7 厄介な囚人
半年も勤務すると、ペースが確立される。
同じことを同じように繰り返す。なんて素晴らしいんだろうか?
こんな生活を馬鹿にしていた前世の俺を殴ってやりたい。
そこそこの給料とストレスのない仕事、飯は旨いし、それに家賃の掛からない寝床もある。何の不満があるだろうか?
本当に仕事は楽だ。訳あってリオネッサ将軍と訓練をしているが、本当なら何もせずにここにいるだけでいい仕事だ。あまり自由はないけど、掃除なんかは週に2回専門の清掃員が来てくれるし、被収容者の入浴も専門のスタッフが来てくれるので、本当に何もすることがない。俺の前任者のルートナー伯爵のような、やる気に満ち溢れた人にとっては、地獄のような環境だろうけど。
まあ、俺にとったら天国だ。
こんな日々がずっと続けばいいのに・・・
★★★
人生はそんなに甘くなかった。
ある日、「嘆きの塔」に俺の上司とルートナー伯爵がやって来た。
「管理官、それにサイショウさんまで・・・一体どうしたんですか?」
「少し困ったことになってね。詳しくは別室で話そう」
因みに「サイショウさん」というのは、ルートナー伯爵のここでの呼び名だ。俺の「センパイ」みたいなものだ。刑務官はその職業柄、恨みを買いやすい。なので、お礼参りに遭わないように素性を隠す意味でも、こういった風習があるようだ。まあ、今では形骸化しているけど。
「実は新たにお客さんが収容される。かなりの凶悪犯だ。詳しくは資料を見てくれ」
「分かりました」
「当面は、サイショウ殿と二人体制だ。くれぐれも問題を起こさないように頼むよ」
「はい」
そう言うと上司は、足早に去って行った。因みに「お客さん」も被収容者の隠語だ。
残されたのは、俺とルートナー伯爵だった。
「センパイよ。儂は引退した身じゃ。メインの担当はお主じゃから、しっかりやれよ。まあ、サポートはするがな」
「はい、サイショウさん」
とりあえず、上司に渡された資料を読み込む。
かなりの凶悪犯だった。罪状は連続婦女暴行だ。そういえば帝都で、そういった事件が多発しているという話を聞いたことがあったな・・・
更に資料を読み進めていく。
資料によると、今回収容されるのはトラッシュ・ガベージ。ガベージ侯爵家の次男で札付きの素行不良者だ。年齢は30歳。夜な夜な町に出て女性を物色、配下の者と共に女性を攫い暴行する。まさに鬼畜の所業だ。
事件発覚の経緯は3日前に被害に遭った女性がお忍びで町に出ていた男爵令嬢だったらしく、夜会で何度か見かけたことのあるトラッシュを覚えていて、男爵令嬢の証言により拘束されたそうだ。現在のところ、容疑を否認しているようだ。
「本当にクズですね・・・」
「そう言うな。ここにいる間は、刑は確定しておらん。口は慎んだほうがよいぞ。それに冤罪かもしれんしのう」
フィオナ嬢やリオネッサ将軍のパターンもあるしな・・・
昼過ぎに件のトラッシュがやって来た。
小太りで、下品な顔をしている。顔だけなら、間違いなく有罪だ。それに態度も最悪だ。
「おい、お前。どこの家のもんだ?」
「規則で、答えなくていいことになっています」
「どうせ、名乗ることもできない木っ端貴族だろ?」
「そうでないかもしれませんよ。こう見えて私は主任ですからね」
完全なハッタリだ。
でも一定の効果はあったみたいだ。
「ちっ・・・まあいい。早く部屋に案内しろ」
★★★
トラッシュを収容して3日が経過した。ストレスで死にそうだ。
それは俺だけに限ったことじゃない。元から収容されている三人もだ。理由はトラッシュの所為だ。昼夜関係なく喚き散らすし、暴言を吐きまくる。
「おい!!スペンサー家のご令嬢様は、アバズレらしいな?ヤリたくなったらいつでも言えよ。相手してやるぞ」
フィオナ嬢が無視していると、今度はリオネッサ将軍にも飛び火する。
「大将軍様は、夜のほうはどうなんだあ?ネコのように甘えてくるのか?」
「き、貴様!!殺してやる!!」
俺はすぐにトラッシュを制止する。
「口を慎め!!懲罰房にぶち込むぞ!!」
「お前、そんな口をきいていいのか?お前がサンドル子爵家の三男だって分かってんだぞ?俺が一声かけりゃ、イチコロだぞ」
「うるさい!!とにかく黙れ」
もうこんな事がずっと続いている。
俺の平穏な日々を返してくれ・・・
流石の俺も愚痴を言いたくなる。
「サイショウさん・・・一体、いつまでアイツはいるんでしょうか?」
「聞いた話だと、捜査が難航しているようじゃ。何でも人身売買組織とのつながりもあるようじゃ」
「ってことは、かなり長くここにいるってことですか?」
「そうなるじゃろうのう・・・」
俺は絶望した。
「じゃが、すぐに出て行ってくれる手がないわけではない」
「それって、何ですか?できることなら、何でもしますよ」
「それはじゃな・・・」
俺はルートナー伯爵の案を採用することにした。
それほど限界だった。
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