10-10.ここが、あなたの居場所
お目覚め開口一番!
ヴェニ君のお言葉は、胡乱げな気持ちに溢れていました。
「おい、なんだその……トカゲ? とり? どっちだおい!?」
「ヴェニ君、それ問質してるの? ツッコミなの?」
「どっちかな……メイちゃん、この子クラッカー食べる?」
「うん、クッキーとか食べてたし大丈夫だよー」
「うん」
「……って、おい! なんで謎生物を前にさっさと馴染んでんだ、お前ら。餌付けすんな!」
一夜明けて、おはようございます!
昨日の夜は孵化で体力削ったのか、クリスちゃんは見張り交代の前に寝ちゃいまして。
私もとてもとても眠かったので。
ヴェニ君に問い詰められたら面倒なので、私達はクリスちゃんを毛布で包んで存在を隠蔽しました。
セムレイヤ様と解散して、何食わぬ顔で夜を明かして今現在。
いつまでも隠している訳にはいかないので、さも最初から一緒にいたよ?みたいな顔でクリスちゃんのお目見えとなりました。
「きゅー」
「おはよう、ヴェニくーん」
「おう、おは……って待て待て。なんだソレ腕に抱えたヤツ」
「クリスちゃんだよー」
「聞いてんのは名前じゃねえ。っつかもう名付けたのか! 昨日はいなかったよな、ソレ!?」
そして冒頭に至る……と。
いきなり出会い頭に声を荒げられて怖かったのか、クリスちゃんは長い首を悄然と垂らしてびくびくしています。
昨日から接している人(?)って、私とセムレイヤ様だけだったし。
竜神様はとっても穏やかな方だから、こんな荒々しい歓待を受けるのは生まれて初めてです。昨晩生まれたばかりなだけに。
上目遣いにヴェニ君を窺う目が、警戒に満ちている。
比較して、友好的に接していた私やマナちゃんへの警戒は皆無となったらしく、小さく残っていたぎこちなさもするりと解けて仲良し度がUPしました。やったね!
マナちゃんは鳥っぽいけど一応爬虫類に分類されるだろうクリスちゃんのことも平気な素振り。
怖がりさんだから大丈夫かな?って心配は杞憂でした。
むしろ動物は好きな部類らしく、一見して謎生物に他ならないクリスちゃんに携帯食のクラッカーを与えて頭を撫でているよ。
動物に慈愛の眼差しを注ぐマナちゃんが、白雪姫に見えた。
一方ヴェニ君は、平然と謎の生物『始祖鳥』を撫でる私達の神経が信じられない、みたいな目で見てくるよ!
かなり苛々しているのか、口の端っこが微妙にひくついている。
「あー……えっと、なんだ? それ。新種の魔物かなんかか」
「ヴェニ君失礼! 魔物は人に懐かないってヴェニ君が教えてくれた癖に! クリスちゃんは魔物とは似て非なる別の始祖鳥だよ!」
「似てるのかよ、おい! あと始祖鳥ってなんだ!?」
ヴェニ君は知らないことだけど、魔物も元を質せば力を封印されて変容した神様だし。
大枠の括り的には、悲しいことに同種の生物……と、言えなくもない。
クリスちゃんは魔物まで堕ちてないけどね!
そんなこともクリスちゃんの正体も、知る由のないヴェニ君。
当然ながら疑惑の眼差しを注いでくるものだから、納得させるのはかなり骨が折れそうだよ。
だけどこれは、ある意味で予行練習。
ここでヴェニ君の主張を折ることが出来なければ、パパとママにも説明なんて出来っこない。そうなると必然、クリスちゃんとの同居も不可能ってことに……!
街の人達にも疑惑の目を注がれるだろうけど、魔物対策部隊の代表であるパパのお墨付きを貰えたら大丈夫だと思う。
だからこそ、何が何でもパパとママから許しをもらわないといけない。
これはその前哨戦って言っても良いと思う。
「ヴェニ君ってば疑い過ぎだよー? クリスちゃんは鳥さん! ほらほら見てみて可愛い可愛い鳥さんだよー」
「口調が胡散臭ぇ……なあ、メイ」
「め?」
「お前の認識じゃ……口に牙がずらっと生えていて、翼から鉤爪付きの指が生えているようなイキモノを、『鳥』っつうのか?」
「ふふん、甘いね……ヴェニ君が今あげた特徴を備えた『鳥さん』なら既存の生物が確認されてるんだよ!」
「マジでか!?」
さあ、どうだろ。
とりあえず、メイは知りません。
この世界の生態系はかなり謎に満ちているので、いてもおかしくないと思うけど。
でもここはそれらしく、尤もらしく押し切る場面!
とりあえず、何となく自信ありげに堂々と主張を押し通す!
相手に「自分が知らなかっただけ」と思わせることが出来れば、私の勝ちです!
「それに魔物だったら、とっくのとうにメイ達に襲いかかってるよー。ね、クリスちゃん!」
「きゅっ」
「メイちゃん、マナもクリスちゃん抱っこしてみたい……っ」
「クリスちゃん、マナちゃんの腕に行く?」
「きゅう……!」
「うぅ……残念、なの」
なんでだろう。
マナちゃんが腕を伸ばしても、割と懐いている気がしたのにクリスちゃんは拒否の体勢。
むしろ隠れるみたいに、メイの懐奥深くに潜り込んでくる。
あれかな。
昨日、孵化する前からずっとメイの腕の中に置いていたから、メイの懐を巣か何かと勘違いしてる?
寝てる時も、そう言えばずっと抱っこしてたっけ。
試しに地面に降ろしてみようとしたら、ひしっとしがみ付かれた。
「きゅぅぅっきゅうきゅうぅ!」
「お、おおう……クリスちゃん、クリスちゃん、落ち着こう! 爪が腕に食い込んで痛いから!」
「きゅううううううっ」
取り乱したみたいに、嫌々と首を振るクリスちゃん。
これは参りました……が、可愛いから許しちゃうっ!
許す以外に、どうしろと。
私はクリスちゃんを抱え直して、その小さな背中をぽんぽんしました。
「よーしよしよし、離さないよー。離さないからねー」
「きゅっ」
当然でしょ、みたいに得意げな顔で。
自分の主張が勝ったと思ったのかな?
途端に目を輝かせて首を上げるクリスちゃん。
真っ向から至近距離で見つめ合う瞳の中には、竜の特徴……縦に裂ける、爬虫類の瞳孔が金色に輝いている。
だけどずっと抱っこって訳にはいかないよね……。
せめて腕の中以外、背中とか肩とか、頭の上まで移動範囲を少しずつ広げさせて、離れることを許容させていかないと。
竜の子の成長速度がどんなものかは知らないけど、すぐに大きくなっちゃいそうだもん。
私の腕から離れない、むしろ引き離すのは一仕事と察したヴェニ君は、盛大に顔を引き攣らせて苦い顔になりました。
額を手で覆って、深~く重い溜息までこれ見よがしに吐いてみせる。
なんか当て付けっぽい。
「どうすんだよ、そいつ……害はなさそうだってのは、わかったが」
「連れて行くしかないよね」
「そーするしかn……って、うお!? お、お、おま!?」
心底、困った様子で。
呻きながらもぶつくさ言っていた、ヴェニ君。
半分くらい独り言っぽいそれに、ヴェニ君の背後からかかった合いの手は。
あまりに自然に出されたもので、異常に気付かずヴェニ君もナチュラルに対応しかけていたけど。
流石に、途中で気付いたようで。
2人を、目を丸くして凝視していた私達の前で。
驚きのあまり、ヴェニ君はびくっと跳ねて飛び退きました。
ヴェニ君の身体に隠れて、半分くらい見えなかった『彼』の全身が、私達の目の前に現れる。
そこにいたのは、見間違える筈もない。
真っ白な猫耳を有した美少zy……美少年!
メイの見慣れた幼馴染その1が、そこにいた。
「ミヒャルト、いつの間に!?」
「俺らもいるけどー」
「ってスペードまでいるよぅ!?」
「あ、ソラちゃん……」
「マナ、怪我はない!?」
さあ、場が混沌として参りました……!
考えてみればミヒャルトが単独行動している筈もないよね!
ミヒャルトの後方から、茂みを掻き分けてスペード、ソラちゃん、それから監督官の薬師さんがぞろぞろやって来ました。
うん、だけどスペード。
なんで顔の下半分を布で覆ってるの? 忍者ごっこ……?
「よく此処がわかったね!」
「そりゃ……ヴェニ君だろ、狼煙上げたの」
「え、狼煙?」
メイの疑問に答える様にして、スペードがぴっと指差した先。
そこにはもっくもくと煙を大量発生させる焚き火が……
そう言えば野営を決めた時からずっと、ヴェニ君が焚き火をしていたような。
いつもは煙が出ないよう、工夫するのにおかしいなとは思ったんだよね!
う、うん、決してクリスちゃんママの存在が気になり過ぎてスルーしてたとか……そ、そ、そんなことないよ!?
私達からちょっと離れたところで、嫌がらせみたいにもくもく。
それも敢えてわざわざ、煙の出やすい枝ばかり狙ってくべてた気がする。
うん、煙たいなぁって思ってたんだよね。
「あんまり煙の臭いが鼻につくんで、途中でミヒャルトに先頭変わってもらったし」
「それで覆面してんのかよ」
「そういえばこういう時って、大体いつもスペードが先頭だよね」
「僕はスペードより鼻が利かないしね。仕方ないから代わってあげたよ」
なんだか随分と賑やかになってきた気がする。
一気に人が増えたせいか、クリスちゃんがおどおどしています。
落ち着かないみたいで、メイの身体にぴったり身を寄せて、きょろきょろ。
知らない人を怖がっているのかもしれない。
「それで、メイちゃん? その生き物は?」
そして案の定。
スルーされる筈もなく、クリスちゃんに注目が集まってきた!
マナちゃんは平然と受け入れてくれたんだけど、他の子までそうはいかないよね。
出来ればヴェニ君を仲間に引きずり込んで、口添えをしてもらえれば良かったんだけど……まあ、望むだけ高望みっぽいよね。
私はクリスちゃんを落ち着かせる意味と、何があっても主張は曲げないという意思を込めて始祖鳥をぎゅっと抱きしめた。
その後、メイが強固にクリスちゃんを連れて帰ると主張したのと、クリスちゃん自身が人を襲う素振りも見せず……というかメイにくっついて全然離れなかったので。
もう少し様子を見るか、と。
問題の先送りと共に処分も先送りにすることに成功しました。
だけど森を出るまでに結論を出す、というのがヴェニ君の容赦のないお言葉で。
それまでに、なんとかクリスちゃんの存在を認めさせないと……!
何かいい案ないかなぁ、と。
「きゅ?」
……無邪気なクリスちゃんを抱えて、メイは頭を悩ませるのでした。




