1 プロローグ 異世界転生
俺はアレク・サンドル。サンドル子爵家の三男で、オンボーロ帝国法務省刑務局の刑務官だ。年齢は20歳。俺が勤務するのは通称「嘆きの塔」と呼ばれる貴族用の収監施設だ。ここに勤務して半年になる。
俺は通信の魔道具に向かって、いつもの報告を行う。
「本日も異常ありません。これより夜間体制に移行します」
「ご苦労。異常があれば、すぐに報告せよ」
「了解いたしました」
いつもの報告を終えると、一息つく。
ああ・・・これが俺が追い求めたのんびり公務員ライフだ・・・
感慨にふける俺。
前世での反省を胸に努力した結果、このオンボーロ帝国の刑務官という地位を勝ち取ったのだ。前世はもちろん現代の日本だ。そこで俺はアラフォーまでフリーターだった。そして、非業の死を遂げた。
思い出したくもない過去だ。
大学卒業後、俺は迷わず起業した。そして、公務員や一般企業に就職した同級生たちを馬鹿にした。
「お前ら夢はないのか?一度きりの人生、それでいいのか?」
「お前はそう言うけど、この時代、安定が一番だぞ。俺はお前が馬鹿にする田舎の役場に就職だけど、平穏無事に人生を生きるよ」
「10年後、20年後、後悔するかもしれないぞ?」
「お前がな」
仲の良かった同級生との会話を思い出す。
結局、後悔したのは俺のほうだった。勢いで起業したはいいが、上手く行かず、最終的には職を転々とするフリーターになってしまった。
こんなことなら安定した公務員か会社員になればよかった・・・
そう思っても後の祭りだ。今更どうしようもない。
人生に疲れ、夢も希望もない毎日を送っていたところ、いつも利用していたネットカフェが入居する雑居ビルで大規模火災が発生した。
すぐに避難しようとしたが、女性の悲鳴が聞こえてきた。迷ったが、その女性を助けることにした。その女性は俺に泣きながら言った。
「中に!!中に子供が・・・た、助けてください!!」
これまでの人生、人のためにと思って行動したことなんてない。でも、その女性の必死さに心を打たれた。ちょっとヒーローになってやろうと思ったのかもしれない。
「大丈夫です。任せてください」
俺は火の中に入っていく。
すぐに泣き叫ぶ幼女を見つけた。幼女を抱え込み、出口に向かう。
かなり煙を吸い込んだ。だんだんと意識が遠くなる。やっとの思いで出口にたどり着いた。消防隊の呼びかけと泣きながら「ありがとうございます」と叫ぶ女性の声が聞こえてきた。
そこで俺は意識を手放した。
★★★
どれくらい意識を失っていただろうか?
目が覚めると古代ギリシア風の神殿にいた。
ここはどこだ?
しばらくして、美しい女性が現れた。
「私は創造神アテナです。佐藤大輔さん、残念ですが貴方は天に召されました」
そうか・・・予想していたことだけど、改めて聞くとショックだな。
でも、人生の最後に人の役に立てたことはよかったと思おう。
「そうですか・・・それでこれから俺はどうなるんでしょうか?」
「そのことについて、相談があります。実は貴方はあの時、死ぬ予定ではなかったのです。こちらでも予想外のことが起きてしまいました。詳しくは申せませんが・・・それで新たな世界で新たな人生を歩んでもらおうと思っています。もちろん転生特典はお付けします。今ならなんと、Sランクのジョブが選択可能です。思うままの人生が送れること間違いなし!!」
途中からテレフォンショッピングのCMのようになっていたが、流石にツッコミは入れなかった。
それから詳しい説明を受けた。
創造神アテナによると、俺が転生する世界は魔法やスキルが存在する世界のようで、一人に一つだけ神の加護であるジョブが与えられるようだ。ジョブリストを見せてもらうと、「剣士」や「魔導士」のようなお馴染みのジョブに加えて、「剣聖」や「大魔導士」のような明らかに強そうなジョブも選択可能だった。
ジョブリストを見ながら、俺は次の人生に想いを馳せる。
強そうなジョブを選べば、多分波瀾万丈の人生になるだろう。普通なら転生特典を使って、強そうなジョブを選ぶのだろうけど・・・
「では、このジョブでお願いします」
「えっと・・・これって・・・」
怪訝な顔をする創造神アテナ。俺が選択したジョブは「器用貧乏」というジョブで、何でもそれなりにできる能力が付与される。ただ、何かに特化した能力は身に付かないそうだ。
「本当によろしんですか?これってマイナスジョブですよ?」
「構いませんよ。それとできれば、転生先をそこそこの家にしてください。ちゃんと教育が受けられる程度の家ということで。それと長男はやめてください。面倒くさそうなんで・・・できれば将来は公務員でお願いします」
更に怪訝な顔をする創造神アテナ。
「公務員とは、国から給金が支払われる職業という認識でいいのでしょうか?」
「その通りです。でも軍人とかは嫌ですよ。できれば文官とかでお願いします」
「分かりました。でも本当にいいんですね?」
「はい!!」
新たな人生は、安定した人生を送るんだ。
安定した仕事に就き、幸せな家庭を築く。前世で馬鹿にした人生を俺は歩むんだ。
「分かりました。ですが、流石にマイナスジョブを与えるわけにはいきませんので、「器用貧乏」をバージョンアップさせた「マルチタレント」を付与致します」
「何か変わるんですか?」
「痛いところを突いてきますね・・・正直に言うと、あまり変わりがありません。イメージの問題です。敢えて言うなら、成長速度くらいでしょうか・・・修行次第で、それなりには成長できますから・・・」
言いづらそうに言う創造神アテナ。
多分、わざわざお詫びで転生させるのに、マイナスジョブを与えたら不味いと思ったのだろう。
「貴方のような方は初めてです。大抵の方は、強力なジョブを選ばれるので・・・」
「俺は安定した人生を送りたいだけなんですよ。お構いなく」
「そ、そうですか・・・それでは転生を行います。佐藤大輔よ、貴方の新たなる人生に幸多からんことを!!」
それで俺は意識が無くなった。
そしてオンボーロ帝国の法衣貴族であるサンドル子爵家の三男アレクとして転生したというわけだ。
★★★
佐藤大輔が去った神殿。
創造神アテナに話し掛ける女神がいた。
「アテナ、それにしても今回は、えらく安く上がったわね?」
「お姉様。でも本当に大丈夫でしょうか?」
「いいんじゃないの。転生先は彼の希望通りだしね」
「で、でも・・・」
「駄目で元々よ。代わりはいくらでもいるんだからね。それに優秀なジョブだから上手くいくわけでもないでしょ?」
「そうですが・・・」
創造神アテナはため息をついた。
「彼には使命も何も伝えていません。これでは騙し討ちです」
「使命を伝えなくてはならない規則はないわよ。それに案外、ああいう奴が使命を果たすかもしれないしね・・・」
このことは佐藤大輔は知る由もない。
当人は、ただ安定した公務員ライフが送れると思っていることだろう。
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!




