちょっと離れた物陰からじっくり堪能したかった。
リューク様がラムセス師匠に引きずられ、どこへともなく消えた後のことでした。
エステラちゃんが、その場に現れたのは……。
なんか、ね。うん。
リューク様と森まで木の実拾いに行くつもりだったんだって。
明日はお父さんの誕生日だから、木の実のケーキ(好物)を焼くつもり……だとかで。
リューク様とハッキリ約束してたわけじゃないっぽいけど。
でもそのリューク様は不在。
ついでにメイ達の道案内をしてくれるはずだったトーラス先生まで、ラムセス師匠に連れて行かれて不在。
そこに利害の一致をみたヴェニ君。
……いやいやいやいや、なに一般市民連れ出してんの!?
ちょっと吃驚ですよ、ヴェニ君!
ヴェニ君は、何の戦う術もない子を連れ出すような鬼じゃない。
だけどエステラちゃんが使い込んだ弓を抱えていたから。
最近は物騒だから、単独で森に入ることは禁じられてるそうだけど、リューク様と2人なら森に行くことを容認される程度には使える……みたい。
それを知ったヴェニ君がにやりと笑いました。
私達って、圧倒的に中・長距離の攻撃手段が少ないもんね。
特に後方からの支援はヴェニ君に任せっきりだし。
でも本来は、ヴェニ君だって得意とするのは近距離戦。
ただ器用だから後方からの攻撃でも補えるってだけで。
そこを任せられる相手が他にいれば……それが、間に合わせに近い相手だとしても。
後方支援役が他にいるとなれば、ヴェニ君だって前に出ることが出来る。
つまりは、本気の力であのボス狼に向き合えるということで。
それに思い至ったヴェニ君は、見てわかるくらい乗り気になっちゃったんだよ。
どうしても森に入りたいエステラちゃん。
だけど1人で森には行けないエステラちゃん。
彼女も、渡りに船とおもっちゃったのか。
なんか進んで道案内を買って出ちゃってさ……。
えっと人見知り設定、どこいったの?
「――っつう訳だから、そろそろ出るぞ。メイ!」
「めっ!?」
しかもメイが屋根の上に潜んでいたこと、ヴェニ君や幼馴染みの2人にはしっかりバレちゃってたっていう。
お陰で隠れる暇も、顔を隠す猶予もなく。
メイは碌な工夫も出来ないまま、話の纏まったエステラちゃんの前に姿を曝す羽目になりました。
「え、えっと……はじめまして?」
「はじめまして。あ、あの、羊さんの純血獣人、なの?」
「めー」
うん、碌な工夫は出来なかったよ。
メイに出来たのは、ただ……
顔面 ひつじ に部分獣化したことくらいかな。
パッと見、羊の剥製でも頭に被ったみたいに見えるね!
血の濃い獣人さんには、こういう姿の人って珍しくないけど……いざ目の前にすると中々インパクトあると思うよ。
えへんと得意げに胸を張る、メイちゃん。
その後頭部に、ヴェニ君の一撃が炸裂しました。
呆れと脱力の色濃い顔が、引き攣っています。
「お前、何やってんだよ……」
「ふ……っヴェニ君、メイがまともに顔を合わせられない相手がリューク様だけだと思った?」
「メイちゃん、君はこの村で何やったの」
「見くびっちゃ嫌だよ! ただ、メイが顔を見せられない相手が他に……えーと、リューク様とラムセス師匠と、エステラちゃんの他にー……あと1人(アッシュ君)いるだけ!」
「そんだけの人数にどういう印象残しちゃったんだよ、お前は」
「ううん。未だ何も残してない、はず。残っちゃまずいのはこれからだから……」
「ナニ企んじゃってんだ、この馬鹿羊!」
「うまー、しかー、ひつじー……と、動物重ね過ぎじゃない?」
「それ言ったら、いつも馬鹿犬呼ばわりされてる俺の立場は!?」
顔を羊さんにした後でも、用心に用心を重ねまして。
更に頭の上にクリスちゃんを乗っけて、なるべく翼を広げてもらったよ!
するとあら不思議☆
メイちゃん、立派な不審者だよ……。
お陰で、エステラちゃんに若干警戒の目で見られている気がする。
それでも彼女にとって優先順位は揺るがないみたいで。
メイの不審者ぶりに目を瞑ってでも、木の実拾いを優先させたいみたいなんだけど。
本当に、この面子で森に入って大丈夫なのかな……。
羊「ヴェニ君ヴェニ君、本当にエステラちゃん連れてくの? 一般人だよ。危ないよ」
兎「なに心配してやがんだ、ちび」
羊「だって狼(魔物)が出るんだよ? 怪我とかしちゃうよ」
兎「誰に言ってやがる。俺がみすみすそれを許すとでも? 俺が守るんだ、怪我なんざさせねぇよ」
狼「ひゅーひゅーヴェニ君おっとこまえー!」
猫「感心しちゃうね、本当」
兎「茶化すなてめぇらー!!」
この後、兎と狼と猫の追いかけっこが始まって結局危険性についてはうやむやになった。




