9-3.夢の世界で
リューク様は、どうやら何かやらかしちゃったらしいラムセス師匠(40)を気にして、バロメッツ一家どころではなかった模様。
状況的に仕方ないし、こっちが正義だとも思ったけど。
両親が『ゲームの武人キャラ』に口論で勝ってしまうという衝撃の事態から、暫し。
あの後、リューク様と共に駆け寄ってきた真っ白お髭が素敵な好々爺……リューク様の魔法の先生である、トーラス先生の執成しもあり。
また、騒ぎに気付いて『バロメッツ牧場』から飛び出てきた祖父母によって、両親の身元が保証されたこともあり。
両者互いにどことなく気まずい思いを隠せないまま、その場は一端お別れとなりました。
メイちゃん、リューク様がいる間はずっとパパのコートから出てこられなかったけどね!
まさに頭隠して尻隠さず。
メイちゃんの白い尻尾が見えてた……かもしれない。
傍目にすっごい異様だったと思うよ。恥ずかしい……!
ラムセス師匠に怯えているモノと思われる状況で助かりました。
存在を認識される訳にはいかないので、メイちゃんは必死だったよ。
だって認識されちゃうなんて、メイちゃんのストーカー道に反するもん!
そうしてようやっと。
ようやくやっと、パパの実家にご案内いただけて。
他人皆無の環境に、メイちゃんはやっとパパのコートから飛び出すことが出来ました。
ああ、息がつけるー。
そんなメイちゃんの目の前には、老いた馬獣人の夫婦がいます。
「おじいちゃん、おばあちゃん!」
「メイちゃん……ユウ君もエリちゃんも、大きゅうなって!」
「ばぁばを覚えてるかしら、メイちゃん」
「うん、覚えてるよ! お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも久しぶりー!」
ぎゅっと抱きついたら、包容力たっぷりに抱き返してもらえました。
お祖母ちゃんは今、レモンパイを作っていたところだそうです。
匂いにふらふらと引かれて、ユウ君もお祖母ちゃんの身体にぎゅぅと抱きつきます。
人見知りがちょっと強いエリちゃんは、パパのコートの陰に隠れておろおろとしていました。
恐る恐る、ちらりと顔を出してこっちを窺うエリちゃん。
双子が可愛すぎて和むーっ!
小さな子供の愛らしさに、ほっとして。
パパの兄弟やそのお子さんとはじめましての自己紹介。
和気藹々と、賑やかにその日は過ぎていきました。
……と、そんな初日だったけど。
そうそう和んでばかりもいられない。
それは、確かなんです。
いきなりのことで、メイもすっごく動揺していて。
そのせいで、ついつい気が回らなかったけど。
ここが、この村が……リューク様の村だとすると、大変なことです。
大変なことが、起きてしまう。
RPGゲーム、主人公の旅立ちイベントである意味お約束。
村の滅亡イベントが、数年後に迫っていました。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
義父母と、義理の姉。
血の繋がらない、3人の家族。
自分1人だけが『違う』と知って思い悩んだのは、何年前だったかな。
あの時、夢の中で不思議な女の子に出会ったんだ。
不思議な夢だと、夢に思えない出会いだったと。
今でもたまに思い出していた。
その夢の記憶を、今日はなんだか何度も思い出す。
何か、記憶を刺激するようなことがあったのか?
「リューク、ちょっとお使い頼まれてくれなーい?」
「あ、はーい。母さん、なに?」
「バロメッツさんのお宅に、このバスケット持って行ってちょうだい。中身はお菓子だから、崩れないようにね」
「お菓子? いつもは煮物とかなのに、珍しいなぁ」
「それがね、お隣さん。都会に出てた息子さんがお嫁さんとお孫さん連れて帰って来ているらしいのよ!」
「知ってる。俺、見たよ。あれ、バロメッツさんの息子さん達だったんだ」
「お孫さん達、まだ小さいらしいから。きっとお菓子の方が喜ばれるでしょ」
「確かにお菓子は嬉しいかもね。ちらっとしか見えなかったけど、小さい子が3人くらい見えたし」
「リュークの分はお台所にあるから、お使いから帰って来てから食べなさい」
「うん、わかった」
「エステラちゃんの分もあるから、ちゃんと仲良く分けるのよ」
「……なんでさ、俺が今日、エステラと遊ぶみたいに言うの?」
「あら、だってあなた達、いつも一緒じゃない。今日もどうせ誘われてるんでしょ?」
「一緒に森に行きたい、とは言われてたけど」
「ふふふ! 仲良くね」
「母さん、その笑い方なんか気持ち悪い」
「まあ! この子ったら」
母さんは最近、なんか妙な含み笑いで俺とエステラを見る。
一体どういうつもりなんだか……。
なに考えてるのかわからないけど、あの笑い方は嫌だ。
エステラとばっかりいつも一緒にいるみたいな言い方も。
……第一、今日はアッシュと木登り競争する予定だし。
おやつは木登り競争の景品にしよう。
俺はそう決めて、お使いに行く。
「おいで、コーパル」
「ピィ?」
「バロメッツさんのとこに、お使いだ」
「ピィチチチッ」
自分の子供みたいに可愛がって育てている鳥を、肩に呼ぶ。
出かける時も家にいる時も、コーパルとはいつも一緒だ。
まるで俺の言葉を理解しているみたいに、賢いコーパル。
俺にとって掛け替えのない友達。
……そういえば。
ふと、コーパルを見て思い出す。
今日になって、もう何度も思い出したあの夢。
『2年前』の、あの『夢』は――……
何かが記憶に引っ掛かった。
何が、引っ掛かったのか。
無意識に足を止めて考え込む。
どうしてこんなに、あの夢が気になるんだろう。
「そういえば……」
そういえば、こんなに気にかかるようになったのは……
バロメッツさんの息子さん一家を目にしてから、かもしれない。
あの一家が、何か記憶に引っ掛かるんだ。
もう夢も、内容はともかく細かいところは朧にしか覚えていない。
記憶を刺激するような何かが、あの一家にあるんだろうか。
夢を思い出させるような、何かが?
「…………確かめてみても、良いかもしれない」
あの一家を観察したら、どうしてこんなに気になるか、わかるかな?
人のことを観察、とか。
今までそんな発想、したこともなかったけど。
だけど凄く、気になったから。
『気になる』……その感情が、俺の背中を押していた。
「明日は、お隣の子たちを誘って遊んでみようかな」
そうしたら、あの一家の子供とも仲良くなれるかもしれない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ふわふわぽよぽよのひつじ雲が、ミルキーな空を駆け回る。
ここはメイちゃんの夢の中。
体はおばあちゃんが整えてくれた乾草のベッドですやすやぐっすり眠っているけれど、意識は夢の中で難しい顔をしています。
空を駆ける雲ひつじの背中で、私はひとつの名前に呼び掛けました。
「セムレイヤ様、セムレイヤ様ー」
「はい、何でしょうか。メイファリナ」
呼んですぐに表れたセムレイヤ様は、今日は鳥の姿をしていた。
……メイの記憶が確かなら、リューク様の肩に乗っていた鳥に見える。
「セムレイヤ様……?」
「やはり、すぐに気付きましたか……そうです。私は今までずっと、リュークのことを可能な限り至近距離から見守っていたのです」
「わあ、モノは言い様☆ メイちゃん、そういうの嫌いじゃないよ」
この神様、愛玩動物として懐近くに潜り込んでたみたい。
見事なり……流石は同志セムレイヤ様。
でも今日は、そこはあまり重要じゃない。
大切なことは別にあります。
私も焦りが募っているところだし、ここは即座に本題に入りたい。
「どうしようか、セムレイヤ様。このままじゃこの村、数年を待たずに滅びるんだけど」
「確か、リュークが12歳の年……でしたね」
「うん。リューク様はメイの2歳年上で、メイは今8歳……ううん、もうすぐ9歳になるから」
「猶予は1年と数か月、ですか」
「猶予みじかい……」
「私も心が痛みますが……私が介入して、もっと酷いことにならない保証もありません。何しろ原因は、あの方ですから」
「う~……RPGゲームで、人が死んだり街が滅んだりすることは、あるよ。ある。でもそれを知っていたからって、メイに何が出来るの……って感じだったんだけど」
「流石に、近親が関わっているとなれば放ってはおけませんか」
「派手にイベントや物語の流れを改編して、大筋からズレ過ぎたら……それが原因で物語通りに話が上手く運ばなくって、本当に世界が滅びちゃったりしたら……それも嫌だから、下手にストーリーに関与したくない。でもそれでお祖父ちゃん達が死んじゃうのも……う、ううぅ」
ゲームとして楽しんでいた時は、良いんです。
でもこうして現実になって、それを実感してしまった。
ストーカーへの熱意が冷めた訳じゃない。
でも凄く複雑で、物語を歪めるとわかっていて手を出したくなる。
遠い世界の出来事だった時は、良かった。
この村のことだって、滅びると知っていた。
知っていたけど、ゲーム本編じゃ場所の特定が出来なかった。
だから滅びるのを知っていても、干渉は出来ないと割り切れた。
それが今になって、こんなに急に突き付けられる。
今を生きている人達の運命を変えられるのに変えないのかと。
未来を知っている者として、それで良いのかと。
物凄い重圧と責任感が肩に圧し掛かる。
私は、どうしたら良いんだろう。
「少し情報を整理しましょう。何か活路が見出せるかどうか、考えるのは悪いことではありませんよ」
「セムレイヤ様……でもでも、でも…………」
「貴女のモチベーションが落ちては、私も困りますから……ね?」
「うぅ……神様が凄く優しいよぅ」
「辿る運命が嫌なのであれば、変えたいと願うのであれば、物語の大筋を変えない範囲……誤差として済ませられる範囲内で干渉するしかありません。私は運命に抗う者があれば応援しましょう」
「うっかり勢いあまって物語の大筋までブレイクしちゃったらどうしよう」
「そこは……その時は、その時です。きっと大丈夫です、メイファリナ! 貴女は1人ではありません、私が助成します」
「ふ、不安だよぅ……」
だけど不安だからって、思い悩まずにいられないからって。
こんなところで蹲って、目を塞いでやり過ごす訳にもいかない。
どんな方向に進むべきか、私自身の意思で選択しないと。
そこを有耶無耶にしたら……今後、私は自分で何も決められなくなってしまうかもしれない。
どんな道を選ぶにしろ、確かに情報を整理した方が良いかもしれない。
この世界に生まれ変わって、ゲームに酷似した世界だと知って。
自覚した5歳の時から繰り返し、繰り返し。
何度も何度も思い返してきた、あのゲームの記憶。
それを整理したら、何か……抜け道めいたものが見つかるかも。
私は小さな希望にかけて、セムレイヤ様と情報の整理を始めた。
この村の運命。
その焦点になる、ゲーム序章の筋書きを。
さて、伏線を張りましょう。
もうすぐ……あと1か2章で最終章に入る予定です。




