28 王女の脱出3
ヨナとノクリアは、無事にエマを部屋から脱出させることに成功した。あとは誰にも見つからずに、王都の外に出るだけだ。
三人は部屋を出たあと、来た道を戻り、王宮の外に出てきた。国民が多く身に着ける服で変装しているため、王宮から外に出てしまえば、見つかる危険性は極端に低くなる。ひと先ずは安心だ。
「エマ様、ここからは顔を隠しながら、進みます。前方の大通りを東へ曲がり、狭い路地を外壁まで歩きましょう」
「分かりました。モタモタしていては時間が勿体ないわ。行きましょう」
「はい、ヨナも少し離れて付いてきてくれ」
「了解です」
三人はまず目の前の大通りに出た。ほとんど人気がないが、まだ何人か歩いている人がいる。先ほども同じ道を通ったが、少し人通りが減っているようだ。急がないと、三人でいること自体が目立ってしまう。
ノクリアはなるべく目立たないように、路地への曲がり角まで歩いていた。が、ふとエマへ掛けた支援魔法が切れそうになっているのを感じた。思ったよりも早かった。序盤で、脚力を上昇させる魔法に、魔力を使い過ぎてしまったのかも知れない。ノクリアは少し急ぎ足になった。エマもノクリアが急ぎ足になったのを感じたが、彼女に理由を聞く余裕はなさそうだ。まずは路地に入るところまで、何とか付いていこうと、歩調を合わせた。
同じ時、ヨナも、エマへの支援魔法が切れかけていることに気が付いた。このままでは路地の曲がり角まで保たない。ヨナは後ろからエマに対して支援魔法を掛けた。
ノクリアはヨナの支援魔法に気が付いて、少しホッとした。
そのまま、三人は無事に路地裏に入った。
「ヨナ、済まない。私の魔力では自分への支援魔法だけでもう精一杯だ。助かったよ」
「いえ、大丈夫です。僕の魔力はまだ……。あ、あれ? もう? すみません。ちょっと待って下さい」
ヨナは集中して魔法の詠唱をする。僅かに魔力が集まってくるのは感じるが、いつものように必要な魔力が集まってこない。何かがおかしい。『龍の爪痕』にいた頃には、こんなことはなかった。
「す、すみません。何か調子が悪いみたいです。あと少しで、エマさんへの支援魔法も切れてしまいそうです」
「ど、どうした? 魔力切れか?」
ノクリアが心配そうな声を出す。
「はい、多分。すみません……」
「分かった。どちらにしても、行くしかない。先を急ごう。エマ王女、すみませんが、ここからは少し走ります」
「大丈夫よ。王族たるもの体力は必要ですもの。走るくらい問題ないですわ」
三人は王都の外側の石壁に向かって走った。ヨナの支援魔法が切れかけているため、急がないといけない。三人はひたすら走った。もう少しで壁の下まで辿り着く。と、その時、後ろから声を掛けられた。
「ちょっと待て。そんなに急いでどこへ行く?」
振り向いてみると、騎士団の男が二人立っていた。三人の背中に嫌な汗が伝う。
「先ほど、石壁近くで不審者を見た者がいてな。今周囲を巡回してるところだ。すまないが、まずは名前と顔を確認させてくれるか?」
ヨナの支援魔法は切れかけている。三人の足音に気づかれ、寄ってきたところで発見されたのだろう。このまま顔を見せてしまっては、エマ王女であることがバレてしまう。
ノクリアは咄嗟に思考を巡らせたが、自分とヨナであれば何とか誤魔化せるが、どう考えてもエマ王女の顔を騎士団が見逃すはずがない。……これは非常事態だ。ノクリアは、ヨナに非常事態の合図を出した。ヨナがすぐにそれを察知して、すぐさま光魔法の詠唱を始めた。
「おい、そこの男。何をブツブツ小さい声で言ってるんだ。頭大丈夫か?」
ヨナは騎士団の男の『頭大丈夫か?』には、少しだけ腹が立った。
「これがいつもの僕ですよ。『光よっ』」
「おいっ、お前何をっ」
ヨナは男たちの上方に向けて光を放った。男たちは眩しさで視界を失った。
「今だ、走れ」
「はい!」
「あっ、おい。待て。逃げられるとでも思ったか」
少し走った後、振り返ってみたら、彼らの視力はまだ回復していないようだった。
「ヨナ、もう一発撃てるか?」
「えっ、そのくらいなら撃てますが、どうしてですか?」
「そろそろ、あの騎士団たちの視力が回復する頃合いだ。その追い打ちと、さっきの魔法をカルロたちが見逃しているかも知れないからな。その念のためだ」
「分かりました。ではいきます」
ヨナは、もう一度光魔法を放った。男たちは再び視界を奪われたが、周囲へ呼び掛けて、増援を呼び始めていた。増援に追い付かれてしまっては、お手上げだ。そのまま石壁まで急ぐ。
三人はなんとか、騎士団に追い付かれることなく、石壁の下まで辿り着いた。
「ヨナ、王女様を頼む」
「分かりました。エマさん、僕の背中に乗って下さい」
「分かったわ」
エマが、ヨナに背負われる形となった。ノクリアと一緒に石壁の上まで跳躍する。が、ノクリアは無事に石壁の上まで届いたが、ヨナとエマはまったく届かなかった。届かなったというよりも、脚力を上げる支援魔法までが完全に切れてしまって、その場で少し飛んだだけであった。
「えっ? もう僕の魔力が切れたの……?」
これはまずい。自分への支援魔法をかけるだけの魔力も、切れてしまったということだ。どうにかしなければならないが、どうしたらいいか思い付かない。このままではここを脱出できない。せめてエマだけでも、石壁の上に届けられたらいいが、魔力を込めようとしても、まったく反応しなくなってしまった。
「くそっ、どうしたらいい……」
「どうしたの、ヨナ? この程度で魔力切れかしら?」
ウィステリアだった。腰に手を当てて、石壁の上に立っている。光魔法を見て、助けに来てくれた。薄暗い石壁の下から見上げると、月明かりに照らされ、外套を風になびかせながら立っているウィステリアは、とても綺麗だった。これ程頼もしいことはない。ヨナはウィステリアに心の底から感謝した。
「ウィステリア、ヨナの魔力はもう尽きたのか?」
「ノクリアさん、ここまでありがとうございます。そうみたいですね。仕方ありません。私の風魔法で運びましょう」
「頼む、もうすぐ騎士団の増援が来るかも知れないんだ」
「分かったわ。ヨナ! しっかりとお姫様を捕まえておきなさいよ。『風よっ!』」
ヨナはウィステリアの風魔法に備えて、エマをしっかりと押さえた。
「エマさん、僕にしっかりと掴まっていて下さい」
「わ、分かったわ」
その瞬間、二人の体が宙に浮いて、瞬時に石壁の上まで辿り着いた。見事な風魔法だ。二人の人間をあっという間に運んでしまった。しかも体勢を崩すことなく。
何か騒がしいので街の方を見た。少し離れたところで、サーシャが風魔法を使って、追手を食い止めてくれているのが見えた。
「まずはここから降りるわよ」
ウィステリアがサーシャに何か合図をする。それと同時に、サーシャも風魔法で石壁の外側に降りて行った。ヨナとエマはウィステリアの風魔法で、静かに石壁から降ろしてもらった。ウィステリアの魔法はヨナのものとは段違いである。ヨナは、今回の作戦で魔力切れとなってしまった自分が少し情けなくなってしまった。
「ウィステリアー、無事に運べた?」
「何言ってるのよ、サーシャ。私を誰だと思ってるの?」
「はいはーい、天才魔法少女でしたっけ?」
「『少女』は余計なの!」
二人は相変わらず戯れあっていた。ウィステリアは普段から自信たっぷりだ。しかも、その自信に負けないだけの実力もある。いつもなら苦笑いしながら嗜めることのできる二人の掛け合いが、今のヨナには少し辛かった。自分は大して役には立たなかったという負の感情で、心が少し折れていた。
「とりあえず、走ってカルロのところまで合流するよ」
ノクリアの号令で皆が走り始める。一刻も早くここから離脱しなければまた追手が来るかも知れない。
「ヨナ、魔力の件だけど、私も……少しおかしいの」
走りながら、ウィステリアがヨナに話しかけてきた。
「おかしいって? 相変わらず見事な風魔法だったよ」
「さっき、二人を石壁の上まで運んだ時、実はちょっと苦しかったの。気を抜いてたら危なかったわ」
「えっ!? それ、どういうこと?」
「分からない。何でそうなってるか分からないけど、私の魔力ももうそんなに残ってないかも知れない」




