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54 飛翔

 ヨナは確かにドラゴンの背に乗っていた。ドラゴンは凄い速さで東へ飛んでいる。ヨナはその風を受けて、立っていられなかった。ドラゴンの体にしがみついて、振り落とされないようにしているので必死だった。現実感が全くない。まだ夢の中にいるようだった。


「どうしたのー? 何か言ってくれないとこっちも寂しいよ」


 ドラゴンが話しかけてきた。サーシャである。まだ信じられないが、このドラゴンはサーシャなのだ。






 ヨナがカルロたちを見送った後、サーシャに声をかけられた。『話がある』と。そして、『ここは危険だから少し離れたところに行こう』と。サーシャはそのままヨナの手を引っ張って、かなり離れたところまで移動した。ヨナはそんなことよりも目の前にいる大きな魔獣のことが心配なのと、エマのことを心配だった。サーシャにエマのことを話すると、サーシャは『それなら、ちょうどいいか』と呟き、ヨナに召喚魔法で呼び出して欲しいとせがんできた。


「ど、どうしたんだよ、急に。召喚魔法なんて僕使えないよ。それより、何を呼び出したらいいのさ?」

「ふっふーん、実はヨナは召喚魔法使えるんだよ。だから心配ないよ。私がコツをお・し・え・て・あ・げ・る」


 サーシャが人差し指を口に当てながら、艶めかしい声で話した。


「えっ、サーシャ……どうしたの? 何か気持ち悪いよ」


 サーシャは調子に乗って、逆にヨナを混乱させてしまった。


「ご、ごめんごめん、ちゃんと教えるからー」

「分かったけど、なにを呼び出すの?」


 ここでもサーシャの悪い癖が出てしまう。


「それはね、わ・た・し」

「……ふざけるなら帰るよ。カルロさんたちも心配だし」


 サーシャの色気は、ヨナにはまったく通じなかった。


「あー、ごめんなさいっ。行かないで。行かないで下さい、ヨナさまー」


 サーシャはヨナに縋り付いて何とか引き止めた。ヨナには冗談が通じないことを学んだサーシャは、今度こそ真面目に話し始めた。


「あのね、私を呼び出して欲しいの。それは本当。口で説明するよりやってみた方が早いわ。とりあえず、ヨナはあの魔獣を見たわね? 目を瞑ってあれを想像してごらん」

「何がなんだか、よく分からないんだけど……」

「はいっ、黙って言うことを聞くっ!」


 口ごたえするとややこしくなりそうだと直感したヨナは、とりあえずサーシャの言う通りにすることにした。


「はい、思い浮かべたよ」

「よしっ。そして精霊たちを呼び集めてくれるかな?」

「えっ!? 何でそのことを知って……」


 サーシャは今度はヨナの口に人差し指を当てた。


「皆まで言わなくていい。あとでゆっくり説明するから」

「わ、分かったよ……」


 ヨナが何か小さな声でブツブツ言い始めた。サーシャは急に可笑しくなってヨナに尋ねた。


「本当に何で? 何でそんなに小さな声で精霊を呼ぶのよ?」

「だって『変な詠唱』だって、まだ魔法を習い始めた頃にみんなに笑われたから……」

「何それ? 可愛い過ぎるんだけど」

「う、うるさいな。人の過去を笑わないでくれるかな」

「ごめんごめん。謝るよ。そのまま続けてくれる?」


 ヨナは再び集中して魔法の詠唱を続けた。すると周囲に精霊たちが集まってきた。小さな、目を凝らさないと見えないような小さな光の粒がヨナには見えた。


「うわっ、凄い。こんなにはっきり見えたのは初めてだ」

「それはね、召喚魔法の時は特別な精霊が集まってくるからなの」


 ヨナの手の平の上に小さな光が集まって一つの塊となった。


「それで、どうしたらいいの?」

「それをそのまま私に向けて。そしていつもの様に精霊に命令して欲しいの。『この者を召喚しなさい』と」

「えっ、よく分からないよ。どういうこと?」

「まあまあ、一度やってみてよ。すぐに分かるから。」


 ヨナは騙されたと思って、サーシャの言う通りにやってみた。光の塊をサーシャに向け、再び詠唱した。


「『精霊たちよ、我が魔力を授ける。我が魔力を糧とし、その力を授け給え。……そして、この者を召喚せよ』」


 すると、光の塊が大きく光り、サーシャを優しく包み込んだ。そして、周囲からさらに光が集まり、やがてサーシャ全体が光を纏うまでに大きくなった。


「ヨナ、ありがとう。まさかこの姿に戻れる日が来るとは思わなかったよ」


 そう言ったサーシャの顔は光に包まれて見えなくなった。光はそのまま上昇していった。そして、大きく弾けた。ヨナが上を見上げると、そこには先程まで戦っていた魔獣に似た別の魔獣がいた。少し体が小さく、姿も少し違っていた。そして不思議なことに、目の前にいるのに全く恐怖を感じなかった。やがて、その魔獣はけたたましい声を上げて、さらに上昇し始めた。その際、ヨナは羽に絡め取られ、背中に乗せられた。


「えっ、もしかして、サーシャ、なの?」

「そうだよ。びっくりした?」

「びっくりしたよ!! って言うか、何? サーシャ? これは何なの?」

「私だよ。サーシャ。そしてこの体はドラゴン。私ね、昔ドラゴンだったの」

「えっ? ……わわっ」


 サーシャは高速で東に向かって飛び始めた。ヨナはサーシャの体にしがみついて飛ばされないようにするのが精一杯だった。


「どうしたのー? 何か言ってくれないとこっちも寂しいよ」


 ヨナは必死で声を出した。


「サーシャ、速過ぎて、掴まっているので精一杯だよ。もう少しゆっくり飛んで!」


 すると、サーシャは急にゆっくり飛び始めた。ヨナは今度は逆に前方に飛ばされかけた。


「もうっ、ちょっと、静かに飛んでよっ」

「ごめんごめん、久しぶりだから、つい。でもエマさんを助けに行きたいんでしょ? それは私も賛成だから、まずはこの姿になって、エストーレ王国に向かいながら話ができればなって思ったの」

「それにしても、もうちょっとちゃんと説明してほしかったよ!」

「でも、いきなり『私、ドラゴンなの』なんて言っても信じなかったでしょ? いろいろ話をしてる時間が勿体ないじゃない? 一刻も早くエマさんのところへ行きたいしね」


 ヨナにはドラゴンの姿のままからサーシャの声が聞こえるのにはまだ違和感があった。たが、目の前にいるドラゴンから聞こえてくる声は間違いなくサーシャだ。声だけじゃなく、中身も間違いなくサーシャだった。


「はいはい、分かったよ。認めます。これが一番早くエマさんのところへ行く方法だし」

「素直でよろしい」


 サーシャは満足のようだ。少し飛ぶ速度が上がった。


「で、何から聞いたらいいのやら……。まず、みんなにはちゃんと話さなきゃ駄目だよ。この姿も見られてるかも知れないし」

「うん……そうだね。ちゃんと話はするよ。隠してたこともちゃんと謝る。でもウィステリアとフロワちゃんにはもう話してあるから、この姿を見られていたとしても二人が何とかしてくれると思うよ」

「えっ、い、いつの間に……」

「ふふん、乙女だけの秘密の情報網なんですよ、ヨナさん」








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