11-9.決闘騒動勃発
後半、スペード視点♠
今日も絶好調ノリノリで鳥に擬態中のセムレイヤ様。
例え誰が見ていなくとも、その姿は完全に鳥類です。
「きゅきゅ! きゅーっ」
『ああ、クリス。物理的に顔を合わせるのは1年ぶりですか。大きくなりましたね』
「きゅうきゅう!」
『ふふ。元気な良い子に育っているようで……メイファリナのお陰でしょうか』
「あの、セムレイヤ様? 同族のお子さん相手に世間話は構わないんだけどー……出来れば、メイの疑問に答えてほしい、かな」
『……メイファリナ。貴女が聞きたいことは、わかっているつもりです』
「え、ホントに?」
『ええ……。ですが、貴女が持っているだろう疑問の全てに、答えは1つしかありません』
鳥さんの表情は、メイにはわからないけど。
でもセムレイヤ様は鳥さんの姿ながら、神妙な声で厳かに告げた。
『――ノア様が、目覚めつつあります』
本当にお答えは1つで済んじゃったよ。
古代神、ノア様。
かつての呼び名は最高神ノア。
……千年以上前、セムレイヤ様と争った末に天界の覇権を失い、地上に封印された偉い神様。
その神様が、目覚めつつあるとな?
『いえ、もしかすれば、もう目覚めているのかもしれませんね。最近、彼の方の気配をいつになく強く感じます。……千年の昔、彼の方を封じる前程ではありませんが……この千年で今までになく、強く』
セムレイヤ様にとって宿敵と言っても過言ではないノア様ですが。
そんな方が、目覚めている可能性を示唆して慎重を期していたというセムレイヤ様。
……それは、うん。そうかもしれない。
だってもう、『ゲーム序章』の物語はいつ始まってもおかしくない。
あの時期から、リューク様へのノア様の干渉は力を増した。
それを思えば、もう目覚めていてもおかしくないし、それでセムレイヤ様が警戒を強めていたというのも納得、なんだけど……
だけど、何故だろう。
ノア様の目覚めと聞いて、メイちゃんの胸に動揺が走りました。
それは……やっぱり、ノア様のこと。
ラスボスって印象が強過ぎるせいかもしれない。
リューク様の最後の敵。
そう思うと、めっちゃ大きな相手に感じるのはなんでかな?
いやそりゃ、ね?
世界に立ちはだかる最後の敵だし、大きいのは大きいんだけど。
きっと『ゲーム』を初攻略した時、倒すのに滅茶苦茶苦労したせいだよね。うん。
最初は倒すコツが掴めなくって……倒すのに失敗しては、リューク様達のレベル上げに時間を取られました。そうしたら、主人公一行全員のレベルがカンストしたんだよねー……前世の私、初プレイ時はやりこみ派じゃなかったのに。倒せそうなら速攻挑む派だったのに。
あの時は、要領が掴めてなかったし。
まあ、前世はこの『ゲーム』に惚れ込んで、周回プレイしまくって結果的に凄くやり込んだけど。
だってマルチエンディングだったんだもん。
『私が此処にいるということ、ノア様にはいつ気取られてもおかしくありません。……ですが『序章』のタイミングよりも先に気付かれては、話の流れに狂いが生じてしまう』
「だから、目立つ様な行動を避けて気配を殺していた、ってこと?」
『その通りです。今の私は余計な真似を控え、此処で息を潜めるしかありません』
「えっと、じゃあ予定はどうするの?」
『……メイファリナ、貴女が村に来て下さって良かった。今の私では遠くにいる貴女を呼び寄せることすら出来ない。そしてノア様には、本当にいつ気付かれてもおかしくないので……残念ではありますが、『話の流れ』と状況的に沿う時機が巡り来次第、行動に移すしかありません。それこそ、気付かれる前に』
「そんな、タイミング操作できると思ったのに……半ば成功してるけどね!」
ノア様の目を気にして、介入も出来ずに大人しく見てるだけ!?
そりゃメイちゃんの活動は基本見てるだけだし、余計なちょっかいをかける気もないけど……
「……『序章』を模倣するのに大事な『物事の発端』は、『迷子のエステラちゃんを探しにリューク様達が森の奥に行くこと』だよね」
『そこに不審な男が現れ、リュークに声をかける……ですね。状況さえ作ることが出来れば、後はノア様がストーリー通りに勝手に話を進めて下さるでしょう』
「その間、水面下で村の人が全滅しないよう、場を整えなくっちゃだよね。避難誘導とか、やること沢山だよ……トーラス先生の手は、どのくらい浸透したのかな」
『私は状況が整い次第、リュークの前に姿を見せるつもりです。引いては、メイファリナ……助勢をお願い致します』
「うん。下準備は完了しても、まだ不安な点はいくつかあるけど……ノア様が目覚めてるんなら、時間はなさそうだよね。任せて、セムレイヤ様! メイちゃん、しっかりサポートするよ」
『心強いことです、メイファリナ……!』
「うんうん。事態は把握できたよ。後の細かいことは、リューク様の修行風景を見学しながら詰めようか」
『賛成です!』
どうも思ったより、事態の進行が速いみたい。
ちょっとだけ、焦るけど。
今は今しか見られない景色が、そこにあるから。
まずは大事なことを優先して、セムレイヤ様とお話を詰めることにしました。
当然、いちばん絶好の観察ポイント(屋根の上)に移動してじっくり見ちゃうよ!
私は余計な目撃者を出さないよう、細心の注意を払ってリューク様の家の屋根に上りました。
「……あれ? スペード……なにしてるんだろう」
屋根の上から眺め下ろす。
そこに、何故か……真剣な顔で、リューク様と向かい合うスペードの姿が見えた。
スペードは抜き身の武器を、しっかりと構えたまま。
……これ、どんな状況?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「小手調べは俺に任せろよ、ミヒャルト」
「スペード、美味しいところを取っていくつもり?」
「何言ってんだよ」
本当、余裕ねぇなコイツ。
それは俺も一緒なんだけどな?
でも今日のミヒャルト程じゃねえ。
まあ俺の場合は、ミヒャルトって頼りになるヤツがいるってのに1人で焦っても仕方ねえって思ってるだけ、なんだけどな。
どーもメイちゃんとなーんかあるらしい、このリュークってヤツのことも気にならない訳じゃない。
正直言うと、そりゃメチャクチャ気になるって。
けど、俺は思う訳だ。
俺とミヒャルトは、メイちゃんが生まれた時から1番近くにいたって自負がある。
俺らが、1番メイちゃんのことをわかってるんだ。
だから、これは過信でも何でもなく。
事実として信じてること。
俺とミヒャルトが力を合わせれば……
そこに、どんな因縁があったって、さ。
潰そうと思ってぶち壊せねえことはない、ってな?
だから俺はミヒャルトを信じるし、力も合わせる。
そこに一片も疑う余地はねえ。
……最終的にミヒャルトに出し抜かれかねない疑いはあるけどな!
「俺に任せるのは不安なのかよ」
「ああ、不安だね。自分の手で確かめたい、そう思うのは変?」
「お前の戦い方、一見殺しの気が強いじゃん。戦闘スタイル知られて警戒されたら効果半減なとこあんのに、相手の実力調査くらいで手の内知られるかもしれねえ冒険はすんなっての」
「…………仕方ない、か」
馬鹿犬に諭されるなんて、とミヒャルトがお決まりの台詞を言う。
だから俺もいつもみたいに、馬鹿犬じゃねーよと返してデコピンする。
かわされた上にしっぺ返し喰らったけどな!
ミヒャルトの戦い方は、引き出し多いけどな。
それでも戦い方を知られてないことが奥の手になる。
そんなスタイルで戦ってるくせに、自分が実力を実地で測るとか言い出すのは絶対におかしい。
コイツ冷静に見えて絶対に落ち着いてねえ。
やっぱこの場は、俺の方が適任。っつうか、俺の役目だろ?
ってな訳で。
俺はヴェニ君に呆れた目で見られながら進み出た。
ニッて犬歯を剥いて笑う、母さん譲りの笑顔は獰猛に見えるかな?
見えてたら良いな、その分侮られないで済む。
……うん? いや、侮られた方が良いのか?
えっと俺、これから実力を測るんだよな? あいつの。
………………まあ、その辺は見学がてらミヒャルトが分析してくれんだろ。
どうすりゃ良いとか、俺にはわからん。
わからねーけど。
ただ俺は俺の役割を果たす。
その為に牙を剥いて、刃を交わす。
それだけだ。
息をめいっぱいに、吸い込んで。
腹から、声を出して。
さあ立ち合えと、高らかに――
「――俺はスペード! スペード・アルイヌ。いざ尋常に……俺と立ち合ってもらおーか!」
向いあった、俺とあいつ。
歳は1つ違うだけ。
背丈も体格も、あんま変わんねえ。
条件が揃ったとなると、負ける気はしない。
過信は毒だってヴェニ君は言うけどよ。
勝つ自信を育ててくれたのは、他ならぬヴェニ君だ。
そのヴェニ君……師匠も見てることだしな。
無様な真似だけはする気ないんだぜ?
ちょっとだけメイちゃんが見ていてくれないことが残念だった。
けど、まあ……
「残念、けど馬の骨に会わせるよりは……まあマシだよな」
「え?」
「あ、なんでもないない」
不思議そうにきょとんとする馬の骨を強引に誤魔化して。
俺は短剣片手に、地に足付いて駆け出した。
「――先手、必勝!」
最近やっと手に馴染んできた山刀じゃなく、前に使っていた短剣をぎゅぎゅっと握り込む。
牽制に、まずは一撃! それだけを考えて足を動かした。
本来なら場合に応じて人形態と狼形態を使い分けて戦うのが俺のスタイルだ。
でも、今回はそれを禁じ手にする。
人型のままで、決して変身せずに勝とうと決めた。
何も自分の手の内を全部さらしてやる必要なんかねーんだ。
今後どうケリを付けるのかもわからない相手に、初っ端から全部見せてなんかやるかよ。
考えながら戦うのは、性分じゃねえ。
だけど意図的に緩急付けて、攪乱を狙う。
自慢の脚力で相手を翻弄するのは狼の十八番だ。俺にだって。
ミヒャルト程には上手くねぇけど、俺だってフェイントくらい使える。
ヴェニ君相手に何度も試して練習した。
……まあ、未だヴェニ君に通用したことねーんだけどな!
それでも、ヴェニ君の服の裾ぐらいなら掠るようになってきたんだ。
目の前の馬の骨が、ヴェニ君より強いとは思えない。
イケる、そう自分を信じて言い聞かせた。
あまり過激な真似をしたら、ヴェニ君の拳骨刑に処せられるからな。
控えめに、抑えて……
だけど踏み込みのスピードには自信があった。
瞬発力だけは、メイちゃんより上だってハッキリ言える。
リュークの武器は長剣を想定した木剣。
間合いに飛び込めば、武器の長さが仇になる。
恐ろしいことに、奴の目は俺を遅れることなく追跡していた。
けど、目は追いつけても体は追いついていない。
どうも右が利き手みてぇだから、俺はリュークにとって左側の方に回り込む。
利き手かそうじゃないかで、反応には一瞬の差が出たりする。
左側から、後ろの方へ回り込……もうとしたが、振り返ってくるしな。うん。
俺は回り込む為に足を動かしながら一気に身を屈め、次いで足のばねを使って思いっきり身を跳ね上げた。
――よし、僅かな間でも相手の視線から逃れられたっぽい。
その貴重な猶予を使って、死角に……滑り込もうと思ったけどさりげなくガードされてやがる!
死角は駄目だ。
仕方ねえ、それじゃあ足元狩るか。
狙いは一瞬で切り替えて、足払いを仕掛けたが……え、避けられた?
さっきから狙いを定めるところまでは、上手くいく。
けど実行したら僅差で回避されてばっかりだ。
ギリギリのところで、仕掛けても仕掛けても狙いが通りゃしねえ。
ヤベ、こいつ思ったより『強ぇ』わ。
まだ全部、こいつの力量を見れたとは思わねえ。
けど……俺が思うより、強いのかもしれない。
絶対、負けやしねえって思ったんだけどな。
負けはしなくっても、勝てないかもしれない。
自分の攻撃のあまりの通らなさに、ちょっとそんなことを思う。
勝つ気だった。
勝つ気だったんだけど……戦い始めた今になって、勝機が見い出せなくなる。勝つ自分が、想像出来ない。
思惑が外れてどうしたもんかと、ちょっと途方に暮れた。
ここから挽回するには、どうしたもんか。
ラムセス師匠「ぽかーん」
アッシュ君「俺の出番は!?」




