17.エルシャール家の当主
デルト・エルシャールは自室にて報告を待っていた。その表情は愉悦に満ちている。
ある時期から疎ましいと思い続けてきた実の妹を出し抜ける、そう思うと自然と笑みがこぼれた。
「これで当主の座は俺のものだ…!」
誰もいない部屋で一人呟く。酔いにも似た高揚感がデルトの胸中に渦巻いていた。
コンコン。
扉をノックする音に心臓の鼓動が早くなる。興奮する頭を必死に理性で押さえつけながら「入れ」と声をかけると、扉が開かれ黒いマントを羽織った者達が立っていた。それを見たデルトはにやりと笑みを浮かべる。
「どうした?早く入ってこい」
デルトの言葉に促され、黒マントの集団がゾロゾロと中に入ってきた。その数は四人。それを見たデルトが首をひねった。
「ん?確かさっきは七人だったような…まぁ、相手はココだ、お前らも無事では済まなかったと言うことか」
デルトが尋ねると一番前に立つリーダー格の男が頷いた。
「それで?首尾はどんな感じだ?」
リーダー格の男が何も言わずにさっと薬瓶を差し出すと、デルトは嬉しそうにそれを受け取る。
「よくやった!お前らには褒美をやろう!!何か希望はあるか?」
上機嫌にデルトが聞くも何の返事も返って来ない。デルトは小馬鹿にしたようにフンッと鼻を鳴らした。
(気味の悪い連中だ。貴族のご機嫌取りすらしないとは…暗殺ギルドの奴らなどその程度か)
デルトには裏のつながりを持つ知人がおり、度々相談をしていた。その男は暗殺を専門に取り扱っている非合法ギルドと密接な関わりを持っており、必要になるだろう、と快くこの黒マントの集団を派遣したのだ。
(まぁ俺は当主になるんだ。汚れ仕事も必要になる。その時にこいつらとのつながりは重宝するだろう)
「とにかくご苦労だった。報酬はフェイに支払っておく」
「………」
それで帰ると思ったのだが、黒マントの集団は黙ったまま微動だにしない。
「なんだ?まだなにかあるのか?」
デルトが不審に思いながら問いかける。しかしその問いに答えは返ってこない。ただ黙ってじっとこちらを見つめている。デルトは何を考えているのかわからない者達にだんだんいら立ちを募らせ始めた。
「お前ら、さっさとこの家から」
「その薬はどうするんだ?」
デルトの言葉を遮り、リーダー格の男が口を開いた。こいつらはしゃべらない、と決め込んでいたデルトは思わず目を丸くする。
「…なんでそんなことを聞くんだ?」
「その薬はどうするんだ?」
デルトの問いかけを完全に無視して、男が再度尋ねる。デルトはチッと舌打ちをすると醜悪な笑みを浮かべた。
「これはな…こうするんだよぉぉぉぉ!!」
手に持った薬瓶を思いっきり床に叩きつけ、親の仇のようにグリグリと足で踏み潰した。それを見ても黒マントの集団は一切反応を示さない。
「これはな!愚かな妹が手塩にかけて作った薬なんだよ!危ない目にあいながら、こんなクソみたいな薬の材料を集めたんだ!本当にバカなやつだぜ…俺が薬の材料が集まらないように手を回していることも知らないで、こんな薬に一生懸命になってさ!バカな妹の努力を俺が粉々に踏みにじる、そんな快感が他にあると思うか!?」
薬瓶を壊したことで今まで抑えていた興奮が爆発した。狂ったように笑いながら何度も何度も瓶の残骸を踏みつける。
「あいつさえいなければ全てがうまくいったんだ!少し魔法が使えるからっていい気になりやがって…だがもうあいつはいない。お前らのおかげでな!」
「…父親は?」
目に狂気が宿るデルトにリーダー格の男は無感情で尋ねた。デルトから笑いが消え、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「父上は…あの男は俺という当主の器がある男がいるというのに、愚かな妹を選んだんだ。たしかに武人としては優秀かもしれないが貴族としてはまるでなっていない。人を見る目がない貴族はいずれ没落する。ここで死んでおく方がエルシャール家のためになるだろ。身内を二人も死なせなければならないことは辛いが、これも当主の役目」
まるで自分が悲劇のヒーローにでもなったかのように悦に浸るデルトを見て、リーダー格の男は肩を震わし笑い始めた。
「…何がおかしい?」
デルトが不機嫌そうに眉を顰めるがリーダー格の男は笑うのを止めない。
「笑うのを止めろっ!!」
声を荒げるデルトを見て、やっと笑うのを止める。険しい表情でこちらを睨みつけるデルトにリーダー格の男は楽し気な口調で話しかけた。
「いやぁ…ここまでわかりやすい悪党はもう笑うしかないってレベルで」
「なんだと!?何様のつもりだ貴様ぁ!?」
声を荒げるデルトを宥めるように、男は両手を前に出した。
「さーってそろそろネタバラシの時間かね?」
その言葉と同時に黒マントの集団は一斉にマントを脱ぎ捨てる。
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ココを助けた昴は彼女と共に屋敷へと向かった。屋敷に着くと玄関から入ろうとするココを止め、念のため気配を消すように指示する。門番にココが帰って来たことを誰にも知らせないように言い、裏庭へと回った。ココの父親の部屋にある窓を見つけると、壁をよじ登り、部屋へと侵入する。
「なんで僕がこんな泥棒みたいな真似をしないといけないんだ…」
ココは不満を漏らしながらも、昴とタマモに続いて窓から部屋へと入った。昴が人差し指を唇に当て、ココを黙らせるとジェスチャーで薬を父親に飲ませろ、と伝える。ココは緊張した面持ちで頷くと、懐から薬瓶を取り出し、そっと父親に薬を飲ませた。不安そうに父親の顔を見ているココの目の前で、父親は小さくうめき声をあげゆっくりと目を開ける。歓喜の声を上げようとしたココの口を、昴は後ろに回り込み手を当てて塞いだ。
「んがもあがもが…」
暴れるココの耳に小声で「大声を出すな」と告げ、ココが何度も頷くのを確認して昴は手を離す。
「…お父様!」
なるべく小さな声で父親を呼び、その胸に飛び込む。父親はよく状況が飲み込めていないが、可愛い娘を包み込むように抱きしめた。
「ココ…苦労をかけたな」
父親のしわがれた声を聞き、ココは目に涙をためて首を振る。
「いえ、大したことはありません。ここにいる彼らが私に力を貸してくれました」
ココの父親は少し後ろに立っていた昴とタマモに目を向けた。
「なるほど…それではちゃんと挨拶せねばな」
ココの父親はベッドから体を起こすと、袖に置いてあった上着を羽織り、おもむろに立ち上がった。
「お父様、まだ無理をしては!」
「大丈夫だ。筋肉が衰退しているだけで多少動くくらいなら問題ない」
心配するココを優しく諭しながら、昴とタマモの前に移動する。
「儂はギルオン・エルシャール。ご存知の通りココの父親で、四大貴族のうちの一つ、エルシャール家の当主をやっておる」
「冒険者の昴です」
「タマモなのじゃ!スバルと一緒に冒険者をやっておる!」
「スバル殿とタマモ殿か…この度はうちの愛娘の助けになってくれたということで、儂の口から感謝を言わせてほしい。本当にありがとう」
痩せ細っているとはいえ、その姿は威厳に満ち溢れている。そんなギルオンが昴とタマモに対して頭を下げた。それを見てココと昴がアワアワと慌てふためく。
「お父様、それはっ!」
「一般市民の俺なんかに当主様が頭を下げたりなんかしたらまずくないですか?」
ギルオンは頭をあげるとココの方へと顔を向けた。
「ココ、覚えておきなさい。どんな人間でも助けてもらったら感謝をする。貴族という看板に囚われ、それをないがしろにすることはこの儂が許さん」
きっぱりと言い切るギルオンを見て、昴は感心すると同時にやっぱりココの親なんだな、と内心で苦笑した。
「っと、こんなところでしみじみしている暇はなかった。ギルオンさん」
「ん、なんだ?」
「一つやっていただきたいことがあるんですがいいですか?」
昴の言葉にギルオンは少し驚いたような様子だったが、すぐに力強い笑みを浮かべる。
「こんな病み上がりの老人にできることであれば何なりと協力しよう」
「助かります」
「ちょ、ちょっとスバル!?お父様に何させるつもりだよ!?」
治ったばかりの父親に頼み事をする昴に驚いたココは、思わず普段の口調に戻って昴に詰め寄った。昴は慌ててシーッシーッと口に指をもっていき、必死に宥める。
「お、落ち着けって!俺も治ったばかりの人に無理させるつもりなんてねーよ」
「じ、じゃあ…!」
「でもこれは必要なことなんだ。だから俺も無理言ってお願いしてる」
昴に真剣な瞳で見つめられ、顔を赤くしながら溜息を吐いた。
「はぁ…わかったよ。くれぐれも無理させないでくれよ」
「安心しろ。変わった服を着て後ろについててもらうだけだ」
「変わった服?」
ココが訝しげな表情を浮かべると、昴は悪戯っぽく笑いながら”アイテムボックス”から先ほど剥ぎ取った黒いマントを四枚取り出した。
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「あっ…あっ………!!」
デルトは驚きのあまり声を発することができない。自分が見殺しにしようとした男と殺そうとした女が目の前に立っていた。二人はデルトのことをなんの感情もない瞳で見ている。
「き、貴様ぁぁぁぁっ!!!」
どうしようもないこの感情を澄ました顔で立っている昴にぶつけた。
「う、裏切ったのかっ!?この卑怯者!!」
昴はどうでもよさそうなものを見るような視線をデルトに向ける。
「別に裏切ってねーよ。俺はあんたの部下でもなんでもないし」
「なっ…」
「あんたの部下なら、一人残らず素っ裸でその辺の道にお寝んねしてるぜ」
「っ!?」
予想外の答えにデルトは大きく目を見開いた。暗殺ギルドを複数人も雇ったため、まさか失敗することなどないだろうと高をくくっていた。昴はそんなデルトの様子を一切気にせず話を続ける。
「それに卑怯者ってんならおたくの方だろ?自分は僻んでばかりで何もせずに、裏でこそこそ他人任せ」
「そ、それは」
「情けねーよ、お前」
それだけ言うと興味を失ったかのようにデルトから視線を外した。デルトは何も言うことができず目を血走らせて昴を睨みつける。
「うち、お主のこと嫌いじゃ」
そんなデルトを冷めた目で見ながらタマモが言った。その顔には隠そうともしない嫌悪感が浮かんでいる。デルトは助けを求めるようにココに声をかけた。
「こ、ココ、違うんだ!俺はお前が薬を手に入れたと聞いて、お前を護衛するために派遣したんだ!それが何かの手違いで…」
「大丈夫ですよ、デルトさん」
ココは花のような笑顔を浮かべた。その表情よりも、名前で呼ばれたことにデルトはショックを覚える。
「私には優秀な護衛がいますので。何度刺客を放たれようと一切気にいたしません」
デルトの顔色は青を通り越して、卵が腐ったような灰色になっていた。
「…デルト」
それまで黙って成り行きを見ていたギルオンが静かに口を開く。
「ち、父上…」
「違う」
「えっ?」
「お前の父親ではないと言ったんだ」
デルトの表情に絶望が浮かぶ。
「今日限りでお前は儂の息子ではなくなる。見る目のない儂に嫌気がさしたのであろう。どこへなりとも好きに行け」
「父上…それはあんまりじゃ」
「やかましいっ!!!!」
ギルオンの身体から【威圧】が発せられる。その威力はギルオンよりもレベルが高いはずである昴に冷や汗をかかせるレベルであった。当然真正面からそれを受けたデルトが傍目から見てもわかるくらいブルブルと震えている。
「現当主及び次期当主の暗殺未遂…普通であれば極刑に値する罪を追放程度で済ませておるのだぞ!!」
射殺すような視線でギロリと睨まれ、涙まで流し始めるデルト。
「父上…俺は本当に…父上の身をずっと案じておりまして…」
「お前が儂の心配をか?」
地面に膝をつけ、デルトは泣きながら訴える。
「はい!病気の父上のことばかり考えていたせいかこんなバカみたいな真似を…」
「一度も儂の部屋に訪れなかったお前がか?」
「なっ…」
冷たい口調で言い放ったギルオンの言葉を聞き、デルトが驚愕に目を見開いた。
「あの病気はな、確かに全く動けず喋れないのだが、激痛が身体中を襲うあまりに意識を失うことができんのだ。だから寝ている間に部屋で起きたことは全て把握している。…ココが毎日涙を流しながら儂の元に来てくれたこともな」
ギルオンがココに優しい眼差しを向けると、ココは照れたように顔をそらす。
「お前は病気がうつることを恐れ儂には近づかなかった。この病気はうつることはないと言うのに…本当に情けない男だ」
デルトは顔を下に向けたまま無言でブルブル震えている。
「二度とこの地を踏むことを、エルシャールを名乗ることを許さん」
デルトは呆然と父親の顔を見つめた。ギルオンは蔑みすら感じる視線をデルトに向ける。もう何を言っても変わらない、と現実を理解したデルトは震える足で立ち上がり、ゆっくりと部屋の入り口へと歩くと、こちらを一瞥し、肩を落として部屋から出ていった。
「…ありがとう」
ココが顔を向けず昴にお礼を言った。
「…気にすんな」
ぶっきらぼうに答えた昴の声を聞いて、ココがくすりと笑う。
「とりあえず前払いの報酬として」
昴がタマモの頭をポンポンと叩くと、タマモのお腹がグーッと大きな音を鳴らした。
「なんかうまいもん食わせてくれ」
「のじゃ…今日は朝食べてから何にも食べてないからお腹すいたのじゃ」
ココとギルオンは顔を見合わせると、同時に笑い出す。
「お安い御用さ!」
ココは笑顔で屈むと、優しくタマモの頭を撫でた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
デルトは屋敷を出ると一直線に知人の男の住処に向かう。その男はルクセントのダウンタウンにアジトを構えていた。その男のアジトに着くやいなや乱暴に扉を開け、声を張り上げる。
「フェイ!!いないのか、フェイ!」
「はいはい、そんな大きな声を上げなくても聞こえているネ」
デルトの声に応えて奥から狐目の男がやってきた。この世界では珍しい着物に袴を履いており、見えている肌には鱗がある。
「フェイ!お前がボンクラをよこすからしくじった!!」
「あれー失敗してしまったカ?」
必死の形相で詰め寄るデルトに対し、フェイと呼ばれた男は涼しい顔をしている。
「お前が考えた計画でうまくいかなかったんだ!!全部お前のせいだ!!責任とれ!!」
「計画って言ってもワタシは妹も父親も殺した方が良い言っただけネ」
「うるさい!お前が悪いんだ!お前のせいで全部失っちまった!」
デルトがフェイの胸ぐらに掴みかかる。
「これじゃー計画が台無しヨ。それにしても…」
「お前が!お前がぁ!!」
「あんたホントに使えないネ」
シュッとフェイが腕を横に振ると、デルトの頭が真上に飛んだ。錆びたアジト内が一瞬にして真っ赤に染まる。
「はぁ…バカなやつ担いでここにも暗殺ギルドの根をはろ思ってたんだけどナ」
フェイは血糊がついた服を見て眉を顰める。
「服も部屋も汚れてしまたし、さっさと着替えてここから退散するネ」
そう言うと死体を置き去りにし、フェイは部屋の奥へと入っていった。




