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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
8さい:はじめての護衛依頼(強制)
103/164

8-8.レバーがダメなら眼球を (※グロ注意)

 スペードの現在の姿。

 狼ボディをベースに、センザンコウの鱗、鶴の翼。

 そして尻尾は犬。



 ――現場は、ますます怪獣大戦争の様相を呈してきました。


「GAAAAAAAAAA!!」

「……っ!」


 みなさま、こんにちは。

 いま、メイちゃん+2名は怪獣と化したスペードの背の上にいます。

 あっははははは……はあ(溜息)。



 白銀にうっすら墨を流したような、青味を帯びた光沢の毛皮!

 まさしく獰猛な狼そのものの凛々しく凶悪な顔立ち。

 メイちゃんの胴体なんて貫いて、易々擂り潰せそうな太い牙。

 元のスペードを連想させるのは、橙色っぽくも見える淡褐色の瞳。

 それ以外は全部、新要素だね!

 ちょっとオプション追加し過ぎだよ!

 

 まず、翼。見た感じ、鶴っぽい。

 大きいけど、速度は出なさそう。

 それから、鱗。どこからどう見ても、鱗。

 まさに鱗……どっからそんな要素が。

 沢山の竜が滅びた余波で、爬虫類系の獣人はいないって聞いたよ。

 ってことはあの鱗、爬虫類のヤツじゃないってことで。

 ……うん、見れば納得、頷けます。

 だって爬虫類みたいな光沢って言うか、硬質な印象って言うか……何かが足りない。

 何かが違うんだけど、だからって、お魚さんとも……?

 一緒に興味深く観察していたミヒャルトが、ぽつりと言いました。


「あれ、センザンコウの……?」

「ミヒャルトわかるの? っていうかセンザンコウの鱗かどうかなんてわかるの!? いやいやそれより、センザンコウの獣人っているの!!?」


 大きくなったスペード。

 いきなり現れた油断ならなさそうな怪物(クリーチャー)を前に、ボス個体も無視はできない……よね、当然。

 警戒も顕わに、ぐるぐると唸りを上げている。

 多分ボス狼から見たら、「さっきまで容易く嬲れる子鼠しかいなかったのに、いきなり手強そうな油断ならない奴が現れた!」って感じなんじゃないかな。

 スペードの変身した姿は、超大型トラック並のボス狼と比べて遜色ない。

 育ち過ぎ、スペード……育ち過ぎだから!

 これが決して成長じゃないってことはわかってるけど!

 メイちゃんの幼馴染の、スペード。

 彼は……なんだか遠い存在になっちゃった気がするよ。物理的に。

 ヴェニ君だけに意識を傾けていたのが嘘みたいに、ボス狼はスペード(大)に殺意交じりの敵意を向ける。


 対してスペードは……あれ? 戸惑っている?

 ああ、でも当然かな。

 そりゃこんなに大きくなるとは誰も思わないよねー……

 いきなり大きくなった自分に対して、1番吃驚しているのはもしかしたらスペード本人かも知れない。


「み、み、ミヒャルト! メイちゃんっ!」

「あ、喋った」

「喋るさ勿論っ! てか……お、おおお俺、どうなった!? いったいどうなっちまったんだ!?」

「スペード……直視が辛い事実もあるよね」

「どういう意味だよミヒャルトさん!?」


 瞬く間に我らが主戦力となったスペードに、呆ける時間はなかった。

 そんなもの、対峙している相手が許してくれる筈もない。

 威嚇から、一転。

 狼狽えるスペードの隙を突くようにして、ボス狼が飛び出した!

 狙いは真っ直ぐスペードの喉元……って、ぺーちゃぁぁんっ!?


「気ぃ逸らすな、馬鹿犬!!」


 がどっ……と。

 鈍い音が響いた。

 ヴェニ君の全力全体重が乗った飛び蹴りが、ボス狼の前足を捉える。

 横合いからの力で、ボス狼の身体がほんの少しぶれた気がした。

 重量差は如何ともし難いのか、本当にほんの少しだけど。

 だけどヴェニ君に散々実地で鍛え上げられまくってきたスペードには、意識を切り替えるに十分な間だった。

 ……それ以前に、ヴェニ君の叱咤でハッとしたみたいだけど。

 スペードもまた闘争本能を剥き出しにして、ボス狼に牙を向けた。

 ぐあっと大口を開き、逆にボス狼の喉元に喰らいつく。

 おおう……肉食動物の本能が働いたのか、全力で急所を狙いに行ったよ。


「お、おいこらスペード! 噛みつくのは良いが……血肉は飲み下すなよ!? 口の中に溜めて、後で吐き出せ。絶対に呑むな!!」


 そんなヴェニ君の指示が、聞こえていたかどうかも危うい。

 野生の本能丸出しの闘争心で、噛み砕かんばかりに顎が食い込む。

 激しく暴れ、スペードを振り払おうとするボス狼。

 何としてもこの首を離してなるものかと、ますます全力で噛みつき、踏ん張るスペード。


 そんな、怪獣大戦争真っ只中の。

 何故かスペード(大)の背に乗るメイちゃん。

 虚ろな目で思うことは、ただひとつ。

 どうしてこうなった。


 まあ? どうしたも何も?

 スペードがボス狼に噛みついた隙にヴェニ君が私とミヒャルトを抱えてスペードの背に飛び乗ったから……なんだけど。

 でもなんで、スペードの背に乗るの?


「ねー、ヴェニくーん」

「あ? どうした、チビ」

「なんでメイ達、スペードの上にいるのかなぁ……?」

「そりゃ……そんなもん此処が1番安全だからに決まってんだろ」

「ヴェニ君あっさり弟子を盾にし過ぎだよ!?」

「別に盾にしてる訳じゃねーよ!」

「じゃあ何なのかな!」

「土台……いや、足場だな」

「もうちょっとオブラートに包もっ? ヴェニ君!」


 ヴェニ君は此処が安全っていうけれど。

 確かにスペードの翼に囲われて、バリケードっぽい感じするけどね?

 でも、でもだよ。

 此処は、ボス狼に視線が近すぎる。

 だってよく見えちゃうんだよ。

 間近に迫るボス狼の血走った目。

 狂ったように涎を撒き散らす牙だらけの大口。

 近づいた分だけ危機感が増して、恐ろしさで背筋がぞわぞわするようで。

 そんな最中に、何でもない様に。

 くるっと回した指でボス個体を指さし、ヴェニ君が言った。


「よぉしチビ共、クイズの時間だ」

「「クイズ?」」

 

 きょとんと首を傾げる私とミヒャルト。

 ヴェニ君は神妙なお顔。


「あの分厚い毛皮のせーで刃物の攻撃が通らねぇ。だったらどうする? どこを狙う」

「そんな時は内臓(レバー)だよね、ヴェニ君!」

「目だよね、ヴェニ君。唯一剥き出しの臓器を狙わない手はないでしょ」


 ヴェニ君の質問に、私とミヒャルトはそれぞれハキハキお答えしました。

 問われた瞬間、ほぼ即答で。

 でもミヒャルトの言葉を聞いてそれもありかな、と納得。

 メイちゃん、ボディ攻撃しか頭に浮かばなかったよ!


 だけどヴェニ君は、何故か両手で顔を覆って項垂れていた。

 え、どうしたのヴェニ君。


「こ、このガキ共は……だが、ミヒャルト」

「なに、ヴェニ君」

「正解だ。体格差がねぇ相手なら内臓に響くような殴打も通用するだろうが今回は体格差があり過ぎて打撃は決定打にならねぇ。狙い目は、剥き出しの臓器……眼球だ」


 そう言って、ヴェニ君は。

 片膝を立てる形で、不安定なスペードの背の上で姿勢を支え。

 背に回していたボウガンをすちゃっと構えた。


「この近距離だ。此処からなら外さねぇよ」


 慎重に狙いを定め、呼吸を整え……

 放つ、という瞬間。


「ヴェニ君、待った」


 ミヒャルトの止める声が上がった。

 うっかり気を取られ、ヴェニ君の矢が狙いをそれる。

 ひゅるる、るるる……ぷすっ

 矢は、ボス狼の鼻に刺さった。


 あんぎゃぁぁあああああああああっ


 悲鳴は、メイちゃんの耳にそんな感じに聞こえた。

 ついでにものすっごいばったんばったん暴れてる。

 お、おおう……怒り狂ってる! 暴れ狂ってる!

 更に言うと殺気漲る鋭い眼差しがこっち見てる!

 ボス狼が暴れて、抑え込もうとするスペードの振動揺れ幅凄い……!


「みっミヒャルト、てめ……っ」

「ごめんヴェニ君! ちょっと提案したかっただけなんだ!」

「提案? どんな提案だ、こら」

「これだよ」

 

 あんまりがっくんがっくん暴れるから、振り落とされそう!

 私達は手近なとっかかり……スペードの羽根にしがみ付いて、獣の狂乱をやり過ごすしかない。

 そんな中で、ミヒャルトが取り出したのはソードブレイカー。

 最近のミヒャルトお気に入りの短剣だった。


「このギザギザの部分、良い感じに肉に絡んで引っ掛かりそうだと思わない?」

「えぐいえぐいえぐい……おまえ、なんて『提案』を」

「ヴェニ君のボウガン……ナイフも飛ばせたよね?」

「……仕方ねぇ。お前の案、採用してやんよ」


 そして、試行錯誤のTAKE2。

 だけど揺れ方震度6みたいなスペードの背の上で、狙いなんて定まらない。

 どうするの、と。

 私は固唾を呑んでヴェニ君の動向を見守る。

 ヴェニ君は。


「……背の上が揺れるんなら、背にいなきゃ良い」


 そういって、兎の面目躍如とばかり。

 高く高く、跳躍した。

 その両手に、しっかりとボウガンを構えて。


 狙いは眼球。

 柔らかな肉に、その右眼に。

 何かがぞぷりと突き刺さる音がした。


 ボス狼の、一際大きな悲鳴が上がる。

 スペードでも抑えきれない激しさで、ボス狼が暴れる。

 しっかりと命中させたヴェニ君の曲芸撃ちに感心する暇もない。

 ボスの意を受けたのか、手下の狼達もスペードの足や尻尾に噛み付こうと牙を鳴らす。

 放っておいたら、スペードの体をよじ登ってきそうな勢いがあった。

 

 そこからは、無我夢中で。

 細かいことはあまり覚えていないんだけど。


 最初に戦闘を離脱したのはミヒャルトだった。

 元々指を怪我していたから、無茶は出来なかったのに……スペードに(たか)る狼を少しでも引き剥がそうとして、腕と足を噛まれた。それに、脇腹も。

 腹や腕は噛まれる瞬間に咄嗟に身を引いたからか軽傷だった。

 でも、足は深く噛まれて肉が抉れている。

 この緊急時、圧迫止血ぐらいしか出来ることはない。

 自分で包帯を巻こうとしていたけれど、腹や足と違って腕は……

 片手じゃ、巻き難そうだった。


 私は長柄の武器だったから、それを活かして狼達をスペードの身体から振り落とす。

 でもここでも、数の差が相手にとって有利に運んだ。

 数に劣るって、こんなにも辛いの。

 私の手だけじゃ、圧倒的に足りない。

 ヴェニ君は状況を少しでも好転させようとしてか、ボウガンでボス狼を狙う。両目を潰されて混乱しない獣はいないだろうって。

 片目だけでも充分混乱すると思うけど。

 ヴェニ君の判断は、「足りない」だった。

 

 そうして放たれた、左眼への刺客。

 確かに、命中したのに。

 絶叫を上げて、暴れ方が更に狂気満ちたものになって。

 なのに。


 ボス狼の額に、第3の目が生えた。


 メイちゃん、ぽかーんってしちゃったよ。

 あれ、目って生えるものだっけ……?


 この世に爆誕したばっかりの血走った眼球さんが、獰猛な気配を濃厚に纏わせた視線でこっちに目配せしてくるの。

 わあ、殺意濃厚―……。

 視線だけで人が殺せるなら、この一瞬にメイは10回くらい死んじゃっていたかもしれない。

 ミヒャルトとヴェニ君はその3倍くらい憎々しげに睨まれている。


「ヴぇ、ヴぇヴぇヴぇ、ヴェニくぅぅうううううんっ!」

「泣くな、チビっ! 泣きたいのはこっちだ!」

「なんで目が生えるのー!? さっきまで、何も無かったよねぇ! 毛以外!」

「チッ……再生能力か、増殖能力持ちだ」

「何その便利そうな能力っ! 魔物ってそういうことするっけ!?」

(たま)にいんだよ、偶に! 此奴みてぇな厄介な個体にな!」

「う、うわぁぁぁあああああああんっ 目玉潰せば何とかなるって言ったのにー!」

「狙い目は目玉だっつったけど何とかなるとは言ってねぇ!」

「言い逃れは汚い大人と卑怯者がするんだよ!?」

「よーし、言ったなチビ! だったら俺が卑怯じゃねえっつうところを見せてやらぁ! 見てろよ、泣くしか能のねえ猪チビが!」

「メイ、猪じゃないもん羊だもんー! メイだって、メイだって目に物見せてやるー!!」

「待った。メイちゃん、ヴェニ君売り言葉に買い言葉で何する気!?」


「「あのクソ生意気な3つ目を潰す」」

「うわーお、息ぴったりだよこの師弟!!」


 こうなれば、もうこれは勝負も同然。

 私達は互いに後には引けぬ顔で睨み合いました。

 ヴェニ君と私の、1対1の信念を賭けた真剣勝負です。

 ルールは簡単。

 ボス狼の額の目を潰す……先に遣り遂げた方が勝者です。


 誇りを賭けたこの勝負。

 負ける訳には……いかない!!

 


 そんな覚悟で、私はやらかしました。

 ヴェニ君はボウガン用の矢がこの振動で吹っ飛ばされないよう、矢筒の蓋を閉めて身体に固定していました。

 ボウガンに装填するには、一々矢を取りだす必要がある。

 その隙に此方が先手を打てば……って、ああ!?


「先に行くぜ、猪チビ!」


 ヴェニ君は、軽やかにスペードの頭へと駆け登り……

 駄目だ!

 このままボス狼の鼻面に飛び降りて、直接潰しに行くつもりだ!

 これはうかうかしている猶予などありません。

 既に出遅れた身……攻撃を先に届かせるには、ヴェニ君にも勝る電雷の如き一撃を繰り出さなくちゃ……

 直接向かって、ヴェニ君を押しのけて何とかなんて時間はない。

 そう、メイちゃん本人が近付いて、直接手を下すのは既に下策。

 それじゃ、どうすれば良いの?


 答えを教えてくれたのは、我らが師匠の後姿。

 今見えているものではなく、記憶に焼き付いた彼の。

 

 直接行かなくても、後方から武器投げつければ良いじゃん。


 投擲という言葉が、ボウガンを構えるヴェニ君の姿から思い浮かびました。うん、それ以外にないよね!


 未だにスペードの背の上は、がくんがくん。

 だけどそれでも、スペードの頭は真っ直ぐにボス狼へと続いている。

 真っ直ぐ前だけを見て、成し遂げれば良い。

 ……と、いう訳で。


 ガツンと一発、いってみよー!


「いっせいの…………せっ!!」


 助走も付けて、全力で。

 全身の力を集約し、私は投げつけました。

 手元にあった唯一の武器――愛用の槍を。


 どうやら、長く付き合ってきた槍を手放す時が来たようです。


 バイバイ、槍さん。


 

 そして狼の、再びの絶叫があがる。





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