23 エルフとの出会い
『龍の爪痕』で戦闘が行われている頃、ヨナたちはようやく、エストーレ王国の王都の近くまで辿り着いたところであった。
「や、やっと、着いたわね」
ウィステリアが、万感の思いを込めた感想を吐き出した。
「そうだね、いろいろ寄り道しちゃったから余計に日数かかっちゃったね」
ヨナたちは森を抜けたあと、まっすぐエストーレ王国に来たわけではなかった。サーシャの方向音痴は筋金入りで、途中、かなり寄り道をしてしまった。その寄り道先の人から、正確な位置情報を教えてもらい、やっと正しい道に戻ることができた。
「今夜はここで野営だな」
「えー、せっかく文明があるところまで来たんだよ。宿に泊まろうよー」
カルロの提案にサーシャが噛み付く。
「おい、お前は面が割れているだろう。見つかったら即座に兵士に囲まれるぞ。そもそもどうやって王都に入るんだ? 俺たちはどう考えてもよそ者だろう。夜に紛れて侵入するしかないんだが」
「うっ、そこまで正論を言われると......」
「この丘を下った先に小さな川があっただろう。その辺りで野営の準備だ」
「ふぇーん、ヨナー。カルロにいじめられたよー」
サーシャがいつもの泣き真似をしながら、ヨナの腕を掴んだ。カルロは完全に無視している。もう慣れたのだろう。
「はいはいはいはい、サーシャさん。つまらない演技してないで、とっとと行くわよ。そして、ヨナから離れなさい」
川の近くは小さな雑木林があって、野営にはもってこいの場所だった。全員で野営の準備を始める。もう慣れたもので、特に困ることもない。
旅を始めて、もう五日目だ。食事ができあがり、みんなで食べ始めると、おもむろにウィステリアが提案してきた。
「ねぇ、カルロさん。そろそろ、水浴びしたいんですけど、いいかな?」
旅を始めてから、一度も水浴びをしていないことに全員が気が付いた。
「そういえば、私たち、ちょっと臭うかも?」
「あっ、こら、サーシャ。私の匂いを嗅ぐんじゃない」
「そう言えば、今回はずっと水浴びをしていないな。ここは川もあって、水の流れも穏やかだから、大丈夫だろう」
「いいんじゃない。僕とカルロさんは後からするから、ウィステリアとサーシャの二人で先に浴びておいでよ」
「やったー。サーシャも一緒に浴びよう」
「えー、私ヨナと一緒に浴びたいなー」
「あんたは、そうやってさり気なく変なことを言わないの」
ウィステリアとサーシャが水浴びに行っている間に、ヨナとカルロで食事の片づけをする。
「ヨナ、サーシャのこと、どう思う?」
「えっ、カルロさんまで、変なこと言わないで下さいよー」
「あっ、いや。そういう意味ではないんだが。あいつの強さの秘密についてだ」
「ああ、そうでしたか、いつもの癖でつい」
「あの二人と一緒にしないでくれると助かるんだが」
「すみません。サーシャですよね。僕も正直分からないんです。でもあの身のこなし、 魔法、どれをとっても普通の女の子じゃないですよね」
「ああ、旅をしてみてそれがよく分かった。魔法は、ウィステリアの方が断然上だ。剣や格闘に関しては、俺やヨナ程ではない。だが、明らかに平均以上の力を持っている。ではなぜあんなことができる人間が『龍の爪痕』の外にいたのだと思う?」
「それも、不思議ですよね。――でも、そもそも僕たちが魔法を使えることも、不思議なんですよね。自分たちでは普通だと思っていたのに、そうじゃない人たちからしたら、僕たちが変なんですよね。なんかそれも変ですよね」
「......そうだな。まあ、でもあいつは性格には難があるが、いい奴だからな。記憶も失くしているみたいだし、しばらくは様子を見るしかなさそうだな」
「……はい。そうですね」
ヨナとカルロがそんな会話をしている間、ウィステリアとサーシャは水浴びを楽しんでいた。
「ああっ、生き返るっ。汚れが落ちるわー」
「ちょ、ちょっと、私が下流にいるんだからね、あんたの汚いものをこっちに流さないでよ」
「あらー、ウィステリアちゃん。照れてないで、もっとこっちに来て一緒に洗いっこしようよ」
「はぁ、あんた何言ってんの? 嫌に決まってるでしょ」
「ちぇ、残念。もしかして、私に触っていいのはヨナだけって決めてるとかー?」
「ば、ばか言ってんじゃないわよ。早く洗って上がるわよ」
「そうだ。ヨナたちと交代したあと、ヨナが水浴びしてるとこ、一緒に覗こうか?」
サーシャが魅力的な提案をしてきたものだから、ウィステリアは一瞬サーシャの案に心が動かされそうになった。が、ギリギリのところで耐えた。
「覗くわけないでしょ!」
「あら、顔赤くして、可愛い」
「ほらほらほら、さっさと体拭いて、服着るわよ」
ふと、人の気配を感じた。と、同時に、その気配の主が木の上から何かを投げてきた。二人は無防備な状態だったため、反応が一瞬遅れた。
「危ない!」
ヨナが来て、風魔法で投げられたものを落とした。どうやら、投げられたものは小さい刀のようなものだった。と、同時に声の主は呻き声を上げて、木から落ちた。相手がこちらに気を向けていた隙に、カルロが一撃を入れたようだ。
「ウィステリア、サーシャ、大丈夫? あっ....」
二人が無防備な格好のままだったので、ヨナは固まってしまった。
「あ、あの......」
何もできずに立ち尽くしていると、ウィステリアの土魔法で無数の石が飛んで来た。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ、ヨナのばかばかばかばかー」
「いてて、痛い、いたっ、痛いよ、ウィステリア。ごめんって」
「早くあっち向いて、さっきのやつを捕まえておいてよね。覗かれてたかもしれないんだから!」
「は、はいっー、行ってきます」
ヨナはウィステリアに追い立てられるように、その場を離れた。ウィステリアが顔を真っ赤にして怒って、いや照れている様子を見て、サーシャはにやりとした。
「よかったじゃない、ヨナに見てもらえて」
「うるさい! 早く服着るわよ。さっきの奴、とっちめてやらなきゃ」
「はーい」
ヨナがカルロのところへ戻ると、先程の不審者は既にカルロによって捕えられていた。
「カルロさん、さっきはありがとうございました」
「ああ、こっちは大丈夫だ。それより、ヨナ。お前は大丈夫か? 体中に痣ができてるぞ」
「ああ、これはさっきウィステリアにやられちゃって」
「ウィステリア? あいつにしては珍しいな。的を外すとは」
「いやー、ばっちり命中したと思いますよ......はぁ」
「そんなことより、ヨナ。こいつ......」
カルロが捕まえていたのは女だった。髪は長くて、肌の色は薄い褐色だ。そして、特徴的な長い耳をしていた。
エクレルから聞いたことがある。この人はエルフだ。




