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47 誤算

 フロワも戻って来てくれた。アラマンは頼もしさを感じつつも、やはり少し心配だった。前回の戦闘では、フロワはかなり危うかった。敵に対して容赦がなく、味方との判別ができているかも判然としない様子だった。


「先生、まずは何をしたらいいですか?」


 フロワは『いつでも魔法を使えます』と言わんばかりだ。


「先生、私では向こうの状況が見えません。すみませんが、指示をお願いできますか?」


 ウィステリアはまだドラゴンの火炎魔法を押し返せてない。


 どうする。フロワが来たからには攻撃の可能性は格段に増える。たが、何をすればあのドラゴンを倒せるのかが分からない。ウィステリアのあの渾身の一撃でも倒れなかった。あとは何をすればいい。フロワはウィステリアほどの破壊力を持った魔法は使えないはずだ。先日の戦闘のように岩をぶつけて……。いや、岩くらいで潰れてくれるような相手ではない。落ち着け。まずは、ウィステリアをあの膠着状態から解放してやらなければ。


 最初は、ドラゴンの火炎魔法を押し返していたのに、今回はなぜそれができていない。魔力不足か。いや、ここは『龍の爪痕』だ。魔力は十分にある。ドラゴンが力を温存していたとも考えられる。だが、あれだけ体が損傷しているのに、まだこんなに力が残っているものなのか。治療魔法をかける余裕がないだけだと思っていたが、思い違いだったか。


 アラマンは、頭の中をよぎった考えの中で、ストンと腑に落ちるものがあることに気が付いた。『治療魔法をかける余裕がない』のではない。『治療魔法に使っていた魔力を火炎魔法に使っている』のではないか。治療魔法は多くの魔力を使う。あれだけの傷を回復させるには、それ相当の魔力が必要だ。今は治療魔法を使ってない。つまり、その分の魔力が火炎魔法に使われていると考えると辻褄が合う。ウィステリアが押し返せてないのは、そのせいかも知れない。つまり、ドラゴンに治療魔法を使わせてやればいい。それならやることは簡単だ。


「フロワ、水魔法だ。こないだみたいに極限まで圧縮した水の塊を食らわせてやれ!」


 やることは決まった。あとは彼女たちの魔法を信じるしかない。


「分かりましたっ。――いきます!『水よっ!』」


 フロワが水魔法を放つ。限界まで圧縮された水の塊が高速で発射された。限界まで圧縮した水は、硬質な岩よりも硬く鋭い刃となる。発射されたと言っても、アラマンたちにそれが見えているわけではない。肉眼では見えないのがこの魔法の恐ろしいところだ。だがこの魔法であれば、ドラゴンの鱗を突き破ることができるはずだ。


 フロワが放った水魔法がドラゴンに着弾した。音もなくドラゴンの体に無数の穴が開いて、大量の血が噴き出した。


「えっ?! 今のフロワ? 今何したの?」

「凄いでしょ、こないだコツを掴んだよ。ウィステリア、魔法は大きくしたらいいってもんじゃないんだよ」


 フロワが自らの腕を叩いて、ウィステリアに自慢をする。


「う、うるさいわね。わ、私にも分かっているわよっ」


 フロワの水魔法はさすがに効いたみたいだ。ドラゴンは治療魔法をかけ始めた。それと同時に火炎が弱まった。読みが当たった。


「よし、ウィステリア。今だ! 押し返してやれ」

「は、はい! 分かりました。いきます!」


 ウィステリアの火炎魔法がドラゴンの火炎魔法を押し返す。そしてそのままドラゴンの顔に直撃した。だが、今回は威力が弱い。ドラゴンはすぐに治療魔法で回復していく。


「はぁ、はぁ。まだ生きてる……。しぶといやつね」


 ウィステリアの言う通りだ。それでもまだドラゴンは倒れない。何をすれば倒れてくれる。ドラゴンと言えど生き物だ。頭を吹き飛ばすか、心臓を止めてやれば死ぬはずだ。心臓など、どこにあるか分からない上に範囲が広過ぎる。頭を吹き飛ばすのが一番効率的か。だがどうやって。考えろ。何かあるはずだ。過去の戦いからでも何かヒントが……。あるかも知れない。アラマンは思い付いた。起死回生の一手を。


「フロワ、水魔法は離れたところでも出すことはできるか?」

「えっと、出すことはできますが、離れ過ぎると、飛ばしたり、圧縮することはできませんよ」


 フロワの、いとも簡単にやってのけるという言葉には唸るしかない。水を離れたところで出現させるなど、聞いたことも試そうと思ったことがない。どうしてフロワにはそれができるのか。末恐ろしい弟子だ。だが、今回はそれに救われている。


「……それで十分だ」


 ウィステリアがアラマンの考えを理解したようだ。


「……先生、本気であいつの頭を吹き飛ばすおつもりですね」

「……そうだ。ウィステリアはドラゴンの火炎魔法を誘い出してくれればそれでいい。出来るだけ強力なやつをだ」

「分かりました。またデッカいやつを準備して誘ってみます」

「頼んだ」


 ウィステリアは再び火炎魔法の詠唱を始める。手をかざした先に大きな火炎が出来上がる。そして、その火炎はある程度大きくなったあと、今度は逆に縮み始めた。縮めば縮むほど、火炎は熱く、そして明るく、眩しい光になった。凄まじい魔力を感じる。ウィステリアはもう応用したのだ。フロワはたった一言助言しただけだ。『大きくしたらいいとわけではない』と。アラマンはウィステリアの天才的な魔法感覚に戦慄を覚えた。この二人はやはり別格だ。


「よし、このままで……」


 たが、ドラゴンは火炎魔法を撃たなかった。それどころか作戦を変えてきた。その大きな翼を羽ばたかせて、空に舞おうとしている。泥沼から脱出しようといている。


「なっ……な、なんだと…」


 これはまずい。アラマンは焦った。これまで、ドラゴンは泥沼の中で止まっていてくれたから、こちらからは止まった的として戦えた。もし自由に空を飛ぶようになったら的を絞ることができないばかりか、ドラゴンの攻撃の対処も格段に難しくなる。そして何より、今考えた作戦が台無しになる。ドラゴンは知恵のある生き物だ。最初は簡単に吹き飛ばせると思っていた相手が、強力な魔法で対抗してくることを学んだ。それで行動を変えてきたのだ。


「先生! どうしますか?」

「くっ。どうする? フロワ、あの羽を打ち抜けるか?」

「分かりました。やってみます!」


 フロワは再び水魔法で硬質化した水を放った。ドラゴンの羽に小さく無数の穴が開く。だが、傷が小さい。すぐに回復してしまう。


「やはり駄目か……」

「先生! 私の火炎魔法いきますね!」

「分かった。羽を狙え!」

「いきます!」


 ウィステリアの火炎魔法がドラゴンの羽に大きな穴を開ける。体と違って羽は薄い。魔法は羽を通り抜けるように穴を空けることしかできない。それもすぐに回復してしまった。


「ちょっと、フロワ。『大きくしたらいいもんじゃない』って言うから小さくしたのに、今回はそれが仇になっちゃったじゃないの」

「ご、ごめんねー。次からは状況見て考えないと、だね」


 ドラゴンは回復した羽を大きく羽ばたかせた。大きな風が周囲に吹き荒ぶ。アラマンたちのところにも風を感じた。ドラゴンは何度も羽を羽ばたかせる。まるで『そこまで行くから待っていろ』と言っているようだった。次第に体が上に持ち上がる。このままではドラゴンが泥沼から抜け出してしまう。


「先生! あれ、見てください」


 突然フロワが嬉しそうに叫ぶ。こんな状況で何があったというのか。よく見るとウィステリアも同じように、期待を込めた顔をしている。


「ウィステリア、すまない。支援魔法を戻す」


 アラマンはウィステリアにかけていた支援魔法を自分にかけてフロワの指す方を見る。


 アラマンは確かに見た。ドラゴンの背の上に乗っている二人の人間を。そして、その一人がドラゴンの背から羽の根元に飛びかかり、片方の羽を斬りつけようとするところを。



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