41 活路
アラマンは、リュクスから支援魔法をかけられたその目で何度も確認した。間違いない。動いている。ドラゴンが動き始めた。
「リュクス殿、動き始めましたっ」
「はい、私にも見えます」
ドラゴンはゆっくりと羽を羽ばたかせて、飛ぶのかと思いきや、歩き始めた。はっきりとは確認できないが、羽を広げたまま、ゆっくりと体を揺らすように歩いている。気のせいだろうか、こちらに向かって来ているように思える。
「リ、リュクス殿。こ、こっちに向かって来ていないか?」
「そ、そのようですね。なぜ……」
まだまだ距離はあるが、確実にこちらに向かって来ている。族長を呼ばなくては。
「くそっ、連絡係はまだか」
どうしてこっちに来るのだ。こちらのことが分かっているのか。
「リュクス殿、召喚魔法を使うサコスという者に会いに来た人間がいると聞きましたが、それは間違いなくエストーレ王国の者でしたか?」
「はい、そうです。間違いないです。王国内でサコスと会っているところも確認しています」
「リュクス殿、その男が何者だったかは分かりませんか?」
「すみません、そこまでは分からなかったです。相手も警戒していたので」
となると、その男がサコスに対してこちらを標的にするよう指示したと考えられる。龍神教の手の者の可能性は高い。先日の戦闘の報告を聞いた後、すぐにサコスを焚きつけて、こちらに差し向けたとしても、日数的に不可能ではない。
「ただ……」
「ただ? 何です?」
「私がサコスを監視していたように、あの男も誰かに監視されていましたね」
「それは王国から監視されていたということですか?」
「そうだと思います。ただ、それが何者かまでは…‥‥」
と、そこへシュリが慌てて駆けつけてくれた。
「アラマン先生、遅くなりまして申し訳ございません」
かなり息を切らしている。みんなに避難するよう言い回ったその足で来たようだ。シュリの頑張りにはいつも頭が下がる。
「シュリ、来て早々にすまないが、族長を呼んできてくれ。少し急ぎの用件だ。」
「はいっ! 分かりました」
シュリが元気よく駆けていった。疲れているだろうに、よく頑張る。シュリはきっといい剣士になる。近い将来、ヨナやウィステリアはシュリに守ってもらうようになるだろう。
「アラマンさんっ!」
「どうしました?」
「と、飛びました! こっちに近づいてきます」
「なっ、やはり飛べるのか」
アラマンもドラゴンが飛んでいるのが確認できた。着実にこっちに近づいてきている。早く族長と対策を決めなければならない。だがそう思った矢先、急にドラゴンは飛ぶのを止めてまた歩き始めた。しばらく歩いた後、再度飛ぼうとしたが、上手く飛べなかったのか、また歩き始めた。だが、確実にこちらに近づいて来る速さは増している。
「恐らく、飛ぶのには魔力をたくさん使うのでしょう。それで飛ぶのは諦めたのだと思います」
「そうですね、そう思いたいですが……」
「リュクス殿、それにしても、ドラゴンはこちらにまっすぐ向かってくるようですが、サコスはこちらの居場所を正確に把握しているのでしょうか?」
「い、いえ。ほとんど知らないと思います……。変ですね。何か目印でもあるのでしょうか?」
そうしている間にミサリアが到着した。シュリも一緒だ。
「アラマン、何があったの?」
「それが…。ドラゴンが、こちらに向かって来ております」
「な、なんですって!」
「はい、なぜかこちらの場所を知っているかのように、正確にこちらに向かって来ています。当初は飛んできていましたが、今は飛ぶのは止めて歩いています」
「な、なんでこっちに向かってくるの? もしかしてあれも龍神教の仕業ってこと?」
アラマンにもミサリアの気持ちはよく分かる。ましてやミサリアはこの爪痕の族長だ。住人に何かあればその責任はその細い肩にのし掛かってくる。龍神教の仕業だとしても、彼らの企みすべてが分かる訳ではない。仮にウィステリアたちが帰ってきて、彼らの計画を伝えてくれたとしても、すぐに対応するだけの時間がない。目の前のドラゴンを何とかしなければならないという状況に変わりはない。
「さ、作戦があります」
この場を何とかしたい一心で放ったアラマンの一言は、ここにいる全ての者に期待を抱かせた。だが、アラマンに何か考えがあった訳ではない。
「アラマン、何かいい考えがあるの?」
ミサリアが期待を込めて尋ねる。アラマンは焦っていた。考えろ。何か作戦があるはずだ。相手は巨大だが、動きは遅く、しかも飛べないときてる。動きだけでも、止められたらいいのだが。そのとき、アラマンの頭の中に一つの妙案が浮かんだ。
「この雨を利用しましょう」
そろそろ日が暮れようとしている。雨はまだ『龍の爪痕』周囲を濡らし続けている。早朝に進行を始めたドラゴンは、もう爪痕の物見から目視で確認できるほど近くまでやってきた。近くまで来るとドラゴンの巨大さがよく分かる。
「そろそろね。アラマン、準備はいいかしら?」
「ええ、だ、大丈夫です」
「あら、アラマンらしくもない。緊張してるのかしら?」
「ええ。まあ。私の全力の魔法を放っても、倒れてくれなさそうな敵が目の前にいますからね。緊張もしますよ」
「フロワちゃんがいれば、違ってた?」
「そうですね、あと族長のご令嬢も一緒ならもっと心強かったです」
「あの馬鹿娘。どこで何してるんだか」
ドラゴンが予定の地点まで来た。
「族長、いきます!」
アラマンが合図をすると同時に、ドラゴンの周囲に配置された魔法士たちが詠唱を始める。膝が震えている者もいる。声が震えて詠唱が上手くいかない者もいる。それを剣士たちが精一杯励ましている。その剣士の膝も震えていた。これだけの化け物を目の前にして、怖くない者などいない。いつ予想外の攻撃を始めるかも知れない。気まぐれに尻尾を無造作に振り下ろすかもしれない。その気まぐれが、一瞬で自分たちの命を奪うだろう。
たが、何もしないで指を咥えていても、爪痕が蹂躙されるのを待つだけだ。自分たちの生活を守るため、家族を守るため。皆、ミサリアの言葉に背中を押されてここに立っている。
「みんな……ありがとう。爪痕の魔法士たち、頼むわよ!」
ミサリアの号令と同時に、魔法士たちが一斉に魔法を発動した。
「「『大地よっ!』」」




