10-2.存在しなかった採取系クエスト
ヴェニ君率いる私達に喧嘩を売って来た、お馬鹿な賞金稼ぎさん。
アカペラの街に到着したばかりの交易船で護衛として雇われていたらしいけど、9歳の女の子と10歳の男の子(×2)に簡単に伸されちゃうような実力で護衛とか……大丈夫なのかな?
多分、明日の朝には彼らにとって不名誉な噂が立つんじゃないかな。
だってこんな往来で、喧嘩売ってくるんだもん。
護衛の仕事は実入りが良いって聞くけど、もうあの人達は護衛として雇ってもらえなくなるんじゃないかな。
……でも、相手を見た目と年齢で判断するような人達だしね。
もしかしたら此処でメイちゃん達に痛い目を遭わされなくても、いつかは、そしてもしかしたら、仕事中に似たような展開が待ち受けていたかもしれません。
きっとその時は、たんこぶをプレゼントして道端に転がし、放置しただけで済ませたメイ達の優しい処遇とは違って。
彼らにとって致命的なナニかになっていたかもしれません。
油断って怖いね!
教訓を得たことで、先の命を拾ったのだと。
せめて勉強代だと思って、今日の不名誉は甘んじて受けたら良いと思う。
――うん、気絶したおにーさん達のお顔にミヒャルトが前衛的な落書きを施していたけど……命を失うよりは全然マシだよね!
カイゼル鬚とか渦巻きほっぺとか、マシマシ全然マシだよね。
うん、命に比べたらお得に安いよ!
……あの落書き、顔料で書いてた気がするけど。
洗おうが何しようが、3日は消えない気がするけど!
でもきっと、それメイの気のせいだよね。うん、たぶん気のせい。
思わぬ妨害に、足止めもらっちゃったけど。
少し予定より時間は過ぎたけど、まだ大丈夫だよね?
おにーさん達を道の脇に片付けた(文字通りの意味で)メイ達は、今度こそ妨害されることなくメリーさんの酒場へと足を踏み入れました。
目的は、お仕事の達成報告。
ヴェニ君が背負った袋の中には、畑を荒らす害獣として賞金が掛けられていた猪の首があります。
ちなみにただの猪だよ。
だけど異常成長を遂げて、魔物でもないただの動物なのに全長7m。
当然だけどどんな罠を仕掛けられようが強行突破、余裕の貫録。
農家の方々じゃ手に負えないってことで、賞金が掛けられていたみたい。
そんな大きな猪さん、丸ごと街までは運べないから。
それでも大きかったけど、首だけ落として提出です。
ちなみに残り……首を落とした後の胴体は、農家の方々と仲良く頂きました。
美味しかったよ、猪鍋!
いくら食べても消費の追いつかないビッグ猪に、農家の方々はちょっとしたお祭り状態でした。
「メリーさーん、見て見てイノシシー!」
「見りゃわか……って縮尺おかしいだろガキ共!? なんだその化け猪」
「東の農業地帯、手に負えねぇ猪が出るって仕事あったろ。ソレ」
「……おいおい、賞金首の申請にあった情報よりデカイだろ」
「育ったんじゃない?」
「わずか2ヶ月でここまで育つか!? 申請書にゃ4mって書かれてたんだぞ。実際はどのくらいだったんだ?」
「「「「7m」」」」
「Oh……」
こっちも前情報と実際の大きさが違って、最初はめちゃめちゃ驚いたよ。
だけど相手は所詮、魔物じゃなくってただの猪。
それにまあ、実際と情報が違うなんて、よくあることだし。
ちょっと前情報より大きいくらい、怯む理由にはならないよね!
まあ、本当に吃驚したから、倒した後で思わず計測したけど。
勿論、4人全員で協力して大きさを測りました。
ヴェニ君が猪の後ろ脚を引っ張って、スペードが前足。
メイちゃんが巻き尺引っ張ってー、ミヒャルトが目盛りを記録ー。
測り終えた時には謎の達成感がありました。
「……農業関係の依頼は、仕事の困難度に応じてアルジェント伯爵様が助成金を出してらっしゃる。これ賞金額が今のままじゃ適正とは言えねぇよ。ちっと伯爵様の方に報告上げっから、たぶん追加報酬が出るぜ? ただ煩雑な手続きがあっからよ。本来の賞金の支払い含めて、数週間待つことになると思うがどうする?」
「んじゃ、待つさ。メリー、報告頼む。もらえるモノは当然もらうからな?」
「OK.そういうことで。仕事達成正銘の割符は今渡すが、失くすんじゃねーぞ?」
「今更言われねぇでもわかってる。再発行はしねぇってんだろ」
「わかってんなら良い」
私達の代表として、ヴェニ君がメリーさんと剣呑な笑みで会話を進めます。
どうやら今回の賞金は数週間の支払い待ちになるみたい。
追加報酬含め、賞金稼ぎ相手には一括払いにしておかないと後で揉めたりすることも多いから、仕方ないよね。
正気稼ぎって、脳きn……お馬鹿さんが多いらしいから。
ヴェニ君がメリーさんと何かしらの打ち合わせをしている間、私やスペード達も別に暇をしている訳じゃありません。
「女将さぁん、メイにも焼き鳥ひとつー!」
「俺、みっつ!」
「僕もみっつ!」
「あ、あうあぅ……女将さん、メイもやっぱりみっつで!」
「あいよ、焼き鳥9本だね。アンタ達、もうちょっと落ち着きなー」
ほら、メイちゃん達ったら育ち盛りだから(笑)
お仕事の後は小腹が空くんです!!
この酒場の焼き鳥は、前世の世界で一般的だった焼き鳥みたいに串に差して焙ったお肉料理。
だけどお肉の塊1つひとつが大きなぶつ切りで、食べごたえは満点だよ。
でもメイは口が小さいから、必死にはむはむしてるんだけど。
「メイちゃん、食うのに時間かかってるけど腹に入るのか?」
「僕が1串食べてあげようか」
「メイがちゃんと食べるから大丈夫!」
食べるのが遅い子羊メイちゃんの焼き鳥(最後の1本)を、肉食男子2人が虎視眈々と狙っていた。
親切ぶって言っても駄目です。
伸ばされた手は、問答無用で叩きます。
お盆の角って割と痛いよ!
だけど早々と自分の分を食べ尽くした2人の視線に、なんだか居た堪れなかったから。
私は最後の焼き鳥串を握って席を立つ。
そのままついでにと、掲示板を見に行くことにしました。
今はどんなお仕事があるかなぁ、と。
そこには現在逃亡中の犯罪者や人里に多大な被害を与えた魔物の情報など……賞金首と呼ばれる存在のプロフィールと賞金額が掲示されていて。
またそれとは別に、賞金稼ぎにお仕事を依頼したいという人が貼って行った紙……バイト票みたいなのが専用掲示板を埋め尽くしていました。
賞金稼ぎは『賞金稼ぎ』と名乗るだけあって、その稼ぎの殆どは賞金首を狩って頂戴しています。
だけどそれとは別に、腕自慢ズラリの賞金稼ぎにお仕事を頼みたいという人がいる訳で。
大体そういうお仕事は護衛とか、警備とか。
人目を憚るような依頼の斡旋は、大抵の酒場が拒否しています。
誰かを襲ってこいとか、復讐を代行してほしいとか、そういう物騒なモノは此処にありません。
そういう仕事が欲しい人は、もっとそれ専用の後ろ暗い斡旋所に行きます。
力や腕っ節が必要で、人様に顔向けできる依頼。
そうなると護衛中心になるのも不思議じゃない。
特に此処は交易の街なので、商人さんからの依頼でそういうのが多い。
新進気鋭の商人の護衛とか、他の街に向かう商船の護衛とか。
交易船の護衛で他の街に出向いても、またアカペラの街に向かう交易船は簡単に見つかるので、行きと帰りで別の船を護衛しながらのんびり船旅っていうのはお定まりコースの1つかな。
前世のゲームで言う、護衛と討伐依頼。
賞金稼ぎの領分とされている、それら。
此処の掲示板を見ている内に、色々な仕事を知る機会があったけど。
残念ながらある意味『ゲーム』の定番、『薬草採取』はありません。
というか採取系に分類されるような仕事は、一切全く此処にない。
考えてみよう、荒くれ揃いの賞金稼ぎ。
そのほとんどは考えるまでもなく脳筋です。
薬草採取みたいな繊細な仕事、当然だけど誰も任せるはずないよねー。
ソレを生業にしている人の、お仕事を奪うことになっちゃうしね。
そもそも薬草に限らず、わざわざ採取に行かないといけないような代物は、考えるまでもなく専門知識と細かい配慮が必要です。
わかりやすい例で言うと、薬草や山菜、茸類。
毒のある種類と間違えて食べて、病院送り。
うん、よくあるよくある。
賞金稼ぎでも標的を追跡中、野営の際に無害な山菜と間違えて毒草クッキング、あわや……という笑っちゃいけない失敗談がごろごろしています。
そもそも植物なんて、詳しい人以外が見て細かい判断が付く筈もなく。
同じ種類の仲間でも、薬になる奴と毒になる奴があったりする。
要は薬効が効き過ぎるか、弱いかの違いだって言う人もいるし。
それだけでもないと思うけどね。
まあ、何にしても、素人が手を出して良い領域じゃないってことは確かだと思う。
薬草の知識だけあっても、地域の植生やら何やらの知識もいるしね。
希少な薬草の群生地を偶然発見したおっさんが、我欲のままに取りつくして群生地が消えた、という事件が裁判沙汰に発展したこともあるそうで。
何でもその群生地、地元の薬師さん達が共有資源として大事に大事に何十年も、環境と採取量に気を付けて取りつくさないよう、配慮に配慮を重ねて保持させていた代物だったらしく。
薬草関連の地元事情と、薬師さん達の組合の取り決めを知らない余所者が調子に乗って資源の枯渇。
恐ろしい話だと思います。
しかもおっさんは薬草のことは知っていても薬草採取の知識はなかったらしく、土ごと根ごと採取するんじゃなくってスパッと根元から草を刈って売り払ったらしい。
わあ、再生が困難。
おっさんが薬草を持ち込んだ地元の薬問屋さんがすぐに事態に気付いて、おっさんを拘束したけど時既に遅し……だったらしい。
おっさんは気付かなかったけど群生地には立て看板もしてあったらしく、注意力の足りなかったおっさんは儲けようと思って逆に大損する羽目になりました。
……というかその薬草、本当に地元にとって重要なモノだったらしく。
毎年流行っては未曾有の被害をもたらす風土病の特効薬だったんだって……。
そりゃ裁判にもなるよ。
そんな恐ろしい事例が知れ渡っているので、誰も領分外のことには手を出さない。
ちょっと聞きかじった知識で「これは!」と思うようなモノを見つけても、欲に走ると痛い目を見るのは暗黙の了解。
切羽詰った事情があってお世話になるとしても、自分達に必要以上の量は求めない。
若くて無知なお馬鹿さん以外は、大概の場合先達に重々言い含められているので限度を守ります。
……まあ、時々、限度を守れなくて痛い目を見る人いるけどね。
それどころか地元じゃなければ売りさばいても問題なかろ、と。
違う貴族の領地まで持ち出して売りさばいて荒稼ぎをした挙句、指名手配されて賞金首になるような人もいたりします。
薬師関係の組合がしっかり連携を取っているので、薬草関係はかなり厳しいらしいですけどね。毒草の取引何かを見張るついでに、薬草の方も自分勝手な採取を行わないか見張られているそうな。
それでも薬師組合の目を逃れ、裏社会ではかなり身勝手な取引が横行しているらしいんですけど。
何事もやり過ぎは良くない。
限度を超すと回り回って自分の首を絞める。
そして他人の領分を侵すことなかれ。
そういう教訓のお話でした。
さて、なんでメイちゃんがいきなりそんなことを思い返しているのかってことだけど。
「あ、良かった! メイちゃんいたよ、ソラちゃん」
「メイちゃん、ちょっと私達のお話聞いて!」
目の前にマナちゃんとソラちゃんがいる訳ですが。
2人とも賞金稼ぎ稼業には関わりのない人種、なんだけどね?
何故か、酒場にいて。
そして2人の後方には……
「ああ、こんにちはメイちゃん。君達ちょっと今、手は空いているかな?」
メイちゃんも怪我や病気の時にお世話になる、薬師さんがいるんだけど。
――そういえば、賞金稼ぎが薬草採取に関わるパターンが1つだけありました。
それは危険を押して薬草採取に出かける人の、護衛として参加する……ってそんなパターンが。




