21.劣等種
「そういうわけだから、とりあえずは他の場所の心配はしなくていい。全員が俺達のところに一度集まるように言ってある」
昴が状況を簡潔に説明する。雫はホッと胸をなでおろしたが、さおりの表情は曇ったままだった。
「………真菜は?」
「真菜?望月がどうかしたのか?」
猫目で長髪の真菜の姿を頭の中に思い浮かべながらさおりの方を見ると、雫がハッとした表情を浮かべ、昴に詰め寄る。
「真菜が一人で先行しているの!!そっちにも助けは行ってる!?」
必死の形相で雫を見て、昴は即座に【気配探知】を発動すると、探知範囲ギリギリに二つの気配を感じ取った。一つはかなり大きな力を持っているようで、もう一つはかなり弱々しい気配を放っている。
「結構先で戦ってんな。無事かどうかはわからないがまだ生きてる」
「生き…てる…」
さおりはそこで初めて安堵の息を吐いた。だが、雫は昴の表情から察するに状況が切迫していることを悟る。
「望月は戦えるのか?」
「あたしやさおりちゃんに比べて戦闘向きなスキルではないけど、すぐにやられるような真菜じゃないわ」
「どんなスキルだ?」
「踊り子」
「へっ?」
「踊り子」
間の抜けた声を出した昴に雫はいたって真面目な顔で答える。昴は一瞬微妙な表情を浮かべたが、時間がないと頭を切り替えウォック達の方へ向き直った。
「……待たせて悪かったな」
「いや構わねぇよ。お仲間から現状を教えてもらえたか?」
ウォックが微塵も油断する様子なく昴に問いかける。
「一応な。時間がないみたいなんで大人しくそこを通してもらえると助かるんだが?」
「そんなことできるわけねぇだろ」
「だよな」
昴が面倒くさそうにため息を吐くと、タマモがスッと昴の隣に立った。そんなタマモを見てウォックが目を細める。
「……おいおいこれは一体どういうことだ?」
ウォックが後ろの二人に目を向けると、ジンロもビルもタマモのことを見て動揺しているようだった。
「なんで劣等種が人族側についてんだ?」
「劣等種?」
聞きなれない単語に昴が眉をひそめると、ジンロが静かに口を開いた。
「貴様の隣にいる者のことだ。その金眼……魔族の血が混じっているのだろう?」
ジンロの言葉を聞いてさおりと雫は驚いたようにタマモに視線を向ける。事情を知っている優吾は表情を変えずにジンロの話を聞いていた。
「崇高なる魔族の血を引きし亜人は劣等種と呼ばれ、魔族に付き従うものだ」
「要するに従順なしもべっていうか奴隷っていうか」
「奴隷……」
ビルの補足した言葉をタマモが小声で呟く。その表情からはタマモの心境を窺い知ることはできない。
「俺の本能も鈍ったか?警戒に値する奴らじゃねぇな、こいつら」
「……何が言いたい?」
呆れたように頭を掻くウォックに、昴が感情を押し殺したような声で尋ねた。
「そんな半端者を連れているようなやつは、純粋な魔族である俺達には天地がひっくり返ってもかなわねぇってことだ」
「…………」
ウォックの馬鹿にしたような口ぶりに昴は無言を貫く。最近タマモのことに関して沸点が低すぎる自覚のあった昴は必死に自分の気持ちを鎮めていた。そんな爆発寸前の昴には気がつかず、ジンロがウォックの言葉を引き継ぐ。
「劣等種を従えて我々に歯向かおうなどと愚の骨頂」
「タマモは奴隷じゃない、仲間だ」
「それならなおのこと、奴隷如きを仲間と呼ぶ貴様の格など知れたものよ」
ビキビキッ。そんな音が聞こえそうなほど昴のこめかみに青筋が立った。昔からの付き合いである雫だけは昴の怒りを間近で感じ取っている。
「ゴミに名前を付けてるのがお笑い種っていうか、能天気なやつっていうか」
ジンロが馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、ビルが蔑んだような視線をタマモに向けた。その態度に、タマモに関してこらえ性のない昴の我慢が限界をむかえる。
「……なるほど」
静かにそう告げると、昴はゆっくりと息を吐いた。
「言いたいことはそれだけか?」
昴が射殺すようにウォック達を睨みつけた瞬間、無意識に発動した【威圧】が三人に襲いかかる。あまりの威圧感に三人は指一本動かすことができなかった。直接向けられていない雫達ですら極寒の地に立っているように身体の震えを抑えることができない。
昴が’鴉’を呼び出そうとした時、タマモがその腕をそっと掴んだ。昴が目を向けると、タマモは無表情で首を横に振る。
「うちの獲物じゃ」
静かにそれだけを昴に告げるとタマモは昴から手を放し、三人を見つめた。何か言いたげであった昴だったが、タマモの意を汲んで怒気を静めると、雫の方に視線を向ける。
「雫、もう少ししたら俺の仲間がここに集まる。そうしたら騎士団の連中と一緒にお前らは砦に下がれ。護衛はタマモとユミラティスってやつに任せる」
先程の魔族の反応を見るに、あまりタマモを魔族の連中と会わせたくない、というのが昴の本音であった。ユミラティスに関しても、氷霊種が魔族に襲われたことを考慮すると極力魔族と引き合わせない方がいい、と判断した。
「昴はどうするの?」
「俺は先に行って望月の安全を確保する。ここに銀髪の男も来ると思うから、そいつに俺の後を追わせてくれ」
「それだと昴一人に負担が!!」
「見たところお前らはかなりボロボロだ。敵の強さがわからない以上、足手まといは連れてはいけねぇ」
昴にはっきりと告げられ、雫は悔しさに唇を噛み締める。だが、昴の言っていることは事実。ここでわがままを言って足を引っ張るぐらいなら、撤退するのが最善の策。
「……わかったわ」
目を伏せ、消え入りそうな声で雫が答えた。昴はそれを聞いて頷くと真菜のもとへと向かおうとする。
「く、楠木君!!」
昴の指示を隣で聞いていたさおりが不安そうな面持ちで声をかけてきた。
「真菜を……真菜をお願いっ!!」
「おう。まかせとけ」
昴に笑みを向けられ、それだけでさおりの心に安心感が広がっていく。何気なく視線を向け、雫がコクリと頷いたのを確認すると、昴はおもむろにウォック達の方へと歩き始めた。
「なんのつもりだ?」
「先を急ぐ。そう言ったはずだが?」
まだ昴の【威圧】の影響を受けており、やっとの思いで口を開いたウォックに昴が冷たく言い放つ。
「それを俺達が許すと思ってんのか!?」
「お前らの許可なんていらねぇよ」
悠然とこちらに歩を進める昴を見てウォックは怒りをあらわにするが、昴はまったく気にしたそぶりを見せない。スタスタと散歩するようにウォック達の横を通り過ぎようとする。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ウォックは気合で【威圧】をはねのけ、余裕をかましている敵を打ち滅ぼすべく、手加減なしで拳を叩きつけた。
「させないのじゃ」
そんなウォックの拳をいとも容易く受け止めたのは昴ではなくタマモであった。自分の全力の拳をタマモに片手で止められたことにウォックは驚きを隠せない。
「ここはまかせた」
「おう!まかされたのじゃ!!」
昴はそれだけ告げると’鴉’を呼び出し、真菜のいる場所へと駆け出した。タマモは去っていく昴の背中に向かって元気よく答える。
ウォックは拳を引きタマモを睨みつけるが、タマモはどこ吹く風でその場で弾んだり屈伸したりと準備運動を行っていた。
「飼い主がいなくなって不安じゃないのか?」
ウォックが蔑みの色を一切隠さずに告げるも、タマモは一切意に介していない様子。そんなタマモを見てウォックは小馬鹿にしたようにフンッと鼻息を荒くする。
「お前如きが俺達魔族に勝てるわけないだろ。劣等種はさっさとこの場から───」
「劣等種じゃない、タマモじゃ」
ウォックが言い終わる前にタマモは【身体強化】により強化された足で素早く飛びかかると、ウォックの顔面に自分の拳をめり込ませた。拳が顔に触れると同時にすさまじい爆発が起こり、吹き飛ばされたウォックはそのまま白目をむいてピクリとも動かなくなる。
一瞬の出来事に、この場にいる全員が唖然とした表情でタマモを見つめた。魔族達は当然のこと、雫達もウォックとは実際に戦っているだけに、タマモが一発で倒したことに度肝を抜かれている。
「さっきは言いたい放題言ってくれたの」
ゆっくりと近づいてくるタマモに思わず二人はゆっくりと後ずさりした。ビルが苦し紛れに投げたナイフはタマモの近くで炎を上げ、身体に届く前に灰と化す。
「あ、ありえないっていうか……!?」
「なんだ……この劣等種は……!?」
ジンロは動揺しながらもビルと挟撃の姿勢になるようにタマモの後ろに回り込むように移動した。タマモはジンロをチラリと見ただけで、そのままビル方へと歩き続ける。
「こ、こっちに、く、来るな!!」
いつもの口調が崩れるくらい恐怖で取り乱しながら、懐からナイフを取り出そうとするビルにタマモは一足で距離を詰めると、腹部に拳を叩きつける。
「かはっ…!!」
一瞬息が止まり、ビルがお腹を押さえながらくの字に身体を曲げる。タマモはその場で軽く跳躍するとクルクルと回転しながらビルの頭を蹴りぬいた。蹴り飛ばされたビルは倒れているウォックの身体にぶつかり、そのままぐったりと覆いかぶさる。
攻撃の隙を窺っていたジンロが、タマモがビルに攻撃した瞬間にモーニングスターを放ったのだが、タマモは足の裏で器用に勢いを殺し、まるでサッカーボールのように鉄球を踏みつけた。ジンロが必死に鎖を引っ張って鉄球を戻そうとするも、タマモの足の下から動く気配はない。
「こ、こんなことが……」
信じられないものを見るような目でタマモを見つめる。タマモは【無詠唱】で炎の爪を出すと、鉄球につながれている鎖を焼き切った。
「劣等種の分際で私達魔族を二人も……!!」
ジンロの認識では、魔族の血が半分しかないタマモのような存在は魔族より劣った種族というものだった。魔力や身体能力は魔族に比べたらお粗末なもので、自分達に勝てるなどということはありえないことだと思っていた。
だが、今自分へと歩を進めている者は、魔族には及ばない者のはずなのに、同朋を二人も倒し、自分に尋常ならざる恐怖心を与えている。
「お、お前は一体……?」
「だからタマモと名乗っておるであろう」
震える声でジンロが問いかけると、タマモは何度も同じことを言わせるな、とでも言いたげに眉を顰めながら答えた。
ジンロは戦略的撤退を選択する。劣等種であるタマモから逃げるのは抵抗があったが、状況を知らせるのが第一と自分に言い訳をして、一目散に逃げだした。
「やれやれ…口ほどにもないやつらじゃ」
呆れたようにジンロの背中を見ながら、タマモは片手をジンロの方に向ける。
「"襲来する業火球"」
タマモの手から極大の炎の玉が飛び出し、ジンロへと向かっていく。背中に熱気を感じたジンロが走りながら振り返ると目の前に自分を焼き殺さんとする炎の玉があることに気づき、目を見開いた。
「ぎゃああああ!!!」
断末魔が上がったのはほんの数秒。すぐにその声はなくなり、タマモが出した炎の玉も消えさり、後には黒く焦げた何かがそこに残った。
魔族三人をあっさりと倒したタマモが戻ってくると、さおりと雫は口を開けたまま言葉を失ったかのように立っていた。自分達よりもはるかに幼い少女の規格外の強さに頭が全く追い付かない。
自分に魔族の血が流れていることを知られ、なんとなく二人の顔を合わせるのが忍びなかったタマモが顔を俯かせると、何かが頭に優しく置かれた。驚いて顔を上げると、優吾が笑顔を向けてタマモの頭に手を置いている。
「やるじゃねぇか!!助かったぜ!!」
「うちは……うちは……!!……うむ……やったのじゃ」
強敵を倒したというのにタマモの表情は晴れず、耳もしょんぼりとうなだれていた。優吾はガシガシと少し乱暴にタマモの頭を撫でる。
「なーにしょぼくれてんだ!!敵を倒したんだからもっと嬉しそうな顔をしろよ!!」
励ますようにそう言うと優吾はさおりと雫にさりげなく目配せをした。優吾の視線の意味に気づき二人は我に返ると慌ててタマモの近くに駆け寄ってくる。
「すごいよ!タマモちゃん!!」
「タマモっちは強いんだね!!お姉さんびっくりだ!!」
さおりも雫もタマモに笑いかけた。タマモは少し面食らったようであったが、照れたように頬をポリポリと掻く。そんなタマモに優吾はそっと顔を近づけた。
「可愛い可愛いタマモちゃんなんだろ?そんな顔してたら台無しだぞ?」
優吾がニヤリと笑みを浮かべると、タマモはようやく笑顔を見せる。
「そうじゃ!うちは美少女タマモちゃんなのじゃ!!可愛いだけじゃなくてとっても強いんじゃ!!」
持ち前の元気を取り戻したようで優吾は内心ほっと息を吐いた。
劣等種だか魔族の血だかなんだか知らないが、優吾にとってタマモは、元気いっぱい笑顔いっぱいの可愛い女の子それ以外にはない。いつもの調子に戻ったタマモがさおりと雫と楽しそうに話しているのを見て優吾はそんなことを考えていた。




