42 突然の揺れ
ロズドたちは突然動き始めた魔獣の尻尾に飛び乗った。尻尾の上だとフラフラ動いて危ないので、尻尾の根元に腰を据えた。魔獣が大きいので十分にゆったり座れる。
「ロズド。で? この後、どうするんだ?」
「しっ、静かにしろよ。聞こえたらどうするんだ」
そう言ってロズドが親指で指し示す方向には、ドラゴンの手の平に乗ったエルフがいた。
「とりあえず、向こうはこっちに気づかない限りは何もしてこなさそうだからよ、ゆっくりこの旅を楽しもうぜ」
と言って、ロズドは寝転がって寝始めた。
「な、なんて図太い神経をしてるんだ。こんなとこでよく眠れるな」
「ナーシス様。とは言え、出来ることは何もありません。あのエルフが何をするか交代で見張りましょう。幸い、我が国からは遠ざかる方向ですし。いざという時のためにゾール紙もたくさん持ってきました」
パッカスはゾール紙が大量に入った箱を背負って来てくれていた。
「パッカス、お前がいてくれて本当に助かったぞ!」
ナーシスは涙目になって感謝する。
「いえ。でもあのエルフを殺しちゃった方が早いのではないですか?」
「いや、あのエルフがこの魔獣を制御しているように見える。殺してしまっては、暴走してしまうかも知れない。今の段階では様子を見よう」
「了解致しました。では、ナーシス様も先に少し休んでいてください。最初は私が見張っておきます」
「パッカス、お前ってやつは……」
パッカスは出来る子だ。ナーシスは、今度アコーニット様の前でパッカスのことをもっと褒めておこう、と心に決めた。そしてそのまま横になり、気がついたら寝入っていた。
――寝入っていたナーシスは、急にパッカスに起こされた。
「ナーシス様、お休みのところすみません」
「ん? 何だ。もう朝か?」
「寝惚けている場合ではありません、ちゃんと起きてください!」
「ん? え、あ、ああ。す、すまない。この場所が意外と心地よくてな。いい揺れだった」
「そんなことよりも、あれ、見て下さい」
パッカスは魔獣が進んでいる先を指差した。その方向を見て、ナーシスは背筋がゾッとした。あそこはあの魔法使いたちの集落があるところ。まさか、偶然……ではないだろう。この魔獣は間違いなく、オットー山脈の麓にある、あの忌まわしき集落に向かっている。先日の戦闘で森が焼けた場所が、かろうじて確認することができる。
と、その時。急に魔獣が羽を羽ばたかせた。何度か羽ばたいた後、ふわっと浮かんで飛び始めた。
「きゃ、と、飛んだ! 危ない、何かに掴まれ!」
飛んだ。間違いなく飛んでいる。凄い速さだ。この調子ではあっという間に魔法士の集落にたどり着いてしまう。ナーシスは、飛んでいる時の揺れと、強い風に阻まれて魔獣の体に掴まっているのが精一杯だった。だが、魔獣は少し飛んだ後、すぐに地上に降り立った。
「ふうっ、やれやれ。何とか振り落とされずに済んだな。パッカスは大丈夫か?」
「はい、何とか。それよりも、ナーシス様。さっき……、何というか、可愛らしい声を出されましたね」
「はっ? えっ、う、うるさい。誰にも言うなよ。ろ、ロズドにもだからな! 絶対だぞ!」
そのロズドにこそ、聞いてもらえたら良かったのにとパッカスは思っていた。しかしまたカーラへのお土産話ができた。
「あっ、そう言えば、ロズドは! 大丈夫か?」
もしかして飛んでいた間に落ちてしまったかも知れない。自分のことに精一杯で、ロズドのことまで気が回らなかった。もし落ちていれば、助かるような高さではなかった。背筋を凍らせながら振り返ると、先程までと変わらぬ姿で熟睡しているロズドがいた。
「ナーシス様、抑えて下さい。今ここで暴れてしまうと、まずいですよ。まずはその手頃な短剣をしまって下さい」
今にもロズドに飛びかかろうとするナーシスを、パッカスが体を張って引き留める。
「は、離せ、パッカス。いくらお前の頼みでも譲れない。心配した気持ちを踏みにじるロズドには一発くれてやらなければ気が済まない。女には覚悟を決めなければならない時があるのだ」
「それは、別の機会まで取っておいて下さい! 今じゃないですから、絶対」
すると、魔獣が再び歩き始めた。その揺れで、ナーシスは姿勢を崩してしまい、魔獣から落ちそうになった。パッカスも咄嗟に自分の姿勢を保つのに精一杯になって、ナーシスへ伸ばした手が届かなかった。
「あっ、落ちる」
ナーシスがそう思ったとき、思いもよらないところから手が伸びてきた。ロズドだった。
「ろ、ロズド……。お、起きていたのか?」
「このウスノロ。何油断してるんだよ」
「う、うるさい……馬鹿ロズド。あ……でも、ありがとう」
ロズドに助けられたナーシスは完全に舞い上がっていた。顔を真っ赤にしてぼーっとロズドを見つめている。これはカーラへのお土産がまた増えた、とパッカスも満足していた。
「で、パッカス。状況はどうなってんだ? ナーシス! お前も気合い入れろよ。顔真っ赤にしやがって。まだ落ちそうになったことにビビってるのか。しっかりしろよ」
「う、うるさい。ば、馬鹿野郎……」
ナーシスにいつもの勢いがない。
「ロズド様、あちらを見て下さい」
ロズドはパッカスが指差した方を見る。
「ん? ああ、なるほど。この魔獣はあの魔法使いの集落に向かってるのか」
「そのようです。どうされますか?」
「うーん、俺たちではこいつはどう頑張っても倒せないからな。あいつらに倒してもらうか」
ロズドが珍しく真っ当な意見を言うから、ナーシスは感心していた。ロズドの言う通りで、あの魔法使いたちに倒してもらう以外の選択肢はない。もし彼らに倒せないようであれば、どうしようもないのだから。
「ロズド、私もその意見に賛成だ。どこか離れたところで様子を見ることにしよう」
「いや。せっかくだから、一緒に戦おう」
「いやいやいや。待て待て待て待て。お前の馬鹿さ加減にはもう飽きたぞ。どうやって一緒に戦うんだ? この化物相手に」
すると、ロズドは自分の剣を目の前にかざした。
「まあ、そう言うな。俺も勝てるとは思っていない。チャンスがあれば一太刀くらい入れておきたいと思っただけだ」
「お・ま・えは! 思い出が欲しいちびっ子か! 何の記念にもならないぞ」
「いや、だからな一撃だけでも……」
パッカスは、止める元気をなくしていた。幸い、歩く音がうるさいおかげで、あのエルフには気づかれずに済んでいる。思う存分やってもらおう。
しばらくして三人で話し合い、魔法使いの集落に着くぎりぎりまで様子を見ることになった。三人で交代で休憩を取ることになったが、なぜかロズドが寝ることになり、パッカスはまたしても寝る機会を失ってしまった。
魔獣は順調に足を進めている。そろそろ魔法使いの集落が肉眼で容易に確認できる地点までやってきた。
「ナーシス様。そろそろですね」
パッカスは、自分が眠りに落ちるのもそろそろだと思いながらナーシスに話しかける。
「ああ、そろそろ奴らが動いてもおかしくはないな」
と、その時、周囲から声が聞こえた。
「パッカス、聞いたか?」
「はい、何かの魔法ですね」
「気をつけろ。何が起こるか分からないぞ」
すると、急に地面が揺れ始めた。揺れに備えて、二人は魔獣の体にしがみつく。ロズドは不思議なことに、揺れているのにも関わらず、熟睡の姿勢を維持できていた。
「あいつの体は、どうなっているのだ……」
そう思った瞬間。急に地面に穴が空き、魔獣はその穴に落ちた。




