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40 月影の魔女

 エストーレ王国。昨日から降り続いていた雨はもう上がっていた。ジルは夜遅くにアコーニットからの連絡を受けて、王都の外に出てきた。エマ王女を手引きした女を捕らえたとのことだった。アコーニットの指示で供は連れてきていない。ちょうどいい。エマ王女の件は緘口令を敷いている。王女が龍神教の手から逃れるために、王宮を抜け出したと国民が知ってしまうと一大事だ。龍神教の地位が揺らぎ兼ねない。


 ブランニットの遠征の失敗は本当に予想外だった。失敗しただけでなく、生還者が数名で、あとの残りは全滅だ。それだけの強大な力を持つ者がいることを、国民に知られるわけにはいかない。そんな連中には、人間では到底太刀打ちできない。以前から仕込んでおいた切り札が、こんなにも早く役に立つ時が来るとは思ってもみなかった。どれだけ強大な魔法が使えようと、あの力を受けては無事では済むまい。エマ王女の件も今日である程度ケリが付くはずだ。晴れて計画の邪魔者はいなくなるのだ。


 王都の外の指定された場所まで行くと、アコーニットが立っていた。そして、その傍らには髪の長い女が捕らえられていた。そのダークエルフの女は両手両足を縛られ、体中に無数の傷がつけられていた。アコーニットは女の髪を引っ張って、ジルの前に引き摺り出した。


「こいつがエマ王女を手引きした女だ。さっき王都の周りをうろうろしてるところを見つけて、捕まえた」

「アコーニット、さすがだな。それで、エマ王女は今どこにいると?」

「ダークエルフの里で匿まわれているらしい」


 どうやら、アコーニットによる尋問は終わっているようだ。


「そうか。それで? ダークエルフの里はどこにあるのだ?」

「ここから南にある森林の中だ。俺たちは明日にでも出発するつもりだが、お前はどうする?」


 と、そこへ誰かが近づいてきた。


「おお、これはアコーニット殿ではないか。ジル、これは一体どういうことだ?」


 ジルは心の中で軽く舌打ちをした。めんどくさい奴に見られてしまった。しかも護衛を連れてきている。馬鹿な奴だ。その護衛の中に、自分の敵がいるかも知れないということにすら思い至らないとは。


 アコーニットは特に驚く様子を見せなかった。


「カラッド様、どうしてこんなところに?」

「アコーニット、貴様、私を誰だと思っている。次期国王だぞ。私に内緒で何をしていたのだ? まずは私の質問に答えろ」


 アコーニットはそれに答えず、ジルに向き直った。

 

「……ジル、お前はもう逃げられない。カラッド様もグルだったということは分かっている。ちょうどいい、一石二鳥だ。ここまま二人をここで拘束させてもらう」

「な、なに…。なんだと!」


 すると、アコーニットに捕まえられていた女が急に立ち上がり、隠し持っていた短剣を持って、ジルに向かってきた。咄嗟のことで、ジルは反応できなかった。


 ノクリアの短剣はジルの首まであと、一押しのところで止まっていた。ジルの背中に嫌な汗が流れる。少しでも抵抗する動きを見せれば、短剣がそのまま喉を貫くだろう。


 それとほぼ同時に、カラッドの護衛の一人が他の護衛に襲い掛かり、次々と倒されていった。カラッドは驚きのあまり、立ち尽くしたまま動けないでいた。


「カーラ、すまないな。まずはカラッド様を捕縛してくれ」


 アコーニットの指示に従い、カーラは素早くカラッドを縄で捕縛した。


「アコーニット様、殺してもいいですか? ボニファス様の仇をここで討たせて下さい」

「ひっ、ま、待て。た、助けて、くれ」


 カラッドが情けない声で命乞いをする。


「待て、カーラ。ボニファス様の仇はこっちだ」


 アコーニットはジルに向き直った。


「お前だな。ボニファス様を殺したのは」

「アコーニット、待て。私ではない。証拠はあるのか? そもそもボニファス様は亡くなったのか? 私はそんなこと聞いていないぞ」

「証拠はない。だが、お前しか有り得ないだろう。答えろ! お前が殺したのか?」


 ジルは考えた。アコーニットは『まだ証拠はない』と。証拠など出るはずもない。殺した後、死体は見つからないように処理してある。まだ死体すら見つかっていないはずだ。そもそも、まだ殺されているかどうかも掴めていない筈だ。


「答えないと、この短剣を少しずつ喉に刺していく。早く答えた方がいいぞ」


 短剣を持ったノクリアが、ジルを睨みつける。このダークエルフが本気だと言うことはジルに伝わった。


「ま、待て。お前は何だ? なぜアコーニットに協力している?」

「それに答える必要があると思うか?」


 ノクリアはジルの質問には応じる様子がないようだ。


「お前たちはフランコフ領で、人間だけじゃなく、多くのダークエルフを殺し過ぎた。お前に対する恨みは深いぞ」


 代わりにアコーニットが答える。


「あ、あれは部下が功を焦って勝手にやったことだ。もちろん責任は私にある。だが、私には殺すつもりはなかった。信じて欲しい」

「ここでそんな詭弁が通じるとでも思ったか!」


 ノクリアが声を荒げる。短剣の先端は既にジルの喉に触れていた。


「ア、アコーニット。なぜ、お前はダークエルフと手を組んだ?」

「だから、それには答える義務はない。お前こそ、さっきからひとつも質問に答えてないぞ。なぜボニファス様を殺した? フランコフ領の大量のロクミル草をどうした? エルフを使って召喚させたものをどうしようとしたんだ? それも国のためなのか? 俺は言ったぞ。この国を傾かせるのならお前を斬ると」

「お、お前たちこそ、なんだ! このままで……この国をどうすると言うのだ! アコーニット! お前のような信念のない奴に言われる筋合いはない!」


「そこまでよ!」


 と、そこへ王都の外から近づいてくる小さな集団があった。大きな箱を押している荷馬車、そして、それを先導する馬に乗った一人の女が見えた。雨雲が流れて月が顔を出す。月明かりが映し出すその姿が見えたとき、ジルは不覚にも一瞬心が奪われそうになった。美しい。だが、それに魅入られては危険だと本能が警告している。聖女か魔女か。どちらかは分からない。それを見る人の心がそれを決めるのだろう。少なくともジルにはそれが魔女に見えた。


 エマがジルの前に降り立った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これで何とか、カラッドとジルを捕らえることができた!! 最後のエマ王女の登場が、すっごく素敵かっこ良かったです(*'ω'*)
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