50 支援魔法
「仲間だとっ! お前、あいつらに何しやがった?」
「落ち着け。お前の仲間には何もしてない。むしろ助けてやって、今介抱しているところだ。二人とも重症ではないが、すぐには動けないからな」
ロズドはそれでも信用しなかった。気が昂っているのもあったが、自分より明らかに強い人間に対する畏怖と警戒心とが入り混ざった感情を打ち消すためには、強がるしかなかったからだ。
「こんにちは。初めまして、ではないかな? 僕はヨナって言います。よろしくお願いします。あっちで魔獣を倒した人は、僕の仲間でカルロさんって言います」
いきなり横から男が声をかけてきてロズドは驚いた。気配には敏感なつもりだが、この男、ヨナの気配にはまったく気が付かなかった。
「びっくりさせてごめんなさい。魔法で気配を消してたんです。そうでもしないと、近づくことが出来なさそうだったんで」
魔法を使ったとはいえ、気配を悟ることができずに近づかれて、更にロズドの気分は苛立った。
「お、お前……。魔法だと。ふざけるな! だったら、あの集落の人間か? なら敵だな」
「お、落ち着いて下さい。今から治療しますので」
「ち、治療だと? 何で敵の俺たちを治療するんだよ!」
ロズドがヨナの胸ぐらを掴んで持ち上げた。その瞬間、ロズドは後ろに気配を感じた。これまで感じたことのない冷たい気配だった。
「おい、いい加減にしろ。落ち着け」
カルロがロズドの背後に周り、腕を掴んで短剣を首の後ろに構えた。抵抗しようとしたが、腕がまったく動かせなかった。ロズドの額に嫌な汗が流れる。
「とりあえずあのでかい魔獣は、お前にとっても都合が悪いのだろう? だから協力して倒そうと言ってるんだ」
「きょ、協力……だと?」
ロズドはカルロに後ろを取られたとき、一瞬死を覚悟した。それだけの気配を感じたが、体が全くついていかなかった。相手が本気なら、考える間もなく死んでいた。ロズドは完全に毒気を抜かれてしまった。一気に体の力が抜けて、そのままヨナを降ろした。
「お前、力と速さは大したものだ。それとその体力もな。そこでだ。力が有り余ってるなら、あのデカいのを倒すのに協力してくれ。手は多い方がいい」
「そ、それは魅力的な提案だな。だが、どうやって倒す? 悔しいが俺の本気の一太刀でも、あいつに傷を付けられる自信はないぞ」
カルロはようやく話が通じたと思い、殺気を消す。
「それは大丈夫だ。こいつ、ヨナの支援魔法で身体能力を向上させられる」
「はぁ……そんな魔法があるのか?」
ロズドには半信半疑だった。ロズドには魔法の知識が皆無なので仕方がない話ではあった。
「まあ、実際にやってみた方が早い。ヨナ、頼む」
「カルロさん、治療魔法の方が先です。いいですか?」
「ああ、構わない。任せる」
「では、ロズドさん、治療魔法からいきますね。う、動かないで下さいよ」
ヨナがロズドに治療魔法をかける。ロズドが受けた外傷がみるみるうちに治っていく。
「ま、まじか……」
「ふぅ。すみません、完全には治療できませんが、これで少しは動けるようになったと思います。あっ、そのまま支援魔法を掛けますからそのままじっとしててくださいね」
続けてロズドに支援魔法をかける。ロズドには体に力が満ち溢れてくるのが分かった。いつもより高く飛べる。もっと大きな力で剣が振ることができると、体で感じることができる。
「こ、これは……。すげぇな」
「俺にも同じ魔法がかかっている。さっきの力の差はこれに拠るものだ。あまり気にするな」
「なっ……そうだったのかよっ」
ロズドはカルロに自分の心の中が読まれていたのを恥じたが、事実を知って俄然力が湧いてきた。
「分かってくれたらいい。これであいつに一太刀浴びせられそうか?」
「ああ、これならやってみる価値はある」
「あっ、カルロさん、見て下さい!」
ヨナが指す方を見ると、魔獣の体に無数の傷ができて血が噴き出しているところだった。
「見える。見えるぞ! さっきのは小さな水の塊か?」
ロズドは目の支援魔法により、遠くが見えるだけでなく、高速で動くものも、はっきりと捉えられるようになっていた。
「もしかしてパスズとカーラをやったのは、これなのか……。これは避けられねぇな」
「今のは水魔法……。フロワだな。ウィステリアもいてまだ倒せないとは。こいつ、どれだけ頑丈なんだよ」
ウィステリアが放ったであろう火炎魔法がドラゴンの顔を直撃する。衝撃と熱波がカルロたちを襲う。身体が強化されていなけば、これまでと同じように吹き飛ばされていた。
「あまり、効いてないな。やはり俺たちが行くしかなさそうだ」
「おうよ。で? あんた名前は? 俺はロズド。黒の騎士団の隊長だ」
「……さっきまでのヨナの話聞いてなかったか? 残念隊長。俺はカルロだ」
「カルロさんよ、後でちゃんと礼はする。仲間たちの分もまとめてだ」
カルロは、ロズドが意外に義理堅い性格だと分かり、少し見直した。
「ああ、いくらでも聞いてやる。この戦いの後でな」
すると、今度は魔獣が羽を広げて上に飛ぼうとしていた。それに対して、ウィステリアたちの魔法が飛んできたが、大きな効果がなく、すぐに回復されてしまった。
「飛ばれるとまずいな。おい、ロズド、行くぞ! ……っておい、どこに行った?」
「カルロさん、ロズドさんなら、もう魔獣のところまですっ飛んで行きましたよ」
ヨナが魔獣を指す。
「あいつ、ちょっと張り切り過ぎだろ? 俺も後を追う。ヨナは支援魔法が切れないか見ててくれ。危なかったらすぐに退避しろよ」
「了解です! 何かあったら風魔法で自分を遠くまで飛ばしますから。それと、支援魔法は切れませんよ。ここには十分な魔力が満ちてますから」
ヨナは自信満々に親指を立てた。カルロはそれを聞き、安心してロズドを追いかけた。
カルロも行ってしまい、ヨナは一人になった。どこか安全な場所がないかとを探していると、思いもよらない人物から声を声を掛けられた。
「こりゃすげぇや。力も湧いてくるし、跳躍力も上がっている」
ロズドは尻尾から魔獣に飛び乗り、羽の方に向かって走った。魔獣は羽を必死で羽ばたかせている。少しずつだが、体が上昇し始めた。魔獣の上は羽から出る風が凄まじく、体の揺れも激しい。身体が強化されてなければ、とっくに吹き飛ばされていただろう。
「へっ、このくらいで俺を振るい落とせると思うなよ。クソ魔獣が」
後ろからカルロが追いかける。カルロはロズドが何を狙っているか理解できた。ロズドは羽の根元に向かっている。根元から羽を斬るつもりだ。だが、カルロにはそれが出来るかどうかは自信がなかった。身体強化の魔法はカルロにとっても今回が初めてだ。身体が強化されていると言っても、どこまでが限界か試したことはない。
ロズドは迷わず羽の根元まで向かっていた。ロズドは自信に溢れていた。一度は死を覚悟した身に、この身体強化の力が宿っている。迷いはない。命を救われた上に、自分のありったけの力を振るうことができる機会がまた巡ってきたことが、嬉しくて堪らなかった。ロズドは堪え切れず、思わず子供のように笑った。
「そう言えば、ナーシスのやつが『何の記念にもならない』と言っていたが、そんなことはなかったな。今日は忘れられない記念日になりそうだぜ!」
ロズドは剣を持つ手に力を込めた。体と剣が一体になるよう、脇を締め、上半身に力を入れる。最後に魔獣の体を跳躍台にして、最後の一歩を蹴り出す。ロズドは凄まじい勢いで羽の根元まで飛んでいく。そして、自らの全ての力が剣に伝わるよう、力強く柄を握りしめた。
「これでもくらいやがれ! クソッタレ魔獣さんよぉぉぉ」
ロズドの渾身の力を込めた剣が、魔獣の羽の根元を斬った。




