10-9.友情のあかしに刻まれたモノ
前回のあらすじ
→ 始祖鳥が仲間になった!
クッキーをあげてみたら、無事に子竜(始祖鳥)と仲良くなれたよ!
嬉しそうに甘いクッキーをもっきゅもっきゅと咀嚼するクリスちゃん。
わあ、生まれたばっかりなのにギラッと鋭い牙がびっしりー……
甘い味、気に入ったのかな?
左右に身体を揺らして、尻尾もふりふり。
なんだか見るからにご機嫌だね!
生涯で最初に覚える味が甘味、というのが後に悪影響を及ぼさないと良いけどー……そんな先のこと、心配しても仕方ないない!
やっちゃったことはもう元に戻せないし。
ちょっと甘党さんに育っても、たぶん神様が糖尿病や虫歯になることはない……よね。大丈夫だよね、たぶん。
「だけど生まれたばっかりのクリスちゃんは見るからに始祖鳥だけどー……リューク様とはちょっと違う?」
『リュークは、元より人に混じって生きることを前提に地上へと降ろしましたから……。人の輪に異端として弾かれぬよう、予め人の姿で生まれてくるように術をかけていましたから』
「そっかー……リューク様を拾った人が、こんな見るからに始祖鳥にしか見えない生命体を人の子同然に育ててくれるとは思えないもんね」
『ええ。その通りです』
セムレイヤ様も色々とリューク様の為に考えてたんだろうなぁ……
下界に降ろす途中でラスボスに誘拐されてるあたり、完全に失策だけど。
それでも今、リューク様が元気に明るく育っているのは、きっと人に我が子同然に育てて貰える様にとセムレイヤ様が願った通りで。
その為にセムレイヤ様が行った細工の数々が効果を発揮したからなんだと思う。
ぶっちゃけ総合的に見て、育児放棄以外の何物でもないけど。
『こ、子育てに専念するだけの余裕がなかったんですよぅ……!!』
「うん、わかってる。わかってるよ、セムレイヤ様」
『私だって、私だって、他に何柱か神が残ってさえいれば……っ』
「滅んじゃったり封じられちゃったりした全神様の負担が全部押し寄せちゃったんだもんねぇ。大変だったんだね、セムレイヤ様」
『…………私の事情をわかって下さるのは、貴女だけです。メイファリナ』
「そしてリューク様の可愛い盛りの赤ちゃん期を見損ねた、と」
『……泣いて良いですか?』
あ、セムレイヤ様が拗ねた。
『私だって、辛いんですよ……。あの子の幸せを思えばこそ、でしたのに。他に遊び友達もいなければ、構えるだけの余裕が父親にもない。私と、廃墟と化した神々の都と、あるのはただ無駄に広い空間だけ。天界に居ても、遊ぶのも独り、学ぶのも独り、食事だって独り……父親の私は寝食を削って仕事ばかり』
そして何やら、開いちゃいけない蓋を開けちゃったらしく。
拗ねたセムレイヤ様は首と肩を落とし、哀愁に満ちた独り言をぶつぶつと溢し始めました。
わあー……鬱々してる空気が、醸し出され始めた。
『そんな寂しい環境に無理やり置いておくよりも、自由にのびのびと、沢山のお友達を作って遊ぶことのできる下界に……と。そう、思ったのに。そう思ったのに……!!』
「セムレイヤ様、セムレイヤ様しっかり! 比喩じゃなく何か『負』って感じの黒っぽいオーラが噴き出してるから!」
なんということでしょう!
神様が本気で落ち込んだら、どうやらマジで欝オーラが具現化?しちゃうみたい。
いや、これは鬱なのか負なのか闇なのか……
なんか人体に有害そうな黒いものが空気に染み出してるんだけど。
こういう時はアレです。
無理やりでも竜神様の気分を上向きにしましょう!
『どうせ私なんて……大きくなったあの子にも、父親の名乗りすら出来ないままに運命を見守るしかないんです。父親とわかってもらえた時には倒されて死ぬ間際とか、私の役回り損ばかりじゃないですか。それであの子が幸せになれるなら、それでも構いませんが……私のこの思いは、どうすれば良いのです』
「そんなセムレイヤ様にー、ちょっと耳寄りお得情報ー!」
『……なんですか、メイファリナ。耳寄り?』
「うんうん耳寄り! 耳寄り情報だよ!」
取敢えず、ここは気を引こう!
私はじゃじゃーんと口で効果音をつけながら、ビシッと2枚の木製カードを掲げてみました。
『それは……』
「セムレイヤ様も御存知の、メイちゃん達のブランド……『アメジスト・セージ』発のおまけカードに加える新作だよ!」
『おまけカード、ですか?』
「うん、おまけカード。最近おまけの域を離脱しつつあるけど。……やっぱりコレクター魂や娯楽性を煽るような作りにしちゃったせいかな」
ロキシーちゃんと算盤から商売絡みの話が弾んで、発展した2年前。
調子に乗ったメイちゃん達が作りだした物のひとつ。
元々は商品の試用品アンケートを提出してくれた人に渡す、おまけとして爆誕したもの。(「5-10.商売の顛末」参照)
娯楽に乏しいファンタジーRPGの世界に解き放ってしまった、カードゲーム的なアレです。
最近は匿名の大口スポンサーがついたらしく、ますますシリーズの展開や普及が盛んになりつつあるとか。
……まさかこんなに沢山の人の心を掴むとか思いもせず。
ちょっとした出来心だったのに、なんでこんなに流行ったんだろ……謎です。
そんなカードの、まだ試作段階にある非売品のレアカード。
1ヵ月後に店頭で発表する予定で、メイちゃんのところにも先日サンプルが届けられたばっかりです。
2枚のカードの、セムレイヤ様に見せた面には。
それぞれ黄金の竜神に身を寄せる青髪の青年を図案化したものと、赤金の鳥と戯れる青髪の少年を描いたもの。
見る人が見れば……『本人』を知る人が見れば、誰を描いた絵なのか明らかです。
そう、そこに描かれているのはリューク様とセムレイヤ様。
少年の絵の方は今のリューク様そのまま過ぎて、使えない。
作ってもらったは良いけれど、商品化はしない予定……でも少年リューク様のカードが個人的に欲しくて、サンプル品だけ作ってもらった分です。
もう没になるって決まっているから、これから量産されることもない。
そんな貴重なカードだけど……
「セムレイヤ様、これあげます」
『え? ですが……』
「良いから、あげます」
『ですが、これは貴女の宝物では! サンプルが届けられた晩、夢の中でもはしゃぎ回る程に喜んでいたではありませんか』
「うん、それでセムレイヤ様も欲しいって言ってたよね。その時はメイもつい駄目って言っちゃったけど……セムレイヤ様にあげるってもう決めました!」
『メイファリナ……そんな、私に気を使わなくても良いのですよ。大方、落ち込む私を元気づけようと思ったのでしょうが……』
「それもあるけど! でもね、メイは欲しかったらまた作ってもらえるもん。けど社会に何の伝手もないセムレイヤ様は自力で入手出来ないし。こっちの絵柄なんて、サンプル限定だよ。セムレイヤ様、このカード欲しいでしょ?」
『それは、その……確かに、欲しいと言いましたが』
「メイは欲しかったらまた貰えるから良いの! セムレイヤ様はメイにとって色んな情報を共有する、目的を同じくする得難い盟友なんだよ。だから、同じ気持ちを持つセムレイヤ様に応えたい」
『そこまで言っていただけて、嬉しく思います。ですが、私とてそんな大事な同盟者である貴女から無理にカードを譲っていただこうとは思いません。……貴女にとって大事なものを、私が奪えると思いますか?』
「良いの! 正直に言っちゃうけど、この世界でメイにとって1番わかりあえる、色んなものを分かち合える相手はセムレイヤ様だけだもん。こう言ったら神様相手に烏滸がましいかも知れないけど、メイにとってセムレイヤ様が1番のお友達なの!」
だから友情のあかしに、このカードあげる!
私はそう言って、半ば強引にセムレイヤ様の手……はなかったから、畳まれた翼の隙間にカードを突っ込みました。
右と左に1枚ずつ、ぶすっと。
翼からカードを生やしたセムレイヤ様は、感極まった様子で。
ひたりと、熱く潤んだ眼差しで私の目を真っ直ぐに見てきました。
「これはメイからの、信頼のあかしだよ。セムレイヤ様」
『こんな貴重なものを……それ程までに、私を信頼して下さると』
「まだ大変なことはこれから山とあるから。辛いことも大変なことも、勿論嬉しいことだって全部分かち合っていく。そんなセムレイヤ様だから、受け取ってほしい」
これからリューク様の冒険の旅が始まったら、父親であるセムレイヤ様には辛いこともあります。
そんな大変な時に、これを見て少しでも心を慰めてくれたら……
支えにはならないかもしれないけど、苦難に直面した時に気力をふるう糧としてほしい。
友情と親愛と、心配と。
沢山の気持ちを込めて、もう1度私は言いました。
世界で1番大事な友達であるセムレイヤ様に、受け取ってほしいって。
大好きなお友達は他にもたくさんいるけど。
メイの使命と信念を理解してくれるのは、きっとセムレイヤ様だけだから。
ここまで正直に、隠しごとなしに向き合えるのはこの竜神様だけです。
ちょっと照れ臭いけど。
こういう相手をきっと、『親友』って言うんじゃないかな。
その瞬間。
同じ森のどこかにいる2人が、拗ねた顔で猛抗議する光景が脳裡に過った。
……なんか次はあの2人が拗ねちゃう?
いやいや気のせい。きっと気のせいだよね!?
そっと頭に浮かんだ光景を脇に追いやり。
友情を深めあった私とセムレイヤ様は、改めて真の友誼を手にした美麗カードに誓いあったのでした☆
「きゅー」
『あ、クリス、待っ……駄目です! これは食べ物では……!』
「クリスちゃん!? か、齧っちゃダメー!!」
「きゅぅぅう!」
「か、カードを離してクリスちゃーん!」
そして誓った側から早速、始祖鳥にカードを齧られました。
さっきも言ったけど、生まれたばかりなのにクリスちゃんにはギラッと鋭い牙がキラーン☆
歯形が付く! 歯形がー……!!
好奇心をくすぐられたのか、なんなのか。
私とセムレイヤ様のやりとりはお誕生数分後のクリスちゃんには難しかったらしく、終始じっとしていたけれど。
大人しく私達を観察しながら、時折不思議そうに「きゅっ」と鳴いていた、けれど。
セムレイヤ様の翼に刺さったカードが、セムレイヤ様の動きに合わせてぴょっこぴょこ動くのが気になったらしく……
うん、これもきっと動物の本能。
私達が友情を誓い合う間にも、クリスちゃんの視線はカードに釘付けで。
私達のやりとりが一段落ついた時点で、もう大人しくしていないで良いと判断したらしく。
セムレイヤ様の翼に刺さったカードに、始祖鳥が飛び付いた。
赤ちゃん相手に乱暴な真似も出来ないし。
私と竜神様は、大いに慌てさせられることに……!
結局、カードには大胆に歯型が刻まれて、しかもクリスちゃんの唾液塗れという酷い有様になっちゃって。
このカード、木製なのに歯形が付くって凄いよね……。
こうなってはもう仕方がない、とういことで。
締まらない話だけど、後日改めて同じカードを私とセムレイヤ様の分、2枚ずつ手配し直してもらうことになりました。
『ところで、メイファリナ』
「なぁに、セムレイヤ様」
『ひとつ、お願いがあるのですが。私は忙しさに追われ、今まであまり下界を精査出来ていませんでしたし……本格的に旅をするようになれば、そのついで、で構いませんので』
「良いよ~! この竹槍が反応するようなことがあったら、周辺を軽く調べるくらいで良いかな?」
『あの、話を最後まで聞かずに理解できたのですか?』
「めう? クリスちゃんのママみたいな竜の眷族が他にも地上に取り残されていないか、リューク様達の旅に支障が出ない範囲で確認してほしいって話だよね?」
『本当に……貴女は話が早くて助かりますね、メイファリナ』
互いの事情と心情を理解しているからこそ、私とセムレイヤ様はツーといえばカーの仲なのでした!
メイちゃん発カードゲーム、王国にじわりじわりと浸透中。




