32 エルフとダークエルフ2
アラマンはエルフが捕らえられたと聞いて、まずミサリアに相談に行った。アラマンから話を聞いたミサリアは、エクレルの話を聞く必要があると判断し、二人でエクレルが静養しているところへ赴いた。扉を開けると、エクレルはベッドで寝かされていた。無理もない。先日の白の騎士団との戦いで、治りかけた傷がまた開いたのだ。アラマンとミサリアが部屋に入ると、物音に気が付いたのか、エクレルは目を覚ました。
「起こしてしまってすまない、エクレル」
「いえ、アラマンさん。気にしないで下さい。何かあったのですか?」
「傷が癒えていないところ悪いのだが、少し話を聞かせて貰えないだろうか」
エクレルは快く承諾した。アラマンを含めた『龍の爪痕』の人たちは、彼にとっては命の恩人なのだから、無下にはできない。
「何回もごめんなさいね、エクレル」
「いえ、ミサリアさんまで。気にしないで下さい。それで、用と言うのは何ですか?」
「それがね、うちの剣士がここの森の中でエルフを捕らえてきたみたいなの」
「エルフですか。ダークエルフではなく、エルフですか」
「そう、彼は『エルフ』と名乗ったそうよ。それと、こちらに敵対する意思はないと言っているみたい」
エクレルは少し逡巡して、答えた。
「エルフに関しては、僕も多くの情報を持っていません。ダークエルフ族とは長い付き合いですが、エルフとはそもそも交流を持ったことがないので」
「そう。何でもいいから、知っていることを教えてちょうだい」
「はい、と言っても。エルフはダークエルフと違って肌の色が白い、くらいの違いしか僕には分かっていません」
「でも、エルフの存在は知っているのよね? それはどこから得た情報なの?」
「それは、ダークエルフからです。ダークエルフ族とは初代国王フォンドの時代からの付き合いで、ダークエルフが我が国との仲ができたころには、エルフとは疎遠になっていた、と聞いたことがあります。あと、これはただの噂ですが、二つの部族は仲が悪いそうです」
「何で仲が悪いの?」
「すみません、そこまでは分からないです。初代の時代に何かあったというのが濃厚な説ですが、詳しくは……」
エクレルからはこれ以上の情報は引き出せそうになさそうだ。ミサリアが引き上げようとしたとき、アラマンが最後の質問をした。
「一つ聞かせてくれ。エルフもダークエルフと一緒で魔法の知識を持っているのか?」
「魔法ですか。あり得ると思いますよ。元々ダークエルフの魔法の知識はエルフから伝わったものだと聞きましたから」
「そうか、ありがとう」
アラマンはその答えだけで満足だった。エルフが何を考えているかは分からないが、こちらと交流を持ちたいということなのだろう。それならば友好的に接して、彼らから魔法の知識を教えて貰うのが得策だ。
「アラマン、もしかしてあなた、魔法の事が知りたいだけじゃないわよね?」
「おほん、族長。まさか。とりあえずそのエルフと話をさせて頂けませんか?」
「分かったわ。アラマンに任せる。私は後片付けでいろいろ忙しいから。あとでちゃんと何をしゃべったか教えてね」
「かしこまりました」
二人はエクレルに礼を言って、部屋を後にした。ミサリアと別れたアラマンは、エルフが捕らえられている場所へ向かった。
ダークエルフの里。ヨナたちはノクリアが言った言葉の意味を理解できないでいた。ノクリアは『エルフの仕業』と言った。ヨナたちからすると、エルフもダークエルフもそんなに違わないと想像していたが、どうやら少し違っているらしい。
「ノクリア、なぜそう思ったのかの?」
カミルはノクリアの意見に対し理由を求めた。
「はい、実は……エマ様、よろしいでしょうか?」
「構いませんわ。ここまできたら、隠す必要はありませんから」
ノクリアはエマに同意を求めた。エルフのことに関して、エマも何か知っているようだ。
「カミル様、実は、龍神教とエルフが密かに繋がっているようなんです」
「ほほう、それは初耳じゃな。どうして今更になって」
「理由は掴めてないのですが……何か変な動きをしているとしたら、その可能性があるかと思いまして」
「なるほど、な。でも、それだけではエルフの仕業とは決めつけられんの」
「はい、そうです。でも、ロクミル草が抜き取られていたというのは、我々に対する妨害とは考えられませんか? 龍神教はそれを察知していて、エルフを使って邪魔をしてきたかも知れません」
「うーむ、それはあり得るかも知れんの…」
心配になったエマが、カミルに訊ねる。
「カミル様、もしかして私たちの計画で作ろうとしていたゾール紙は、もうできないのでしょうか?」
「エマ王女、心配には及びません。十分な数は作ってあります。オットー山脈の一部くらいは切り崩せますわい」
そう言ってカミルは、高らかに笑った。オットー山脈を切り崩すことができる量がどのくらいか想像がつかない。
「そ、そうですか、ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
「あのー、少しよろしいですか?」
ウィステリアが手を挙げた。
「どうしましたかの?」
「ゾール紙は、そのエルフ族にも作れるのでしょうか?」
「そうじゃな、原理としては知ってるかも知れんが、あれもいろいろノウハウがあっての。簡単には真似できんはずじゃ」
「そうですか。もしかしたらエルフも、龍神教と一緒になってゾール紙を作ろうとしたのかもと思ったのですが」
「その可能性は低いの。やつらは魔法を嫌っておる。それに頼った武力を得ようとすると本末転倒じゃからな」
ヨナは何か変だなと、違和感を感じていた。それが何か分からないからモヤモヤする。するとカルロが喋り始めた。
「考え過ぎかも知れないが、わざわざ刈り取った、というのが気になるな。こちらの邪魔をするだけなら燃やしてしまえばいいのではないか。しかも、あれはよく燃える」
「確かに、言われてみればそうだな」
ノクリアもカルロの意見に頷いた。
「エマ様、フランコフ領にもロクミル草の群生地がありましたよね。あそこは今どうなったのですか?」
「知っての通り、残念ながら全部刈り取られたわよ……そう言えば、処分されたり、燃やされたとは聞いてないわね。でも私は軟禁されていたから、どこまで正しいかは分からないわ」
「……エマ様、もしかして、ロクミル草を刈り取っているのは龍神教ではないのかも、知れません」
「それは、どういうこと?」
「フランコフ領を管理していたのは、誰ですか? 政変の際に真っ先にフランコフ領に向かって統治したのは、誰ですか? 龍神教は基本的には牧歌的な組織だったのに、政変のとき、あまりにも手際が良すぎるから、何か変だとは感じていました。もし、裏で手を引いていた者が彼らなら、あり得るかも知れません」
「……白の騎士団、ね。ジルなら、もしかして……いや、可能性は高いかも知れないわね」
「あのー」
今度はヨナが手を挙げる。
「白の騎士団って何ですか? こないだうちに攻めてきたのは黒の騎士団だったと思いますが、また別の人たちなのですか?」
「お前たち、やはり、アマリスと戦ったのか?! それでどうなった?」
ノクリアが急に捲し立ててくるから、ヨナは少したじろいだ。
「えっと、その黒の騎士団、アマリスの人たちは五人攻めてきたのですが、何とか追い返しましたよ」
「そ、そうか、あいつらを追い返したのか……さすがだな」
「それで、あの人たちと白の騎士団とは何が違うんですか?」
「ああ、すまない。白の騎士団は龍神教の傘下だが、王国の正規兵なんだ。人数も沢山いる。武具も白で統一してある。だから白の騎士団と呼ぶ。それとは逆に黒の騎士団は、裏方の暗殺隊だ。人数はそんなに多くなくて、国民はその存在を知らない。だから『アマリス』っていう通り名がある」
「なるほど、でも白の騎士団は龍神教の傘下なんですよね? それなら、魔法の力を借りようとロクミル草を集めてるというのは、話が合わないように思うのですが?」
それには、エマが答えた。
「龍神教の多くの信者は国民なんです。騎士団はあくまで国民の治安の維持、農地の開拓が主な仕事です。元々は龍神教が作った孤児院の子供たちを、仕事に就かすためにできた組織です。しかし、龍神教が大きくなるに連れて、国民から志願して騎士団に入る者が増えてきました。熱心な信者はそんな志願者に多いのです。孤児院出身の兵たちは龍神教の教えには無頓着なんですよ」
「それで、今の団長をやっているジルという男は孤児院出身なのだ」
ノクリアが補足した。
「と、言うことは、仮に白の騎士団が黒幕だとして、そのジルという男が、エルフを使ってロクミル草を集めていると言うことなのかしら?」
ウィステリアが要約する。
「推測だがな」
ノクリアが答える。確かにまだ推測の域を出ないが、本当であれば、そのエルフがやろうとしていることは止めないといけない。
「問題は彼らが何をしようとしてるか、ね。ロクミル草が沢山あってもゾール紙を作れないんじゃ、何も意味ないじゃない?」
ウィステリアの疑問はもっともである。止めようにも何をしようとしているか分からないのであれば何もしようがない。
白の騎士団の動機が分からず、一同が言葉を詰まらせていた。するとおもむろにカミルが口を開いた。
「もしかしたら、召喚魔法かも知れん」
「召喚!?」
それに反応したのは、今まで一言も喋らなかった、サーシャだった。




