22.パルムへの謝罪
翌日、昴は何もする気が起きず、お昼近くまで宿の自分の部屋で過ごしていた。ベッドの上でダラダラしながら、タマモの事を考えていると不意に扉がノックされる。昴が気の無い返事で応えると遠慮がちに扉が開かれた。
「スバルさん、お客さんが来てます」
朝食も食べに来ず、部屋にこもりっきりの昴を心配そうに見つめながらフランが告げる。自分に来客などあるはずもないと思った昴は眉をひそめた。
「お客さん?俺に?」
「はい。なんでも冒険者ギルドの方だとか…」
昴は軽く舌打ちする。少し悩んだ後、フランに「すぐに行くよ」と伝えて、ゆっくりと支度を始めた。
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「やってくれたな…お前さんのおかげで大幅戦力低下だ」
言葉とは裏腹にニヤニヤと笑みを浮かべて座っている男に昴はジト目を向ける。
「さてこの落とし前をどうつけてもらおうか…」
「あぁ…わかってるよ。俺があいつの分まで街を守ればいいんだろ?」
昴はうんざりしたように言うと、ギルド長室の高級なソファへと乱暴に腰を下ろした。サガットは昴の答えを聞いて満足そうに頷く。
「話が早くて助かるよ、スバル君」
「爺に君付けされると鳥肌立つわ。たくっ…だから昨日は見てただけなのか」
「なかなか面白い出し物だったんでな」
「チッ…」
昴は不機嫌になりながら舌打ちをする。昨日、昴が冒険者ギルドで暴れた時に、サガットは二階から見ており、静観を決め込んでいた。昴がそれに気がついたのは冒険者ギルドを出て行く直前であった。
「結局、爺の手のひらの上で踊らされてたってことか」
「まだまだ若い奴らに負けてられんからな」
嬉しそうに笑うサガットを見ながら、昴は出されたお茶をすすった。
「それよりお前さんどうしたんだ?」
「どうしたって?」
「魔力だよ。使えんのだろ?」
サガットの指摘通り、朝起きた時に昴は自分の身体の違和感に気がついた。魔力を練ることができず、'鴉'も呼び出すことができなかった。
「流石だな爺。わかるのか?」
「まぁなんとなくな。それにしてもお前さんほどのやつが魔力枯渇とは…一体どんな化け物と戦って来たんだ?あんな雑魚に全力を出したわけじゃあるまい」
「魔力枯渇ってなんだ?」
「なんだスバル、知らんのか?魔力枯渇ってのは文字通り魔力を限界以上に使用した時のリバウンドだ。二、三日は一切魔力が練れないぞ」
サガットは引き出しを開けるとピンク色の液体が入った薬瓶を取り出すと昴に投げた。
「これは?」
「魔力ポーションだ。すぐに魔法が使えるわけじゃないが、まぁ今飲めば夜には使えるようになるだろう」
昴は受け取った魔力ポーションを見ただけで口にしようとはしない。
「なんだ?飲まないのか?」
サガットが不可解な面持ちで昴を見た。
「…こいつを飲んだらその代償で何させられるかわかんねぇから迂闊に飲めねぇよ」
昴が疑うような視線を送ると、サガットは一瞬呆気に取られたような表情を浮かべたが、プッと吹きだした。
「安心せい。今日の夕方から夜にかけて魔物大暴走が起こりそうだからそのための薬だ」
「そんなんわかるのか?」
「あぁ、一応この時期は『炎の山』の魔物の監視を強化しとるからな。集まり具合で大体の予測がたてられる」
まだ疑いは晴れなかったが、他意はないとサガットが言うので渋々魔力ポーションを飲んだ。味は少し苦味はあるものの喉越しは悪くない。
「特に変化はないけど…?」
「すぐにはわからん。だが確実に魔力枯渇が治るのは早くなるはずだ。お前さんには存分に戦ってもらわなければならんからな」
唇の端をあげてニヤリと笑うサガットを見て、昴はため息をついた。
「呼び出した用はそんなもんか?」
「あぁ。…あいつらの処罰は聞かんのか?」
「興味ねーな。ギルドには近づくなって言っておいたし」
そう言うと昴はソファから立ち上がった。部屋から出て行こうとする昴にサガットが声をかける。
「これからどうするんだ?」
「魔物大暴走は夕方から夜にかけて起こるんだろ?それまでは適当にプラプラしておこうかな。…あぁ、その前にパルムに謝りに行かないといけねーな」
「パルムに、かぁ…」
含みのある言い方をするサガットに、思わず昴は振り返った。
「なんだよ?」
「いやいや、お前さんが受け付けカウンターに行くとどうなるか想像していたところだ」
嫌な予感がした。サガットのあの顔は人をからかう時のものだ。
「…どういうことだ?」
「お前さん、ここに連れて来られるまでジロジロと見られなかったか?」
「そういえば…」
ここまで来た時のことを思い出す。昴を呼びに来た女性職員もさることながら、ギルドに入った瞬間、ギルド職員、ほとんど女性の職員が昴のことをチラチラと見ていた。
最初、昴は騒ぎを起こした変な奴が来たと嫌悪の視線を向けられていると思ったが、サガットの表情から察するにどうやらそうではないらしい。
「スバルがぶっ飛ばしたクリプトンはなぁ…そのランクをひけらかして女性のギルド職員に唾をつけてたんだよ。それをお前さんがあんな痛快に倒してしまったからなぁ…」
サガットは心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
「お前さんのファンクラブができててもおかしくないわな」
昴はしばらく停止した後、ドアノブを掴んでいた手をゆっくりと離し、さっきまで座っていたソファに戻る。そのままガクンと肩を落とすと小さい声でサガットに言った。
「爺…しばらくここで本読んでいくからなんか貸せ」
サガットは声を上げて笑いながら手近の本を取り昴に渡した。
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ギルド内の人の気配が減るまでサガットの部屋に待機していた昴は、昼休みになり、職員の数が少なくなった隙にパルムのもとを訪れた。いつものように一番端のカウンターに彼女はいたのだが、その顔に浮かぶのは、みなを元気づけるような笑顔ではなかった。
「はぁ…」
カウンターに頬づえをつきながらため息をつく。頭の中は、今朝ギルド長に呼び出された、自分を助けてくれた男のことでいっぱい。
呼び出されたということはまさか…。いやでも誰がどう見ても悪いのはあの髭の方だし…。だからと言ってギルド内であそこまで暴れてしまっては…。
パルムの思考は堂々巡りしていた。昴がした行動は自分を慮ってのことであるがゆえに、その処遇の責任はどうしても自分にあると思ってしまう。
「はぁぁぁ…」
さっきよりも大きなため息をつきながらパルムはカウンターに突っ伏した。正直、今日はまともに仕事ができる気がしない。こんな私の姿を見て、冒険者の人は他のカウンターに回ってくれるだろう。耳をぱたりとおろし、目を閉じると、自分の世界に閉じこもる。
「パルム?」
本当にあの髭ダルマは余計なことしかしない。前からそうだったんだよ。傲慢で不躾で、わたしの後輩が何人泣かされてきたことか。ランクBだからと思って下手に出れば、俺様の女になれ、だぁ?鏡見てから出直して来いっつーの。
「えーっと…」
スバルさんに絡んだ時だってそうよ。何の脈絡もない言いがかりつけてきてさ…新人冒険者がとんずらしたから、ってたかだか新人の冒険者に逃げられてんじゃねーって感じ。スバルさんはいい人だから、あの時も私をかばって荷物持ちを引き受けてくれて…髭ダルマだけが帰ってきたときには、本気で殺してやろうかと思ったよ。
「おーい」
でもあの時のスバルさんはかっこよかったなぁ…。あんなに強いとは思わなかった。あの髭ダルマ、性格はあれにしてもランクBの一流冒険者、それをスバルさんは歯牙にもかけていなかったからなぁ。後輩が「スバル様ファンクラブに入りました~お近づきになりたいですぅ~」って夢見心地で言ってたけど、その気持ちもわかる。特に「パルムに関わるな。この約束を違えたら命はないと思え」なんて、今思い出すだけでも顔が熱くなっ―――。
「パルム聞いてる?」
「あぁぁぁぁぁ!!!もうさっきからうるさいですねぇぇぇ!!わたしは今休憩中なんです!!!」
「あっ…わりぃ」
昴は頭をかきながら謝った。パルムは不機嫌そうな顔を一転、前に立っているのが昴だと分かるとみるみる顔を赤くした。そして今自分が発した言葉を思い出し、顔色が信号のごとく赤から青に変わっていく。
「ス、ス、ス、ス、ス、スバルさん!!!??ど、どうしてここに!!?」
「いや、休憩中みたいだからまた後で来るよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!!嘘です!!休憩中っていうの嘘ですからぁぁ!!」
穴があったら入りたい、今パルムの頭の中を埋め尽くしているのはその言葉である。しばらくパニック状態ではあったが、徐々に落ち着きを取り戻し、なんとか昴にぎこちない笑顔を向けるくらいには回復した。
「そ、それで今日はどうしたんですか?」
「昨日のことをさ、謝りたくてな」
「謝りたい…ですか?」
頷く昴をパルムは不思議そうに見つめた。
「いろいろ騒がせちまったからな。もっと他にやり方があっただろうに…パルムにも迷惑かけた」
「迷惑だなんて…わたしは全然思っていませんよ?」
パルムは困ったような表情を浮かべる。
「パルムがそう思ってくれても、だ。俺の担当はパルムみたいなもんだから、俺の不始末はパルムの責任にもなっちまうだろ?」
「不始末…スバルさん、ギルド長に呼ばれてましたけどなんと言われましたか?」
パルムは自分が緊張しているのを感じながら昴に尋ねた。当の本人は苦笑いを浮かべ、軽く肩を竦める。
「まさか…冒険者の称号剝奪ですか…?」
息をのむパルムに昴は慌てて左右に頭を振った。
「違う違う!爺にはあけた穴は自分で埋めろって言われたよ」
「そう、ですか…よかった」
パルムがほっ、と息をつく。今朝からずっと頭の隅に抱いていた懸念がさった。
「あぁ。でもあんなことをしでかした問題児を担当しているパルムが変な目で見られちまったら」
「それこそ心配ありませんよ!!」
パルムが明るい笑顔を昴に向ける。
「スバルさんは問題児どころか当ギルドのヒーローですよ!!問題だらけのあの髭ダル…失礼、クリプトン様を退治してくれたんですから、好かれることはあれ、嫌われることなんてありません!!だからわたしも迷惑どころか、スバルさんを担当できて鼻高々です!!」
まくし立てるようにパルムに言われた少し驚いたが、すぐに柔らかい笑みを向ける。
「…パルムにそう言われると、なんだか救われた気持ちになるよ。ありがとう」
「いえいえ!!だからスバルさんは全然気にすることないです!!むしろわたしの方こそ助けていただいてありがとうございます!!」
頭突きをするような勢いで頭を下げるパルムを見て、昴はあいまいな笑みを浮かべる。
「じゃあお互い様ってことで」
「そうですね!!これからもよろしく…」
「スバル様!!」
突然パルムの後ろから三人の受付のお姉さんが鼻息荒くやってきた。全員目をとろんとさせているのを見て、昴はなぜだか身の危険を感じる。
「スバル様!昨日は我らが女の敵を成敗していただきありがとうございました!!」
「かっこよかったです!!」
「素敵でした!!」
「あ、あぁ。いや、うん、成り行きでね」
段々と距離を詰めてくる三人組に後ずさりしながら昴は答えた。
「是非お礼をしたいので今度ギルド職員の女子会に参加してください!!」
「是非に!」
「できれば今日にでも!!」
「えーっと…今日は厳しいけど、また今度誘ってくれるのなら…うん、い、行きます」
えも言われぬプレッシャーを感じ、汗をダラダラ流しながら最後には敬語で答えた昴を見て、キャッキャッとはしゃぐ三人。パルムは昴に目で合図する。
「そ、それじゃ今日はちょっとほかに用事があるから、こ、この辺で失礼するよ」
「わ、わかりました!また依頼を受ける時は声をかけてくださいね」
「あ、あぁ。そのときは頼むよ」
「えぇっ!!もう行ってしまわれるのですか?」
「寂しいですぅ~!」
「もっとお話ししたいですぅ~!!」
逃げるように踵を返した昴の背中に追いすがろうとする三人組の脳天にパルムは容赦なく手刀を下ろす。その隙に昴は冒険者ギルドを出ていった。
「こらぁぁぁ!!三馬鹿!!スバルさんに迷惑かけるな!!」
「先輩、痛いですぅ~」
手で頭をさすりながら涙目でパルムを見上げる三人組。そんな三人を見てパルムは更に鼻息を荒くする。
「あなたたち三人でファンクラブを作るのは勝手ですけどね、さっきみたいに言いよってスバルさんに迷惑かけるのは良くないでしょ!!」
「はい…」
「そう思います…」
「すいません…」
パルムの話を正座で聞き、反省の意を示す。がっくりと頭を下げる三人組を見て、パルムは目をそらしながら、一言付け加える。
「…まぁでも、女子会にスバルさんを誘ったのはグッジョブですね」
少し照れ気味に言った先輩を見て、三人はぱぁ、っと顔を明るくした。
「先輩も是非ファンクラブに入りましょう!!」
「先輩可愛い!!」
「わたしは―――入りません!!早く仕事に戻りなさい!!」
パルムに促されそれぞれのカウンターに戻っていく三馬鹿。ファンクラブに入ることを迷ったのはパルムの中だけの秘密である。




