10-8.まるでArchaeopteryxのように
石化を解いても、止まっていた時間が動き出すだけ。
別にすぐに孵る訳じゃ……なんて都合よく思っていた時がメイにもありました。
うん、つまりどういうことかというと。
竜の卵、あれね?
セムレイヤ様も吃驚する程、超短時間で孵化に突入しました。
その間なんと石化を解いてから約3分。
わあ、お手軽インスタント麺みたい――……って誰もそんなお手軽に誕生しろなんて迫ってないよ!?
お誕生だよ? 生涯最大の慶事だよ!?
もうちょっとじっくりこう、腰を据えてやった方が良いんじゃないかなぁ!
セムレイヤ様なんて「1年以内に孵化すると思いますよ?」なんて言ってたのに。
確かに1年以内っていえば1年以内だけど、ほんの数分で孵化に踏み切るなんて誰が予想したのかな?
予想外なのもあったし、完全に当てが外れました。
もうちょっと、手はずを整えるとか。
最低限、パパやママを説得する時間が欲しかったよ。
今もこうして、ほら。
見守る腕の中、卵の殻にヒビが入る。
ヒビが入るどころか、後ろ脚っぽいものが1本だけ突き出していて、なんか間抜けです。
こういうのって頭から出てくるものと思ってたよ……。
「セムレイヤ様、パパ達に「新種の魔物かもしれないから捨てて……いや、殺処分するしかないな」とか言われちゃったらどうしよう!」
『お、おちつ、落ち着きなさい、メイファリナ』
「めぇぇ……!」
パパはアカペラ領の治安を守る軍人さんです。
それも魔物の対策を専門とする部署の軍人さん。
そんなパパだから、魔物かもしれないから殺処分……とか本気で言い出しそう。
そうなった時、私はなんて反論したら良いの?
きちゃだめー!とか???
とにかく何の根回しも出来ていない状況で受け入れるのは危険過ぎるよ!
不安にめぅめぅ泣き言を漏らすメイに、竜神様の神妙な声がかかりました。
竜神様は表情の読み取り辛い顔で、器用に視線を泳がせていたけど。
まるで自分に言い聞かせるような口調で、メイの懸念に答えます。
『――だ、大丈夫、ですよきっと。竜は獣達の祖にして王。そして獣人の守護神でもあります。例え竜だと思い至らなかったとしても、獣人の中でも特に勘の鋭いメイファリナの両親のこと……本能的な竜への畏敬から、無碍には出来ない……はず』
「それ割と希望的な観測だよね!? こうなったらいいなって願望だよね!」
『失礼な、根拠のあることです。獣人の本能です』
おろおろと額を突き付け合わせて狼狽える、私達。
そうこうして見守る間にも、ぴしりぱきりと殻はヒビを広げていく。
そして、とうとう。
成す術もなく見守る私達の眼前で。
ついに卵から竜の赤ちゃんが誕生したのです……!
「――きゅぅ」
あ、思ったより声が可愛い。
その姿の、あまりのインパクトに。
まず浮かんだ感想は敢えて外見への言及を拒んだモノ。
きゅう、きゅうと竜の子が鳴く。
生まれたばかりなのに、ぱっちりと大きな目は開かれていて。
涙の膜に覆われて、暗闇の中でも濡れ光る。
親を探しているのか、懸命にきゅうきゅうと鳴く声。
光り輝くセムレイヤ様(鳥形態)に感じるモノがあったのかな?
竜の姿をしていないのに、竜神だってわかったのか。
より懸命に、セムレイヤ様にきゅうきゅうと鳴きかける。
『よしよし……元気な女の子のようですね。父親似でしょうか、彼が生まれたばかりの頃にそっくりです』
「きゅー」
『残念ながら、私は貴女のお父様ではありませんよ』
「きゅう?」
きょとんと首を傾げる、竜の子。
鳥姿のセムレイヤ様は、そんな竜の子の頭を軽く嘴でくすぐります。
……さて、そろそろ現実に目を向けちゃわないと、駄目かな。
うん、観念して、ちゃんと竜の子の外見に私は目を向けました。
私の、腕の中。
50cmの卵から出てきた、卵と同じくらいの大きさの……『竜』。
だけど何でかな。
竜の赤ちゃんとか初めて目にする筈、なんだけどー……
なんて言ったらいいのか、なんかその姿に見覚えが。
お母さんはピンク色だって聞いていたから、生まれてくる子も赤系統の色を予想していたんだけど。
その予想は裏切られ、生まれた子の色はパールホワイト。
キラキラと光って見えるのは、根元は真っ白な『毛』が、毛先に行くに従って透明度を増しているから、かな?
生まれてきた竜の子は、シルエットは爬虫類を連想するものの……全身がふっさりとほわほわの『毛』に全身を覆われていました。
うん、毛……ううん、違う。
毛って言うか…………メイの目が確かなら、だけど。
竜の子は全身が、『羽毛』に覆われていたよ?
どこで見たのか、と言ったら前世の記憶。
だけどそれは『ゲーム』で、じゃない。
具体的な記憶を探って思い出されたのは……
「あっははははー(棒)? セムレイヤ様、メイなんかこの子の姿に見覚えあるー」
『本当ですか? それも『ゲーム』の記憶に……?』
「ううん、違うかなー……」
「きゅ?」
「ははは(棒)」
私の記憶にある、不確かに掠れたこの記憶。
思い浮かぶのは……
…………多分、『理科』の教科書か資料集の1ページ。
竜の子の姿は。
教科書に描かれた予想図(白黒)の、
―― 始 祖 鳥 にそっくりだった。
「えーと、セムレイヤ様? この子って始祖鳥?」
『始総長? どこの組織の長ですか?』
「始祖鳥だよ、始祖鳥! どっかの暴走族の頭とかじゃないからね!?」
『始祖鳥……いえ、鳥ではなく竜ですが。生まれたばかりの子は爪も未発達ですし、角や翼も生えていないので鳥と言えば鳥に見えなくもありませんが……いえ、やはり違いませんか?』
「全身羽毛に覆われとりますが……?」
『竜は生まれたばかりの頃は羽毛に全身を覆われていて、成長と共に鱗へと生え換わっていくんですよ。個体差があるので、成竜となっても羽毛が残っている者もおりますが……子竜の羽毛はいわば産毛の様なものですね』
「生物進化の歴史、真っ向から逆流しちゃってない!?」
『進化の歴史?』
「あ。めぅー……そっか、こっちの世界が『前世』と同じような進化の歴史辿ってるとは限らないよね。明らかにこっち固有の謎生物多いし」
言ってしまえば獣人だって、人間と獣の混ざった謎生物。
一体どんな進化の過程を辿れば、こんな謎生物が発生しちゃうのか……って神様がなんかしたんだよね、うんきっと。
そもそも神様がいる時点で、順当に進化して今の生態系が完成したとは限らない。
「きゅう?」
「この子は竜の子、この子は竜の子、この子は竜の子……うん、よし。納得した!」
でもやっぱり始祖鳥に見える。
メイちゃん、しっかり!
生物進化の常識を超えた神秘を前にしている気がするけど、しっかり!
相手は神様!
ちょこっと前世の常識を飛び越えちゃうくらい、きっとお手軽にこなしちゃうんだよ!
「……パパとママには、変わった鳥さん拾ったーって言っとこうかな」
『それで通用するでしょうか』
「通用しなくっても、押しきればこっちのもんだよ」
無邪気さ全開で、『鳥さん』で押し通してみせるよ!
子供の夢を無碍に出来ない、我が家のパパさんママさんは素敵な両親だと思います。
「――あ、そうだ。セムレイヤ様、この子のお名前はどうするの?」
パパ、ママで思い出したけど。
この子のママさんは現在進行形で石化中。
当然、お名前を付けてもらえる筈もない。
メイが勝手に付ける訳にもいかないし……
この場合、名付けの権利があるのは竜の長であるセムレイヤ様だと思うんだけど。
セムレイヤ様は仰いました。
『――そうですね。本来であれば両親が幼名を授け、時至れば両親いずれかの神格と共に神としての名を引き継ぐのですが』
「あ、竜って襲名制なんだ。あれ? リューク様も?」
『あの子は特別です。私の神格は世襲出来ませんので』
「よくわかんない」
『今はリュークのことではなく、生まれたばかりのこの子のことでしょう。恐らくクリスエリサ達の用意した名が別にあるとは思いますが……知る術がありませんね』
「だね。どっかに書き付けとかあればともかく」
『そうですね。きっとこの子は将来、クリスエリサの名と位を引き継ぐ……今は仮にクリスかエリサ、もしくはクリオネ……』
「流氷の妖精!? それ貝類だよね!」
『流氷の妖精? そのような妖精がいたでしょうか』
「あぅ、こっちにはいないの? クリオネ……」
何をどうして『クリスエリサ』なんて名前から『クリオネ』に発展したのか謎ですが。
どうやらセムレイヤ様は真面目に言ってるみたい。
駄目だ、セムレイヤ様に名付けをお任せしちゃいけないって、メイの直感が警鐘を鳴らしまくってる!
「セムレイヤ様、無難にクリスちゃんにしとこ?」
『そうですね。ではクリス、貴女からもメイファリナに御礼を言いなさい。これから貴女の身柄を保護してくれるのは、メイファリナなのですから』
「きゅ?」
「よろしくね、クリスちゃん!」
「きゅぅぅう!」
何故か、威嚇されました。
ふしゃーっと喉の奥から、猫の威嚇めいた音が響いています。
「セムレイヤ様……」
『クリス、何を警戒して……え? 持ち物から竜の気配がする? 竜じゃないのにおかしい、気持ち悪い……ですか?』
「酷い! メイから竜の気配って……ああ、竹槍か」
どうやらセムレイヤ様のご厚意で作ったこの槍が、クリスちゃんを警戒させた最大の原因である模様。
メイは仲良くなりたいのにな。
何だか幸先が悪くて、前途多難な気がした。
「……セムレイヤ様、竜の赤ちゃんって何食べるの?」
『人の扱う一般的な食材でしたら、固形物だろうと何でも食べられますが……メイファリナ? 何を食べさせる気で……』
「じゃじゃーん!」
取り出しましたるは、おやつに準備していた特製クッキー☆
お子様大好き、チョコチップにチョココーティング!
アイシングで作ったお花模様付きで、とってもラブリー♪
可愛くって、女の子が大好きそうな見栄えです。
ママとエリちゃんと、きゃっきゃうふふと調子に乗って作った逸品です。
だけどこういう賑やかな可愛いものって、お子ちゃま受けするよね?
まだ何も食べた事のないお口にいきなり甘味はどうかと思わなくもないけど……良好な関係を築く為、だよ。
メイちゃん、手段は選ばない……!
私は取り出した内の1枚を、ぽいっと自分のお口に放り込んだ。
うん、甘い!
ほわっと温かな気持ちが、自然とメイちゃんのお顔を満面の笑みに変えます。
自分でも美味しそうな顔で食べてるんだろうな、ってわかるよ。
そのままもっきゅもっきゅとゆっくり咀嚼して……
「きゅっ!? きゃう!」
私がさも美味しそうに食べたことで、クッキーが『美味しい食べ物』だと認識したのでしょう。
まだ何も食べた事のないお口をぱくぱくさせて、クリスちゃんがしきりに必死な鳴き声を上げ始めました。
私の膝の上、腕の中に最初っからずっといたんだけど……今まで大人しく座っているだけだったクリスちゃん。
そんな彼女が、今は羽根の生えた両の前足を、私の胴体にかけて背伸びしてきます。
私の口元に顔を寄せ、匂いを嗅いで。
ぐいぐいと額を擦り寄せ、おやつちょーだい!とボディランゲージ全開で催促してくる、この様子!
生まれたばかりなのに、なんてアグレッシブ。
この調子なら、獣人の子より成長早いかも……?
どうやら神様は赤ちゃん時代から地上の民とは格が違うようです。
Archaeopteryx 始祖鳥の学名
意味:古代の翼
実をいうと最初、クリスちゃんの外見を「某、終わりのない物語(映画版)」の竜に見えないドラゴンっぽくしようか迷いました。
生まれた時は真っ白な赤ちゃんですが、成長と共に得意な属性に影響を受けて色が変わっていく、という設定です。




