9-2.40歳チートvs.モンスター
私達の行く手を阻む、ラムセス師匠40歳。
『ゲーム主人公』の師匠キャラであるはずの人が、なんで?
獣人の優れた身体能力を駆使して戦場を駆け抜けた、歴戦の戦士。
そんな強そうな人に警告じみた声で進路を阻まれ、ちっちゃいメイちゃん達お子ちゃまはぴるぴる震えるしかありません。
くっ……この身の経験不足が恨めしい!
「その馬車の紋章、アルジェント伯爵領に仕える軍人の方とお見受けする。この村に、何の用があってお越しになられた」
「何の用といわれても、な。そちらこそ戦場で勇名を馳せたラムセス・チタ殿だろう。このような辺境地で、何を?」
「……質問しているのは、此方だ。例え高名な貴族の使いであろうと、侵入を認める訳にはいかない」
「認めない? 誰に憚り、誰の許可を必要とすると? 許しなど必要としない。其処をどいていただこう、馬車の進路だ」
「我らが弟子に国家公権力の干渉は無用。さりとて貴族に手を伸ばされる謂れもない。修行の邪魔をするのであれば帰って貰おう。承諾を頂けぬのであれば、力で以て排除するのみ――!」
「何を訳の分らぬことを……馬車道を塞ぐな。道の真ん中で立ち往生、それが非常識な真似だと子供でも知っていることだ」
「……どうやら、引き返してはもらえぬようだな。では、覚悟するが良い」
「道を塞いで、訳のわからんことをごちゃごちゃと……何がしたいんだ」
は、話がズレまくってる――っ!?
なんという悲劇。
いきなり道を塞がれたパパは、初っ端からガンガン警戒しているし。
道を塞いだラムセス師匠も、それ以上にガンガン警戒しているし。
しかも互いに相手を「ただ者じゃない」と認識したらしく、空気が重い。
つんけんしている同士、相手の話を半ば聞く気がないせいか、見事なまでに話が噛み合いません。
ただ道を通してほしいという思いと、道を引き返してほしいという思いが言葉は不要とばかりにバチバチ対立を煽っている。
駄目だ、このままじゃ無用な戦いが勃発しそう。
客観的に状況を理解しているのは、何故か双方の事情を察しているメイちゃんだけじゃないかな。
ラムセス師匠は神の託宣を受けて、予言された『再生の使徒』……リューク様育成の為にこの村にいる人です。
それは鍛える以外にも、『守る』という役目を帯びているってこと。
特にリューク様は謂わば『救世主』なので、勝手な思惑や極端に偏った思想……または彼のことを利用しようとするあらゆる勢力から守らねば、と自任している。
そして国家権力や、利得にうるさい貴族なんかもその『勢力』に含まれる。
今までもきっと、リューク様に手を伸ばそうとする人がいたら、今回みたいに立ちはだかって守って来たんだろうな。
成長して立派になったリューク様が、何者かに煩わされることなく己の使命を全うできるようにって。その一心で。
一方、こちらバロメッツ家のシュガーソルトさん。
今回はそれなりに長い旅行で、道程もそれなりに長かった。
うん、何回か野宿もしたしね。
家族でする野宿は、キャンプみたいで楽しかった。
でもそうすると当然、治安の怪しい街道沿いの旅ともなると……危険がないなんてはずもなく。
無用な争いやトラブルを避ける為、我らがパパは分かりやすい対策を取っていました。
うん、職場の制服……軍服を着て行動するっていう。
まさかゴロツキ同然の素人に毛が生えた盗賊どもに、只者とは思えない空気を放つ軍人さんを堂々襲う勇気がある筈もなく。
パパがパリッとした軍服姿でいてくれたお陰か、盗賊の襲撃は1回もありませんでした。
ママも有事に備えて動きやすい服装……というか弓兵時代の衣装を着ています。傍目には軍人の組み合わせに見えたんじゃないかな……。
そうして、今。
名が知れ渡る程度には権力を握る、アルジェント領の軍人にしか見えない、メイちゃんのパパは。
どうもリューク様にナニか悪さする為に伯爵さまから遣わされた、善からぬ軍人に見えているっぽい。
まあ、無理もないけど!
しかもパパの実家がリューク様の家の隣なんて状況だから、真っ直ぐ実家に向かっているつもりで、真っ直ぐリューク様の家に向かっているように見えた……としてもおかしくはないよね!
レンタルかと思いきや、ラムセス師匠曰く馬車も軍の持ち物らしいし!
……ってパパ、それ私的利用しちゃって良いの!?
どうせこのままじゃ埒が明かない。
こちらに敵意も、含んだ思惑もないと証明しないといけない。
じゃないと、ラムセス師匠とパパが本当に戦っちゃう。
そんな状況下で、ちょっと怖かったけど。
緊迫した空気をぶち壊す効果も期待して、メイはそろそろと毛布から這い出しました。
四つん這いで御者席に向かう私に、双子が置いていくなとばかりにしがみ付く。
結局3人でパパの元まで辿り着き、メイはパパの服を引張りました。
メイ達に気付いた瞬間、パパの顔が親馬鹿の顔に戻ります。
「パパー、職権濫用ー? 勝手に使っちゃ駄目なんだよー」
「あ、こら、出てきちゃ駄目だよ、みんな!?」
「でもパパ、偉い人が職権濫用したら、手が付けられないってヴェニ君が……」
「ちゃんと馬車の貸借許可は取ってあるから!」
「軍の備品ってそんな簡単に外部持ち出し出来ちゃうの?」
馬車の中に大人しく引っ込んでいると思われた娘達の登場に、パパが慌てています。
でもそんなパパ越しに、馬車のまん前に立っている人が見える。
その人はメイちゃん達の出現に、目を丸くしているように見えました。
黒い刈上げの髪。
鋭い釣り目に、武骨な輪郭。
頬に傷のある精悍な顔立ちは、もう如何にもという感じで。
2mに迫る長身の、『戦士』というより『武人』という言葉が似合う出で立ち。
…………うん、やっぱりラムセス師匠だ。
ラムセス師匠が立って、喋って、動いてる。
警戒や驚きで、設定されたものじゃない表情をくるくると見せる。
本物のラムセス師匠だ。
生きている、ラムセス師匠だ。
不思議な感慨が深く満たされ、感動がぐわわと大きく膨らむ。
何食わぬ顔で、無邪気に振舞いながら。
初めてそれと意識してみる……『メインキャラクター』の存在感に感嘆の溜息が零れる。
本物のラムセス師匠だ……!
今なら、何度でも叫べると思った。
勿論口は噤んで、叫んだりなんてしなかったけど。
激情を抑える為、ぶるぶると震える体でパパにしがみ付く。
軍服のお腹部分が汚れちゃっても気にしません。
メイにくっついていた双子ちゃんも、それぞれパパの二の腕と背中にしがみ付きました。
双子ちゃんが同じようにしがみついたこともあって、多分メイちゃんもラムセス師匠の威圧に怯えているように見えたんじゃないかな。
子供達を過剰に怯えさせたラムセス師匠に、パパがギラッと悪人を見る目で脅威を睨みつける。
「ぱぱぁ、あのおじちゃん……こわい」
「ぱぱ、こわいー」
双子の声は、隠すまでもなく恐怖全開でした。
パパは狩人から子熊を守る母熊のようなオーラを発しています。
茶番じみた親子劇場を目の前で繰り広げられ、ラムセス師匠は暫しポカンとした顔で立ち尽くしていたけれど。
パパの殺意を感じさせる睨みを受けて、ハッと我に返りました。
でも正気に戻ったら正気に戻ったで、ラムセス師匠の想定していたものとは大幅過ぎるズレのある光景が、なんというか。
ラムセス師匠が、ドンと構えたラムセス師匠らしくなく動揺するのが分かりました。
狼狽して、ちょっと姿勢崩れたし。
「そ、その子らは……」
「うちの可愛い天使ちゃん達に、そんな大人げない殺気混じりの凶悪な眼光で睨みくれるの止めてくれませんか?」
「ちいちゃい子が怯えているじゃないですか、通り魔か何かですかアナタ」
「な、ちが……っ」
子供がぶるぶる震えている光景を前に、パパだけでなくママまで怒り心頭。
今まで見たこともない険悪な顔で、ラムセス師匠を不審者の如く軽蔑の眼で見下します。うん、馬車の上から。
「わ、私はそんなつもりでは!」
「じゃあどういうつもりだったんですか、子供を虐めて楽しいんですか」
「ちょっと警備隊の詰め所まで一緒に行ってもらいましょうか。そこでじっくりお話を伺わせてもらいますから」
「違う! 私にそんなつもりはなかった!」
「じゃあどういう了見だったんですか!」
いま、この場に怪物が降臨しました。
モンスターペアレンツという、怪物が。
まさかの事態ですが、どうやら戦場帰りの鋼の男も、このモンスターを相手にしては勝ち目がないようです。
苦情モードの無駄に丁寧な口調で、うちの両親が我が意を得たりとラムセス師匠を追い詰める!
あれ絶対、ラムセス師匠が小さい子を見て動揺したの気付いてるよ!
下手したら、何か勘違いがあったらしいと理解してやっている可能性もある。
しかも実際に子供を意味なく怖がらせたという実績があるので、ラムセス師匠に言い逃れは許されません。
今も現在進行形で(見た目)か弱い3人の子供が、目の前で軍服パパにしがみ付いてぴるぴる震えてるしね!
更に怖がらせたらと思うと、ラムセス師匠も迂闊には動けまい。
女子供に優しいナイスガイであったことが、ラムセス師匠を追い詰める!
「そもそもどうして私達の馬車の進路を阻んだんですか」
「そ、それは貴君らが……見慣れぬ馬車が、村の奥に向っていたからだ」
「この村の人間でもない貴方にどうして我々を妨害する謂れが?」
「それは……」
そうですよね、それでリューク様狙いの悪党と勘違いしたんですよね。
私はわかっていますよ、助言はしませんが。
そもそもパパとママは、『再生の使徒』様がこの村にいるなんて知りもしませんからね。
ラムセス師匠も想定外の事態に、どうやら自分が墓穴を掘ったと気付いた様子。
今更余計な軋轢やら更なる墓穴やらを避ける為か、此方に一方的に被せていた容疑に関してはハッキリと口に出来ないらしい。
……と、なれば。
明らかな妨害行為を受けたうちの両親一人勝ち状態ですね!
相手の非が明らかなので、誰も止められませんよね!
「何か要領を得ませんが……長く里帰りしていなかった故郷に帰ってきただけで、文句を言われる筋合いなど当方にはありません。老いた両親に孫の顔を見せてあげたいと思うのは悪いことなんですか!」
「お、老いた両親。それに、ま、孫だと……!?」
親孝行。
仁義に厚い男には、無視できない単語ですよね。
それは数多の敵と幾多の魔物を屠ってきた歴戦の勇士が、親馬鹿という名のモンスターに敗北した瞬間でした。
戦いとは、常に虚しいモノですが。
こんな虚しすぎる勝敗があるなんて……
これが敗者の姿か、と。
所在なさげに立ち尽くす歴戦の勇士(40歳)の姿を馬車の御者席からひたと見下ろす。
ラムセス師匠のこんな姿は、正直見たくなかった。
この世は諸行無常と、よく言ったものです。
そんな風に戦いの虚しさに思いを馳せていた、その時。
遠くから駆け寄ってくる、軽やかな足音が聞こえてきました。
「師匠……! こんな道の真ん中で何をしているんですか!?」
「リューク! それに、トーラスか」
「ほっほっほ、お主がそのように所在なく佇んでおるなど……何事かのう」
……。
…………Oh.
りゅ、リューク様がきたぁぁぁああああああああっ!!
― ゲームしゅじんこう が あらわれた! ―
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メイちゃんは、咄嗟にパパのコートの中に首を突っ込みました。
し、しまった……!
なんで馬車の中に逃げ込まなかったの、メイちゃん!
これじゃ頭だけしか隠れないよぅ!?
モンスター(ペアレント)の勝利!
ラムセス師匠は『幼児虐待の濡れ衣』を装備した!
ここぞとばかりに責め立てられる40歳。




