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39 始動

「ロズド! 次の攻撃が来るぞ!」

「分かってるよ!」


 角の魔獣は、その自慢の角をロズドに向けて突進してきた。ロズドは間一髪のところでそれをかわした。


「ふうっ、もう動きは見切ったぜ。単純な突進しか出来ないただの馬鹿だな。さあ、来やがれ」


 ロズドは新調した新しい大剣を持って構えた。角の魔獣は興奮しており、今にもロズドに向かって突進してきそうだ。ナーシスは一先ず安心していた。あの攻撃だけなら、次の突進もかわされた後、ロズドから一撃を入れられて終わりだろう。相手の魔獣がロズドと同じ単純馬鹿で助かった。こちらが支援するまでもない。


 角の魔獣が再度突進をしようとした時、今度は別の方向から二体の魔獣が現れた。大きな蛙と蛇の姿をしていた。蛙の魔獣がナーシスを捕食しようと、大きな舌を伸ばしてきた。ナーシスは素早くその攻撃をかわす。


 ナーシスはパッカスに指示を出す。


「パッカス! お前の出番だ! ゾール紙を使え。あの二体はこちらで倒すぞ」

「り、了解です!」


 ようやくいつもの調子が戻ってきたパッカスは、ゾール紙を構えた。ゾール紙から火炎魔法が発動し、蛙の魔獣に向けて放たれた。が、蛙の魔獣はそれをかわした。ナーシスはそれと同時に、蛇の魔獣に向かって黒煙玉を投げて、目と鼻の感覚を奪った。


「ナーシス様、蛙の魔獣はすばしっこいです。私があの蛇の方を丸焼きにしてやりますので、蛙の方の相手をお願いします!」


 パッカスから合理的な指示が飛ぶ。実はナーシスは蛙が苦手だった。蛇も苦手だったが、蛙に比べたらかなりマシな方だ。それとなく、蛇を担当したかったが、蛙の方にゾール紙の魔法をかわされたのであれば仕方ない。ナーシスは腹を括った。


「わ、分かった。蛇の方は頼むぞ、パッカス」


 ナーシスは蛙に向き直った。蛙の魔獣も自分の相手はこの女か、と理解したようにナーシスを睨んできた。しばらくの沈黙の後、蛙の魔獣が先に動いた。口の中から素早く舌を出して、捕食しようとしてきた。ナーシスは反射的に身をかわした。だが、僅かに蛙の粘度が高い唾液が肩についてしまい、体の動きがそれに引っ張られてしまった。


「しまった!」


 かろうじて唾液が切れたおかげで、ナーシスは蛙から離れることができた。危なかった。あの高粘度の唾液に触れたら、そのまま絡め取られて、口の中まで吸い込まれそうだ。


「うぇぇ、気持ち悪い」


 蛙の唾液が体に付いてしまい、ナーシスは少し戦意を喪失してしまった。匂いもツーンとして不快だ。やっぱり蛇の方が良かった。だが、泣き言を言っている暇はない。次の攻撃で何とかしなければ。丸呑みされてしまうのだけは避けたい。蛙に食べられて死ぬなんて、死んでもお断りだ。


 再び蛙がナーシスを睨んできた。ナーシスは先程の蛙の動きを頭の中で再生しながら、次の攻撃を待った。


 蛙が再び舌を出してナーシスに襲い掛かってきた。想定通りの速さだった。ナーシスはそれをひらりとかわし、黒煙玉を放った。見事に蛙の魔獣の目に入り、蛙の魔獣は視界を失った。手をバタつかせながら、周囲の煙を払おうとする。


 ナーシスはその様子を木の上から眺めていた。


「私はそこじゃないよ。食べられなくて残念だったね。あんた、気持ち悪かったからもう二度と私の前に現れないでね」


 ナーシスは木の上から飛び掛かり、蛙の頭に向かって剣を突き刺した。蛙の魔獣は刺された瞬間僅かに暴れたが、断末魔を上げて、そのまま絶命した。不幸なことに、蛙が断末魔を上げた際、上空に放たれた唾液がそのままナーシスの体に降りかかった。


「……最悪……飛び道具で殺せばよかった」


 周囲を確認すると、パッカスは既に蛇の魔獣を丸焼きにしていた。ロズドはとっくの昔に角の魔獣の首を一刀両断していて木にもたれて休んでいた。


「おい、ロズド。大丈夫だったか?」


 ナーシスはロズドに声をかけながら、近づいていった。


「うわっ、ナーシス。お前クセぇぞ! 寄るな。しっしっしっ!」


 ロズドが鼻を押さえながら、近づくなと言わんばかりに手を払う。


「お、お前なぁぁぁ、私だってこんなの嫌だったんだよー。くそっ、お前にもつけてやる」


 そう言って、ナーシスはロズドに飛び掛かり、蛙の唾液をなすり付ける。


「お、おい、本当にやめろって、気持ち悪いって!」


 パッカスはその様子を眺めながら、カーラに見せてやりたかったなと、遠くにいるカーラに思いを馳せた。


 たが、森の方からまた魔獣が数体現れた。戯れあっていたロズドとナーシスは我に返り、再び魔獣の相手をする体勢に戻る。相手は、先程の角の魔獣と、蛇の魔獣が数体だった。幸いにも蛙の魔獣はいなかった。


「くそっ、こいつら何体いるんだよ」

「分からない。でも一体一体は大したことない。順番に始末していくぞ」

「ああ、めんどくせぇな」




 ーー数刻後、魔獣の死体の山が出来上がった頃、夜が明けて雨が降り出した。


「良かった。雨が蛙の唾液を流してくれる」

「そうだな。もうこの匂いはこりごりだわ」


 二人で安心しているところに、パッカスが声を上げる。


「ろ、ロズド様、あのエルフがいません!」

「ん? エルフ? そういや、そんなのいたな。忘れてたわ」


 ナーシスも不覚にも忘れていた。魔獣の相手をしてる間に目を覚ましたのだろうか。


 と、その瞬間、ただの大きな岩の塊くらいにしか思えなくなっていた、目の前の巨大な魔獣が急に動き出した。



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