第97話 ゴドリック侯爵
俺達はそれから、ゴドリック領を目指して進む。
道の前後には商人や物を売りに来た農民、警邏の兵士などが歩いている。
そんな彼らを見て、隣を進んでいるシエラが口を開く。
「結構人が増えてきたわね」
「そうだな。ゴドリック領はかなり人通りが多いからな」
「ゴドリック領ってどういう場所なの?」
「ゴドリック領は……」
俺はそれからゴドリック領についてシエラに伝える。
ゴドリック領は、ウェイン・ゴドリック侯爵が治めるかなり広い領地だ。
ここは2か国の隣国と接していて、下手をしたら急進派にいてもおかしくない場所。
しかし、今のゴドリック領主になってから、外交手腕の上手さから隣国との関係をうまいこと取り、悪くない関係を結んでいた。
それによって、隣国からも商人などが集まり、かなり発展を続けている。
兵士も強いけれど、いざという時のためにあまり兵士を他の領地には送れないし、領内の治安を維持するためにも兵士を割いている。
ということで、カゴリア公爵の時も参戦は見送られた。
「へぇ、すごいのね。普通は隣国とは仲が悪くなるだろうに」
「それが今の侯爵のすごい所だな。両隣りの国との関係を修復し、それからどの国にもメリットがあるように取り計らっていることで、戦争も仕掛けにくくしている」
「すご。そんな人が仲間って頼もしいね」
「ああ、父もとても助かっているはずだ」
父上というか、グレイル領は他国と領土を接していない。
だからある程度安心して政治を行いやすいが、代わりに他国との関係を進めにくい。
その部分を担ってくれているのがゴドリック侯爵だ。
「なるほどねぇ」
ということを説明してから数時間後、俺達はゴドリック領の領都に到着した。
ゴドリック候の屋敷はとても豪奢な見た目で、見る者を圧倒させる。
メインの屋敷の両サイドには少し小さな屋敷が2つあり、それらは侯爵と関係の深い隣国の建築様式で建てられている。
それぞれの国からの来報も多いため、そういう者達が過ごしやすいようにという配慮だ。
「なんか……すごく並んでない?」
「ああ、毎日のように多くの者が訪れるからな」
ゴドリック候の屋敷には50人を超える人々が並んでいる。
「これ……あたし達は入れるの?」
「事前にアポは取ってある」
「そ、これを待って過ごすのは流石にねぇ。馬車にでも……」
「さ、行くぞ」
「あ、ちょっと!?」
ということで、俺達は屋敷へと直行すると、話は通してあったのですぐに入ることができた。
流石に少しは待っていてほしいということで、控室に案内されたあと、1時間ほどで侯爵に面会することになった。
「ようこそおいでくださいました。ユマ・グレイル殿。私がウェイン・ゴドリック。このゴドリック領を治めさせていただいております」
そう言って会釈をしてくるのは件のゴドリック領主。
彼の見た目は30代半ばのとても普通の人……という印象だ。
細目で取り繕ったような表情は胡散臭く、茶髪もきれい整えているくらいだ。
服も屋敷とは違ってとても普通で、仕立てのいいものではあるけれど、決して派手さはない。
声も普通で、普通でないことが全くないのがおかしいというくらいだろうか。
「お初男目にかかる。ウェイン・ゴドリック様。私はユマ・グレイル。父の名代としてご挨拶に伺わせていただいた」
「ええ、お話は伺っています。私としましてもユマ殿とは末永く手を携えていきたいと思っております」
「ありがとうございます。いつになるかわかりませんが、父上が引退された時にはよろしくお願いします」
「……」
「……」
その時、ゴドリック候は俺の後ろ、シエラ等の方をチラリと見る。
「ええ、その際は喜んでお力をお貸しいたします。ただ……ユマ殿ともっとお話ししたいのですが……今はとてもお忙しい」
「ええ、外にあれだけ並んでいるのです。ゴドリック候のお力でしょう。それを妨げる気はありません。今回もあくまでご挨拶のためですので」
自分のメンツのために仕事を後回しにしろ……。
なんてアホなことを言うつもりはない。
こうして顔見せをして、これからよろしくということを伝えられただけで満足だ。
それに……ギドマン家の方が状況として危うい気がする。
これはただの勘だけれど。
「ユマ殿。それは早急すぎます。私としましては、あなたともこれから共にしたいと考えています。ですので、この度の挨拶はこれで終わりでも構いませんが、後ほどご食事などはいかがでしょうか?」
「よろしいのですか? 他の方々とのご食事が必要なのでは?」
「何をおっしゃいますか。我らが盟主の後継者。その方以上に交友を深めるべき方などいませんよ」
「そう言っていただけるのであれば喜んで。よろしくお願いいたします」
「ええ、素晴らしい物を準備しておきますよ。お連れの方々もどうぞご一緒に」
「お心遣い感謝いたします」
ということで、俺達は一度部屋に下がる。
その際、俺達と入れ替わりで入ってきた奴の顔を見たのだけれど、嫌なものを見た。
そいつは隣国の情報部の人間で、後々厄介になる奴だ。
しかし、ゴドリック候はそんな奴を笑顔で迎えている。
「……」
彼なら大丈夫だと思うが、一応伝えておくか……。
それから数時間後、俺達は夕食の会場に来ていた。
メンバーは俺が連れてきたメンバー数人だけで、ゴドリック候の方も数人程度しかいない。
俺と彼が長テーブルの上座に並んで座り、他のメンバーは横に座っている。
ゴドリック候がワインの注がれたグラスを手に、音頭を取る。
「それでは、ゴドリックとグレイルの友好を祝して、乾杯」
「乾杯!」
ということで、俺達の祝宴が始まった。
テーブルの上にはそれこそ、これどこの料理だ!? と思えるものがこれでもかと並んでいる。
正直学んできたテーブルマナーとかこれどうするんだ? と思っていると、シエラが近くにあった手羽先のような料理を素手で食べ始める。
「シエラ? 素手で食べるのか?」
「ん? あふぁ、ほれふぁふぉうふぁふぇふぉふぉ」
「な、なんて……?」
「これはこのように食べるのですよ」
ゴドリック候がそう言って手羽先を素手で食べ始める。
なんとシエラの食べ方が合っているらしい。
流石旅上手……ということだろうか。
そんなことまで知っているとは。
っていうかこんなことまで攻略本に載っている訳ないので無理もないか。
それから俺達はゴドリック候に歓迎されるままに食事会を楽しむ。
多くの者達が食事を楽しみ、酒もかなり入っている。
俺はこの騒ぎに隠れて、隣にいるゴドリック候に耳打ちをする。
「ゴドリック候。少しよろしいだろうか」
「はい? なんでしょうか?」
「その……俺達の後にあなたの部屋に入ってきた男のことなんだが……。あれは他国の……」
ここまで言って信じてもらえるだろうか。
そう思っていたのだけれど、ゴドリック候がすぐに返事をしてくれる。
「ああ、彼のことですと……。メイウルの情報将校のことですか?」
「知っているのか?」
「ええ、当然ですよ」
そう笑う彼は……正直いつ裏切るのか……ということを思わせるほどに胡散臭かった。




