33 召喚魔法
「召喚魔法、ですか?」
アラマンは、『龍の爪痕』付近で捕らえられたエルフの元へと話を聞きに行った。エルフの名はリュクスといった。リュクスは見た目はかなりの老人だった。エクレルの話ではエルフ族は長寿だと聞く。見た目では何も判断はできない。リュクスは挨拶からとても低姿勢だった。こちらに敬意を持っているようにも思えた。
まずは世間話からと思い、軽く話を始めたところ、魔法談義に花が咲いてしまった。魔法とは何か、についてお互いの見解を述べ合っていたら、リュクスの方から出てきたのが『召喚魔法』という言葉であった。
「そうです。召喚魔法です。我々は、魔法は大きく二種類に分かれると考えています。一つは風魔法、土魔法のように自然の理を少し強引に捻じ曲げる現象系と、火炎魔法、水魔法のように元々はそこになかったものを新たに召喚する召喚系です。どちらも頭で想像するという点については共通ですが、発生原理は全く違うものになります」
いきなり核心を突いた話が聞けて、アラマンは驚くと同時にとてもわくわくしてきた。自分が今まで疑問に思っていたこと、知りたかったことを知っている者が目の前にいるという高揚感に浸りたくなった。
「それは、初めて聞きました。我々の認識では、魔法がそのような分類に分けられると考えたこともございません。それでは回復魔法はどうなのでしょうか? 他の魔法と違い、習得が困難な魔法です。これにも理由があるのでしょうか?」
「そうですか、治療魔法が使えるのですね。やはり、あなたたちは私たちよりも高度な魔法が使えるらしい」
「ご謙遜を。魔法の知識では我々はエルフにはとうに及びません。何卒、ご教授頂きたい」
エルフでは治療魔法はまだ使えないらしい。これほどの魔法の知識がありながら、なぜ。
「いえ、そんなに身構えないで下さい。我々は治療魔法は現象系だと思っております。ただ、頭で思い浮かべるのが難しいのだと思います。経験を積んで、様々な傷を治さないと、頭の中に傷を治すという現象を思い浮かべられない。そこが難しい魔法だと思っております。ただ、口で言うのは簡単ですが、実際にやるとなると、骨が折れる難しい魔法です」
勉強になる。エルフが言う現象系と召喚系という分類はとてもしっくりくる。治療魔法は現象系だということは風魔法と同じ分類になる。そう思ってしまえば、そちらに集中できる。訓練をすればもう少し高度な治療魔法が使えるかも知れない。
「そうですか、大変勉強になりました。すみません、世間話のつもりがここまでいろいろ教えて頂くとは思わず、つい長話になってしまいました」
「いえ、こちらも突然お邪魔させて頂いておりますので、気にしないで下さい」
アラマンは、本当はリュクスともっと話をしたいのだが、『龍の爪痕』の代表として聞かなければならないことがあった。
「それでは、本題に入らせて頂きます。それで、リュクス殿はなぜ我々の近くをうろうろされていたのですか?」
リュクスは先程までとは違い、背筋に力を入れて答えた。
「実は、先日の戦闘の様子を外から伺っていました。あれだけの魔法を使用できるあなたたちなら、あの者を止めてくれるのではないかと思ったのです」
それを聞いて、アラマンは不穏な空気を感じた。アラマンの背筋にも力が入る。
「それは、どういうことでしょうか?」
「エルフの中に今、とても危ないことに手を染めようとしている者がいます。それをこちらの皆さまで止めてほしいのです」
「危ないこと? それは一体何ですか?」
「それは、生物の召喚魔法です」
ダークエルフの里。ヨナたちは、まずは一晩お世話になることになり、泊まるための部屋に案内された。ヨナとカルロで一部屋、ウィステリアとサーシャで一部屋、エマで一部屋。さすが王女といったところだ。
ヨナは久々の屋根付きの寝床でくつろいでいた。カルロもさすがに疲れていたのだろう。いつもより緊張がほぐれているように見える。今日は長い一日だった。ダークエルフの里についてから一日中カミルと話し合いをしていた。夕食にはロクミル草のスープを作ってもらった。ヨナたちの魔力切れがこれで少しは回復するだろうという、カミルからの粋な計らいだ。
「カルロさん、今日はおつかれさまでした。大変な一日でしたね」
カルロはまた少し緊張した面持ちに戻り、ヨナに答える。
「ああ、大変な一日だった。明日からまた忙しくなりそうだ。ヨナ、今日は早めに寝ろ。俺もそうするつもりだ。詳しいことはまた明日考えよう」
「そうですね、……それではおやすみなさい」
ヨナはそのまま、すぐに寝入ってしまった。
ウィステリアは、水浴びを終えて、寝床に飛び込んだ。久しぶりにまともな寝床で寝ることができる。この嬉しさをどう表現したらいいのだろう。それなりに楽しく旅をしていたが、やはり自分の家の寝床が恋しくないと言えば嘘になる。そろそろ一度『龍の爪痕』に帰りたいとも思い始めていた。
ただ、気になるのはダークエルフの里に着いてから、いや、カミルと話を始めてから、まともに声を発しなくなったサーシャである。カミルが話した召喚魔法について何か知っていそうだったが、結局あれ以来、ずっと黙ったままだった。そろそろ聞いてみてもいいかと思い、ウィステリアはサーシャに尋ねてみた。
「ねぇ、サーシャ」
「ん? なーに?」
反応はあるがサーシャはどこか上の空だ。
「前から気になっていたけど、あんた、ちゃんと記憶あるんじゃない?」
「ん? どうしてそう思うの?」
「何となく。最初に疑問に思ったのは、何で記憶失ってるのに、都合よく魔法だけちゃんと使えるのかってところ。まあ、でもそれは百歩譲ったとしても、今日のあれは何? 召喚魔法のこと知ってたでしょ? 記憶を失くしてたのなら、あんな反応にはならないはずよ」
サーシャは、ゆっくりとウィステリアに向き直って、にこやかに答えた。
「ウィステリアちゃん、良い推理だね。でも残念。いや、惜しいかな。私に記憶はないのは本当。召喚魔法はちょっと聞いたことがあっただけ。詳しくは知らないよ」
サーシャはいつも通りだった。ウィステリアは、またはぐらかされた、と思った。そう思ったら少しだけ腹が立ってきた。
「誤魔化さないで! 私だけじゃないわ。カルロさんも、ヨナも。あんたが、あの領主の娘じゃないかもって薄々思ってるわ。別に、あんたを……あんたは私たちの仲間だと思ってる。エクレルも。エマ王女も同じよ。そろそろ、正直に話してくれてもいいじゃない。それとも、話ができない理由があるっていうの?」
サーシャはいきなりウィステリアが大声を出したから、少したじろいだ。だが、同時に嬉しくもあった。自分のことをこんなに考えてくれる人がいる。それだけで胸が熱くなった。
「うん、ウィステリア、ありがとう。信じてくれて。私もみんなを仲間だと思っているよ。ちゃんと、話すから、全部ちゃんと話すから、もう少し待ってくれないかな」
「な、何でそんなにもったいぶるのよ」
「カミルさんの話聞いたでしょ。あっちの話が落ち着いてからにしたいの。ミサリアさんやアラマンさん、エクレル、私を信じてくれた人みんなにちゃんと話したいの。でも嘘は言ってないってことは信じて欲しい、かな」
「それは……」
と、急に扉を叩く音が聞こえた。外に出てみたら、血相を変えたエマとノクリアが立っていた。
「ノクリアさん、エマさんまで。ど、どうしたのですか? 急に」
「いや、エマ様が急に思い出したことがあると言ってな、ウィステリア、サーシャ。お前たちに伝えたいことがある」
「ウィステリア、思い出すのが遅くなってごめんなさい。私が王宮で軟禁されていたときに聞いたのですが、白の騎士団が百名程で、恐らくですが、あなたたちが暮らしていたところへ遠征に行ったと思われるのです。詳しい情報までは入ってこないので、確証がある訳ではないのですが、もしそうだったとしたら、ちゃんと伝えなくては、と思いまして……」
エマが一気にまくし立てた。ウィステリアは最初こそ驚いたが、冷静に考えると、そんなに心配する話ではないと思い、一安心した。
「エマさん、教えてくれてありがとう。でも大丈夫よ。百人くらいだっ……えっ? あっ、ちょっと、サーシャ! どこに行くのよ」
「エクレルが、危ない……」
エマの話を聞いたサーシャが、急に部屋を飛び出して行ってしまった。
「ちょっと! 待ちなさいよ」
サーシャは風魔法を使って一気に駆け出してしまった。
「エマさん、ノクリアさん、ごめんなさい。私はサーシャを追いかけるわ。カルロさんたちにそう伝えておいて下さい!」
「あ、ああ、分かった、伝えておく」
ノクリアがそう言ったときには、既にウィステリアの姿は見えなくなってしまっていた。




