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53 決着

 ロズドの剣は、魔獣の羽の根元を見事に切り裂いた。その片方の羽は、急に羽ばたく力を無くして、魔獣から引き離されるように弾け飛んだ。同時に斬り口から大量の血が噴き出した。上昇しかけていた魔獣の体は飛ぶ力を無くして、再び泥沼の中に落ちていく。繋がっている方の羽を必死で羽ばたかせているが、体勢を崩すだけで、上昇する力は得られていない。


 そこへ、今度はその根元にカルロが剣で斬りつけた。カルロの剣も見事に魔獣の羽を真っ二つに切り裂いた。羽が地面に落ちる音が周囲に響く。


「ふうっ、これで一先ずこいつは飛べないだろう」


 カルロは剣に着いた血を拭き取り、ロズドの方へ合流した。すると、しぶとい魔獣は金切り声を上げながら、切り裂かれた羽を根本から修復し始めた。


「げっ、こいつ、まだやる気かよ」

「ロズド、俺たちの仕事は終わったようだぞ。あっちを見ろ」


 ロズドは『龍の爪痕』の方角を見た。支援魔法がかけられているため、遠くのアラマンたちがはっきりと確認できた。


「何やってるんだ、あいつら?」

「多分、止めを刺したいから避難しとけって合図だ。あいつらの魔法に巻き込まれたら、さすがにこの体でも一瞬で粉々にさせられるぞ」

「……ああ、知ってる」


 ロズドとカルロは魔獣から離れる。遠くへ避難するために全力で駆けた。


「カルロさんよ、どこまで行けばいい?」

「とりあえず、お前のお仲間を回収する。そして出来るだけ遠くへ離れる」

「了解したっ!」





 『龍の爪痕』の物見にいるアラマンにも、カルロたちが遠くへ離れて行くのが確認できた。アラマンは、カルロにあそこまでの力があるとは思わず驚いていた。一緒にいた男はただの馬鹿かと思っていたが、かなりの達人だった。どういう経緯で仲間になったは分からないが、とりあえず助かった。


 あとはこちらの仕事だ。ドラゴンは今動けない。羽の治療を全力でしているようだが、完全に切断されているため、時間がかかっている。今のドラゴンは最早、ただの的でしかない。


「よし。フロワ、ウィステリア、作戦通りに行くぞ!」

「「はいっ」」


「ウィステリア、ドラゴンは治療魔法で精一杯のようだ。あいつの火炎は使えない。お前の一番熱い魔法をあいつにぶつけるぞ」

「了解です! 任せて下さい! 『炎よっ。我が魔力を糧にその力を示し給え。我の手の内にその全てを顕現させよ』」


 ウィステリアが火炎を発動させる。そしてその火炎は一度大きく膨らんだ後、先程のように小さく圧縮されていく。その火炎はどんどん温度を上昇させ、眩い光の塊となった。アラマンは空気の流れとは違う、大きな力を持った何かがウィステリアの火炎に集まっていくのを感じた。


「フロワ、ウィステリアの火炎がドラゴンに当たる直前に水魔法で、水の塊を出してくれ。それだけでいい」

「分かりました。私はいつでも大丈夫です」


 『それだけでいい』と言ったものの、かなり難度が高いことを要求している。あっさりと頷くフロワには頭が下がる思いだ。


 ウィステリアの準備が整った。凄まじいと形容すればいいのか、禍々しいと形容すればいいのか分からない光の塊がウィステリアの目の前にある。アラマンはこんな魔法を見るのは初めてだ。火炎魔法なのかどうかも判別できないほどの大きな力を感じる。ウィステリアの底力の大きさには、圧倒させられてばかりだ。


「もう、教えることはないな……」

「「えっ、先生? 何か言いました?」」


 ウィステリアとフロワの声が揃った。アラマンは自慢の弟子である二人の背中を眺めながら、最後の合図を出そうとする。


 ドラゴンよ、これで最後だ。散々手こずらせてくれたが、最後は私たち人間の勝ちだ。お前がドラゴンとしてどの程度の力を持っていたかは分からない。だが、魔法を手にした人間が、ドラゴンを、お前を倒す。


「よしっ。ウィステリア、フロワ。頼んだ!」

「「了解ですっ!」」


 ウィステリアの火炎魔法が超高速で放たれた。ドラゴンに着弾する瞬間、ドラゴンと火炎の間にフロワの水魔法が出現した。その水が火炎にぶつかり、水が急激に温められた結果、大爆発を起こす。凄まじい爆音と爆風が周囲に巻き起こった。ドラゴンのいた場所からは白くて大きな雲が立ち昇っていく。アラマンはその白い雲が晴れるのをじっと待った。


 二百五十年。二百五十年だ。我々はドラゴンに怯えて生きてきた。お前が怖くて、この狭い爪痕の中でずっと過ごしてきたのだ。外には出ず、じっと我慢して過ごして来た。だが、我々はこの日を以て、ようやく外の世界へ出ることができる気がする。この世界には、まだ他にもドラゴンがいるかも知れない。そいつはもっと強いのかも知れない。だが、そんなこと知るか。我々はドラゴンを倒したのだ。魔法の力で。自らの力でドラゴンの脅威を退けたのだ。小さいかも知れないが、確実に一歩を踏み出したのだ。


 エクレルたちが来てから、外に出ることはあったが、どこか怯えていた。もし、ドラゴンが出たらどうする。ずっと頭から離れなかった。まだその気持ちは少しある。完全には払拭されないだろう。だが、今この瞬間だけはドラゴンへの怯えはなくなった。なぜなら、我々が勝ったからだ。


 やがて、白い雲が晴れてきた。そこには、ドラゴンと思わしき魔獣の姿はなかった。ドラゴンの体は散り散りになって周囲に弾け飛んでいた。回復する兆しは微塵もない。完全勝利だ。


「……やったな、ウィステリア、フロワ。お前たちのおかげだ。ありがとう」


 アラマンは二人の弟子に優しく微笑んだ。それを見た二人の弟子は、最初はきょとんとした顔をしていたが、二人で向き合い、悪戯をする子供のように笑った。そして、まだ魔法を習いたてだった頃を思い出させるような無邪気な笑顔で答えた。


「「先生、こちらこそ。ありがとうございました」」






 しばらくして、アラマンは森の方を眺めた。もうすっかり日は落ちている。先程まで降っていた雨は、小降りとなり、やがて完全に止んだ。森には戦いの熱気は残っているが、そこには静けさが佇んでいた。


 その瞬間、その静けさが一気に崩れ、けたたましい音が鳴り響いた。


「な、なんだ。この音は? 森の向こうの方から聞こえてくる……」


 音が鳴り止んだと同時に、森の向こうの方でとんでもないものが出現した。見間違いではない。姿はかなり違っているが、あの長い首に大きな羽。あれはドラゴンだ。


「ま、まさか、な、なぜ?」


 再びドラゴンが現れて、さすがのアラマンも絶望しかけた。ただ、ウィステリアを見ると、腕組みをして呆れたような表情をしている。フロワは訝しげな顔を見せているが、基本的に慌てていない。


「ふ、二人とも、どうしたんだ? あれが怖くないのか?」


 アラマンが二人に疑問をぶつけた。すると二人は先ほど見せた悪戯好きの子供のような顔で教えてくれた。


「「先生、あれは、サーシャですよ」」

「はっ?」


 アラマンは二人が言っている意味が分からず、しばらく固まったままで立ち尽くした。そして、突如出現したドラゴンはこちらに向かって来ず、東の空へと消えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ドラゴンを倒すことができた。」この一つの事実が本当に大きくて重い!! 今までずっとドラゴンに怯えてきたヒト族にとって、ドラゴンへの恐怖を払拭するきっかけになると思います! 本当に大きな一…
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