20 フィオナの逆襲 2
フィオナ嬢が落第しそうな科目は帝国史だった。
授業を受けた生徒全員を夢の中に誘うというよく分からない教授の科目だ。教授の情報は全く得られないし、ミケもそうだがフィオナ嬢も寝落ちしたらしい。
帝国史は伝統的にサービス科目だ。
帝国史の授業は試験の1ヶ月前から行われる。それに授業回数も少ない。多くて5回、少ない年は2回の時もある。今回も2回だそうだ。
なので、授業に出てちゃんと話を聞いていれば、まず落第することはない。それに出題される問題もパターン化されている。
でも今年は全く違うようだ。
俺はとりあえず、閣下に聞くことにした。
「閣下・・・少し相談が・・・」
「センパイにしては珍しいな。聞くだけは聞く」
「ありがとうございます。最終試験の帝国史の件で・・・」
俺は一通り、事情を説明した。
「我が助言できることは一つ。センパイもその授業とやらを受けてみてはどうだ?」
俺はこのアドバイスに従うことにした。
★★★
学生に変装して、貴族学校に潜入する。帝国史の授業を受ける前にフィオナが業務委託している勉強が得意な学生に話を聞いたが、全員が寝落ちしたという。余程、授業がつまらないのか?
そんな思いを抱えながら、俺とミケとフィオナ嬢で教室の最後尾の席に着いた。
よぼよぼの小柄で、頭の禿げ上がった老人が教壇に立つ。目の焦点が合っていないし、生きている感じがしない。
「それにしてもこの教室は寒いのう。年寄りにはこたえる。まずは温度を上げんといかんな・・・」
そういうと教授は魔道具で室温を上げた。
昼食後にこんなことをしたら、大抵の学生はすぐに夢の中だろう。もうすでにウトウトしている学生もいる。
「それでは今期最後の授業を始めるかのう。試験もあるし、しっかりと聞くようにな。因みに前にも言ったが妾・・・ではなく、儂がこの学び舎に来るのは10年に一度じゃ。諸君らとは、もう会うことはないじゃろう。また縁があればどこかで、また会えるかもしれんが、その可能性も低い。この国はもう滅びるからな・・・」
いきなり、意味不明な危険思想を話始める。
もうすでに半分の学生が夢の中に誘われている。俺たち三人は昼食を抜き、眠気防止のポーションを飲んでいるので、まだ余裕だ。
「ほう・・・今期の学生は頑張るのう。では早速、本題に入るとしよう。こちらも気合いを入れんとな・・・」
そう言ってすぐにほぼ全ての学生が眠りに落ちた。
どう考えてもおかしい。
「も、もう限界だニャ・・・」
「どうしてでしょう?私も限界かもしれません」
ま、まさか・・・
俺はミケとフィオナ嬢の口に精神攻撃耐性を高めるポーションを突っ込んだ。そして俺自身もポーションをがぶ飲みする。
「どういうことですか?」
「あの教授は話しているフリをして、精神攻撃の魔法を掛けているんだ。それも無詠唱で」
「確認してみます。えっ・・・」
フィオナ嬢は一流の魔導士だ。魔力の流れが分かるし、タネが分かれば自分の体に魔力を流して対処できる。学生の中にもそれなりの魔導士も多いが、不意打ちされたら、どうしようもない。誰も授業している教授がステルスで魔法を掛けてくるなんて、思いもしないからな。室温を上げたり、午後一番の時間帯にしたのも、すべては偽装なのかもしれない。
俺も同じように体に魔力を巡らせ、魔法が使えないミケにはマジックバリアの魔法を掛けてやった。
「やっぱりおかしいと思ったのニャ。私は正しかったニャ」
「信じられないけど、そうみたいだな。それにしても目的は何なんだ?」
教授は構わず、話を続けていた。
「ここ最近の皇族は馬鹿ばかりじゃ。まだ現皇帝は、試験で言えばギリギリ落第しないレベルじゃが、皇太子をはじめとした若い皇族は馬鹿の集まりじゃ。もうこの国に未来はない。この授業は帝国史じゃが、帝国史自体が嘘で塗り固められた虚構の歴史じゃ。神話や言い伝えのほうが遥かに真実を伝えておる。このように話してはいるが、誰も聞いておらんじゃろう。お前らもみんな馬鹿じゃ。馬鹿に付き従う大馬鹿者じゃ・・・」
フィオナ嬢が小声で言う。
「これって授業なんでしょうか?それにこんなことを公の場で言えば、処刑されてもおかしくありません」
「年寄りのストレス解消じゃないのか?それで学生たちを大量に落第させて嫌がらせしようと思ってるんじゃないのか?」
「そう思うニャ。10年に一度と言っていたから、もうやりたい放題だと思うニャ」
そんな時、教授の焦点の定まらない目が、こちらを見つめていた。
「ほう・・・今期は馬鹿ばかりではなさそうじゃな。なるほど・・・ポーションとマジックバリアか?」
俺たちが答えないでいると、教授は話を続けた。
「では授業らしいことをしようかのう。これから言うことは試験にも出るし、今後、諸君らの人生に役に立つかもしれん。「古代神話集」で言うと4巻の50ページ付近じゃな・・・」
ミケが必死にメモを取っている。
本当に信じていいのか?
そこからはまともな授業だった。
話自体も面白く、興味を惹かれる内容だった。要約すると魔族の女王が様々な問題に対処して国を発展させていくという話だった。種族間の価値観の違いや宗教の違いに苦労しながらも、平和で豊かな国を築いていく過程は、今後国の中枢で国を動かす者にとっては、かなり参考になる話だと思う。
「領地経営の参考になりますね」
「商会の経営にも応用できる点もあるニャ」
もちろん、領地経営にも生かせるし、商会の運営にも生かせるいい話だと思う。
まあ、今後刑務官としてのんびり暮らす俺には、特に関係ない話だけど。
有意義な授業も終わりを迎える。
終業のベルが鳴った。ほぼ全ての学生が目を覚ました。
「もうこんな時間か・・・時が経つのは早いのう。では賢明な諸君らに褒美をやろう。「帝国史大全」の第4巻の50ページ付近をよく読んでおくように。儂から言えるのは、それだけじゃ」
教授が教室から出ると、多くの学生が走って教室から出て行った。
図書館で「帝国史大全」の第4巻を借りるためだろう。その中にはミケもいた。
「おい、何でお前まで行こうとするんだ?あの教授は意図的に「古代神話集」と「帝国史大全」を言い間違えたのが分からなかったのか?」
「そんなの分かっているニャ。古本を搔き集めて、図書館で借りられなかった学生に売りつけるニャ」
「そ、そうか・・・」
もうミケは放っておこう。
そんな時、図書館に向かう集団に加わらない学生たちがいた。皇太子とエミリーのグループだ。
「馬鹿どもが・・・「帝国史大全」の第4巻は、中興の祖として名高いアルフレッド大帝について書かれている。上級貴族なら常識中の常識だ。本当に馬鹿どもは・・・」
取り巻きのアーノルドとレオナルドも同調する。
「本当ですね。平民は馬鹿が多いですから」
「ああ、下級貴族も嘆かわしい。この国の将来が心配ですよ」
俺にしてみたら、お前らのような奴が国を運営することのほうが心配だ。
エミリーが言う。
「で、殿下・・・申し訳ありません。私は、その・・・教養がなく、アルフレッド大帝については存じているのですが、詳しい偉業なんかは分からなくて・・・教えていただけたら・・・」
「エミリー、知らないことは恥ではない。俺が手取り足取り教えてやろう」
「あ、ありがとうございます、殿下!!こんなに頼りになる方は私の人生で初めてです」
デレデレしながら話す皇太子を見て、ますます、この国の将来が不安になってきた。
それにしても、エミリーはあざといな・・・
そんな皇太子たちを冷たい目で、フィオナ嬢は睨みつけていた。
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