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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
8さい:はじめての護衛依頼(強制)
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8-10.2人目のシナリオブレイク

予期せぬところで運命は変わる。ストーリーは狂う。

メイちゃんの意図せぬ戦果。



 私達は無事、この街……ロックウッドで保護されました。

 それも先に街まで辿り着いていた、お嬢様達のお陰です。

 彼女達が私達の身分を保障してくれなかったら、最悪どうなっていたことか……

 うん、考えたくないので忘れよう。


 というかお嬢様達、もう街に着いていたんですね……。

 驚きの速さというより、多分メイ達が自覚しているよりも長い時間、狼達と戦い続けていたということなんだと思う。

 特に狼の目を1つ潰して、勢い凄まじい猛攻を受け出してから記憶が曖昧だし。

 あまりにも大変で、必死で、集中して全力を出していたから。

 時間の流れがわかんなくなってた自覚はある。

 その間に全力疾走していたお嬢様達は、この街に辿り着いた……と。

 メイ達が街に来た時に出迎えてくれた槍衾も、何ということはなく。

 お嬢様達の訴えを聞いた領主さんが、慌てて急造したものだったようです。

 槍衾ってそんな急に作れるものだっけ?

 それとも、そんな長いことメイちゃん達は戦っていたのでしょうか。

 謎です。


 狼魔物の群れが増えてきたという情報は、元々既に領主さんのところまで行っていたらしく。

 近々魔物の掃討を計画していたが故、準備中の物資が豊富にあったことも彼らを助けたのでしょう。


 いま、メイ達のいる槍衾の外側で。


 狼さん達が、ばっしばしばんばん槍衾にぶつかってるとこだし。


 追っかけて来たは良いものの、どうやら急には止まれなかったらしい。

 あれ、おかしいな……狼ってこんな猪突猛進なイキモノだっけ。

 もっと賢いイメージだったんだけど。

 それも魔物だから、普通の狼とはちょっと違うのかな?

 魔力を求めて人を襲う習性に駆り立てられて、大量の人を前により狂騒状態に陥っていたのかもしれません。

 興奮のままに突撃かまして、待ち構えていた守備戦力のオジサン達に串刺しにされまくっているようです。南無ー。


「大変な目に遭わせてしまいましたわね……」

「大丈夫ですよー。だってこれがメイ達のお仕事ですもん☆」

「そうですよ、お嬢様。護衛が戦うのは当然でしょ」

「いえ、それでも言わせて下さい。ありがとう、皆さん。帰ってきてくれて、本当にありがとう……!」

「ありがとうございます! ほんっとうにありがとうございます!!」

「生還してくれてマジあざーっす!!」


 あれ、なんででしょう。

 涙ぐんでいるお嬢様よりも、背後でぺこぺこ頭を下げている一同……護衛の軍人お兄さん達の方が何だかずっとずっと感極まっているような。

 物凄い勢いで生還を祝われています。

 な、なんかすっごい居心地悪い。


「その、是非ともクレイドルさん達にもお礼を申し上げたいのですが……他の2人はどこに?」

「クレイドルさん? あ、ヴェニ君だったら……」


 保護されるや否や、魔物討伐には欠かせない人材:神官を探して旅立って行ったんだけど……小脇に、気絶したスペードを抱えて。

 この非常時、絶対に防衛線まで駆り出されているはずだから!って言っていたのに、まだ見つからないのかな。

 それとも、スペードへの施術に時間がかかってるとか?

 ミヒャルトと2人、くりっと小首を傾げてヴェニ君の去った方へと視線を向ければ……おう、なんというタイミング。

 丁度、こっちに駆けてくるヴェニ君が見えました。

 走ってくるなんてヴェニ君、元気ー。

 メイなんかはもうへとへとで、毛布に包まって座り込んだまま動きたくても動けないのに。

 同じ状態のミヒャルトと2人、ぼんやりとヴェニ君を見るんだけど。

 あれ? スペードがいない。

 それにどことなく、ヴェニ君が慌てているような。


「おい、チビ共!」

「メイ、ミヒャルトと一緒くた!」

「ワンセット扱いありがとうございます!」

「おい、馬鹿に返す時間はねぇからな? 2人とも、ちょっと財布出せ」

「財布?」


 ヴェニ君、カツアゲ……?

 言動は荒いし、雑だし、ガラが悪いとは思ってたけど。

 それでもヴェニ君は、非行に走るような悪い子じゃないと思ってたのに!

 

「寄りにも寄って弟子から巻き上げようなんて良い度胸だね、ヴェニ君」

「馬鹿、違ぇ。スペードにカンパしてやれっつってんだよ」

「そんなこと一言も言ってないよ!?」

「っていうか、スペードに金を貸せって……? あいつ、借金しないといけないくらいお金に困ってたっけ」

「いま困ってんだよ。神官に払うお布施だ、お布施」

「……それ払わないと、治療してもらえないとか?」

「聖職者が嘆かわしいね、金の亡者は滅びろ。神の奇跡で金取るなよ」

「ヴェニ君、清貧こそが神に仕える者の美徳なりとか何とかそれっぽいこと、代わりに言ってきて。メイ、疲れて一歩も歩けないから」

「この馬鹿チビ共が……施術自体は、切羽詰まった状況だからな。もうやってもらってスペードは絶対安静だ」

「……助かる?」

「あの馬鹿犬、元気になるかな」

「ああ、なるなる元気元気。そこはもう大丈夫だ」

「…………それは、良かった」


 ほっと、温かく。

 安堵の溜息をついて、ミヒャルトが胸を撫で下ろしました。

 なんだかんだ口では悪し様に言うけど、ミヒャルトとスペードってやっぱり仲が良いよね。


「けど金が足りねえ」

「……施術、やっぱただじゃないんだ」

「それだけじゃねーよ、他にもまあ色々とな。身体に無茶させたから奴は入院だ」

「スペードかなり重症!?」

「実際、まあ……少々。この街の神官は孤児院と救貧院の経営しているらしくってな。金が払えなけりゃ馬鹿犬はそこで3年間無料奉仕だ」

「割と深刻な事態……?」

「馬鹿犬に3年間骨身を削って働いて来いって伝えて」

「ミヒャルト、容赦ない! あう、でもヴェニ君。メイも槍失くしちゃったから、預けられる担保が……」

「お前、誰も質屋に預けて金作れとまでは言ってねぇぞ?」

「でもお財布、ちょっと厳しいかも。大金を持ち歩ける度胸はないよ!」

「荷物も馬車と一緒に失くしたしね。手持ちはちょっと痛いな」

「あー……だよなぁ? スペードと俺の手持ちと合わせても、ちっとばかし足んねぇんだよな。金が出来るまでスペードの身柄は入院扱いで預けとくか?」


 どうしましょう。

 危機が去ったと思ったら、今度はお金の心配です。

 実際、メイは結構お金を持ってると思う。

 ただし、貯金で。

 メイが貯めた……って訳ではなく、ロキシーちゃんの功績で。

 ロキシーちゃんってば、1年ちょいで凄い稼ぎを弾き出すから吃驚だよ。

 だけどそれを全額持ち歩く訳もなく。

 手持ちって言われると、ちょっと……


「お待ちなさい」

「ふえっ?」


 3人で頭を寄せ合って悩んでいると、麗しの声が……!

 あ、うっかり衝撃的な話題に、お嬢様の存在忘れてた。


「護衛の任を果たす為、スペード・アルイヌは危機に陥ったのでしょう? でしたら経費は当家、アルジェント伯爵家が持つのが道理」

「お、お嬢様! え、本当に良いの?」

「ええ、構いません。それにわたくし達は命を救われたのですもの。これはお礼にはならないかもしれませんが、せめてもの恩返しですわ」

「「「お、おおぉぉっ!」」」


 お嬢様、もしかしたらメイ達の財布の中身を知らないから、そう言うのかもしれないけど。

 何にせよ、かなりの太っ腹です!

 神の奇跡『救術』は実際、神官達にとってかなりの収入源らしく。

 お布施はそれなりに取られるってことを、私は後々知りました。

 実際にいくらかかったのか……聞くのが怖い。

 でも今後を思うと、いつメイもお世話になるかわからない。

 だから怖いのを押して、ヴェニ君に確認した時は……うん、絶対に神官さんのお世話になる事態は避けようって心に決めた。


 

 今日は本当に色々ありました。

 色々あり過ぎて、本格的に心身ともにメイちゃんはお疲れ気味。

 精神的に疲弊の原因は、狼達の襲撃に始まってボス狼の大きさだとか、スペードの変身だとか、スペードの迂闊っぷりだとか、『救術』にかかる費用のことだとか。

 その中でもスペード関連の出来事は、全部ひっくるめて2番目にショックな出来事でした。


 うん、2番目に。


 メイちゃんの本日の、精神的疲弊の原因。

 その最たるものは、まだ他にあったのです。


「――やあ、君達がジゼルの護衛を務めたという少年達か。改めて見れば思った以上に幼い。だが聞いていた以上の勇敢さと才能だ」


 最初にその人を見た時は、「誰!?」って思った。

 でも思った後にハッとした。

 だってその人は、私の『知っている人』だったから。


 『ゲーム』の、画面の向こうで。


 年齢こそ、知っている姿よりも幾らか若い……というか幼かったけれど。

 何度も何度も目にしたイベントで、その都度、確認したあの姿。

 間違いない。

 『ゲーム』中、『王都』で遭遇する青年伯爵が何故ここに――……!


 

 びっくりしました。

 本当に、驚きました。

 だって彼は、結構重要なシナリオの、恋愛イベントで出てくる……別名『当て馬伯爵』。

 もう、そのプレイヤーのつけたその別名だけで、どんなキャラなのか知れるというモノです。


 この世界の未来を示唆する、前世で遊びまくったRPGゲーム。

 内容は世界が神託に記された終末の時代を迎えた時、予言された再生を司る使徒 (主人公)が、世界の破滅を食い止める為に冒険する……という割と王道な物語。

 でもエンディングはマルチ。

 ゲーム中のフラグ管理と好感度の推移によって、エンディングが変わる。

 世界が平和になった、その時。

 主人公がどんな未来を選ぶのか……というエンディングが。

 それも割と、ありがちだけど。


 キャラ個別のエンディング条件を満たしていたら、友情ENDか恋愛ENDで物語は終わる。

 同性キャラだったら、必然的に友情ENDだけど。

 ちなみに誰ともエンディング条件を満たしていなかったら、主人公はいつの間にか1人で旅立ち、人々の前から姿を消した……という「そして伝説へ……」みたいな終わり方をする。


 主人公であるリューク様には旅の仲間がいるけれど、その内の何人かは当然の如く女の子。

 『彼女達』に加えて、旅には参加しないけれど後方支援をしてくれる『王女様』が、ゲームでの恋愛ENDの対象者。

 そう、彼女達はいわゆる『ヒロイン』。

 中でも1番美味しい役どころを押さえた、まさにメインヒロインとでもいうべき少女がいる。


 名前は、エステラちゃん。

 リューク様の幼馴染という王道ポジションに君臨する、可憐な弓使い。


 エステラちゃんは幼い頃から一途にリューク様を慕っている。

 でもリューク様にとって、エステラちゃんは妹のような存在。

 まあ、王道です。

 だけどそんなエステラちゃんへの意識が変わるキッカケになる……のが、プレイヤー命名『当て馬伯爵』。

 本名、ケイン・グラベル伯爵なのです。


 彼にはかつて最愛の妻がいた。

 だけど奥方は結婚するよりも前、魔物の群れに襲われて顔や体に酷い怪我が残っていることをずっと気に病んでいた。

 伯爵は気にしていなかったけれど、奥方は気に病んで気に病んで……とうとう心を病み、自殺してしまったのだという。

 奥方が死んでからも彼女を愛していた伯爵。

 エステラちゃんは、そんな奥方の少女時代にそっくりだった……らしい。


 亡き妻の面影を追って、エステラちゃんに求婚する伯爵!

 結構なりふり構わない!

 気の弱いエステラちゃんは振り回されて半泣き!

 それを見かねたリューク様が、2人の間に立ち……話の流れで何故か伯爵と1対1の殴り合いをすることに。

 そこは剣を使った決闘じゃないのかよ、と画面の向こうにツッコミを入れた前世の私。

 今でも思うよ。

 なんでよりにも殴り合いなんてチョイスを押し通したの、お貴族様。


 そんな暗いのか明るいのか重いのか軽いのか、よくわからないイベント。

 でもこれが、エステラちゃんをヒロインにするには重要。

 リューク様がエステラちゃんを1人の女性として見るようになる……という連鎖型の恋愛シナリオが始まる、最初のイベントだから。

 ここでフラグを立てておかなければ、エステラちゃんは永遠に妹同然のただの幼馴染で終わります。


 さて、ここまで説明してなんですが。

 皆様……もうおわかりですね?

 私は今、現実にだっらだらと怒濤の勢いで冷汗を流しています。

 もう滝です、滝。

 でもそれも仕方ないと思うの。


 だって。


 私、やらかしてしまったのかもしれない。


「ジゼル、君が無事で本当に良かった……」

「ケイン様……わたくしのことを心配して下さったの?」

「勿論さ! 君が領館に飛び込んできた時、そして話を聞いた時……僕の心臓がどれほどの早鐘を打ったことか。君は僕の心臓を疑うのか」

「そんな! こんなに素早い対応をして下さったケイン様のお心を疑うなんて。わたくしなどを気にかけていただいて、申し訳ないくらい」

「など、なんて言わないでくれ。君は僕にとってたった1人の…………大事な人、なんだから」

「ケイン様……幼い頃よりの縁を、このように大切にしていただけるなんて」


 なんだかいきなり、目の前で2人の世界が繰り広げられておりますが。

 聞くところによると我らが領地の姫ジゼルお嬢様と、当て馬伯爵ケインさん……この2人、幼馴染らしいです。

 しかも長いことケイン様の方はジゼルお嬢様に片思いしているとか。

 ジゼルお嬢様の方はなんと気付いていないとか。

 貴族社会にナンパ野郎が多すぎるせいで、ケイン様の言葉の数々を社交辞令のお世辞と思いこんでいる……というのは騎士の鬚おじさんから聞いた話。

 見ている方からしたら、こんなにあからさまなのに。

 貴族様の社交界ではこの程度のレベル、ほんの数時間でばんばん飛び交うっていうから怖いね!

 お陰でジゼルお嬢様も信じてないっぽい。

 これはもう強引に話を進めるしかないと、最近はケイン様が水面下で涙ぐましい努力をされているそうだ。

 アルジェント伯爵に、ジゼルお嬢様との婚姻申込という形で。

 

 彼の想いが、報われるのかどうか。

 メイちゃんは全然そんな先のことなんて知りません。

 知らない、はずなんだけど……


 私は『ヴェスター参入イベント』に引き続き、『エステラ恋愛シナリオ』潰しを達成ちゃったんでしょうか?

 そんな偉業は望んでないんだけど、まさか……まさか?

 言われてみればジゼルお嬢様、エステラちゃんに似ているような気も……いやいや、気のせい。きっと気のせい。

 えっと、さ? き、気のせい……だよね?


 先のことを思うと、これ以上考えたくないな……と。

 毛布に包ったまま丸くなり、メイちゃんは夢の世界に逃げました。


 メイちゃんはなにも、みなかった……。







  【ジゼルの運命『望まれぬ最期』が消滅しました】

  【ジゼルの運命『望まれぬ最期』の設定が無効になります】

  【ジゼルの運命に修正が入ります】


  【――……エラー発生】

  【エステラの運命『初恋の成就』の発生条件に一部問題が生じました】

  【エステラの運命『初恋の成就』は問題が解決するまで凍結します】

  【エステラの運命に修正が入ります】


 

メイちゃんは現実逃避に走った!

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