表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/59

36 あるエルフの苦悩

 そのエルフは、名をサコスと言った。彼は魔法の天才だった。まだ彼が小さい頃だった。指先から小さな風を生み出すことができることに気が付いた。両親はそれを魔法だと教えてくれた。サコスは、もっと練習してもっと大きな魔法を使いたい、と言った。だが両親は『ドラゴンに見つかるから駄目だ』と、大きな魔法を使うことを禁止した。


 サコスはその日から魔法を使うのが少し嫌になっていた。自分の思い通りに魔法が使えないなんて退屈な世界だ。でも魔法は楽しい。もっともっと練習したい。


 ある日、サコスは両親から支援魔法を教えてもらった。すると、また魔法が楽しくなった。両親は、支援魔法なら思いっきり使ってもいいよ、と言ってくれた。サコスは嬉しくなって、支援魔法を使って遊ぶようになった。遠くまで見えるようになる。耳がよく聞こえるようになる。足が早くなる。力持ちになる。サコスにとって支援魔法は絶好の遊び道具になっていた。ただ、両親には内緒でたまに小さな火炎を作ったり、石を木にぶつけたりして遊ぶこともあった。


 ある日、両親が死んだ。病気だった。ダークエルフの治療魔法があれば、助かったかも知れないと、年嵩の術者が言っていた。ダークエルフはエルフを見捨てて、人間に付いていった裏切り者だ。どうしてあいつらに使えて、自分には治療魔法が使えない。サコスは悔しくてその日から治療魔法の練習をした。たが、全く上手くいかなかった。何度やってみても、簡単な擦り傷しか治らなかった。サコスは、悔しかった。両親ももう戻ってこない。しばらくサコスは魔法も使わずに落ち込んでいた。


 いつしか里の人数は僅かになっていた。若者もおらず、このままでは、みんなで老いて死んでいくのかも知れないと思い始めた。


 その頃になると、『ドラゴンはいないのではないか』と言われるようになっていた。何年もドラゴンの姿を見たものはいない。ダークエルフと共に外に出て暮らしている人間がいるとも聞いた。サコスは思い切って、大きな火炎魔法を使ってみた。思ったより大きな威力に興奮した。だが、その日はドラゴンに見つかるかも知れないと一日中怯えた。だが、ドラゴンは来なかった。そしてまた、サコスは火炎魔法や風魔法を使って遊んでみた。その後で『ドラゴンが今度こそ来たらどうしよう』と怯えた。そして大きな魔法を使ってしまったことを後悔した。だが、ドラゴンが来ることはなかった。


 里の者に魔法で遊んでいるのを見られてしまった。サコスはリュクスにこっぴどく怒られた。ドラゴンに見つかったらどうするつもりだと。サコスは里の者たちを馬鹿にするようになった。あいつらは臆病者だ。ドラゴンはもう来ない。だってこれだけ派手に遊んでも来ないじゃないか。ドラゴンはもういないのだ。


 ある日、サコスの元に人間が現れた。彼は『君の魔法は素晴らしい! もっと高みを目指すべきだ。僕に支援させてくれ』と言ってきた。『どうしてそこまでする?』と聞くと、彼の国ではダークエルフが偉そうに権力を振りかざしているらしい。彼らに打ち勝つ力が欲しいのだ、と。


 ダークエルフ。あの憎きダークエルフ。思い出すだけで胸が掻きむしられる。かつて我々を見捨てた裏切り者。まだのうのうと生きていたのか。それだけでなく、人間の世界で偉そうにしているという。これはいい機会だ。こちらの魔法とあちらの魔法。どちらか優れているか、試してやりたくなった。


 それからサコスはさらに魔法の研究に勤しんだ。ただ、サコスの魔力量では威力に限界があった。何とかして威力を上げることができないだろうか。ある日、サコスはある事に気がついた。火炎魔法は何もなかったところに火炎を発生させることで、放つことができる。これは魔力を使って火炎を呼び出しているのではないかと。試しに、ロクミル草を集めてきて、自分の周りに敷き詰めた。こうすることで大きな魔力を集めることができるはずだ。そこで、火炎魔法を使ってみた。いつもより大きな火炎を呼び出すことができた。


 これは成功だ。サコスはますます研究にのめり込んでいった。そして、遂に召喚魔法の構想を得た。火炎を呼び出すことができるのであれば、生き物も呼び出せるのではないかと。試しにやってみた。最初は小さな虫を呼び出してみた。成功した。調子に乗って小動物を試してみた。これも成功した。これは凄い発見だ。召喚魔法は実は魔力を多く使わない。魔力は、召喚するときよりも、召喚後の制御に多く必要とするということも分かった。


 サコスは思い切って、魔獣を召喚しようと試みた。さらにロクミル草を大量に敷き詰めた。すると、今回はいつもと少し違った。ロクミル草からではない魔力の流れを感じた。それが何かまでは分からなかった。たが、魔獣の召喚は失敗した。そう簡単にはいかないことを思い知らされた。正体不明の魔力の流れは、魔獣を召喚するときだけに発生するものかも知れない。


 サコスはある仮説を立てた。魔獣とは動物がロクミル草を食らって魔力を得た姿ではないかと。動物が進化した姿なのかも知れないと。召喚した動物にロクミル草を食べさせると、それが依代となって魔獣を呼び寄せられるかも知れない。


 早速サコスは試してみた。大成功だった。小さな魔獣を召喚することができた。しかも、召喚後の魔獣はサコスに従順で、簡単に制御できた。十分な魔力、つまり十分なロクミル草と、ロクミル草を食べた動物がいれば、大きな魔獣でも召喚可能なのだ。


 このことを報告するために、あの人間に会いに行った。彼は大層喜んでいた。このままもっと大きな魔獣を呼び出せるよう頑張って欲しいと、言ってくれた。必要なロクミル草も多く運んでくれた。『どこにそんな大量のロクミル草があったのか』と彼に聞いたら、最近新たにロクミル草の群生地を手に入れたと言っていた。サコスも森の中からロクミル草を集められるだけ集めた。ダークエルフには負けてられない。もっとだ。もっと大きなものを呼び出すんだ、と意気込んでいた。


 ただ、一人反対する者がいた。リュクスだった。リュクスは危険だからもうやめろ、とそしてあの人間と会うのもやめろと言ってきた。リュクスは昔から臆病だった。サコスはリュクスの言葉を無視して魔法の研究に励んだ。そして、いつしかリュクスは何も言ってこなくなった。


 ある日、とてつもない爆音が里まで響いてきた。何事かと思ったら、里の者が教えてくれた。とてつもない強力な魔法を使う者たちがいたと。その魔法が通った後は森が全て灰になっていたと。そんな強力な魔法が使える奴がいるのか。もしかしてダークエルフの奴らではないだろうか。くそっ。負けてられない。でも自分には召喚魔法がある。この魔法でたくさん魔獣を呼び出し、ダークエルフの奴らに一泡吹かせてやる。


 そして、その数日後、あの人間からの命令書が届いた。そこには『遠慮することはない。出来るだけの魔力を使って、大きな魔獣を呼び出してくれ給え。それを、そこから南西にあるダークエルフの里に向けて放つのだ。ダークエルフどもに目にもの見せてやろうではないか』と書かれていた。


 召喚魔法はまだ完全ではない。少し性急過ぎるかもと思ったが、やってみたいという好奇心の方が勝ってしまった。集められるだけのロクミル草はもうここにある。自分の寿命もあと僅かしかないだろう。仲間たちももう長くない。ここで全ての集大成をしたい。自分の魔法がどこまでできるかを試してみたい。小さい頃、両親に止められて以来、魔法を思いっきり使うことにはいつも躊躇いがあった。いつもどこかで力を抑えていた。だが、もう躊躇う必要は何もない。小さい頃からの夢を今ここで実現させるのだ。


 サコスは大胆にもドラゴンを呼び出してみようと思った。この世界で最強の存在。それを自分の意のままに操ることができたらと思うと心が踊った。ドラゴンを見たことはないが、見たことがあると言う里の者から詳しく聞いたことがある。ダークエルフのことなどもう頭になかった。もしかしたらドラゴンを召喚出来るかも知れない、それを自分で制御できるかも知れないという発想が、自らの果てしない好奇心と欲望を暴走させた。まずは大きな魔獣を召喚する。そしてそれを依代にすれば、もしかしたら……。


 サコスは、自らのすべての魔力を込めて召喚魔法を放った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ