9 戻って来た日常
トラッシュが色んな意味で、「嘆きの塔」を去ったことで、俺の平穏な日常が帰って来た。
今日もいつも通り、朝の見回りを行い、勤務に就く。しばらく中止にしていた三人との食事も再開した。
リオネッサ将軍が言う。
「センパイは大活躍だったらしいな?」
「そ、そうでもないですよ・・・」
「礼を言う。実はアイツの被害者の中には、私の部下の娘もいたのだ。最悪、切り殺してやろうと思っていたがな・・・」
冗談とも本気とも取れるようなことを言う。
「それと話は変わるが、センパイはベットの上ではネコのように振る舞う女が好みなのか?」
「そ、それは・・・捜査のため仕方なく・・・気を引こうと・・・」
俺がしどろもどろになっていると、クマーラさんが会話に入ってくる。
「将軍様、センパイはどんな女でも大丈夫だよ。対応力もスキルもあるからね。私が保証するよ」
「ほう・・・」
「クマーラさん!!余計なことは言わないでください!!」
いつも通り、フィオナ嬢は真っ赤な顔をして俯き、閣下は笑いを嚙み殺している。
「だったらセンパイ。早速、鍛錬をしよう。いいな?」
「その件ですが、今日は終日、将軍に軍の関係者から面会が入っております」
「む・・・仕方ない。今日はしっかりと素振りをしておくように。体力強化訓練もな」
「は、はい・・・」
朝食を終えるとすぐにリオネッサ将軍の面会が始まり、ミケがフィオナ嬢に面会でやって来た。
「どうしたんだ?昼食までは、かなり時間があるぞ」
「今日は貴族学校の試験の関係で来たニャ。いつでも食事目的ではないニャ」
フィオナ嬢が言う。
「そういえば、定期試験の時期でしたね・・・」
「そうだニャ。フィオナにもレポート課題を持って来たニャ」
フィオナ嬢はまだ、貴族学校に籍がある。
刑が確定していないことがその理由だ。噂では自主退学を勧められているようだけどな。
因みに貴族学校では、試験を受けなくてもレポートを提出すれば単位は取得できる。
というのも、帝都から離れた領地の学生などは、諸事情により貴族学校に通えなくなることも多々ある。貴族学校への入学は、貴族の子弟の義務だから、それに配慮する形だ。領地が危機的状況の時にのんびり学校になんて通えないからな。
まあ、「嘆きの塔」に収容されているフィオナ嬢のようなケースは、かなりレアケースだと思うけど。
「ということで、センパイにも手伝ってもらうニャ。勉強を教えつつ、お菓子も用意してもらうニャ」
「なぜ、俺がそんなことをしなきゃいけないんだ?これでも忙しいんだぞ」
全くそんなことはないけど・・・
「それは契約不履行があったから、その埋め合わせをしてもらわないといけないニャ。契約では3ヶ月に一度、新メニューを提供することになっているニャ。こちらとしては、契約を破られた形になっているのニャ」
「そ、それは・・・かなり大変だったんだぞ!!厄介な奴が来て・・・」
「言い訳は聞きたくないニャ」
そういえば、トラッシュのことがあって、すっかり忘れていた。
「チッ・・・仕方ない。教科書とノートを見せろ。それと担当教授が誰かも教えろ。とにかく短時間で終わらせるぞ」
「流石先輩だニャ。それと昼食はサンドイッチにしてほしいニャ。それくらい時間がない危機的な状況ニャ」
「相変わらずだな、ミケは・・・」
こう見えて俺は勉強が得意だった。
前世の知識もあるし、「マルチタレント」のジョブもある。記憶力もそこそこあるけど、試験の傾向を分析することも得意だった。
そういえば、学生時代もフィオナ嬢やミケに試験勉強を教えていた気がする。
試験勉強は夕暮れまで続いた。
フィオナ嬢が俺とミケを見て言う。
「懐かしいですね・・・2年前を思い出します・・・」
「そうだニャ。センパイがいれば、ギリギリの状況でも何とかなると思ってしまって、試験前はいつもこんな感じになっていたニャ」
「それはミケだけだろ?」
ツッコミを入れつつ、試験の予想問題を作成していく。
俺の試験予想問題の的中率は約7割だ。落第ラインが100点満点中、概ね40点~50点だから俺の言ったとおりやれば、まず落第することはない。
ただ、1科目だけ全く予想がつかない科目があった。それは帝国史だ。
「センパイ、どうしたのかニャ?」
「ああ・・・この帝国史は曲者だぞ。多分、落第する奴が多く出るだろうな。例年と全く異なる問題が出ると思う」
「センパイでも予想は無理なのかニャ?」
「予想もつかないというのが本音だ。帝国史については力になれそうもない」
「そこを何とかならないのかニャ?」
「厳しいな・・・」
そうは言いつつ、ミケのノートを見ながら授業内容を聴取していく。ミケのノートはミミズが食中毒を起こしたような字が乱雑に並んでいて、解読にはかなりの時間を要した。
「やっぱり予想問題を作るのは無理だな。多分、帝国の建国以前の歴史についての問題が出題されるだろう。もうここまでいくと、帝国史と言うよりは古代史だな」
帝国は来年、建国1200年を迎える。
例年は「建国当時の英雄譚」や「如何に歴代皇帝が素晴らしかったか」などの問題が出題される。出題される問題もほぼパターン化されているので、学生としては、楽な科目の一つだという認識だ。まあ、プロパガンダみたいなものだ。一説によると建国時に不都合な書物は燃やし尽くしたという都市伝説もあるしな。
だから、建国以前の歴史についてはあやふやな点が多い。
「そういうことで、あまり力になれそうにはないが、できることはしよう。どんな教授がどんな授業をしていたんだ?」
「レントンという少しボケたお爺ちゃんの先生だニャ。この先生が曲者だニャ。眠りの魔法の達人で5分と持たずにみんな夢の中ニャ」
俺の知らない教授だ。
「それって、魔法じゃなくただお前が怠け者なだけだろ!?」
「魔法じゃないかもしれないけど、確実に何か裏があるニャ。だって授業は決まって昼食後だし、夢の中に誘われるのは、私だけじゃないニャ・・・」
眩暈を覚えた俺は再度、ミケに質問する。
「とにかく、今覚えていることを言ってみろ。そこから分析しよう」
「あまり覚えていないニャ・・・帝国ができる前は今では絶滅したと言われている魔族や亜人なんかが、楽しく暮らしていたとか言っていたニャ」
「もうそれは神話の話だろ?悪いが俺には無理だ」
「そ、そんな・・・」
そんな時、俺たちのことを微笑ましく見ていた閣下が会話に入ってきた。
「レントンか・・・まだ生きていたのだな・・・」
「生きてはいるけど、半分死んでいるようなものだニャ。偶にヤバいことも言っているニャ。『このままでは帝国は滅びる』とか言っていたニャ。完全にボケているニャ」
おいおい・・・そんな奴を教壇に立たせていいのか?
「そうか・・・相変わらずだな。では、「古代神話集」の3巻辺りを読むといい。図書館にあるだろう」
「センパイでも無理なら、それに頼るしかないニャ・・・」
ますます閣下の謎が深まった。
何でそんなことが分かるんだ?「古代神話集」までは分かるとして、そこまでピンポイントで予想できるわけがない。
まあ、詮索するのはよそう。
刑務官の俺には関係ないことだ。
その後の話をすると、ミケは無事、試験に合格したそうだ。
ミケによると帝国史は大量の落第生が出たようだ。閣下の予想は的中し、何とミケは帝国史でトップの成績を取ったらしい。
まあ、俺には関係ないけどな。
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