9-8.ひつじのめーちゃん
途中でエステラちゃん、リューク様の視点が差し挟まれます。
ついでにいうと何故かリューク様がちょっと壊れぎみのような……
メイにも、独自の哲学ってものがあるんだけどね?
個人的に、ストーカーはお触りやっちゃ駄目だと思うの!
遠くからひっそり監視してこそ、ストーカー。
相手の私生活をこっそり覗いてこその、ストーカー。
至近距離にまで接近して、あまつさえお触りなんて……
うん、やっぱり駄目だと思うんだ。
ストーカー活動の範囲は個人によって様々だと思うけど、それがメイちゃんなりの美学なのです!
でも時には不可効力ってものがあるんだね……。
メイちゃんは、8歳にしてそれを知りました。
そんなつもりはなかったのにー……。
朝の空気の中、向かい合う少年と羊。
いきなりの羊化だったし、状況は不自然だけど。
なんとか、セーフ!
ぎりぎり、セーフ!!
あのタイミングなら、人型は見られていないはず!
でも、こんなことになっちゃって、焦ります。
状況的に声をかけられるのは確実。
でも、メイちゃんはお話しできない。
……となると、後はメイの可愛い弟妹ちゃんに任せるしかないんだけど。
メイ(羊)の横っ腹にしがみつく、双子ちゃん。
いきなりお姉ちゃんが羊になって吃驚……はしてないようだけど、突然現れた大きいお兄さん達に驚いているみたい。
人見知りのエリちゃんには、きっと荷が重い。
だけどそんなエリちゃんをカバーするように、自然と要領が良くなった子がいる。
恐る恐るとユウ君が顔を上げ、上目遣いにリューク様を見上げた。
ハッとした顔をするリューク様。
「おはよう、驚かせてごめん。君達、もしかしてバロメッツさんのお孫さん?」
「うん。ぼく、ゆうりぃとー。おにいちゃんは?」
「俺はリューク。さっき君達をびっくりさせちゃった奴はアッシュで、俺の後ろにいるのがエステラ」
「うんと、こっちはエリちゃんと……(おねえちゃん?)」
そっと、こっちを窺うように。
物言いたげに見つめてくるユウ君。
そんなユウ君に、今のメイは答える言葉を持ちません。
そっと目を逸らし、羊の様に鳴くしか出来ない……!
「めぇー」
「…………うん、こっちは、ひつじのめーちゃん」
「凄いな、タイミングがまるで返事したみたいだ!」
「あ、うん……そーだね!」
物怖じしないし、賢いし。
しかも今この子、しっかり空気読んじゃったよ!?
どうも正体を知られたくないメイの微妙な下心を察しちゃったようです。
ユウ君はリューク様にはきはきとお返事します。
まだ2歳なのに、こんなに的確に空気を読むなんて……ユウ君、しっかりし過ぎだよね!?
やだ、うちの弟、天才!?
「君のおうちの羊さん?」
「えーと……うん、うちのおねえちゃん」
「そっか、お姉ちゃん代わりかな。俺にも子供代りの鳥がいるよ」
「とりさん? とりさん、とりさん、みたいみたーい!」
「そう? だったら今呼ぶから、ちょっと待ってな」
ユウ君が初体面の相手に物怖じしなさ過ぎて、ひっそりといつか誘拐されないか心配になってきた……。
えっと、ユウ君、馴染むの早いね?
ユウ君、大丈夫だよね?
知らない人についてったり、しないよね……?
ちなみに人見知りが激しいエリちゃんは、メイの身体の陰に必死で隠れようとしています。
もっふり毛並みに顔面を突っ込む形で抱きついて、びくびくしちゃって……可哀想だけど、エリちゃん可愛い!
メイちゃんとエリちゃんは顔が割と似ているので、面相を見れば姉妹なのは一目瞭然。
更にエリちゃんの今日の髪型はママのチョイスでツインテール!
ふわふわくるくるの髪の毛が両耳を隠していて、ナイス。
顔を覚えられたくないメイちゃんとしては、セーフと叫びたくなる状況です。心の中でガッツポーズ決めたよ!
「来い、コーパル!」
「ぴぃぴるるっ♪」
あ、同志。
リューク様の声に応えて、ばさばさっと舞い降りたのは鳥に擬態中の竜神様(御歳不明)。
空に差し出された少年の腕に、躊躇いもなく降臨です。
いたんだね、竜神様……。
「ほら、これが俺の鳥。コーパルっていうんだ」
いいえ、それは貴方様の実父です。
言いたい……!
いっそ言ってしまいたいけど、お口にチャック!
リューク様が注ぐ、鳥への無条件に近い慈愛の眼差し。
それを目の当たりにすると、なんだか背筋がむずむずしちゃう!
「きれいなとりさん! ほらエリちゃん、きれいなとりさん」
「う……ユウだけ、とりさんみてるのー。エリは、やぁ」
私の複雑な心境も知らず、飛び跳ねてはしゃぐユウ君。
一方、びくびくとリューク様を警戒して身を縮めるエリちゃん。
更には大きな鳥にもびくびくしている、エリちゃん。
そして羊なメイちゃん、現在進行形。
交渉ではまるで役立たずな、姉と妹。
それを恨むでも怯えるでも怖気づくでもなく。
ユウ君は自分で、リューク様とお話している。
うちの弟、こんなにしっかりした子だったんだね。
メイちゃん、ちょっと申し訳なくなった……。
不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
アッシュが訳のわからないことを言って、一方的にリュークに絡んでくるのは……もういつものことだけど。
それにリュークや私以外の誰かが巻き込まれたのは、思えば初めてかも。
目の前には小さい、3歳くらいの双子の男の子と女の子。
だけど獣人は幼少期の成長が早いっていうから、もしかしたらもっと幼いのかな?
それから、ふわふわの子羊がいっぴき。
見るからに抱きしめたくなるくらい愛くるしい羊さん。
……あれ? 羊って匹? それとも頭?
なんで羊?とも思ったけど、相手がバロメッツさんとこの子ならおかしくない。
あのお家は、ずっとずっと前から植物なのか羊なのかよくわかんない農作物を育てていて。
もしかしたらバロメッツのお爺さんやお婆さんが、遠方から来たこの子たちを喜ばせる為に可愛い子羊をあげたのかも。
何となく、そう思ったら疑問は消えた。
今はそれより、他に気になることもあったし。
気心の知れた、互いによく知る相手しかいない村で育ったから、そう思うのかもだけど。
なんだか、この子たちの態度って変。
どこがって言われてもよくわからないけど、なんだかぎこちない気がする。
それがとっても目について、凄く気になる。
アッシュがやらかしちゃったからか、女の子の方はすっごく私達を怖がっているみたい。←ただの人見知り
今も子羊ちゃんの背の上で、突っ伏するようにして顔を伏せていて。
なんだか全身で、私達を拒絶しているみたい。
でも、そうだよね……。
いきなり突っ込んで来られたら、吃驚するのは当たり前だもの。
この子はすっごく繊細な子、なのかも。
怯えちゃうのも仕方ないか、って思った。
アッシュもそう思うのか、おろおろした感じ。
しきりに、あの女の子を気にしている。
珍しいな、って思った。
いっつも、私にイジワルしても平然としているのに。
相手が、私達よりずっとずっとちっちゃい子だから?
あんまり慣れてない相手で、本気で怯えちゃっているから?
どっちでも、いつもは全然悪びれないアッシュが、今すっごく「悪かったかな……」って顔をしているのは本当だし。
いっつも、アッシュってば私にもっと酷いことする癖に。
……なんとなく、面白くない。
私に意地悪するのは、構わないの?
私が嫌がることをするのは、気にならないの?
なんだか凄く、問い詰めたい。
あと、言いたいことがある相手はアッシュだけじゃないの。
リューク、あなたもなんだか……様子がちょっと変なの。
いったいどうしちゃったの、って聞いても良いのかな……?
双子のおちびちゃん、特に男の子の……ユウ君?を気遣っている風だけど。
でも、いつもリュークの側にいて、リュークのことを見ている私にはわかっちゃったの。
リュークが本当に気にしているのは。
小さな双子ちゃんの、そのどちらでもなくて。
ふわふわでもこもこの、きゅるるんってした白い物体。
めぇめぇ歌うように、楽しそうに鳴き声を漏らしている。
リュークが本当に気にしているのは、何故か白い子羊ちゃん。
羊なんてバロメッツさんのお宅で見慣れているはずなのに。
子羊だって、いっつもたくさんいるのよ?
確かに、こんなにふわふわした子羊ちゃんは今まで見たこともないけど……
いったい何が気になるの、リューク?
私は首を傾げながら、問いかけることも出来ずに見つめている。
リュークも、アッシュも双子ちゃんと羊ばっかりをチラチラ見つめて、気にしちゃって……そんな2人を、私は見ているだけで。
なんだか、私だけ仲間外れみたい。
妙な疎外感を感じて、少しだけ不安になった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
当然と言わんばかりの、場の流れで。
村の中を案内してもらうことになったメイちゃん(羊)達。
そりゃ、こんなにちっさい双子ちゃんを放置して去って下さいって言うのは無理がある。
おにいちゃん、おねえちゃんな年齢差的に、構わずにはいられないよね?
お昼には1度お祖父ちゃん達のお家に帰る予定だし。
何とか午前中限りのお付き合いで済ませたい。
勿論、ね?
こんなに間近で、超接近して。
至近距離からリューク様達のアレやコレやを見られるとなったら、それは勿論ものすっごく美味しい。
美味しい状況、だけどね。
だけど、メイちゃんは思う訳です。
少し距離を置いた位置から、対象に悟られることなく詳細に観察。
接触は原則的に、不可。
それこそがストーカーのルール……ううん、本義にして真髄であると!!
やっぱり適切な距離は守らなくっちゃだと思う!
それがメイちゃんのポリシーです。
それが許される状況じゃないってことは、百も承知だけど。
あうぅ……接近し過ぎた!
がっつり距離感間違えちゃったよ、メイちゃん!
もう、胸の中はもやもやでいっぱいです。
やっちゃった、ヘマしちゃったよっていう。
口惜しい気持ちはあっても、後悔はしていないけどね。
うん、ただ自分の経験不足と未熟さが悔しいだけ。
やらかしちゃったものは、でも仕方ない。
こうなったら自分の行動の結果は、甘んじて受けるべき。
それがどれだけ、自分のポリシーに反していたとしても……!
ぶっちゃけ、間近過ぎる距離にドギマギ緊張しちゃって、体が上手く動かないんだけど……自分の行動の結果だから、これ。
全て受け入れるしかない。
自己責任って観点からは、そう思うんだけど。
でもでも、でもさ。
でも……なんなんだろう、この状況。
何故かはわからない。
わからないんだけど……何故か、リューク様にガン見されている気がする…………。
じぃっと。
それはそれはもう、じいぃぃぃっと……。
そんなに見られても、メイちゃん何も出せないよ……!?
毛皮の下から鳩でも出てくるとか、期待されてる?
あの視線の執拗さは、手品の仕掛けを見抜こうとする子供の頑固さを感じさせるほど、強固なナニかを感じた。
え、本当になにこの状況。
メイちゃん、もしかして……もしかしてだけどー……えっと、どっか不審? 不審ですか? 怪しまれちゃってる???
後ろ暗い部分があるからこそ、挙動不審になっちゃう。
ならざるを得ない、絶対に今の私は態度がおかしい。
自覚していてもどうにもならない、この状況。
なんで『見る側』の筈のメイちゃんが、こんなこんなにじーっと見られちゃってるの!?
私、絶対に『見られる側』じゃない筈なのにー!!
焦りまくる内心で。
誰にも聞かれぬ絶叫を空回りさせまくる白羊、メイちゃん(8)なのでした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
めぇめぇ鳴きながら、あっちこっちに視線を飛ばし、そわそわと落ち着かない小さな白い羊。
忙しない様子が、見るからに『こども!』って感じで微笑ましい。
可愛いなぁ。
可愛いし、ふわふわした毛並みが柔らかそう。
風にふわっと揺れる毛皮。
無意識に手を伸ばそうとして、その度にハッと我に返る。
うわ、また触りそうになってた!
あのふわふわ、謎の吸引力で俺の手を誘ってくる……!
ついつい、触りそうになる羊の毛皮。
未だ実際に触らずいるのは、子羊の背に女の子がいるから。
俺が手を伸ばしそうになる度、子羊の背中にいる女の子がビクッと肩を揺らす。
顔を伏せっているのに、全方位に目があるんじゃないかと思うくらいの、一切の隙がない反応速度。
怖がらせるのは胸が痛むし、嫌だ。
だから手を伸ばしそうになる瞬間、怯える女の子を見ては我に返る。
警戒している相手に、手を伸ばされるのは嫌だよな。
それが察せられるから、俺は毎回、手を引っ込めるんだ。
……引っ込めるけど。
手を引きながら、残念だとがっかりする俺がいる。
さっき1度、あの子羊に触った。
手に触れた感触は、すごくふわふわでふかふかで、温かい。
まだ子供の羊だからか、毛皮は繊細さを感じさせるほどの柔らかさで。
今でも手に、あの感覚が残っている。
正直に、言うと。
物凄く。
ものすごく、すごくすごく、すーっごく……!
手触りが、本気で気持ち良かった。
よく晴れた日に干した、お布団以上の気持ちよさだった。
アレは、癖になる。
もうちょっと、本気で堪能してみたい。
そんな気持ちを打ち消せないから、俺の手は何度も無意識に伸びそうになるんだ。
触りたいなぁって。
女の子を怖がらせてまで押し通して良い感情じゃない。
だけどがっかりと残念に思うくらいには、未練があって。
俺は意を決して、子羊の主人だろう双子に尋ねてみた。
「この子羊……ぎゅってして良いかな?」
「「だめ」」
……ユニゾンで断られた。
女の子の方は、やっぱり顔も上げない。
心なしか子羊も、俺から一歩距離を取ったような……。
「お、おい? リューク、お前……なんでそんなしょんぼりしてんだよ。俺、お前がそこまで肩落としてるとこ見たことねぇんだけど」
「アッシュ……俺、疲れてるのかもしれない」
「は?」
「癒しが恋しい……」
「おい、正気に戻れ」
気落ちした俺に、アッシュが引きつった顔をしていたけど。
元気を取り戻すには、もう少し時間がかかりそうだ。
うん、気持ちを切り替えなきゃな……。
→ リューク様は本気でがっかりしている!
メイちゃん:魔性の毛皮を持つ羊。
最高級品質ウール100%見☆参!
メイちゃんの入念な髪のお手入れ効果は抜群だ!




