10-11.ベアーグミ(グレープ)に要注意!
何の生物かはわからないけど、仲良くなったから連れて帰る!
強固にそう主張してみるけど、なんだか駄々っ子みたいになってる気がする。
でもでもメイちゃん、まだ9歳!
ギリギリ駄々を捏ねても許容される年齢……ってことにしておいて良いと思う。
子供の頃なんて、すぐに時間も過ぎちゃうし。
年齢相応と甘く見て許してもらえる特権は、使える内に使うに限ります。
乱用したら我儘な子だと思われちゃう諸刃の剣だけど、用法用量を考えて程々に済ませれば大丈夫だと思う!
子供は中々あざとく計算高いものなんだよ、ヴェニ君!
「それで危ねぇイキモノだったらどうすんだよ……」
「その時はメイごと斬り捨てれば良い……! クリスちゃんは絶対に危険な生物じゃないけどね!」
「何の保証があって断言してんだよ!? その根拠不明の自信は何なんだ」
「だってクリスちゃんはかm……ううん、何でもない。何でもないヨ!」
「お前……実はなんか知ってんじゃねーのか」
「そんなことないもん! ただクリスちゃんが可愛いだけだもん☆」
「う、胡散臭ぇ……」
「ヴェニ君ひどい!」
とりあえずなあなあにしてはみたものの。
どうにかヴェニ君達を認めさせる方策はないもんかと。
急遽、セムレイヤ様と念話通信を結ぼうとした矢先。
「――メイ! スペード、右側後方を警戒!」
突然のヴェニ君からの指示に、まず真っ先に身体が反応した。
咄嗟に指示通りに動くこれって、習い性ってヤツなのかな。
ヴェニ君の声には鋭い覇気。
何か大型のケモノが、襲撃してきている……!?
それが野生動物なのか、魔物なのか。
考えるより先に槍を握ろうとして……
「きゅ!」
「Oh……クリスちゃん」
「きゅう?」
胸元にしがみ付いているクリスちゃんが、思いっきり動きを阻害した。
胸元にいられたら困るよ、クリスちゃん……!
首を傾げて見上げられても、困るモノは困るからー!
「ぐぅるるぉるぉららぁぁああああああああっ」
そして何とも発音し辛そうな雄叫びが聞こえた。
この独特の叫び声は……!
「げ……ベアーグミかよ」
心底げんなりといった、スペードの声が聞こえました。
激しく同感だよ、スペード!
私達の目の前には……見るからに気色悪い外見の、特殊な魔物がいました。
正式名称は別にあるらしいけど。
『ベアーグミ』の異名で知れ渡っている気持ち悪い上に手強い魔物。
それは、一般に『スライム』と呼ばれる魔物の一種で。
だけど灰色熊と融合したような特殊な姿をしている。
具体的に言うのも嫌だけど、端的に特徴を言うと『荒れ狂った熊の頭部と前足(※複数)を生やしたスライム』です!
基本的な生態はスライムとあまり変わらないのに、熊の頭部がくっついているせいか嫌なところでかなり獰猛。
しかも凶悪、残忍。
走って逃げても熊の四足を生やして走って追っかけてくるので、生身で逃亡するのもかなり困難です。
熊部分が目立つけど、主体的にはスライム。
殴っても蹴っても突いても斬っても、手応えというモノがまるでありません。
物理攻撃の殆どを無効化してしまう。
……そう、つまりは物理攻撃を主体とする私達獣人にとって、難儀必須の天敵ともいえる魔物の一種です。
魔法の使えない私達がスライムを殺そうと思ったら、手段を講じて火責めにでもするしかない。ベアーグミの主な棲息地が森の奥であることを考えると、中々実現の難しい手段です。
もしくはゼリー状の身体の奥深くに隠されている、核を一撃で破壊するか。
核を攻撃しても1度で何とか出来なければ、向こうも対策を練るだけの小癪さを持ち合わせています。
そんな厄介としか言いようのない魔物が、目の前に!
いつもは、もっともっともーっと森の奥深いところにいるのにー!
「うえぇ……メイ、ベアーグミ嫌いぃ」
「しかも『紫』か……猛毒特化だし、毒は効かないね」
敵が現れたら毒粉をぶつけて機先を制しようとしていたようで。
ミヒャルトが効果の無いことを悟り、ささっと懐に☠マークがくっきり刻まれた薬瓶を仕舞い込みます。
……そういう物騒な物を、どんだけ服の下に隠してるんだろ。
ちょっと気になったけど、きっとそれはツッコミ入れたら駄目なヤツ。
「チッ……アレと馬鹿正直にぶつかりあっても時間の無駄だ! 即時撤退!」
「ヴェニ君、逃げちゃうの?」
「馬ぁ鹿、今日の俺らのお役目は!?」
「ソラちゃんとマナちゃん、後ついでに薬師のおじさんの護衛!」
「よぉし、わかってんじゃねーか!」
「私はついでですか……」
「おじさん、しっかり」
何だかヴェニ君の言うとおり、馬鹿正直に立ち向かう気になっちゃってましたが。
相手はスライム系。
物理攻撃手段は豊富でも、絡め手や属性攻撃の手段に乏しい私達にとっては時間泥棒にしかなりません。
それも、まともに戦って倒しきれる保証もないっていう。
良いとこ、攻撃しまくって怯ませるか弱らせるかして、相手に逃げてもらえれば万々歳!
今まで遭遇した時は、そんな感じで乗り切って来ました。
後は私達の面子の中で、唯一絡め手が得意そうなミヒャルトの『秘密兵器(※違法ギリギリ)』のお陰で難を逃れたり、とか。
そうやってやり過ごすしかないくらい、私達にとってスライムは厄介な相手になります。
だけど今は、護衛任務中。
第一に考えるべきは敵を確実に仕留めることじゃなく、護衛対象をしっかり守り切ること。
確実に、速攻で倒しきる保証のない相手にかまけていたら、護衛失格です。
それが猛烈な勢いで護衛対象の命を狙っていて、気を逸らす為に仕方なくっていうなら兎も角。
むきになって、必死になってスライムを攻撃している間に、うっかり夢中になって護衛対象から注意が逸れたー……とか。
その間にうっかり、護衛対象が危険な目に合っちゃってー……とか。
護衛任務はしっかり集中して行わないと、危ないのは私達だけじゃない。
「ベアーグミはその気になったら野生の熊並の速度で追ってくる……狙いを絞らせねぇよう、一時分散して逃げんぞ!」
「ヴェニ君、組み合わせは!?」
「てめぇらチビ共で、1人ずつ護衛対象をカバーする形で撤退! 俺はその援護と、ベアーグミの足止めを担当する!」
「そんな、ヴェニ君……!」
「湿気た面すんじゃねーぞ、スペード。誰かが残らn……」
「それじゃまた、メイちゃんと離れ離れじゃねーか!」
「……おい。こら、馬鹿犬」
「本当、スペードって馬鹿犬だね。……そんなの、撤退した後で速攻合流すれば良いじゃないか。ヴェニ君が犠牲になってくれるんだから、楽な仕事だよ」
「ってこら、馬鹿猫」
「それじゃあヴェニ君、後は任せたよ!」
「ヴェニ君、がんば!」
「じゃあ、また後でなー!」
「お前ら少しは師匠の心配しろよ、馬鹿弟子どもぉぉおおお!」
「「「だってヴェニ君だし」」」
この場で1番強いヴェニ君に任せれば安心確実。
心配の余地は全くないと思うよ!
前にベアーグミのことを、至近距離から矢の一撃で仕留めていた光景は忘れていません。
あれは多分核の破壊に成功したんだと思うけど、それにしたって動きが達人めいて素晴らしかったです。
メイちゃん達との格の違いってヤツを再認識させられました。
やっぱりヴェニ君ってチートキャラなのかな……
いつになったらあの領域に追いつけるのか、ちょっと見当がつきません。
15歳になるまでに、絶対に追い付いてみせるけど!
そうして私達はひらり、軽やかに。
ヴェニ君にそれぞれ背を向けて、三方に分かれて駆け出しました。
私が手を引いて誘導するのは、1番近くにいたマナちゃん。
腕力体力で頭1つ飛び抜けたスペードが、体の大きい薬師のおじさんを引っ張って。
消去法で実はあまり仲の良くないミヒャルトとソラちゃんの組み合わせ。
……うん、ミヒャルト? 相性良くないのは知ってるけど。
いくらなんでもね、ソラちゃんが軽いからって……俵担ぎはどうかと思うの。
「チッ……おいチビ共、何が何でも逃げきれ。師匠命令だ!」
「う、うん!」
逃げる私達に念押しとばかり、ベアーグミに牽制の矢を放ちながらヴェニ君が言いました。
ちょっとだけ、悔しいけど。
ヴェニ君の言葉通り、優先すべきは護衛対象。
ここは逃げるべきなんだよね!
――例え、ベアーグミの視線ががっちりメイちゃんのことをターゲット★ロックオンしちゃっていても!!
「…………って、え!?」
なんかメイちゃん、滅茶苦茶ベアーグミに狙い定められちゃってる!?
何故でしょう、熊の瞳に執念が見えました。
なんだか並ならぬ殺意を感じます。
私のことを確実に殺す、と……熊さんの眼差しが告げている。
っていうか何でメイちゃん狙われてるの?
流動体とも言うべき身体を持っているスライムの動きは、まさに縦横無尽というヤツで。
時として人の予測を超えた動きをするけれど。
メイちゃんは熊の目を見て悟りました。
あれ、何が何でもメイちゃんに喰らいつくつもりだ!
元々狙いを定め辛くし、少しでもスライムの逡巡を狙っての離散。
だけど最初っから狙いが定まっていたのなら、スライムが足を止める筈もない。
迷いなく、魔物は狙った獲物に喰らいつく。
周囲にいる者も、迷いなく巻き込んで。
……狙いがメイ1人に絞られているというのなら、否やはありません。
これが護衛対象の誰かな、きっともっと焦ったけど。
だけど狙われているのが、私だったから。
私と一緒に行動する方が危険だ、とわかってしまったから。
私は。
咄嗟にマナちゃんの手を離し、最も近いところにいたスペードの方へと……突き飛ばしました!
獣人であるマナちゃんの身体能力なら、メイに突き飛ばされたくらいで転びはしない。
踏鞴を踏んで、突き飛ばされた方向によろけるだけ。
そのよろけた間に、私の方から距離を取る。
囮はきっと私だけで充分。
「きゅう!」
「……あ、しまった」
しっかり、腕の中に馴染んじゃっていたので。
うっかり、その存在を忘れていましたが。
う、腕の中にクリスちゃんがいたぁぁぁあああああっ!!
忘れていたでは済ませられない事態の発生です。
一瞬、体が硬直しちゃうくらい。
失敗した……と心臓が悲鳴を上げる。
そうする間にも、メイちゃんの狙い通り。
不定形生物が不規則かつ人の予測を超えた動きで私に迫って来ているんですけれど……!
やばい、どうしよう!?
相手はスライム。
殴っても蹴ってもダメージは僅かで、きっと躊躇しない。
しかも今の私、クリスちゃんを抱えていて槍使えないし。
このままじゃクリスちゃんも、巻きこんでしまう。
脳裏に羅列する、『事実』。
私は思わずクリスちゃんを遠くへと放り投げ……ようとしたけどクリスちゃん自身がすっごい力でメイちゃんにしがみ付いてるから!
投げようとしたけど、引っぺがせないので失敗しました。
こうなればクリスちゃんと心中間違いなし。
私はせめて、と。
母性本能的な何かに突き動かされ、無駄とはわかりつつもクリスちゃんを庇おうと身を屈めかけ……
「きゅぅ~……きゃう!」
「え゛っ」
どこか興奮したような、甲高いクリスちゃんの声に阻まれました。
そして近く、凄く近くから……私の、胸元から。
真っ白な熱の塊が、ぶわっと広がり私の顔に熱風を吹き付けた。
私は目線が近すぎて、よくわからなかったんだけど。
目撃者の証言によると、クリスちゃんが間近に迫ったベアーグミになんか……火を吐いたらしい。
邪悪を滅する『ドラゴンブレス』。
生まれたばかりの赤ちゃん竜でも出来るんだね。
知らなかったよ……ていうか物騒だから前もって教えておいてほしかったな、セムレイヤ様!
まだ神の座を襲名前とはいっても、竜の子は竜の子。
ついでに神の子は神の子、ということで。
恐らくクリスちゃんのブレスには……神気が宿っていた筈です。
神々しい白い光が弾けて見えたって、目撃者も言っていたし。
スライムには堪ったものじゃないと思います。
……けど、ね。
鳥か蜥蜴か不確かな上に、口から火を吐く……とか。
不可解な生物過ぎるよね?
クリスちゃんの魔物疑惑が濃厚に高まってしまった気がして、メイは1人流れる冷汗を拭うのでした。




