9-7.はじめてのストーキング
どう考えても初めてとは思えませんが、メイちゃん的には「初めてのストーキング(笑)」らしいっすよ!
高いところから一度、立地を把握しておくのはやっぱり必要です。
物事を俯瞰して見るのは基本だよね?
道なりに進んでいたリューク様の進路と進行速度を予測して、付け回すを開始するのにベストな場所の当たりを付けて。
現在、メイちゃんは弟妹を抱えて繁みで待機中です。
わくわく、わくわく。
あー……早くリューク様とエステラちゃん、通りかからないかなぁ!
そう思いながら待ち構えること、暫し。
人間、堪え性ってやっぱり大事だよね!
途中で目的もわからない潜伏行為に飽きたユウ君が駄々をこねたりもしましたが。
やっぱり待ってて良かった!
その甲斐はあったと思えるだけの光景が、茂みから覗いた先で展開し出したんだもん。
「てめぇ、リューク! よくも昨日の勝負をすっぽかしやがったな!? この腰ぬけ野郎っ」
「ちょっと待てよ、アッシュ。勝負? 昨日? 木登り競争ならちゃんと行っただろ」
「そっちじゃねーよ! 夕方、樫の木のとこで!」
「あれ……その他に何かあったっけ」
「よ、よくも俺の前でそんなことを抜け抜けとっ」
「特に何か約束した覚えは、俺にはないんだけど……」
何が起きているのか?
簡単です。
リューク様が、アッシュ君に絡まれています。
揉め事の種、不穏な成り行き。
いつもだったらおろおろしそうな、この光景。
実際にリューク様の背中に隠れたエステラちゃんは、とってもおろおろしている。
だけど、同じようにおろおろするはずのメイちゃんは。
自分でもこの状況に目がキラキラしちゃってる自覚があるよ!
だって、美味しい。
美味しいよ何この状況。
何故なら揉め事の相手がアッシュ君なんだもん!
リューク様をライバル視しちゃってる、村の幼馴染アッシュ君。
いわゆるガキ大将キャラの彼は、事ある毎にリューク様に因縁をつけ、喧嘩を売り、決闘じみた勝負を挑みまくっていたらしい。
そのことは『ゲーム』中にも匂わされていました。
アッシュ君は謂わば『ライバルキャラ』に相当します。
そんな彼らの、言ってみればこれは日常!
常習的に行われてきた騒動!
その証拠に、道行く通行人の村人さん達は誰も動じてないし!
誰もが「またか」みたいな顔で素通りし放題。
うん、間違いなく日常茶飯事です。
そして私は、こういう何気ない日々の光景を見たかったんです!
それはもう、凄くすご~く!!
メイはわくわくとより一層息をつめ、気配を殺して彼らの喧嘩が見えやすい場所に位置取りました。
音を立てずに茂みを移動するのって、コツがいるんだよね。
エリちゃんとユウ君は不安げに「なんだろう?」みたいな顔をしているけれど、メイの指示に従って大人しく息を潜めています。
大きいお兄さん達(10歳)が喧嘩している場面を目にして、怯えている気がします。
……2人とも、先にお家に帰した方が良いかな?
いや、でも初めての場所で単独行動させる訳にはいかないしなぁ。
だけどこの場を離れたくないし。
メイちゃんは葛藤を抱えながら、頭を悩ませつつ目はバッチリリューク様とアッシュ君の2人を凝視中です。
もしもアッシュ君が直接的手段:暴力に訴えるなら、リューク様も生半可な対応はしないんじゃないかと思います。
だって『ゲーム序章』の『チュートリアル:戦闘の流れ』は、2人の決闘シーンだったし。
あれだけ容赦なく殴って問題にならないなら、前から似たようなことをやっていたはず。
その瞬間を、メイちゃんは見逃さない!
「お前、ちょっと武術やってるからって良い気になるなよ!!」
出た! アッシュ君の必殺ヘッドバッド!
有無を言わさずリューク様の襟を掴んで額を打ち込んだーっ!
……が、リューク様も負けていない!
インパクトの瞬間、迫りくる額との間に掌を差し込み、アッシュ君の頭を受け止める形で衝撃を殺した様子が見えました。
防御の仕方も、どことなく慣れているような……。
「いきなり何するんだ、アッシュ!」
「チッ」
「あのなぁ、こっちは他の用事があるんだ。何か用があるんなら前もって言っておいてくれって前にも言っただろ」
「なんで俺がわざわざお前を呼びださなきゃいけないんだよ」
「喧嘩売ってるのはそっちだろ!?」
「お行儀の良いとこも気に入らねぇんだよ、文句あっかぁ!」
相容れないとばかりにギリギリと睨みつけるアッシュ君。
対するリューク様はお困り顔。
ちょっとだけムッとしたような顔でもあります。
「行儀については、師匠達が口を酸っぱくして言ってくるんだから仕方ないだろ。悪さしたら、ちょっとどころじゃなく扱かれるんだから」
「毎回毎回、同じこと言ってんじゃねーよ」
「それよりアッシュ、見慣れない子見なかったか?」
「は? 見慣れない……子?」
「そう、見慣れない子。いま探してるんだ」
「誰だよ、見慣れない子って。この村狭ぇんだから、みんなリュークだって知ってんだろ」
「この村の子じゃないんだ。バロメッツさんの家に都会から遊びに来た子だよ」
「え? あ~……そいや、かぁちゃんがお孫さんが来たとかなんとか」
「そう、その子。アッシュ、見かけなかったか?」
「なんだよ、そいつらが気になるってか?」
「気にしたら悪いのか」
「悪いなんざ言ってねぇよ。けど、なぁ……ふぅ~ん?」
喧嘩が始まるかと固唾を呑んで見守っていたのに。
何だかリューク様とアッシュ君のやりとりは奇妙な雲行き。
あれ? なんでメイちゃん達が議題になってんの?
それにアッシュ君、なんなのそのわざとらしい素振り。
まじまじとリューク様を見た後に、アッシュ君はあからさまな口調で宣言しました。
そう、宣言したんです。
敵視している、リューク様に。
「決めた! 勝負だ、リューク」
「えっ」
「俺もそいつに興味が出てきた。どっちが先に見つけるか……俺が先に見つけて、お前の悪口でも吹きこんどいてやるよ!」
「なっ!? ちょっ、アッシュ!」
「そうと決まりゃ……!」
ずびしぃっと指突き付けて宣言したが早いか、アッシュ君は身を翻しました。
……いや、っていうかメイちゃん達を勝負の引き合いに出さないでっ!?
何を勝負方法に選んでるの、何を!
驚愕に唖然としてしまって、一瞬反応が遅れた。
「しま……っ」
身を翻したアッシュ君が、こっちに来る!?
道を外れて一度リューク様の目を眩ましてから、私達を探すつもりなのかもしれない。
それか、こっちの方に真っ直ぐ行ったら鐘楼があるから……
さっきのメイみたいに、高い場所から私達を探す魂胆とか!?
何にせよ、吃驚し過ぎて動くのが遅れた。
こんなの……自然界:野生の掟の前には死を望む様なものです!
どんな時だって動けるようにって、ヴェニ君にも言われてたのにー!
お馬鹿な弟子でごめんね、ヴェニ君……っ
一直線に走ってくるアッシュ君は、中々足が速くって。
身を隠す余裕が、メイちゃんにはなくって。
そもそもこれだけ初動で遅れちゃった後となると、不審を感じさせずにやり過ごせるだけの技術がなく。
く……っこんなことなら、もっと技量を磨いておくんだった!
悔やんでもそれは後の祭り。
見つかっちゃいけないのに。
15日間ずっと隠れ潜むつもりだったのに。
出会い頭にぶつかっちゃうーっ!?
それ、どこのラブコメ?
我ながら、混乱の極致でした。
でも乱れまくりながらも、働かない頭は即座にメイに行動を促す。
動けないのなら、誤魔化す方向で対処しろ……と。
今の姿を見られる訳にはいかない。
その一心で、メイは……
この後。
私は、望まぬカタチでリューク様との邂逅を果たすことになる。
現世で、現実で。
うつつの世界で。
生まれて初めての、リューク様との邂逅を。
そう、私は。このとき。
顔を見られちゃいけないって思いで、本能のままに行動したの。
「――めぇぇ~」
咄嗟のことだったんだけどね?
『完全獣化』で何の変哲もなくはないけど羊の姿に変じてました。
こ、これが私の精一杯……!
ほ、ほ~ら、可愛い子羊さんだよー☆
内心では冷汗だらっだら。
だけど何とかコレで誤魔化されてほしい!
「え、ヒツジ!?」
茂みを突き破って現れたアッシュ君。
私達が此処にいるのが予想外だったのか……むしろ羊の存在が予想外だったのか、急停止状態で驚いております。
むしろ急ブレーキ掛け過ぎて、でも制動できず。
ドーンッと勢いよくつんのめって……あ、ぶつかる。
「う、うわっと、と、とぉ……!?」
急には止まれないお約束で、タックルの様に。
アッシュ君は羊なメイちゃんに向かって倒れこんできた。
……から、とりあえず避けてみた。
だって2歳も年上のお兄さんとか、重そうなんだもん!
それにユウ君やエリちゃんを巻きこんで、怪我でもさせたら目も当てられない。
避けるのは当然だよね?
例え、倒れ込んだアッシュ君が顔面スライディングをやっちゃったとしても!
ずしゃぁぁああああっと勢いよく顔面から滑っていかれました。
あれ絶対に痛い。
絶対に、顔の皮膚擦り剥けちゃってるよ。
ちょっと横に避けただけで、こんな悲劇が生まれるなんて……!
「めぇぇ~……」
心苦しさを紛らわせる為に、精一杯の労わりを込めてめぇめぇ。
人間の言葉で話す訳にはいかないけど、羊の姿を見られちゃったから。
不自然じゃない程度に、弟妹を後ろに隠してめぇめぇめぇ。
羊がいるって時点で不自然だけど、気にしちゃいけない!
「ん、な、なんでこんなとこに羊が……」
怪訝そうな顔で、リューク様がエステラちゃんを連れて寄ってくる。
木陰を作る茂みを掻き分け、逆光の元。
日の光を背負ったご尊顔が、後光効果以上に眩しい。
朝の爽やかな空気の中。
私を見つめる、あこがれのひと。
こ、こんな至近距離! に! リューク様がっ!
おっと、不自然になっちゃ駄目ダメ。めぇめぇ。
「バロメッツさんのところから逃げてきたのかな……?」
「エステラ、よく見て。この羊、首にリボンを巻いてる」
「あ、本当だ! えっと、じゃあ家畜じゃなくってペットのヒツジさん?」
「でも羊を飼ってる家なんて……あ、すごい。ふかふかのふわふわ」
何気ない仕草で、リューク様がメイちゃんの頭に手を置きました。
そのまま、もふもふと撫でられてます!
メイちゃん、毛並みに気を使ってて良かった!
そんじょそこらのただの羊には持ち得ない、きっちりお手入れされた毛並みは地味に自慢です。
「おにいちゃん、だぁれ……?」
「え? あれ、君達は……」
そして。
至近距離だったので。
双子ちゃんの存在がバッチリばれました☆
リューク様が不思議そうな顔で、ユウ君を見下ろして……
ユウ君の白いお馬さんのお耳がぴるっと動きました。
メイちゃんったらいつも以上に内心テンパっているようです。
さあ、見つかっちゃったぞ☆
どうする、メイちゃん!




