8 厄介な囚人 2
深夜、俺はトラッシュの居室を訪ねた。
「旦那。起きてくださいよ」
「・・・何だ?」
「昼間は失礼しました。まずはこれを・・・」
俺はトラッシュに安物のワインを手渡した。
「ほう・・・分かってるじゃねえか」
「昼間はすみませんでした。一緒にいるジジイがうるさいもんでねえ」
「ところで何のようだ?」
「実は捌いてほしい女がいましてね・・・」
俺は訳知り顔で言う。
「どんな女だ?」
「それなりの身分で、気の強い女です。ベッドの上ではネコのようになるんですよ」
「おい!!もしかして・・・」
「多分、旦那も知っている女ですよ・・・」
「お前、何者だ?」
「しがない刑務官ですよ。でもちょっと小遣い稼ぎをしたくてね」
トラッシュは完全にリオネッサ将軍のことだと勘違いしている。
まあ、そう仕向けたのは俺だけどな。
「流石に会ったばかりの奴には・・・」
「そうですか・・・だったらこちらをどうぞ」
今度はトラッシュにそこそこいい火酒を手渡す。
「これでどうですか?この話に乗ってくれたら、それ相応の扱いを保証します。それにあの方の許可はもらっていますしね」
まあ、あの方が誰なのか、俺にも分からないが・・・
しばらく考えたトラッシュは言う。
「じゃあ、明日の晩に英雄通りの「スレイバー」という酒場を訪ねてみな。「スラッシュ」の代理で来たと言えば、通してくれるだろうさ・・・」
トラッシュの偽名がスラッシュって・・・
そこからは酔いの回ったトラッシュから、上機嫌で聞くに堪えない話を延々と聞かされた。
「この前攫った女は、ケツにでっかいホクロがあってな。あれで一気に冷めて、馬車から蹴り落としたんだ・・・」
多分、直近に被害に遭った男爵令嬢のことを言っているのだろう。
捜査資料にそのようなことが記載されていた。
「一番興奮したのは、ヤリながらエルフの長耳を切り落とすことだ。恐怖に怯え、泣き叫んでいるのは興奮するし、何より締まりが違うんだ・・・まあそれからスラッシュと呼ばれるように・・・」
本当に聞くに堪えない話だ。
俺はトラッシュの火酒に眠り薬をこっそりと入れる。
「まあ旦那、飲んでください」
「悪いな・・・」
すぐにトラッシュは、いびきをかいて眠りに落ちた。
★★★
別室で待機していたルートナー伯爵にトラッシュとの会話を録音した魔道具を手渡す。
別室にはルートナー伯爵だけでなく、捜査局の人間も数人待機していた。
なぜかって?
俺は捜査に協力していたからだ。
ルートナー伯爵が言う。
「センパイはこちらの方面にも才能があるようじゃな。儂から捜査局に推薦してやろうか?」
「それはやめてください。安定した生活ができなくなります」
「才能の無駄遣いとはこのことじゃ・・・あの時、センパイのような部下がいれば、今頃儂は宰相に・・・」
ルートナー伯爵に捜査局の捜査員が報告する。
「裏付け捜査の結果、ほぼ間違いありません。ご協力感謝いたします」
捜査局の関係者たちは去って行った。
次の日は久しぶりに平穏だった。
酒の所為か、薬の所為かは分からないが、日中ずっとトラッシュは寝ていたしな。もしかしたら、薬の分量を間違えたのかもしれないけど・・・
その日の夜も同じようにトラッシュの相手をした。
酒を飲ませ、酒に眠り薬を混ぜる。少しトラッシュの相手をしたらすぐに寝た。
そして3日後、上司がやって来た。
「お疲れ様です。管理官」
「頑張っているようだね?そんな君に休暇をやろう。今日の夜は久しぶりに実家にでも帰ってあげなさい」
「心遣い感謝します」
「だが、翌朝はきちんと出勤するように。遅刻は許されないからね。この意味は分かるね?」
今日の夜は、ここから離れていろ。但し、翌朝はきちんとやることはやれという意味だろう。
俺は上司の指示に従った。
実家には帰らず、貴族学校の同期の家に泊まったけどな。
次の日、出勤していつも通り朝の見回りを行う。
どういうわけか、上司もルートナー伯爵も捜査局の関係者も待機していた。聞いたところ、監査だという。
いつもの三人に異常はなかったが、トラッシュの居室をノックしても返事はなかった。
鍵を開けて中に入る。トラッシュは床に泡を吹いて倒れていた。
「た、大変です!!すぐに治療師を!!」
慌てた様子で上司とルートナー伯爵がやって来る。
「こ、これは・・・」
「もう息がない。どんな治療師でも助けることはできんな」
「仕方ありませんね・・・センパイ、発見報告書を早急に作成し、提出するように。私は刑務局長に報告に行く。後の処理は任せたよ」
手際よく、捜査局の人間が居室に入って来る。
もうここまでくれば分かるだろう。トラッシュは処理されたというわけだ。
ここからは小耳に挟んだ話だ。
トラッシュの実家ガベージ侯爵家は、有力貴族でその権力を使って捜査妨害を繰り返していたようだ。そのため、ずっと容疑者としてトラッシュをマークしていた捜査局だが、手が出せずに被害者が増えていくばかりだったそうだ。
そんな状況で、被害に遭ったのが男爵令嬢だった。流石に貴族が被害者だとガベージ侯爵家でも、もみ消せなかったようだ。
拘束後も犯行を否認し続けていたトラッシュだったが、俺が供述を引き出したことで、事件は解決する。
つながりのあった人身売買組織も一網打尽にしたそうだ。それで実家のガベージ侯爵家もトラッシュを諦めたようで、「名誉ある死を」との意向を伝えたという。
トラッシュの居室から発見された遺書(まあ捏造されたのだろうけど)には、犯行を仄めかす内容が記載されていた。
犯罪者とはいえ、法律を無視して、勝手に殺していいのか?
人権はないのか?
そんなことを思わないでもない。
ただ、俺は平穏な日常が戻ってきたことに、喜びでいっぱいだった。
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