11.金との遭遇
ココを先頭に昴達は森の中をどんどん進んで行く。昴は【気配探知】のスキルを使って周囲の警戒をしているのだが、’ゴールデンコンガ’どころか普通の魔物の気配すら感じなかった。
「…やはり様子がおかしいな」
かなり奥まで進んで来たところで、不意にココが呟いた。
「森がこんなに静かだなんて…ここまで来るのに魔物と一回も会わないなんてありえないよ」
ココの顔に緊張の色が浮かぶ。自分が想像している以上に森は危険な状態になっているのかもしれない。
「俺の【気配探知】にも全然引っかからねーな…【気配遮断】のスキルを持っている魔物か、本当にこの辺りに魔物がいないかのどっちかだ」
「’ゴールデンコンガ’は【気配遮断】を持ってるかもしれないけど、他の魔物でそのスキルを持ってるのはそう多くないはず」
「だよなぁ…タマモ、匂いはどうだ?」
町の中で料理の匂いをクンクンと嗅ぎまくっているうちに、タマモはいつの間にか【嗅覚検知】のスキルを習得していた。
「むー…魔物の残り香もないのう…少なくとも半日以上はここに魔物はおらんかったはずじゃ」
タマモの言葉を受けてココが難しい顔をする。
「…とにかく進んでみるしかないね。もうすぐで森の最奥部に着くから、そこまで行けば何かわかるかも。ここからは最大限【気配遮断】を発動してね」
そう言うとココはさっきよりも慎重に前を歩き始めた。昴とタマモも気配を完全に断ち、そのあとについて行く。
「ココ、名前的にどんな奴だか想像はつくんだけど、’ゴールデンコンガ’ってどんな奴だ?」
「多分想像している通りだと思うよ。’コンガ’の茶色い毛が金色になったと思えばいい。体の大きさは’コンガ’よりもやや小さいかな?」
「なんと!強くなるのに小さくなるのか?」
タマモが驚いたように尋ねる。
「小さくなるというよりは引き締められるって言った方がいいかな?当然’コンガ’よりも俊敏に動けるし、力も圧倒的に強い」
「魔法は使えるのか?」
「その報告は聞いたことないな。ただ【身体強化】は使えるみたいだね」
「完全に近距離ファイターってことか…こいつは戦いになったら本当に面倒に」
昴は言葉の途中で急に立ち止まった。そんな昴を不思議そうにみる二人。
「…見つけた」
「えっ?」
ココが目を見開きながら昴の顔を見る。昴の【気配探知】が弱々しいながら魔物の気配を探知した。その気配は’クラーケン’同様、無理やり小さくしたような、なんとも歪なものであった。
「野郎…やっぱり【気配遮断】を使ってやがる」
「…ははっ、【気配遮断】を使っている魔物の気配を探知するなんて…本当に規格外だね、君は」
ココが引きつったような顔で笑う。
「奴の【気配遮断】が完璧じゃないからだ。そのスキルを使っている奴の気配が誰だってわかるわけじゃない。現にココとタマモの気配は全然感じないからな。流石はランクB冒険者」
「…お褒めに預かり光栄だよ」
言葉とは裏腹にココの表情は全く嬉しそうではなかった。
「とにかく、そこまで案内してくれるかい?」
「あぁ、こっちだ」
【気配探知】を頼りに進んで行く昴に、黙って二人がついて行く。
二キロメートルほど歩いたところで昴が手を挙げ二人を制した。昴が静かに前方を指差したその先には、木の少ない開けた地があり、そこに見事な金色の毛に包まれた獣が佇んでいた。距離にして五百メートル程。かなりの距離があるにもかかわらず、そのあまりの美しさにココは思わず息を飲んだ。隣で注意深く’ゴールデンコンガ’の様子を観察していたタマモが眉をひそめる。
「なんだかやつは…」
「あぁ…えらく興奮しているな」
昴の言葉通り、’ゴールデンコンガ’はフーッフーッと息荒く猛っていた。不審に思いながら隣にいるココに声をかける。
「とりあえず目標を見つけたけど…」
「奴を討伐する」
「は?」
昴の言葉に間髪入れずに答えたココの顔を二人は驚きの表情で見る。既にココは背負っていた弓を手に構えていた。その瞳には’ゴールデンコンガ’しか映っていない。
「いや討伐って…それだと原因が」
「悪いけど僕は行くね」
困惑しながらかけた昴の言葉を、聞く耳持たずといった様子でココは矢を番えながらゆっくりと進んで行く。
「お、おい!」
昴が慌てて呼び止めるが、ココが止まる様子はない。無視を決め込んだココに昴は盛大に舌打ちをした。
「どうするのじゃ?」
困ったような表情で尋ねるタマモ。
「どうするって…もう倒すしかねーだろ」
「了解なのじゃ!昴は手を出したらいかんぞ!」
「えっ、ちょ、待てって!」
驚きの切り替えの速さで臨戦態勢に入ったタマモは昴の制止も聞かずにココの後をついていった。
「たくっ…自分勝手な奴らだ」
離れて行く二人の背中を見ながら昴は大きくため息をつく。
−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・
ココははやる気持ちを押さえつけ慎重に、しかし迅速に標的へと近づいていた。身体には【身体強化】が施されており、弦は既に限界まで引き絞られている。
(もう少し…もう少しだけ近づけば…)
ドクンドクンと心臓が高鳴る。あと三歩。それで自分の射程距離に奴が入る。額から流れる汗などお構い無しに足を踏み出す。あと二歩。奴がこちらに気づいている素振りはない。心臓の鼓動がいい加減うっとおしくなってきた。この音で相手にバレたら自分は一生心臓のことを恨む。あと一歩。これで、これでやっと…。
──お父様を助けられる。
力強く踏み出すとともに、ここの手から全力の一矢が放たれる。それは一直線に獲物に向かいその頭を…射ぬくことはなかった。
「なっ…!?」
ココは思わず目を見張る。’ゴールデンコンガ’がなんの前触れもなくその場で跳躍をし、ココの矢を躱した。慌てて次の矢を構えようとするも’ゴールデンコンガ’はココの目の前に降り立ち、腕を振り上げる。
(やられる…!)
思わず目を閉じたココを殴りつけようとする’ゴールデンコンガ’だったが、横からものすごい勢いで飛び出してきたタマモに蹴り飛ばされた。
「タ、タマモッ!」
「ギリギリセーフなのじゃ!」
かけつけたタマモの顔を見てココは目を丸くした。そこにはココが知っているのほほんとした可愛らしいタマモはいなかった。目をギラつかせ、口角はあがり、舌舐めずりしそうな様子はまさに獲物を前にした肉食獣そのもの。
「こやつは…なかなか手強そうじゃのう」
【身体強化】込みの自分の蹴りを食らってピンピンしている’ゴールデンコンガ’から片時も目を離さずにそっと呟いた。




