異形襲来(1)
その頃、屋敷のリビングでは。
「…確かにあの勘の良さは厄介だね。」
「それで…封筒とは、なんなの…ですか?」
癇癪を抑えたライアーが溜息を吐きつつ言った後、フェアによってボサボサになった髪を手櫛で梳きながらマーキュリーが質問をした。質問の理由を察したクロノスが目の見えない同僚にその物のことを伝える。
「“四主会議”の招待状でありやすよ、マーキュリー。カイゼルボーン剛獣峡谷で行われる、あの会議でありやすよ。」
「差出人は…誰、ですか?」
「共生都市国大統領、“慈愛の女神”サーシル・フェルトリサスでありやすよ…。」
「サーシル…?もしかして…勇者パーティの一人の?」
「…」
静かに首肯するとクロノスは冷めた紅茶を一口飲んだ。マーキュリーが紅茶を手探りで探しているのを見かけたメイルはマーキュリーの前に置かれたカップを手に取り、彼女の手に握らせる。マーキュリーは「ありがとう、ございます。」と、はにかむようにしてお礼を言い、それに答えたあと、メイルはぼそりと呟いた。
「慈愛の女神ねぇ…まぁ勇者パーティなのに魔族にも優しくしたりする人間だったから納得は出来るかもねぇ…。」
「だとすると…彼女の性格なら三対戦争の休戦…とかだろうね。」
ライアーが自身の予想を述べると他の三人も同意見だと言う様に首を縦に振る。しばらく間が開き、ライアーが言葉を述べた。
「……というか、ここでそんな話してたら勇者や姫様に聞こえるんじゃ…?」
「「「……」」」
三人はその言葉を聞いたあと、ライアーから視線をそらし紅茶をもう一度飲んだ。あまりに特殊な案件であったため、基本的なことをすっかり忘れていたようだ。広いリビングに微妙な空気が流れる。
そんな空気のためか、メイルは大きく溜息をつき革のソファにもたれかかった。ぐったりとソファに体を預けると気分が悪そうに愚痴をこぼした。
「なんで人間軍はせめてくるのかなぁ…敗戦ばっかりしてるくせに。…誰?」
「あたいだよ、メイル。」
四人が突如部屋内に現れた赤黒の空間の歪み、 “超距空間転移大門”の方を向いた。その中から出てきたのはピッチリとしたズボンに包まれた足と手袋がはまっている手。そして首元が隠れた体と頭の蛇達。ライアーは即座に椅子から飛び降り、棚の影に隠れた。
「あれ?魔王様はどこなんだい?…ファンファンロと話しているのか。」
「あ、うん。そうだよ。久しぶり、ナターシャ。…そういえば、ナターシャって地魔法の適性無かったね。」
「そうさ、あたいの魔法適正は水、風、木だからね。なんで、魔法開発部の人に門を開いてもらったのさ。」
久しぶりにあったメイルとあいさつを交わし、ナターシャが微笑む頭の蛇達が逆立ちながらくねくねと動き出した。さも喜んでいるように動いて見える。すると、そこにリビングのドアが開きフェアが入ってきた。
(あ、やばっ…姫様、蜘蛛苦手だったから蛇も苦手なんじゃ…)
メイルはフェアの姿を見て一瞬体を硬直させる。同じくフェアもナターシャの姿を見て動きが止まる。ナターシャは小首を傾げると自分の頭部にいる蛇達を見て、何かを察したように頷いき頭部の蛇を揺らした。
「どうしたんだい?姫様。この蛇が怖いとかかい?」
「え?いえ、そういうことじゃないわ。どちらかというと可愛いと思う…というかあなたは誰なの?」
気を取り直したフェアはナターシャに少し詰めより、上目使いで見つめた。身長差があるせいか、どうしても見上げる形になるようである。ナターシャは動じずに一歩下がると優雅に一礼した。
「申し遅れました、姫様。あたいは五大臣が一角、経済大臣のナターシャ・スフレっていいます。以後お見知りおきを。ちなみに種族はメデューサだからあんまり目、見つめない方が良いよ。」
「メデューサ?聞いたこともない種族ね。お父さんからも聞いたことが無いわ。」
「そもそもの個体数が非常に少ない種族ですからね。聞いたことがない、というのは良くありますよ。」
ライアーの説明に「ふーん。」と、納得したようにフェアは頷いた。ナターシャはそうなんです。という様に首を縦に振った後、フェアそっちのけでマーキュリーの下へ向かって歩いた。そして、ソファに座るマーキュリーを持ち上げて自分がソファに座ると膝の上にのせて抱きしめた。
「あぁ、もうマーキュリー可愛いな、こんちくしょう~!なぁ、ほんと、うちの子にならない?魔王様にはあたいが言うからさ!」
「暑い、です。はなりぇ…離れて、ください。」
「あ、噛んだ。もうそんなとこも可愛いなぁ~よしよしよし。」
「あうぅ…」
フェアはムッとした表情で、他三人の五大臣達はやれやれ…という表情でナターシャを見る。当事者は気が付いていない様子であるが。
フェアは気を取り直し、ライアーとクロノス達へ一つの疑問を口にする。
「それで……結局のところ、四主会議ってなんなの?必死に隠そうとしているけれど。サーシルさんが“だいとうりょう”って…何?」
フェアが単刀直入に聞いたため、五人は言葉がつまり数瞬の間があいた。その間にタイミングを見計らったかのように扉が開きアランが、続いてファンファンロがリビングへと入ってきた。
フェアはそんなアランの姿を見てニタリといやらしそうに笑う。
「へぇ…?ドア開けてもらって悠々と入ってくるなんて…大した身分の、げ、ぼ、く、ねぇ?」
「お、落ち着け!そもそも我は魔王だ。それにファンファンロは侍従長(ホルタ―)、普通のことではないか。」
ファンファンロに権威ガー威信ガ-と小言を言われ、仕方なく厳粛な雰囲気で入って来たアランはフェアの言葉を聞いて一瞬でそれを崩した。背後で妙な声を聞き取り、チラリとアランが後ろを見るとファンファンロが必死に笑いを堪えているところだった。
(悪気はないのだろうが…………そう思いたい。後で叱っておくか。)
と、アランが考えていると不意にその長身の体が浮いた。
アランは空中に半円を描く。一週間前誘拐犯から救出された後、フェアは護身術としてメイルに指導を受けた。筋が良いと言われたフェアはたった一週間で背負い投げを体得した。
他の技は出来ないものの、メイルから得たより効率良く相手を投げる技術。そして、アランが護身用に渡した、一時的に筋力を増長させる“白金(筋)のネックレス”によって身長差と体重差が埋められ、結果アランは空に浮いたのだ。ちなみに白金のネックレスのネーミングはアランの洒落である。
「がっ…!」
「ひ、姫様!」
床に容赦なくアランは叩きつけられたアランは肺の中の空気を多量に吐き出した、普通の人間より頑丈とはいえ痛いものは痛いのだ。ましてやかつての友が作り上げた体術に、自身が魔法を付与したネックレスのダブルコンボである。地味にアランは精神にもダメージを負った。
そして、いつも通りの追い打ち。
フェアは床にあおむけで倒れるアランを跨いで立ち、腰をくの字に折るとアランの顔を覗きこむ形になった。メイルはその顔を真っ赤にしてその行動をやめさせようと立ち上がる。
フェアはそんなメイルにもたいして気を配らず、穏やかな笑顔を浮かべながら右手をアランの額に向け…何度もデコピンを繰り返した。デコピンとは言うもののアラン作った魔法具は市に出回る同系統魔法具よりもその上昇値が高く、まるで全力で投げつけられた石の如き威力なのである。
痛みにうめき声をあげるアランにフェアは言葉を続ける。
「あらあら、下僕のクセに主に口答えするの?随分と位が高いのね…そう、そうね……一応、魔族の王ですものね。……えぇ、理解したわぁ。」
言葉とは裏腹に全く額を弾く指が止まらないフェア。また、床に倒れ同じようにうめき声を発し続けるアラン。マーキュリーを除いた五大臣と侍従長(ホルタ―)はその苦痛がどんなものかわかっていないため、その傍から見れば只々シュールな光景見て抱腹絶倒していた。怒っていたメイルでさえもである。
アランは顔を顰めながら大笑いしている部下達を見て流石に仕置きをすることを心に決めた。そして、突如強烈な額への攻撃が終わりを迎えた。
アランへダメージを与えられるとはいえ自身の指へと返ってくるダメージがあり、その痛みに耐えかね止めたようだ。痛む指を背後に隠し、持前の演技力で笑う顔を止めずに続ける。とはいえ、アランは痛みに悶絶し碌にフェアの顔を見れていないが。状況があまり理解出来ていないマーキュリーとナターシャ以外の五大臣は笑うのを抑え、アランを助けに入ろうと立ち上がる。
「そんな高貴なまーおーうーさまーに、質問があるのだけれど、答えてくださるかしら?一応、私はあなたの主人…なのだけど……ね?」
「………」
ビクリとマーキュリーがアランの荒ぶる魔力を感じ取り、軽く震えながらナターシャにすがる。ファンファンロも魔力を感じとったのか笑うのをやめ、姿勢を正したが地味に肩が震えていたりする。
アランは額を抑えつつ指の間からフェアを睨んだ。フェアは一瞬ビクッと震えたが、負けじとアランを見据える。アランはしばし睨み続けると、視線を外し大きく溜息をつきフェアの拘束からのそりと脱出する。そのまま立ち上がると溜息によって怒りの表情のフェアを見降ろす形になった。
見つめ合うことしばし。二人のもとへと向かうメイルが嫉妬に見舞われ始めた頃、アランはフェアの白い右手を手に取った。アランの背後ではメイルの嫉妬の炎が盛大に燃え上っていた。
「なによ、手握ったりなんかして…死にたいの?」
「…“高速治癒・第一層”。」
「回復魔法…?恩でも売るつもり?」
わずらわしげにつぶやくフェア。アランはぼそりと答えた。
「…お嬢様はもうすぐ結婚をする年齢なのですから…ご自身の体のことは大事になさって下さい。将来の夫の為にも。」
「…な、ななな…!あ、あなたにそんなこと言われる筋合い無いわよ!!このロリコン!」
「だから、ロリコンでないと言うておろうg…っているじゃありませんか!!」
そのままギャアギャアと口論を繰り広げる二人。その光景を見た五大臣とファンファンロ達は驚嘆や呆れ、喜びなどが複雑に絡み合った感情を表に出す。
今のフェアのようにアランと口論を繰り広げていた一人の女性の影をフェアに重ねる。
(…あの方が無くなってから口論をしている姿なんて見たことも無かったけれど……このフェアっていう娘、勇者の娘とは聞いたけど……もう少し調べてみる必要があるかな。)
ファンファンロは魔王の行動を観察し、ひとりでに調べることを決心した。
ナターシャがマーキュリーをまた弄りはじめた頃、アラン達二人の間にクロノスが割って入り仲裁を行った。
「魔王様も姫様も…いい加減にするでありやすよ。」
「…む……それもそうだな。」
「…………」
フェアは口をつぐんだが、数瞬の時を跨ぎ静かに眉を顰めてとある質問をした。
「クロノスさん?あなたなの?あの悪臭の原因…。なんとなく似た臭いがするのだけど?」
「…そうでありやす。……まことに申し訳ありやせんでした。」
「く、クロノスも悪気があってしたわけでは無いのだ。ゆるしてやってください。」
「敬語が怪しくなってるわよ。……まあ、ゆるしてあげるわ。ところで下僕?」
アランはフェアの言動を聞き、意外そうに目を見開いた。フェアは許しの言葉を述べたあと、とても華やかな満面の笑みを浮かべながらアランに問いかけ、アランは「は、はい。」と詰まりながら返答する。
フェアは少しの間何かを考える様に顎に手を当てたあと、続きを言った。
「今夜の食事は私が作ってあげるわ。それで…メインは焼き魚と煮魚、どっちが良いかしら?」
「ちょっ…!!」
思わずその場にいたフェア以外の七人からツッコミの声が入る。それに加え、クロノスは顔を真っ青にしていた。いや、元から青いが。
「お嬢様!冗談もほどほどにしてください!流石に我が〝素晴らしき〟部下達を貶めるような言動は許しませんよ!」
「元々はあなたの監督不行き届きの所為じゃないの!!」
「我を下僕にしなければいいだけの話でありましょうが!!」
「うっ、うるさいわね!だいたいあなたが…」
再び口論が始まり、六人を蚊帳の外にする二人。そんな光景を見て五大臣と侍従長(ホルタ―)は大きく溜息をついた。2度目の口論は早く収まったようで、次第に静かになっていった。
「……まぁ良いけれど。これには答えなさい、四主会議って何?」
「……」
「…“火炎投球”。」
アランが沈黙する中、言葉を発したのはライアーだった。手の先に小さな火の玉を出現させ、無造作に背後に投げた。そしてその火は飛び回る蠅に当たり、蠅を燃えカスへと変えたあとにその姿を消した。
その姿を見たアランが決心したようにフェアの質問に答える。
「四主会議は極秘の中で行われる、〝非公式〟な今の魔族領での最高意思決定の場です。今、このことを知ればお嬢様に危険が伴うかもしれません。今、ライアーが撃ち落とした蠅は虫人達のとある種が使役する、彼らが感覚を共有することが出来る蠅なのです。…現在は運よく感覚を共有していなかったようですが…」
「……あなたが守ればいいじゃない。」
「四主会議では命を落としかねません。ですが、我はそれには必ず出席しなければならないのです。…その日はメイルとクロノス、マーキュリー、ライアー、ナターシャに守るようにします。なので…これ以上の詮索はおやめ下さい。」
◆◇
半刻後、魔王と六人の部下の姿は屋敷二階の東北側の部屋。つまりアランの部屋にあった。
アランの部屋よりも広いメイルの部屋に集まるべきか、という話も上がったものの、当の部屋の主であるメイルが慌ててやめた方が良いと反対したため、アランの部屋に移動したのだ。なお、メイルが慌てた理由は人の部屋を漁る趣味のあるファンファンロがアランの肖像画などを見つけることを恐れたからである。
アランはベットの上に座り、他六人はアランを囲むように床に姿勢よく座っていた。そしてマーキュリーを除いた五人に言える共通点が一つ。誰もが額や頭を押さえているのだ。
「それで…クロノス、我が居ない間に何か起こったか?」
「細かい事件に関してはこちらの資料をご覧くださいでさぁ。それと、テロ組織に関しては大小含めウェイマルシュを筆頭に11のテロ組織の首領を逮捕いたしやした。組織と拷問の結果得られた情報などはこちらの資料になりやす。」
アランはクロノスから二組の分厚い紙の束を預かると、真面目な表情でパラパラと紙に書かれた情報の羅列を流し見る。
「その拷問から得られた情報の中で不可解なことが…」
「なんだ?」
「…規模の違いはあれど、11組中、ウェイマルシュを含めた7組のテロ組織の首領が何者かに脅され、同時期に行動を起こそうとしていた。らしいでありやす。」
アランはクロノスの報告を聞いて不思議そうに両目を見開いた。
「テロ組織を脅す…?同一人物なのか?」
「それについては現在調べているでありやす。ですが…証言ではどれも一致するものが無いため、組織的な物か偶然かはまだわからんでありやす。」
アランはしばらくの間考えにふける。
(テロ組織を同時期に行動させる…?ウェイマルシュは奴の傘下だが…他の組織までもだと?何者かはわからんが…警戒態勢を取らせた方がよいだろうな。)
「わかった。クロノス、お前は今日帰り次第、警邏隊に警戒態勢の強化及び宮中近衛団にも警戒を強化するように命ぜよ。ナターシャ、その増加した働きぶんの賃金を増やすように見積もれ、金は宝物殿から使って構わん。」
「「委細承知。」」
アランは2束の書類を自身の脇に置き、頭を下げるクロノスとナターシャを見たあと、ファンファンロを見据えた。
「ファンファンロ、件の3名についてだが…」
茶髪の少年はそれに頷き、
「えぇ、大丈夫です。ちゃんと始末してありますよ、自殺に偽装して。」
「そうか。ならば良いが…。」
アランは静かに頷くと、そのまま真正面…北を睨んだ。
「何か…向かってきている。巨大な…禍々しい何かが…」
「この魔力…なんだか、気持ち、悪い…です…」
アランは立ち上がり、北の窓から体の乗り出した。明るかったそれは雲によって暗くなり、そして遠くから飛来するモノをより鮮明に、より歪にアランの目に移させた。
「…我の方に向かってきているようだ。メイル、サーディンリューを使って射れ。」
「招致いたしました。」
メイルはブツブツと独り言を言った後、左手を真正面に伸ばして開いた。どこからともなく青い光がメイルの左手の下へと集まり、半月型の物の形を成した。
それは青銀色の美しい弓であった。シンプルなつくりだが、その形自体が一つの美しさを出し、そしてそれにつけられた薔薇の彫刻がさらにその美しさを助長させる。
メイルは窓から飛び、屋根のふちを掴むと逆上がり要領で体を持ち上げ、屋根の上に立った。斜めになり安定しない屋根の上で体を地面と垂直に立たせると、その弓の弦を引き絞った。その右手に矢は無い。だが、メイルの体から淡い光が漏れだし、その光が矢の形となってその手元に現れた。が、光の漏出はなおも止まらず一つ目の矢を囲むように平行に更に八本の光の矢が出現する。
メイルは新たに出現した矢に気は向けず、ただ飛来するモノに狙いを定め…その弦を離した。
九本の矢はわずかな放物線を描きながら敵に吸い込まれ…炸裂した。モノは不快な雄叫びをあげながら地面へと墜落した。
「今からあの生物の下へと向かう。六人は待機だ。」
「了解しました。」
アランの命令に六人を代表してナターシャが答える。アランはそれを見て頷き、魔法を起動した。
「では、行ってくる。“空間転移門”。」
お読みいただきありがとうございます。
・・・デコピンってなかなか痛いよね・・・。




