27 王女の脱出2
「あっ……」
「……っ!」
「す、すみまっ……んっ」
「ばか、大声を出すな」
ヨナが窓枠に躓いて、エマの胸に飛び込んでしまい、つい声を出しそうになってしまったところを、ノクリアがヨナの口を押えて止めた。ヨナは一瞬気が動転したが、ノクリアのお陰で何とか気を静めることができた。
エマは手を口に押えたまま、顔を赤くして震えていた。一瞬大声を出しそうになったが、今声を出してしまうとすべての計画が終わってしまう。そう思って、何とか堪えることができた。
それにしても何者だ、この男は。ノクリアの協力者だというからダークエルフかと思ったが、よく見たら人間だ。しかも不可抗力とはいえ、胸に飛び込んでくるとはなんて無礼な奴だ。
「エマ様、言いたいことが多くあるのは、重々承知しております。この男の処遇については無事に脱出できた暁に、ゆっくりお考えくださいませ」
「……んん」
エマはまだ口を押さえたまま、顔を真っ赤にしている。幸い今は夜である。顔を赤くしていることはノクリアやヨナには悟られていない。
「改めまして、紹介させて頂きます。この男は私の協力者でヨナと言う者です」
「は、はじめまして。え、エマ王女。先ほどは失礼いたしました」
ヨナはノクリアの少し後ろで、申し訳なさそうに肩をすぼめて落ち込んでいた。さすがに、大変なことをしてしまったと思っているのだろう。
エマは大きく深呼吸した。まだ少し胸の動悸が収まっていないが、少し落ち着くことができた。
「う、うん。それで、ノクリア。今さらだが、そのヨナという男は信用できるのかしら?」
「はい、実はこの男は、私が先日見かけた魔法使いなのです」
「なっ、……本当に?」
「はい、そして、彼は私と同じ支援魔法が使えます。確実に脱出するために、一緒に連れてまいりました」
「……ヨナ、と言ったわね」
「は、はいっ」
「あなたは、何者? 何で人間なのに魔法が使えるの?」
ヨナは、完全に委縮してしまっている。上手く答えられない。
「エマ様、それに関しても、今は話している時間はございません。それも後程ゆっくりとお話しさせて頂きます。ヨナは、先程は粗相をしてしまいましたが、信用できる男です。私が保証いたします」
「ノクリアがそこまで言うなら、仕方ないわね。ヨナ、あとで、じっくりお話を聞かせてもらうわ」
「は、はいっ」
ヨナには肯定する以外の選択権はない。
「エマ様、早速行きましょう。幸い、まだ誰にも気づかれておりません。ささっ、これを羽織って下さい。靴もこちらで用意しております」
「ありがとう、ノクリア。いろいろ助かるわ」
ノクリアは事前に準備していた、この国民が多く身に着けている羽織と靴をエマに渡した。
「では、行きましょう。最初は私が支援魔法をお掛け致します。私の魔法は途中で切れてしまうため、その後は、このヨナの支援魔法で繋ぎます」
「分かったわ。頼みます」
王都の外壁から、少し離れたところにある小さな丘。その陰に隠れている者たちがいた。カルロ、ウィステリア、サーシャである。彼らは、ノクリアとヨナが無事にエマを連れてくるまで、ここで待機することになっていた。
もし何か非常事態が起これば、光魔法で知らせるとのことになっている。だが、それ自体が騎士団に自分たちの居場所を知らせることになるから、諸刃の剣になるため、本当の非常事態だけだ。
「ウィステリアー、何も起きないね」
「何言ってんのよ、まだヨナたちが行ったばかりじゃないの」
「サーシャ、落ち着け。時間的には早くてもまだ王宮に着いた頃じゃないか」
カルロは寝転んで夜空の星を眺めながら、落ち着いている。サーシャは暇を持て余していた。
「カルロさん、前から気になってたんですが、聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「爪痕の剣士たちは何であんなに強いんですか?」
「……どういうことだ?」
「いや、どう考えても、みんなエクレルよりも強いし、ほら、黒の騎士団たちも軽くあしらってたじゃないですか。エクレルは見た目は弱そうですけど、王国の中では腕は立つ方だったみたいですよ。まあ、エクレルの言うことを信じれば、の話ですけど」
「……あんた、ちょっとはエクレルのこと王子様扱いしなさいよ」
ウィステリアがサーシャに突っ込みを入れる。
「俺たちは、小さい頃からずっと剣士になるために訓練してきたからな。まあ、魔法の才能がないから剣士になるしか道がなかったって言う方が、正確かな」
「カルロさん、そんなこと言わないで下さい。魔法の才能が、魔法士が凄いという訳はないですよ。カルロさんみたいな強い剣士がいるから、魔法士たちは安心して戦えるんです。魔法士のみんなは、剣士のことを尊敬してるんです」
「ああ、すまない。ウィステリア。そんなつもりではないんだ。謝るよ。でも……さっきのは、族長にも怒られてしまうな。反省した」
「それで、王国とは違う厳しい訓練をしてきたから、ですか?」
サーシャが話を先に促す。
「王国の奴らがどんな訓練をしてきたか知らないが、単なる実践不足じゃないか。俺たちはしょっちゅう魔獣や動物狩りをするからな。あの狭い場所で相手するのは骨が折れるんだよ」
「なるほど、野生の魔獣で鍛えられた剣士か。実践が少ない王国の兵士たちでは手に負えない訳だ」
「そもそも、剣士たるものはだな……」
カルロが話を続けようとしていたが、サーシャは自分の興味のあることが聞けたので、カルロの話は適当に流していた。
そして、サーシャはまたヒマを持て余した。
「ねえねえ、ウィステリア」
「なによ、また変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「ひっどーい。私がいつ変なこと考えたって言うのよ」
「……正直に答えてもいいのかしら?」
「……いや、何かちょっと思ったんだけど。エマ王女って綺麗な人なのかなって?」
ウィステリアの体がピクッと何かに反応したように動いた。
「ほら、だって。お姫様でしょ。年はヨナと同じ年ってノクリアさん言ってたよね? ほら、危険を冒してまで、自分を連れ出してくれる王子様が現れた、的な? そんな状況にお姫様もちょっとドキッてしたりして? なーんて思ったんだよねー」
ウィステリアの様子が何かおかしい。体がぶるぶると震え始めた。
「『まあ、素敵な殿方。私を外に連れ出して』、『僕と一緒に来る勇気はあるかい?』なーんてやり取りがあったとしたら、面白くない?」
サーシャが追い打ちをかける。ウィステリアの様子がおかしいのに、カルロが気が付いた。
「お、おい、サーシャ、いい加減にしないと……、お、おいウィステリア、どこへ行く」
「決まってるじゃないですか、ヨナを誘惑しようとしてる女を始末するためよ」
「お、おい、落ち着け」
カルロが腕を掴んで、ウィステリアを必死で止めるが、体が引っ張られて止められない。なんて馬鹿力だ。その小さい体のどこにそんな力があるというのか。
「お願い、行かせて! このままではヨナが、ヨナがー……」
「おい、サーシャ! お前、この状況を何とかしろ。おいっ、聞いているのか。お腹抱えて笑ってる場合じゃないぞ、おいっ、こら」
と、そのとき王都の中で、何かが光ったような気がした。三人は気のせいか、と思ってその方向へ目を凝らしていたが、少し経つと、また同じ場所で何かが光ったのを確認した。
「まさか、ヨナっ!! 『風よ、飛ばすわよ!』」
カルロが少し手の力を緩めた隙に、ウィステリアが風魔法で飛んで行ってしまった。
「お、おい、ウィステリア、待て!」
カルロの声は聞こえるはずもなく、ウィステリアはそのまま飛んで行ってしまった。
「サーシャ、追いかけてくれ! そして、何とか上手く収めてきてくれ」
「えー、何か指示が大雑把な上に、丸投げって。それってどうなんですかー」
「早く行け。ウィステリアがああなってるのは、お前の責任ではないのか」
「うっ。はーい」
「俺はこのまま真っ直ぐ行ったところの外壁近くにいる。頼んだぞ」
サーシャも、風魔法でウィステリアの後を追いかけた。




